第一章 小説家・アイドル・王様 6
「だらだら戦ってるんじゃねーぞ、新人くん」
「必殺! ロイヤルラブリーアローレイン!!!」
エリコは、左手で弓を握り、右手で弦と矢を引くと、三匹の魔物に目掛けて射出する。
矢は赤い炎のようなエネルギーを纏い、一気に大地へと向かっていく。その矢はサブマシンガンを持ったゴリラの魔物を突き抜け、地面へ刺さる。ゴリラの魔物は大きな叫び声を上げ、絶命し、崩れ落ち、体が消滅すると共に、無数の赤くて小さな物体が周囲に飛散する。
赤い物体一つがコロコロと足下に転がってくる。それを拾い上げると、それは赤い石だった。手のひら大の石。
「ちょっと、新人君! それ、わたしのムーンストーンだから、勝手に取らないこと。分かった? わたしも追いかけている夢があるんだから。新人君には悪いけど、そこのところは容赦しないよ。それにしても、この魔物、良く育っていて、狩り時だわぁ。大漁大漁。今日もたくさんのムーンストーン、ゲットだぜ」
ムーンストーン。月の石。赤い月の石ということか。
〔アワーリティアの損壊により、ムーンストーンを獲得(獲得:十五ラピス)〕
ふと気がつくと、手のひらにあったはずのムーンストーンは消えていた。
空に浮かぶ伊達エリコ。
人気アイドルグループ○○の去年の総選挙で一位になり、今年、アイドルグループを引退して、ソロ活動を始めている。長い期間、○○のメンバーとして活動していたが、ここ四年から五年は全く売れていなかったはずだ。それが、一昨年から急に脚光を浴び始め、遂に去年の総選挙で一位になり、センターを飾ることとなった。
次世代の総選挙一位候補者・二位候補者が次々と失踪した事件もあって、一時期、黒幕説も噂になっていたが、その噂を忘れさせるほど、一気にスターダムへと駆け上がっていった。ただ、むしろSNS上では、さらに彼女の黒幕説が高まっていたっけ。
「はじめまして、魔法少女エリコだよ。よろしくねっ」
エリコは僕の隣に降り立つと、にっこり微笑んで、自己紹介した。
さすがアイドルスマイル。
エリコは普段の黒髪をピンク色に変えていて、左右ツインのお団子ヘアにしている。手には弓を持ち、お姫さま風のピンクのドレスを身に付けている。魔法少女というコンセプトで演出しているということか。
一方、僕は紺のダウンコートに、黒のジーパン。右手に「平凡な剣」、左手に「平凡な盾」。今日は、急に契約したからとはいえ、次は灰色の脳細胞を駆使して、しっかりと雰囲気重視でコーディネートしないといけない。
「僕の名前は真木英司。こちらこそ、コンゴトモヨロシク」
エリコが登場シーンで空を飛んでいたということは、このマールスという世界では元の世界の物理法則を無視した行動が可能ということだ。それはエリコの髪の毛の色を自由に変えることにもできるということだし、想像する力が強いほど、その固体の能力が高いということなのだろう。
今度は僕がやつらを倒す番だ。
バキーンッ
ゾウの魔物のスナイパーライフルから弾丸が発射される。さっきと同様に、弾丸の軌道ははっきりと見え、その動きはスローモーションのようにゆっくりだ。
わざわざ盾で防ぐ必要もない。
僕はゾウの魔物に向かって、走った。
「新人くん、がんばれー」
弾丸を躱し、ゾウの魔物に向かって、前に飛ぶ。
速く――速く――速く――弾丸よりも速く――
その僕のイメージは現実のものとなり、僕の体は弾丸以上の速度で、ゾウの魔物に向かって、一直線に飛んでいく。
エリコは必殺技、決め技を使っていた。おそらくこの世界では想像する力を技に変え、より大きな力にすることができるということだ。
「必殺! ライトニングストラッシュ!!!!」
僕の発した声とともに「平凡な剣」が黄色い雷をまとう。
ゾウの魔物と交錯するその瞬間、右手の剣を一振り。
ゾウの首が刎ねられ、地面へ転がる。と同時に、ゴリラの魔物同様に無数の赤い月の石となって、周囲に飛散する。
〔必殺技レベル1を発動(消費:十ラピス)〕
〔アワーリティアの撃破により、ムーンストーンを大量獲得(獲得:百ラピス)〕
これ、楽勝かも。
「さて、あともう一匹」
僕は最後に残ったサイの魔物と対峙する。
足下にはゴリラとゾウのムーンストーンがちらばっている。
「おおおおおぉ――」
サイが叫んだ。
すると、ゴリラの魔物とゾウの魔物の体から飛散したムーンストーンがカタカタと震え、ふわりと浮くと、サイの魔物に向かって飛んでいく。
周囲にあったすべてのムーンストーンがサイの魔物に引き寄せられ、そして、ムーンストーンと融合する。
サイの魔物は新たに形を変え、体が一回り大きくなり、両腕が銃となる。
「新人君。ムーンストーンは魔物たちそのもの。人間の欲望がムーンストーンを増やし、ムーンストーンが増えることで、魔物たちは強くなる。あのサイは、他の二体のムーンストーンを吸収し、さらに強くなったわ。気をつけて」
サイの魔物の銃口が光った。
銃口から黄色のエネルギーが照射され、ゾウのスナイパーライフルの弾丸と同様に避けようとするが、サイのエネルギーのスピードが速い。
避けることができず、左手の盾をかざしたが、サイの魔物から照射されたエネルギー体が僕の盾を突き抜け、そのまま胸に突き刺さり、大きな丸い穴を開ける。
僕の体は撃ち抜かれた。
やられた――
右手に握った剣を落とし、慌てて、胸に手をやると、そこは穴の開いていないダウンジャケットだった。
傷が癒えている。
撃ち抜かれた傷を治すという想像力が僕の傷を癒やしたのか。
〔ダメージ回復(消費:三百ラピス〕〕
「新人君。致命傷の回復は消耗が激しいから、気をつけて」
エリコが落とした剣を拾い上げ、僕に手渡す。
「ダメージを受けても、回復して戦い続けることはできる。でも、傷を癒やすために、わたしたちの力――ラピスを消費する。特に致命傷は一気にラピスを消費するから、傷が癒えるからといって、ダメージを受け続けてはダメ。さあ、一緒に戦うよ」