第四章 引っ越し・双子・グッバイ社長 1
「先輩! 衣類の段ボールはそのタンスの前に置きましたよ」
タオルを手ぬぐいのように頭に巻いた鳴海が、「くぅ」と呟き、腰を両手でこんこんしながら、寝室からリビングに入ってきた。
ジョブスとの出会いから2週間が経った。
僕は、《夢を叶えるもの》としての戦いに若干の疑問を感じつつも、一日に1回、ないし二日に1回程度の《欲望を育てるもの》との戦いを続けた。単独でアワーリティアと戦う回数も増えたが、基本的にはトキワ荘に住む伊達エリカ、鴻上史郎、泉慎太郎と協力して戦うことが多い。
その結果、火野千世子からの新人狩りで大きく減ったムーンストーンの量も1万5千ラピス程度まで保有量が増えた。
そして、今日、軽トラックをレンタルし、自宅とトキワ荘を3往復ほどして、ワンルームマンションの荷物をすべてトキワ荘に移すことができた。
トキワ荘の201号室の間取りは、1LDKで、12畳の洋室に、20畳のリビングがあり、延べ床面積も50m2と、一人暮らしにしてはかなり広い。風呂とトイレも別々で、キッチンのコンロは3口のガスコンロだ。
6畳一間のワンルームマンションからの荷物を運びこんだため、広々としたキッチンに対して,小ぶりの2ドアの冷蔵庫。リビングにはメタルラックに24インチの液晶テレビを乗せて、小さなちゃぶ台に座椅子一つで、若干寂しい感じだ。
洋室の方もベッドと3段のプレスチック製のタンスに、小さな机とデスクランプで、執筆用に使っているノートパソコンだけだ。
これまで使っていた丸型の蛍光灯を洋室に付けたため、リビングには照明がないから、早く買わないと。
「荷物の運び込みは終わりましたね!」
鳴海は、頭に巻いたタオルを外し,首にかけると、リビングのちゃぶ台に置いた麦茶を一気飲みする。
「段ボールの中身はどうします?」
「いや。それは僕が一人でやるから、今日はこれで終わりにしようか」
鳴海は満足げににっこりと笑い、部屋を興味深そうに眺めた。
「それにしても、家賃、いくらですか? こんな夢見市の中心でこんな広い部屋かなり高いんじゃ? コンビニバイトの冴えない中年男性の部屋とは思えない」
とりあえず、ジョブスが僕の才能に惚れ込んで、作家としての活動を支援するために無提供した部屋だということにして、それを鳴海に説明する。
「えー、それマジですか。今度、そのジョブスって人紹介してくださいね! 作家としてのサイノ―は、先輩よりも俺の方が上だと思ってるのに、ジョブスは見る目がない」
「はいはい。まず鳴海が、Web小説大賞受賞してから言ってくれ」
僕は、鳴海に引っ越しを手伝ってくれたお礼に奢るからと伝え、19時に夢見駅前集合する約束をして別れた。
トキワ荘には共用施設がいくつかある。
まずは男女別々の大浴場があり、全身を伸ばしても問題ない広さのヒノキ風呂で、24時間いつでも入浴が可能だ。そして、ビリヤード、麻雀、チェス、将棋などが置かれた娯楽室に、壁一面が本棚で覆われた図書室、大きなテーブルに何個も椅子が並んだ食堂だ。
また建物以外の敷地も広く、綺麗に整備された芝生の広がる庭の奥にはバラ園がある。桜の木もあり、春になるとソメイヨシノがキレイだとか。
一人になった僕は、まず備え付けのキッチンカウンターの引き出しに食器類を入れるために、食器と太いマジックで書かれた段ボールのガムテープを外すと、皿類を包んだ新聞紙をゴミ袋に入れながら、引き出しの中に整理していく。
――引き出しの天板に何かがある。
引き出しを覗き込むと、天板にセロハンテープで封筒が張り付けられている。強引に封筒を引っ張り、封筒を取り出すと、その封筒には一枚の写真が入っていた。
全部で5人映っている。
ジョブスに、伊達エリカ、火野千世子の3人は分かったが、残りの2人はセーラー服を着た双子の姉妹だ。
微かに知っている記憶があり、じっと双子の姉妹の顔を見つめていると、NHKの朝ドラで主役を演じた役者だったことを思い出す。
ただ、二人とも一年半前に、練炭自殺して死んだんじゃなかったっけ。
写真をめくって、思わず、「ひぃ」っと声を出してしまった。
そこにはマジックで、「いつかどこかで会いましょう。真木英司さん」と書かれ、二人分のサインが書かれている。
写真をキッチンカウンターの上に置くと、大きく深呼吸する。
一体だれがこの写真をキッチンカウンターの引き出しの天板の裏に張り付けたのだろう。
封筒は真新しく、剥がしたセロハンテープのノリの部分もキレイに剥がせばまた使えそうなほど新しい。
悪寒を感じながら、窓の方へ歩き、リビングの窓を全開にして、外の空気を大きく吸い込んだ。
201号室のリビングの窓からは中庭が見える。
トキワ荘の中庭に鴻上史郎がいた。
濃い緑色のガーデンチェアに鴻上史郎が座って、本を読んでいるのが見えた。
JRの電車の液晶モニターに映った鴻上を思い出す。
マールスで一緒に戦っていたものの、こうやって現実の世界で同じ建物で話したことはない。そう思うと、僕は引越しの挨拶用の手土産を手にすると、部屋を出て、庭に向かった。




