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第一章 小説家・アイドル・王様 1

 預金残高 …… 98、291円


 少ない!

  少ない!

   少なすぎる!!!


 僕は、この程度の金額で、どれだけ長く残りの人生を生きていられるのだろうか。

 通帳の金額を見つめながら、握った拳に力が入る。


 僕は、銀行でお金を下ろすため、夢見銀行本店にいた。


 ここ夢見銀行は、地方都市の夢見市を拠点とする地方銀行で、地元の住民に愛されている地域密着型の銀行だ。特に、マスコットキャラクターの「ゆめきちくん」は、全国ゆるキャラグランプリでも上位に食い込む人気ぶりだ。ご当地キャラクターではなく、企業のマスコットキャラクターであるのにも関わらず、全国ゆるキャラグランプリにエントリーできているのが、その人気の証拠だ。


 そして、なにより夢見市の正式マスコットキャラクターである「ゆめひめちゃん」と、ライバル関係にある。日々、イベントで両者が対決を行い、切磋琢磨し、お互いの成長を認め合っている。先週の土曜日に開催された運動会では、50メートル走に出場し、見事、「ゆめきちくん」が勝利を収めたのだ。

 あの時の感動は忘れない。


 夢見銀行本店は、夢見駅前にあり、最も敷地面積が広い。入口の自動ドアを通ると、左手にATMが8台、正面に対面のカウンターとベンチが並んでいる。


 ATM順番待ちの列には20名ほどのお客さんがいた。


 時刻は12時17分。

 嗚呼、僕はフリーターだ。フリーターで、バイトの時間以外は基本的に自由だ。今日のシフトは夕方5時から。そんな僕が昼休みの混雑時に、銀行に来てしまったのか。もっと時間をずらせばよかったのに。


 つくづく自分自身が手際の良くない人間だと感じる。


 僕の前に並ぶお客さんはスーツ姿のサラリーマンで、そのサラリーマン前にはランチタイムにミニバッグに財布を入れた女性社員だ。


 一方、僕はというと。

 お気に入りのグレーのアディダスのスウェットパンツに、ユニクロの半袖Tシャツに、クロックスもどきのサンダルを履いている。

 バイトに出る直前にヒゲを剃るので、今は無精ヒゲが伸びている。


 預金残高 …… 98、291円

 一歩ずつ、ATMに近づきながら、僕は再び預金残高を見つめる。


 そんな僕も、今年で遂に四十代に突入。旧帝大卒業後、一度も正社員になったことがなく、無職で、独身バツイチ。都内のコンビニエンスストアでバイトをしながら、小説家を目指すこと、はや二十年。大学時代から付き合っていた彼女は一流企業に入社し、そんな彼女と結婚したものの、彼女とのヒモ状態の生活で小説家を目指した結果、僕の三十歳の誕生日に離婚届を突き付けられた。


 離婚届に「真木英司」と記名し,ハンコを押してから十年も経つ。


 現在の収入は、コンビニでのバイト代は月額二十万円程度。ワンルームのアパートの家賃、食費、光熱費と、たまに誘われる学生時代の友人からの飲み会――みんなサラリーマンで、何人か課長になっているから、無職の僕はかなり安いコストで参加可能なのだが――で、こんな収支では貯金ができるほどの余裕もない。


 そして、何より今年は前厄だ。


 今年の元旦に近所の洲崎神社に初詣に行って、一年間、どうぞ健康でありますようにとお願いもした。


 ただ、小説家デビューすることをお願いするのは何年も前にやめた。

 別に小説家デビューを諦めたわけじゃない。

 八百万の神に作家デビューを手伝ってもらうのをやめただけ。


 でも、お布施をたんまり支払って、神主さんに大幣を振ってもらって厄払いをしてもらわないと、正規のご利益が得られないのかもしれない。

 神頼みも納める金額によってご利益が変わるわけだから、今度、関東地方で有名な厄払いの神社を調べよう。


 でも、全財産が十万円しかない僕にいくらお布施ができるのだろうか。


 と、その時―――


 タタタタタタタタッ――――――――

 パリンッ、パリンッ、パリンッ―――――――――――――


 連続した爆発音とガラスの割れる音が、夢見銀行の中に響く。悲鳴がそれに続く。男、女、子ども、様々な悲鳴が重なり合う。


 音がする方に首を向けた瞬間、左肩に大きな衝撃を受け、その衝撃で後方に飛ばされ、頭から床に倒れこむ。


 左肩が熱い。そして、遅れて、激痛が走る。通帳から手を放し、右手で左肩に触る。右手のてのひらは、真っ赤に染まっていた。ぬめっとした鮮血がてのひらから手首の方にだらりと流れ落ちる。

 そこで、ようやく僕は左肩を撃たれたことに気づいた。


 血の匂い――鉄の匂いが鼻をつく。

 そして、アドレナリンが体内に溢れ、一気に意識がはっきりする。

 

 何が起こった―――テロか。


 床に伏せながら、周囲を見渡し、近くに大きな観葉植物を見つけた。カポック、いや、正式名称はシェフレラだ。僕は這いつくばりながら、シェフレラの鉢の背後に移動する。かなり葉が大きく茂っており、葉っぱと鉢で完全に身を隠すことができた。


 どうしたものか。

 落ち着かせるため、大きく一呼吸する。


「金だ! 金を出せ!」

 男の声が聞こえた。


 銀行強盗だ。


 ATMコーナーは、銀行の出入り口の近くにあるが、今いるシェフレラの鉢から銀行の出入り口に向かうには、一度、銀行強盗の射線に身を晒さなければならない。


 そのとき、スーツ姿の男が、僕の目の前をとおり、自動ドアに向かって、駆け抜けていく。


 バキーンッ


 再び、爆発音が聞こえ、スーツの男は背中を銃撃され、そのままの勢いで、自動ドアに向かって突っ込み、自動ドアが開くよりも先に、ゴツッと大きな音を立てガラスに激突し、その場に倒れる。


 男は動かない。

 男から赤黒い血液が広がっていく。


 かなり正確な狙撃だ。逃げられない。


 血に濡れた右手をズボンに擦りつけ、ズボンのポケットからスマホを取り出す。滑る指先に苦労しながら、カメラモードに切り替えると、スマホのガラスに血の指紋が残る。


 カメラのレンズをシェフレラの葉と葉の隙間に動かし、銀行の店内の様子を伺う。


 三人の男が接客用のカウンターの上に立っていた。三人ともみな、灰色の目出し帽をかぶり、片手に各の銃器を手にしている。着ているものは紺色のジャンパーに黒のズボン。三人とも同じ服装だ。

 一人は拳銃を手に、反対の手に大きな袋を持ち、銀行全体を見渡している。二人目はサブマシンガンを構え、三人目はスナイパーライフルで狙いを定めている。


 拳銃はシグザウエル、サブマシンガンはウージー、スナイパーライフルはバレットだ。一時期、ジョン・ル・カレのようなスパイ作家を目指して、習得した重火器の知識だ。


 一方、店内は血の海だった。老若男女問わず、多くの人間が床に倒れている。倒れた人間から赤い血液が広がっていく。


「この袋に金を入れろ!」

 接客用のカウンターに立つ男が拳銃を足下に向けながら、叫んだ。


 角度的にカウンターの背後は見えないが、おそらくカウンターの向こうに夢見銀行の銀行員がうずくまっているのだろう。


 一旦の間。


 そして、男の拳銃から爆発音がすると、さっと別の位置に狙いを付ける。


「さっさと、この袋に金を入れろ! 死にたいのか!」


 バキーンッ

 再び、爆発音。

 その瞬間、右手に大きな衝撃を受ける。僕のスマホが弾丸に撃ち抜かれ、弾丸が背後の壁に穴をあける。


 僕の右手のスマホは、バラバラに砕け、部品が周囲に飛散する。

 もう僕の右手にはスマホはない。


 この日本にスマホを撃ち抜けるスナイパーがいるのかと思うと同時に、僕自身がこの場で生存していること、そして、銀行強盗に僕の存在を気づかれたことに気づく。


 狙われている。


 嗚呼――

 これにて僕の人生も終わりか。

 ―― 結局、何も成し遂げることはできなかった。


 小説家として新人賞を受賞し、脚光を浴びることもなし。百万部のベストセラーも夢のまた夢、数々の文学賞の受賞なんてありえない。漫画化もアニメ化も映画化もありえない。日本を代表する作家となって、晩年は日本のご意見番としてテレビ出演するなんてことは、もっての外だ。


 それとも、小説家になることを早々に諦めて、普通のサラリーマンになって、結婚して、子どもを持って、家族円満の生活を送っておけばよかったのか。


 いやいや、それは、ダメだ。

 普通のサラリーマン人生を送るのだけは、絶対にダメだ。

 絶対に!


 僕はもう妻に多くの犠牲を強いてきた。ここまで来て、後戻りはできない。普通のサラリーマンを選択するのであれば、三十歳までに離婚届を突き付けられたときに最後の選択しなければならなかった。


 だから、今でも小説家デビューすることだけを目指すことは変わらない。


 だけど、ただ、この状況――僕はやはりこのまま死んでしまうのだろうか。




 ――その夢、叶えたくはないか

 僕の目の前に車椅子に乗った赤いスーツの男がいた。

こんにちは! 月村御蔭です。よろしくお願いします。


『40歳を迎える僕は小説家になるという夢を叶えることができるのか』の執筆を再開しました。

主人公真木英司が、《夢を叶えるもの》となり、《欲望を育てるもの》アワーリティアと戦うバトルファンタジーです。


バツイチ・独身でありながら、作家デビューを夢見てきた男は果たして、作家デビューすることができるのか。

読んでいただけると、嬉しいです。

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