第6章 後悔・僕の凪・戦いの終わり 3
僕は、また《欲望を育てるもの》と戦うべきなのだろうか。
胸に手を当てた。
「真木英司! 青色のアワーリティアを目指すのであります。まずはタクティカルフィールドに侵入するのであります」
黄色い猫が肩に乗り、耳元で喋る。
「鳴海霧彦の交通事故は心が痛む事故であったのであります。ただ、今この瞬間も青色のアワーリティアに取り憑かれた人間が、その欲望を満たすために周囲に被害を与えているのであります。《夢を叶えるもの》として自分自身の夢を叶えること、そして、《欲望を育てるもの》の欲望の芽を摘み取り、世界に平和を取り戻すことも、《夢を叶えるもの》の使命なのであります」
よく喋る猫だ。
いや、黄色い猫は、黄色のアワーリティア・フラムだ。
これは当然の発言だろう。
この戦いは《夢を叶えるもの》の夢を実現することと《欲望を育てるもの》の欲望を満たすことをするための戦いなのだ。黄色のアワーリティア・フラムは、《欲望を育てるもの》本体であり、同時に《夢を叶えるもの》でもある。黄色のアワーリティアなのだから、僕が自分自身の夢を叶えるために行動させなければ、《欲望を育てるもの》としての存在意義が失われる。
しかし――
僕は、また《欲望を育てるもの》と戦うべきなのだろうか。
そう、また思った。
「真木英司! Web小説大賞を受賞して、書籍化が決定して、作家になるという夢を叶えることができたのであります。もっと叶えたい夢を願い、その夢を叶えるために、《欲望を育てるもの》と戦い続けることが、《夢を叶えるもの》の使命なのであります」
僕の夢――
十万部、いや、百万部のベストセラー。数々の文学賞の受賞。漫画化。アニメ化。映画化。実写ドラマ化。そして、王様のブランチでテレビ出演。
僕はこの二十五年間ずっとひとりで作品を書き続けてきた。
正社員にもならず、夢を追い続け、大学生と一緒にコンビニバイトを続けてきた。
今、《夢を叶えるもの》になったことは、遂に掴んだチャンスなんだ。
このチャンスを手放すわけには――
僕は河川敷に向かうことを決断する。
青色のアワーリティアがいる場所は、夢見駅から500メートルほど南にある大横川の河川敷だった。
夢見駅前から南にまっすぐ延びる大通りを進めば、大横川にぶつかり、大横川に架けられた夢見大橋に到着する。大横川の河川敷は広く、スポーツ公園として、サッカーグラウンドや野球場が整備され、休日になれば地元のスポーツ少年団や野球やサッカーの社会人リーグの試合が開催される。
夏になれば、大横川花火大会が開催され、最寄り駅から500メートルほどで会場に辿り着くという好立地のため、毎年大勢の花見客が訪れ、屋台などが大通りの両脇に並ぶ。
僕は、DDSを見つめながら、大横川に向かう。
「そう。それでいいのであります。《夢を叶えるもの》は自分自身の夢を叶えることを猛烈に願い、その思いこそが力になる。どのような犠牲を伴うにせよ。そして、《夢を叶えるもの》が夢を願うことをやめた瞬間、《夢を叶えるもの》はその力を失い、他者の夢を叶えるための糧となる。真木英司! お前が戦うことをやめたとしても、ただ他の《夢を叶えるもの》に刈られるだけなのであります」
黄色い猫は、満足そうな顔を浮かべると、消えた。
ぴゅうっと風が吹き抜け、僕の髪の毛が揺れた。




