トリガー
16
「え?」
祖母はニコニコしながら慧に言った。
「東京とは比べものにならんかも知れんけど、今夜、近所の神社でお祭りがあるんじょ。この村にしてはえらい屋台もでよるし、慧ちゃんのような若いしもきっとおるけぇ、おもっしょいと思うわぁ〜」
祭りか……どうせ慧は暇だし、行ってみてもいいかと思う。
「ほんでな、もし良かったらなんやけど、隣の山田さんのとこのお子さん、秋馬くん、一緒に連れてってもらえん? お母さんは祭りの手伝いしようけど、お父さん、仕事中骨折したけん、移動はえらいんよ」
げ……子どものお守りか……。
でも今は居候の身だし、それくらいはいいか。
「どうするで? いけるん??」
「あぁ、分かった。行くよ」
祖母は嬉しそうに笑った。
「わいはお土産いっこもいらんけん、楽しんできてな」
17
辺りが真っ暗になった頃、慧は秋馬とお祭りに向かった。
遠くからお囃子が聞こえる。
秋馬と手を繋ぎ、一の鳥居をくぐると、途端に自分が子どもに戻ったような気持ちになる。
参道の両脇にズラリと並ぶ屋台の灯は、内側からのれんや商品、人の顔までも照らす。その光があちこちに掲げられた提灯と相俟って、何とも言えない幻想的な雰囲気を醸し出している。
秋馬が鼻をひくひくさせているのは、香ばしく食欲をそそる匂いがあちこちからしてくるからだろう。そんな子どもらしい秋馬の様子に慧の顔は綻んだ。
「何が食べたい? 遠慮しなくていいぞ」と慧が言うと、秋馬の表情がパァっと輝き出す。
気持ちが逸っているようで、秋馬は慧の手をグイグイひっぱり、綿菓子の屋台の前に連れて行く。
綿菓子袋は慧の知らないアニメのキャラクターばかりで、最近はこんなのが流行ってるのか、と妙に感心する。
秋馬がどのキャラクターにしようか選んでいたところで、後ろから声をかけられた。
「おじさん」
振り向くと、浴衣姿の蛍が立っていた。
18
慧は一瞬言葉を忘れた。
ブルーを基調に、ピンポンマムやデイジーなどの白い花があちこちにあしらわれている可憐で涼しげな浴衣は、蛍を普段より一層魅力的に見せていた。
いつもはおろされている髪も、今日はシニヨンでまとめられている。少し下ろした後れ毛やうなじからも、高校生らしからぬ色香がのぞいていて、慧は戸惑った。
「ここに来る前におじさんとこ寄ったら、祭りに行ってるって言われた。会えて良かった。
浴衣、着てみたんだぁ〜〜! どうどう?!」
期待のこもった眼差しで慧を見つめる蛍。
孫にも衣装だな……という言葉が口をついて出ようとしたが、大人気ないと気づき、率直に感想を伝えることにした。
「似合ってる。綺麗だ」
予想外の反応に蛍の顔は、薄暗がりでも分かる程赤くなった。
「おじさん、これにする〜〜!」
秋馬の言葉が二人の会話を遮った。
「はいはい。これ一つください」
慧のよく通る声が耳に心地よい。
「まいど〜〜!」
蛍の胸の高鳴りをよそに、二人はなんだか楽しそうだ。
「お前もなんか食うか?」
慧の一言に目を丸くする蛍。
「えっ! いいの?」
とびきり嬉しそうな顔をして蛍は答える。
「りんご飴食べたい!」
「よし、交換条件にばあちゃんへのお土産、何がいいか考えてくれ」
「はぁい! 秋馬くん、行こ!」
蛍は機嫌良さそうに秋馬の空いてる手を引いて歩き出した。
慧は、蛍と秋馬の後ろ姿を眺めながら、子守の一人も二人も変わらないからな、と笑った。
19
「よくもまぁ、あれだけ食べられるな……」
蛍の食欲に呆れ返る慧。
祭りを一通り見て楽しんで、お腹いっぱいになったのか少し眠そうな秋馬を見て、慧は言う。
「そろそろ帰るか? 送っててやる」
そんな慧の言葉になぜか蛍は慌てた。
「ちょっと待って! メインイベントがまだだから!」
「はぁ?」と返した時、それは始まった。
ヒュ〜〜〜〜〜〜……
ドーーーーン!!!
「わぁ!!!」
夜空に咲いた大輪の花に、眠気も吹っ飛んだ秋馬は歓声をあげる。
その瞬間、フラッシュバックが起き、慧の思考は二週間前へと飛んだ。