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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

三題噺

「くるみ」のハチミツ漬け

作者: 柊 サラ

三題噺:「珍味」「セロハンテープ」「ハサミ」

 数日して、新聞やニュースで分かったのは、私の犯人の予想が当たっていたことと、それから、原因はあの“くるみ”だったということだった。


   ◇ ◇ ◇


 私、紋子(あやこ)は、去年の春からバスで高校に通っている。受験期の一年間、必死に足掻いた甲斐もあり、一応は進学校に合格することができた。

 ……問題は、通学に時間がかかるということ。バス停まで徒歩で三十分、そこからバスで一時間。計、一時間半。しかも、始発は七時で、次が九時。つまり、乗り損ねたら、終わる。唯一の救いは、バス停が学校の前だということくらい。始めは早起きが辛かったけれど、一年も経つとさすがに慣れた、と言うか、諦めた。今日も、まだ眠気の抜けきらない顔で、バスを待っている。

 しばらくして、くすんだクリーム色にオレンジのラインが入ったバスが来るのと同時に、小学生の兄弟がやって来た。兄の(けん)と、黄色い帽子をかぶった弟の(ゆう)。私は近所の小中学校で済ませたけれど、バス停の反対側に住んでいるこの兄弟は、街中の学校に通っているらしい。

 バスの一番後ろに座って、前の方にいる兄弟を見た。兄弟は、今日帰ってから何をしようか、と相談しあっている。

――私にも、あんな頃あったっけ……

 歳の離れた姉しかいないから、姉妹で一緒に遊ぶ、なんてことはなかったけれど、小学校に入ったばかりの頃は何もかもが新しくて、独りでも毎日がとても楽しかった――気がする。もう、そんなことまで覚えてはいないんだけれど。


「ねぇ、ケンくん、『くるみ』、まだかなぁ……」

 それから数日したバスの中、弟の優が兄に訊いた。この兄弟は、お互いをくん付けで呼んでいる。

「ばかだなぁ、ユウくん。あれは十ねんに一かいしか食べられないって、ママがいってただろう?」 わすれたの? と健が言う。優は残念そうに肩を落とした。

「えー……たべたいなぁ……」

 その後バスを降りるまで、兄は弟に言い聞かせていたけれど、彼はまだ未練がある様子だった。


 また別の日。テストがあり、普段より早く帰りのバスに乗ると、帰宅時には珍しく、あの二人に会った。最近の兄は、ランドセルに紐を通したセロハンテープを付けている。今まで理由は解らなかったけれど、この日、ようやくその使用方法が判ったのだった。

 仲良く同じ椅子に座った兄弟は、しばらくすると、弟の方が眠ってしまった。最後列に座りながら、きっと可愛い寝顔なんだろうな、と見ていると、健がランドセルからペンを取り出す。セロハンテープに何かを書くと、ビー、ピッ、と切り、弟の顔に貼り付けた。セロハンテープは、この悪戯のためにあったのだ。

 それでも、彼は起きない。それをいいことに、健は何度も何度も――バス停に着いて彼が目を覚ますまで――書いては貼り付け、切っては貼り付けを繰り返す。

 バスを降りるときにチラっと伺うと、セロハンテープに気付いた優が慌てふためいていた。

――可愛いなぁ

 バスに乗るまではテストでブルーだったはずなのに、あの二人を見ているうちに、そんな気持ちはいつの間にかどこかへ行っていた。


   ◇ ◇ ◇


 あれから、何年が経っただろう。高校生だった私も短大を出て、働き始めてからもう五年。職場は離れているけれど、家から通ったほうが安く上がるので、今でもあのバスを利用している。

 夏の暑さが残る中、いつもの見慣れたバスが来た。けれど、あの頃の私よりも年上になった兄弟は、まだ来ていない。いや、正確には今日も……。

 あの頃からの顔馴染みとなった運転手さんも、四・五分は待つ気らしく、アイドリングストップよろしくエンジンを停止させた。乗り遅れたら大変なことを、よく知っているのだ。私も幾度かお世話になった記憶がある。

 二人が来たのは、いい加減出発しようと、再びエンジンがかけられた時だった。

「――何で食べたんだよっ!」

「食べてないって言ってるだろ!」

 バスの外から、言い争う声が聞こえる。

「嘘つけっ!」

 そうして乗り込んできた兄弟は、ここ半年くらいそうなのだが、ケンカをしていた。兄が最前列、弟が最後列である私の隣に座る。本当は、同じバスにも乗りたくないんだろうけれど、これしかないのだから、仕方が無い。その様子には以前の、仲の良い様子など、もう微塵も無かった。

 バスが出発する。二人はバスを降りるまで、お互いに口を利くことはなかった。


   ◇ ◇ ◇


 それから、一ヶ月。昼間は暖かくても、夜は、特に山間部の夜は、薄着だと少し肌寒くなった頃。 仕事が遅くなり、最終便にぎりぎり飛び乗った私は、バスの中に居た。

――疲れたなぁ……

 外は真っ暗で、鏡のようになった黒い窓ガラスに写る自分を見ながら、心の中で呟いた。その言葉の通りに、疲れきった自分の顔が、そこにはあった。

 あれからも、兄弟は毎日のように言い争いをしている。原因はやはり“くるみ”のせいらしく、聞く限りではどうやら、優が兄の“くるみ”を食べてしまったことらしい。高校生にもなって、と、私は思う。たかが食べ物のことで――飢餓に苦しんでいる国じゃあるまいし――なぜ、そこまで仲が悪くなれるのか、正直、理解できなかった。

――それとも……

 何か、あるのだろうか。実物を見たことはないけれど、兄弟が“くるみ”と呼ぶのなら、クルミか、それに近い物なのだろう。

 そう言えば、確か、十年に一度と言っていたはずだ。十年前に。

 ……と、言うことは、今年が“くるみ”の年なのか。

「……」

 気になった私は、鞄から携帯電話を取り出した。働き始めてから持ちだしたものだ。

 使おうとして、一度手を止める。公共交通機関であるバスの中では、一応、使用を避けなくてはいけないはずだ。……が、バスに乗っているのは私一人。まさか、長時間運転し続けなければならない運転手さんに、ペースメーカーは入っていないだろうし、通話をしなければ大丈夫だろう。それでも、座席の影に隠して、こっそりと使った。

 調べるのは、あの“くるみ”のこと。どの文字が充てられているのか、またそれが正式な名前なのかも分からないので、とりあえず私は、[くるみ クルミ 胡桃]と打ち込んだ。検索をクリックする寸前に、ハチミツ漬けがどうのこうのと言っていたことを記憶の端から引っ張り出して、最後に[ハチミツ]と付け加えた。 程なくして、結果が出る。有名なアーティストを調べた時程じゃないけれど、それでも決して少なくない件数が表示される。

 目に付いた物から開いて、読んでいく。ブログがほとんどで、そこには、『絶品だ』と言った賛賞や、『もう一度食べたい』と言った言葉が並ぶ。中には、『若返った』や『寿命が延びた』などどいった、胡散臭そうな記述もある。やっと見付かった、まともに紹介されているページから、“くるみ”に正式な名前は無く、“ハチミツ漬けの珍味”などと通称で呼ばれていること、やはり十年に一度、とある村で作られていることなどが判った。

 次に開いたのは、オークションのページだった。理科で使った蒸発皿のような黒い小皿の上に、一粒だけ乗った木の実の画像。確かに、これはクルミだ。商品名は、『胡桃のハチミツ漬け』で、説明の所には『ハチミツ漬けの珍味』の文字。兄弟の話していた物に、間違いなかった。

「――え?」

 ふと値段に目をやった私は、思わず声を出し、慌てて口を塞いだ。

 そこには、こんな小さな木の実一粒につけられるには場違いな――十五万円もの高値が付いていたのだ。

 落ち着くまでには、少し時間を要した。それから何度見返しても、それは十万の位から始まっていて、私の見間違いなどではない。よく見ればそれはついさっき入札が始まったばかりのものだ。つまり、これが最低価格で、これから更に上がるのだ、この金額は。

 パタン、と携帯電話を閉じて、それからバス停に着くまでの約三十分は、ただボーっとしていた。頭の理解が追いついていなかった。


 三十分後。運転手さんにお礼を言って、私はバスを降りた。

 灯りも無ければ、人も居ない。新月や天気の悪い日は、本当に真っ暗になる。幸い、今夜は満月が出ているけれど、両親は女の子一人でこんな所を歩かせられない、と心配していた。しかし、こんな夜に、高齢の親に迎えに来てもらうわけにもいかないし、生憎私には、生まれてこの方、送ってくれるような彼氏はいたことがない。女子高から女子短大に進んだのも、原因の一つだと思われる。それに、どうせこんな山の中。いるのはタヌキとかフクロウとかだけだ。通り魔をやるにしても、引ったくりをやるにしても、車さえ滅多に通らないこの道で、そこまで待ち続ける忍耐を持ったヤツは居ないだろう。逆に言えば、誰か人が来たら、まず危ないってこと。

 冷えた夜気に、もっと厚着をするべきだったと軽く後悔しつつ、私は仕舞っていた携帯電話を取り出して、自宅の番号を押した。通話ボタンは押さずに、右手の親指をその上に置いたまま、慣れた道を歩き出す。もしものことがあった時のために、いつもこうしているのだ。もっとも、母には、そういう時は押せないし、万が一繋がっても話せやしない、と笑われたのだが。

 少しの間点いていた画面の明かりも消えて、月明かりが思いのほか明るく感じられた。そのまま道を独り歩きながら、こんな時間になるのなら、カプセルホテルにでも泊まってくればよかったかとも考えたけれど、帰ってきてしまったからには仕方がないと、進み続けた。

 ……と、前方に、何か輪のような物が落ちているのを見付けた。

「――何だろう?」

 思ったことがそのまま、つい口に出る。ゆっくり近付くと、それは紙で作られたテープの芯だった。大きさ、形から考えて、恐らくはよく見かけるセロハンテープのものだ。

 セロハンテープと言われて、あの兄弟の、悪戯をしていた姿が頭を過ぎった。二人が中学に上がってからは、少なくとも鞄に付けていることはなかったけれど、私の中でセロハンテープと言うと、やはりあの二人だった。

 見れば、すぐ横の林道にも、転々と芯が落ちている。早く帰ったほうが良いことは分かっていたけれど、どうしても好奇心が勝って、私は細い林道へと足を踏み入れた。子供の頃に数回、途中までは来たことがある。行ったことはないけれど、確か山頂まで続いているはずだ。

 五分くらい……だったと思う。影に入ると全く見えなくなった林道を、遠い記憶を頼りにそれくらい歩くと、芯も暗闇では判らなくなってしまった。そろそろ戻ろうかと考え始めた頃、前方にぽっかりと開けた空間が見えた。老木が倒れてできたらしいそこまで行ったら戻ろうと、広場に近付いた私だったけれど、何かがおかしいことに気付いて、携帯電話を握る右手に力を入れた。――地面が、白っぽかったのだ。腐葉土や苔に覆われた地面に、白という色は不自然だった。

 おかしいと思っても、私の足は止まらなかった。怖い物見たさとでも言うのだろうか。昔から、怖いものが苦手なのに、夏のホラー特集は必ずと言っていいほど見ていたから。……頭から布団を被って。――それと同じように、私は進んで行く。一分とかからなかったはずなのに、そこに着くのに何時間もかかったような気がした。そこは――

 ――その場所は、辺り一面が、何百という、とにかくたくさんの白い輪で覆われていた。天頂に昇った満月光によって、スポットライトにを浴びたように照らされた広場にあったのは、大量のセロハンテープの芯だったのだ。

 この異常な光景は何なんだ、と、地面を見回していた私の視界の端に、別のモノが写る。

 広場の正面。向かい側の木の辺り。地面に気を取られていた私は気付かなかったけれど、何かが、上に在る。

 見てはいけない気がした。しかし、そんな気持ちとは裏腹に、目を開けたままゆっくりと、私の顔が上を向いていく……

「――ひッ――――」

 短く悲鳴を上げて息を呑み、右手から携帯電話が滑り落ちた。同時に、腰に力が入らなくなり、膝を折ってその隣にへたり込む。それでも視線は、見てしまった物から離せなかった。

 私が見たモノ、それは―――


 ――私の職場の近所にある公立高校の制服を着た、優の、首吊り遺体――


 でも、それが自殺でないことはすぐに分かった。なぜなら、優はセロハンテープで作られたと思われる太い紐で木から吊るされ、あちこちの木から糸のように伸びたテープを、体中に巻かれた状態だったのだ。それに引っ張られるようにして、死んだ優の両足と両腕が、操り人形のように様々な方向へと曲がっていた。おそらく、道と広場に落ちているセロハンテープの芯は、全てこれに使われた残骸なのだろう。

 人の遺体を目の前にしているのに、セロハンテープにこんなに強度があったのかと、私はそんなことに半ば感心していた。私の理解を超える異常なことが立て続けに起こりすぎたせいで、感覚が麻痺してしまったらしい。

 その証拠に、座り込んで見上げたそれは、上空から差し込む月光に照らされて、夜空に浮かぶ雨上がりのクモの巣のようで、私にはとても綺麗なモノだと感じられたのだ。

――あぁ……狂っちゃったんだ……

 やっぱり、と、ぼんやりそんなことを思っていると、不意に声が聞こえてきた。

“――……ゃん、紋子ちゃん! 聞こえたら返事しなさい! 紋子ちゃん! 聞こえ――”

 落とした時に繋がった携帯電話から、母の声が私を呼んでいた。

 偶然、本当に偶然繋がったけれど、―――けれど、母の言った通り、私は、遺体を見上げたまま、それに答えることは出来なかった……――。



     ―fin―

 後味の悪い作品を、最後まで読んでいただきありがとうございます。


 この「『くるみ』のハチミツ漬け」は、高校の文芸部に入って最初に書き上げた作品です。

 投稿した中にもいくつかある三題噺(キーワードを三つ決め、それを必ず文章中に使うというルールです)の一つで、「くるみ」によって変わっていく兄弟の姿を、紋子の視点から書いています。

 さて、殺人の引き金ともなった「くるみ」ですが、ハチミツだけでなく強い依存性・中毒性を持つ植物を含む薬草と共に漬け込まれているため、食べると一種の麻薬性を示す、という裏設定があったりします。

 一体どこで作られているのかは謎ですが、作者が勝手に考えたものなので、おそらく現実には無いと思われます。



 未熟ですが、これからも面白い物語が書けるよう精進していきますので、時々覘きに来ていただけると幸いです。

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