第1話 落とされて、吊った
テーマ的に残虐な描写があります。苦手な方はご注意ください。
出来る限り残虐に、残酷に、凄惨に。
その存在の全てを凌辱して欲しい。
目というものは雄弁に感情を物語る。
今この時、ローマンド広場には多くの市民たちが集っていた。
目的はただ一つ。自分たちの税を浪費し、私欲を貪っていた貴族。その首が飛ぶ瞬間を見るためだ。
彼らの瞳には一つの感情が宿っていた。
『期待』の色。
誕生日前の子供のように。目の前に餌を置かれた犬のように。
彼らは目を輝かせて待っていた。己たちを苦しめてきた悪魔の化身が現れるのを。
「おい、出てきたぞ!」「アッシュフォールド家の生き残りだ」「クソ貴族共が……」「早く首を落とせ処刑人!」「なるべく苦しませて殺せ!」「本当に貴族の血が青いのか見せてみろよ!」「殺せ!」「殺せ!」「「「「「殺せ!!」」」」」
ざわめきは一体となり、罵声へと変わる。瞬く間に広場は罵詈雑言の嵐に包まれた。
そんな彼らの言葉を一身に受けながらも、アンネリーゼ・マルク・アッシュフォールドは、その光景を冷静に見つめていた。
公爵家当主ローベン・マルク・アッシュフォールドの娘。三人姉妹の中で最も美しいと謳われた銀色の長髪を携えた女。
公爵令嬢として生まれ、贅沢を堪能し、嗜好品を楽しんだ。
栄養失調で死んだ子供のいる家族から搾り取った税で美しい宝石を買った。道の前に飛び出してきた平民の子供を汚らしいと言って蹴り飛ばした。
それもこれも、全ては美しさのため。貴族に生まれたからには美しくある事が義務であり生きる理由なのだ。
貴族と平民とは別の生物であり、貴族が美しく在る為に平民が存在し、平民は貴族の美しさを享受し、その姿に感謝して生きるというのが神から示された在り方である。
アンネリーゼにとっては貴族とはそういう存在であり、彼女に罪を犯したという認識はかけらもない。
断頭台の上に立ち、自分を憎悪する者たちの姿を直接見ても、彼女には彼らが貴族と同じ人間であるとは思えなかった。
「アンネリーゼ様。何か――残すお言葉はありませんか? 公的な記録には残らないでしょうが、私だけなら聞くことができますが」
「いえ、特にないわね。ここに立てば何か変わるかと思ったけど。彼らの顔を見ても何も感じないわ。それより、貴方は?」
「はい。この度アンネリーゼ様の処刑を担当させていただきます。シャルル・メルティーズと申します」
「貴方が? 汚らわしい処刑人にしては随分と立派な見た目をしているのね」
シャルルと名乗った青年は、成程確かに美しい見た目をしていた。貴族たちの社交界にいたとしても容姿だけならば全く見劣らないであろう。事実公爵令嬢として絶世の美男子と何人も関係を持ってきたアンネリーゼの目から見ても彼は美しいと認められた。
しかし、メルティーズの名。その名が示す死刑執行人という職業が全てを台無しにする。罪人に死をもたらす血生臭い家業。この地に処刑人として認められた一族。いくら高級な仕立てを施した服を身にまとい、強い香水で臭いを消し、美しく見た目を整えても、その身にまとう死臭とその身に流れる血の汚らわしさは消し去ることができない。
彼女が最後に言った立派という言葉も、処刑人のような汚らわしい人間が貴族と同じ格好をするなという嫌味である。
「……やはり、覚えていないのですね」
「はぁ……何処かで私と出会った事でもありましたか? 申し訳ありませんが、平民の顔を覚えることは苦手なのです。それも処刑人のような汚らしい平民など」
アンネリーゼの言葉はきつい物言いに聞こえるが、シャルルはこれに気分を害した様子はない。死刑執行人の家に生まれたものは往々にしてこのように差別されるのが当然であった。
アンネリーゼは処刑台の上で跪いてその首を晒す。
後ろで固定された両手の手首には目立った外傷がない。彼女が捕らえられ、身柄を拘束されてから抵抗をしなかったことの証である。
シャルルはその傷一つない手首を見て、静かに目を伏せた。
「あぁ、少し待ちなさいメルティーズ。貴方たちの処刑では、血が一滴も流れないというのは本当ですか?」
「一滴も流れない、は誇張されていますが。我がメルティーズの名において、御身の美しさを流血で汚す事はないと誓いましょう」
「いえ、逆です。なるべく私の首から大量の血が流れるように落としてもらえますか?」
シャルルの目が細められる。
今まで処刑してきた貴族にこのような事を言う者はいなかった。
下を向いた彼女の顔は、しっかりと見えない。
しかし、処刑台で今まさに首を落とされようとしているのに、おびえた様子は一切見られなかった。
「平民の彼らは、私の血を見たがっているのでしょう? ならば、それを見せるのが貴族としての私の在り方。この身に流れる血が高貴なる青である事を証明して見せましょう」
「…………分かりました」
シャルルはエクスキューショナーズソードを引き抜き、観衆へ向けて叫んだ。
「これよりアッシュフォールド公爵家三女アンネリーゼ・マルク・アッシュフォールドの斬首刑を、メルティーズ家3代目当主シャルル・メルティーズが執り行う!」
広場に歓声が巻き起こる。
歓喜、恐怖、関心、憎悪、期待。
多種多様の目線が飛び交う。
その陶器のように白い肌に、罪人の血を吸い続けてきた鉄の塊が当てられた。
屈強な男がそのあまりの冷たさに発狂したとも謳われるそれを受けても、アンネリーゼは微動だにしなかった。
アンネリーゼは思考する。
彼らの、平民たちの声は先ほどからずっと耳に届いている。
この場に集った者たちは全員自分の惨たらしい死を望んでいると理解している。
ならば、それに答えるのが自分の義務である。
革命により変わりゆく時代の、アンネリーゼという貴族が果たすべき最後の義務がこの処刑であると彼女は納得していた。
後悔はない。彼らに謝罪する気もない。だから彼らを恨む事もない。
この世には生まれながらに変えることのできない身分が存在する。いくら世の中の仕組みが変化しようともそれは変わらない。それが神に作られた人間の本質だからだ。
結局、自分は貴族に生まれ、彼らは平民に生まれた。それだけの事だとアンネリーゼは思っている。
――シャルルが掲げたエクスキューショナーズソードが、振り下ろされた。
その瞬間、本日もっとも熱狂的な歓声が辺りを包む。
シャルルが振るったそれはアンネリーゼの柔肌を切断し骨を断ち両断した。
アンネリーゼの首がくるくると空中に浮く。
(あら……?)
メルティーズ家の持つ処刑技術の高さ故か、飛んだ首の状態でもアンネリーゼには数舜の間意識があった。首が地面に落ちる時間程度の数舜であるが。
自らの体をこのような視点で見ることは初めてであり、その切断された首の断面を見てある種の感動のようなものを彼女は覚えた。
骨、食道、気道、その周りを覆う筋肉。
その全てが潰れることなく美しく存在しており、通常生きている限り見ることのない部位を見ることはアンネリーゼに不思議な昂揚感を与えた。
ぷつ、ぷつと。
美しい白と赤の面が、湧き出す泉のよう現れた真紅に染まっていく。
同時に先ほど感じた昂揚感がどうしようもなく増大していき、アンネリーゼを支配する。
(あぁ、そんな……嘘、私)
既に司令塔を失った体が、魂を失った容器が、びくんと跳ねた。
その瞬間、今まで中に閉じ込められていた血潮が噴水のように噴き出し始めた。
血は空から雨のように降り注ぐ。
快感の波が同時に襲い来る。
(あ、ああ、あぁあぁああああああああああ――!!!!)
18年間自分として生きた肉体が死ぬ瞬間を見て。
シャルル・メルティーズに斬首されて。
アンネリーゼは今までの人生で体験したものとは全く異なる絶頂と共に――絶命した。
☆★☆
夢だと思った。
目覚めた時、そこはかつての自分の部屋で。
鏡を見てみれば、11、2歳ごろの自分の姿で。
「これは、どう見ても子供の頃のわたし、ですわよねぇ……」
でも、夢と断じるにはあまりに鮮明に、強烈にあの記憶は残っていて。
顔をペタペタと触る。大きく開かれた青色の瞳。肩甲骨の辺りまで伸びた銀髪。何度見ても幼き頃のアンネリーゼだった。
頬をつねってみると確かに痛い。これは現実、ひとまずはそう思うしかなかった。
(一体、何がどうなって……)
見渡すと、そこはやっぱり見覚えのある自室。
アンネリーゼはゆっくり思い出す。
最後の記憶を。己が処刑された瞬間を。
(あぁ、私はあの時、今まで感じたこともないような、絶頂を……)
思い出すだけでアンネリーゼの体が火照る。
彼女が純潔を失ったのは14の時。本来結婚する前に貴族の娘が処女を散らすことは許されていなかったが、それはそれ。幾らでもやりようはあった。
こんな笑い話がある。
若い時に散々遊び歩いた貴族がいた。彼は大人になり、伯爵の娘と結婚した。二人で臨んだ初夜であったが、男は伯爵の娘が処女ではなかったと訴え始めたのだ。しかし、娘は間違いなく処女だった。実は男が今まで抱いてきた未経験だと思っていた女は、全員股に豚の血を仕込んで純潔を騙っていただけだったのである。
こんな話ができるくらいには、純潔を守る誓いは薄っぺらかったという事だ。
故に年頃の女であったアンネリーゼにもそれなりの経験はあった。だが、その経験と比べても、首を斬られた時の快感は尋常ではなかった。今までのそれとは根本から異なる感覚。
あの場には、純粋な『死』しかなかった。貴族も平民も善人も悪人もない。
アンネリーゼの体がどうしようもなく疼く。いくら自分を慰めても疼きが消えない。
(もう一度、もう一度――)
あの感覚を手に入れたくて。
どうすれば得られるのか考えて。
考えた結果、アンネリーゼはすぐに部屋中を漁り、タンスから見つけたシルクのドレスを思いっきり巻いてひも状にして――――首を吊った。
数分後、様子を見に来たメイドによって窒息死寸前のアンネリーゼが救出され事なきを得たが、この後アッシュフォールド家が大騒動となったことは言うまでもない。