毒消し(中編)
周囲を山々に囲まれ、村の中央を一本の川が流れている。
遥か先の山々から流れてきているのだろう、川床が見えるほどに透き通っていた。
それほど大きな村ではないのだが、村の中は多くの人が行き交っていた。
これだけの人間が寝泊りする場所が何処にあるのだろうか。
あまりに多い人の往来に違和感を感じながらも、レンジの足は真っ先に宿屋へと向っていた。
川に沿うように家々が立ち並ぶ。
そのど真ん中に一目で宿屋と分かる大きな建物があった。
ひっきりなしに人が出入りしている。
出てくる人を先に行かせ、レンジは建物の中に入った。
カウンターでは無愛想な店主がレンジをジロジロと値踏みしているが、その視線を気にする様子は無い。
「いらっしゃい。」
「部屋を取りたいんだが空きはあるか?」
「残念だが今日はもう一杯だ。明日には団体が出て行くから余裕があるけど今日はダメだな。」
「そうか。」
「いや、待てよ少し高いが特別室なら空きが・・・。」
「結構だ。」
店主の提案を途中で断りレンジは踵を返しさっさと宿を出て行った。
「こんな時間に宿なんて何処にもないぞ、せいぜい野宿でもするんだな!」
後ろから店主の捨て台詞が聞こえるがレンジが気にする様子もない。
続いてレンジが向ったのは先程の宿から少し離れたこじんまりとした宿だったが、そこも同じように満室の為と断られてしまう。
結局村にある計6件全ての宿を回っても何処にも空きは無かった。
「どうなっているんだ?」
川のほとりに腰を下ろしたレンジの口から珍しくボヤキが漏れる。
一件目に空きがあるのわかっているが、あれはぼったくる為の部屋なのでそもそも選択肢に入らない。
だが、他の宿も一杯というのがどうしても納得できなかった。
それだけじゃない。
村の規模を考えても明らかに人が多い。
誰もが何をするわけでもなく暇そうに時間を潰していた。
陽の高い時間から酒を呑み、それでいて暴れるわけでもない。
まず服装が変だ。
今横を通り過ぎた奴も小綺麗な服を着ている。
どう考えても酪農か林業を生業としていそうな土地なのに、そんな感じの格好をした人間にまだ出会っていないのも変だ。
どうやって食い扶持を確保しているんだろうか。
なにより宿が6件もあるというのは多すぎる。
にもかかわらずその全てが埋まっている事も変だ。
宿を確保できなかった事実を思い出しレンジはもう一度深くため息をついた。
そんな時だった。
項垂れるレンジに静かに近づく影が一つ。
まるで子供が親を脅かす時のように大げさな忍び足でその影はレンジに迫っていく。
「俺に何か用か?」
「ひゃっ!」
レンジにバレていた事に飛び上がって驚く人影。
振り返ったそこにいたのはどこかで見た事のある服を着た少女だった。
「別に何をされたわけじゃないが、何かするつもりだったのか?」
「冒険者の方だったらと思って声をかけようと思っただけなんです、叩かないで!」
「いや、叩かねぇよ。」
「本当?」
「子供を叩く趣味はねぇ。」
どう見ても15を過ぎたぐらいだろう。
カノンに比べたら明らかにボリュームがなさ過ぎる。
もちろんレンジの守備範囲外だ。
「子供じゃありません!こう見えても32です!」
「嘘だろ?」
「嘘じゃないですよ!」
「じゃあ証拠見せてもらおうか。」
「しょ、証拠ですか?」
「あぁ、子供じゃないんなら何かあるだろ。」
レンジが少女に詰め寄る。
傍から見れば大人が子供にメンチ切ってるような感じになるだろうか。
だがそんなレンジにたじろぐ事無く少女はレンジを睨んでいた。
「脱ぎます!」
「はぁ!?」
「脱いだら大人って分かるはずです!」
「ちょ、ちょっと待て!」
今度はレンジが慌てた。
別に好みの女なら人前で裸になられたって何とも思わない。
むしろそのままお持ち帰りするのがレンジという男だ。
だがこの子は違う。
こんな場所で少女を脱がしたとなればすぐに人がやってきて、連行されてしまうだろう。
それはまずい。
非常にまずい。
ただでさえ時間がないのにこんな所で捕まっている時間なんてない。
そんなレンジの同様など知る由もなく、少女の手は自身のズボンに伸びようとしていた。
だがそれよりも早くレンジの手が少女の腰に伸ばされる。
そして少女を小脇に抱え、その場から走り出した。
「家は何処だ!」
「家ですか?でしたらお店の方にお願いします。」
「店だな!」
「ここを真っ直ぐ行って、村の一番端っこです。」
「それまで脱ぐなよ、分かったな!」
「じゃあ着いたらお見せしますね。」
「見せなくていい!」
見た目はまるで人さらいだ。
だが不思議な事にその姿を見て通報する人は誰もいなかった。
レンジが少女を攫って、もとい連れて向かったのは村の一番端と思われる寂れた区画のそのまた一番奥だった。
三方を森に囲まれ用事が無ければ人が来るような場所ではない。
一瞬罠に嵌められたのかと勘繰ったレンジだったが、その店にかかっている看板を見て安心した。
「ただいま~。」
レンジがドアを開けると少女が中に呼びかける。
だが中から返事はない。
「あれ、誰もいない。」
「それは俺の知ったこっちゃないが・・・降ろすぞ。」
「えぇぇ、もうちょっと抱いてもらってもいいんですよ?」
「降りろ。」
丸太を放り投げるように少女を床に降ろす。
「シュリアン商店の看板がかかっていたが、本当にここはそうなのか?」
「もちろんですよ、ようこそシュリアン商店7号店出張所へ!」
「出張所?」
「本店は山を下りた大きな街にありますから、ここはその出張所になります。」
「随分と中心から離れたところにあるんだな。」
「この村の皆さんは余り冒険者の事をよく思っていないんです。この村に来るのは巡礼者とお抱えの神聖騎士団だけですから。」
村の中を暇そうに歩く小綺麗な人たちはおそらくその巡礼者という奴なのだろう。
そして村はその巡礼者相手の商売で成り立っている。
なるほど、通りで酪農や農業をするような格好をしていないわけだ。
「冒険者が来なくて商売が成り立つのか?」
「たまに一山向こうのダンジョンへ向かう方が来てくださるので何とか。娘も頑張ってくれていますし。」
「娘?」
「あー、まだ子供だと疑ってますね!」
真っ赤な顔で頬を膨らます少女。
誰がどう見ても32歳には見えない。
種族とかそういう問題ではない、明らかに見た目がおかしい。
「いや、どう見ても子供だろ。」
「これを見てもまだそういう事を言いますか!」
そう言うと少女が再びズボンに手を伸ばす。
しかし今度は屋外ではないのでレンジは微動だにしなかった。
少女がズボンを膝まで降ろし、服をガバっと胸元までめくる。
あらわになった腹部には無数の皺が走っていた。
「・・・激ヤセしたのか?」
「違います!妊娠線です!これでも子供産んでるんですからね!」
「子供が子供を産んだのか。」
「だから違うって言ってるじゃないですか!」
まだ納得していないレンジだが、最初よりは考えが変わってきている。
確かに腹部に見えるそれは妊娠時にできる特有のものだ。
臍から上下に走る線も経産婦によくみられる兆候ではある。
それによく見ると胸が無いわけではない。
それだけでなくズボンに圧迫されていたのか、意外にお尻も大きい様だ。
「安産型って言ってください。」
「なんだって?」
「とにかく、私は子供じゃないんです。わかりましたか!」
その時だった。
レンジにお腹を見せつけてどや顔をしている最中に、誰かが店に入ってきた。
「お母さんただいま~、ちょっと聞いてよせっかく僕が追い込んだ獲物が逃げちゃって・・・。」
突如としてあらわれた来訪者は二人の状況を見て完全に固まる。
それもそうだろう。
少女?のズボンは膝まで降ろされ服は胸元までめくれている。
「あ、べルちゃんおかえりなさい。」
当の本人は何も気にせずその恰好のまま来訪者のほうを振り向いた。
来訪者にどういう顔を向けたのかはレンジにはわからない。
だが、次の反応で何か誤解をしているということだけはわかった。
「僕の母さんに触るなぁぁぁぁぁ!」
来訪者は背負っていた弓を構えると目にもとまらぬ速さでレンジに矢を打ち込む。
その矢はレンジの眉間を貫くべく一直線に飛んで行った。
だがそれが刺さることはもちろんない。
レンジは余裕の表情でその矢を掴み止めてみせた。
その様子にさらに怒りのボルテージを上げる来訪者。
再び矢を番えた次の瞬間。
「こら!お客様になんてことするの!」
先ほどまで間抜けな格好をしていた少女がいつの間にか来訪者の所まで駆け寄っていた。
そしてその顔めがけて素早く手を振り下ろす。
「痛い!」
「まったくお客様に刺さったらどうするの。」
「だって、母さんが襲われそうになって。」
「襲われてないの、子供だって言われたから証拠を見せてただけです。」
「それでそこまで脱ぐって、相手は男の人だよ!?」
「それがどうしたの?男の人がいなかったら生まれてないんだよ?」
「いや、そうなんだけど・・・。」
納得いかない来訪者。
だがそのやり取りを見て確かに少女ではないことをレンジは確信した。
「どうやら本当に子供ではなかったようだ。」
「やっとわかってくれたんですね。」
「見せてもらって言うのもなんだが、男の前で証拠を見せるのは控えたほうがいいんじゃないか?」
「私だって誰にでも見せてるわけじゃありません?見せるのはいい男だけですから。」
「ほぉ、それは光栄だな。」
「さっきだっていい男だから声をかけようと思ったら急に声をかけられて、びっくりしちゃっただけです。」
どうやらナンパするためにレンジに忍び寄っていたらしい。
良い男にはすかさずアプローチをするその姿に、レンジはある人物を思い浮かべていた。
「・・・サーラの知人か?」
「サーラちゃんを知っているんですか?」
「あぁあれは良い女だった、性格も中身も申し分ない。」
「サーラちゃんボインですからねぇ、もう少し私にもお肉があったらいいんですけど。」
「脱いだら案外あるじゃないか。」
「お眼鏡にかないました?」
「あぁ、今晩頼みたいぐらいにはな。」
どこかで聞いたような誘い文句にレンジは遠く離れた女を懐かしんだ。
「ちょっとちょっと二人とも!何勝手に話を進めてるんだよ!」
話を聞いていたベルが良い雰囲気になっている二人の間に割って入る。
折角の雰囲気を邪魔され、レンジの怒りポイントが一つ点灯した。
「別に俺が誰を誘おうか構わないだろ?」
「だって僕の母さんだよ?」
「それがどうした、良い女がいたら抱く。当然の事だろうが。」
「当然じゃないよ!」
「こんな気持ちになるなんて何年ぶりかしら、私上手く女になれてます?」
「あぁ、そそられる。」
「だーかーらー!!」
レンジの怒りポイントが再び点灯する。
仏の顔も三度まで。
あと一つ点灯すればどうなるのだろうか。
「それはそうとちょうど宿が無くて困っていたんだ、シュリアン商店ってことは宿もやっているんだよな?」
「ごめんなさい出張所なので宿はやってなくて、代わりに我が家でよければ大丈夫ですよ。」
「一泊たのむ、用事が終わったら楽しむとしよう。」
「まぁ、ちゃんと濡れるかしら。」
「まかせておけ。」
守備範囲になったとたんに態度を変えるレンジ。
二人の間にはこの先のお楽しみしか見えていない。
「ダメダメ絶対ダメ!こんな人が家に来るなんて僕は反対だからね!」
ピコーン。
怒りポイントが三度の点灯。
レンジにとってお楽しみを邪魔されることは相手が誰であれ許されるものではない。
それがこれから抱く女の家族でもだ。
「さっきから聞いていればいちいちうるさい奴だな、人の頭に弓を射かけておきながらどういう了見だ?」
つかんだままの矢をベルに向かって突き出すレンジ。
見事な羽根飾りがレンジの目の前で揺れた。
「そ、それは母さんが襲われるっておもったから・・・。」
「思ったら他人を狙ってもいいのか?」
「母さんの命を守るためなら別に構わないよ!」
「それじゃあ聞くが全く関係ない人間を狙ったことについてはどう弁解するんだ?」
「え?」
「これに見覚えがないとは言わせんぞ。」
そう言いながらレンジは袋の中から一本の矢を取り出す。
ここに来る前に狙われた矢。
それと先ほど射掛けられた矢が見事に一致した。
「それは僕の!」
「岩場を歩いていた時に襲われたのがこの弓だ。お前には無関係な人間を狙う趣味でもあるのか?」
「そんなのないよ!」
「ならこれについてはどう説明するつもりだ?あれは明らかに俺を殺しに来ていた、無関係な俺をだ。」
「そ、それは・・・。」
「ベルちゃんどうしてそんなことしたの?」
「それは、獲物に見えたから狙っただけで、あんな所に人が居るなんて思わなくてそれで・・・。」
二人に言い寄られてベルはどんどんと商店の隅に追いやられていく。
その途中で机の角に足を引っかけ尻もちをつくようにして転んでしまった。
「いたたたた。」
こけた拍子に左右の足が大きく開かれる。
まず見えたのは柔らかそうな太もも。
そのまま視線を奥にずらすと、あるべきところにあるべきものが無い。
健康的な太ももの先は真っ白な女性の下着で覆われていた。
ベルが視線を感じ慌てて足を閉じる。
「・・・見た?」
「お前女だったんだな。」
「いやぁぁぁぁぁ!!」
「僕とか言うもんだからてっきり男だと思っていたが。」
「最初に言いましたよ、娘がいるって。」
「そう言えばそんな気もするな。」
「うぅ、全部見られちゃった・・・。もうお嫁にいけない。」
下着を見られた事で顔を真っ赤にして俯いてしまうベル。
そんなベルを母親はニコニコしながら見つめていた。
「いざとなったらこの人が貰ってくれるから大丈夫だよ。」
「おい、さすがにこっちは子供過ぎるだろ。」
「ベルちゃんも脱いだらすごいんですよ?」
「親の前で娘を犯す趣味はねぇよ。」
「優しいんですね。」
「せっかく抱くなら経験豊富な女の方が楽しめるだろ?」
残念ながらベルはレンジの守備範囲外だったようだ。
良かったのか悪かったのか。
本人はいまだ下着を見られたショックから立ち直れないでいた。
「そういえば名前を聞いていませんでした、私はヘルノです。」
「レンジだ。」
「やっぱり。サーラちゃんからレンジさんの話を聞いていましたけどまさか会えるとは思いませんでした。」
「なんて聞いているんだ?」
「とっても素敵な錬金術師様だって。」
「それだけじゃなさそうな口ぶりだがな。」
再び街に戻ったらたっぷり可愛がってやろうとレンジは誓うのだった。
「どうしてこの村に?」
商店の隅でうずくまったまま凹んでいるベルを放っておいて、二人は次に待つお楽しみのための準備を進める。
ここに来るまでに手に入れた魔物の素材を買い取り出し、代わりに足りないモノを補充する。
せっかく商店に来ているんだ、補充する物を補充しておかなければ勿体無い。
また迷子になった時に困るのはレンジだ。
「ここに来る途中でちょいと仕事を頼まれてな。」
「それも女性がらみなんですね、いけない人。」
「いい女が死にそうなら助けるのは当然だろ?」
「私も困っていたら助けてもらえますか?素材は全部で銀貨7枚で買い取りできます、御希望は携帯食料とお水とロープと・・・他に何かあります?」
「珍しい薬草か薬になりそうな物はないか?」
「生憎普通の薬草しかないんです。」
「そうか・・・。」
簡単に手に入るならば苦労はしない。
だが助けると約束した手前、レンジに諦めるという選択肢は出てこない。
なければ探せば良いだけの話しだ。
「珍しい薬草ってどんなの?」
と、先ほどまでいじけていたベルが会話に混ざってくる。
「珍しい毒を中和するために使う香草だ。この辺りにある高い山の岩場にしか自生してないやつでな、この時期を逃せば次に見つけられるのは来年になる。」
「それって何色?」
「師匠の所で見たやつは黄色だったな。」
「小さい奴なら前に見たよ。」
「知ってるのか!?」
「確か先週山に入った時岩場で見た気がする。あんな場所に花が咲くなんて珍しいから・・・。」
「何か匂いがしなかったか?」
「えぇっと甘い匂いがした。」
「間違いない、それだ。」
まさかこんな簡単に見つかるなんてでき過ぎじゃないのか?とレンジは疑う。
だが、それが本当ならこれでカノンを助けることができる。
あとは、枯れる前にたどり着けるかだが・・・。
「ベルちゃん場所覚えてるの?」
「ごめんなさい、獲物を追ってる時にちょっと見ただけだから北の山としかわからない。」
「北か、闇雲に探すよりはマシな情報だな。助かる。」
「でも、今は御隠れの時期だから明日の夕方まで北の山には入れないよ?」
「御隠れ?」
「この山は聖日の神様が祭られている霊山なんです。週に一度、聖日前夜にだけ登山道が開かれて翌日の聖日を過ぎれば再び山は閉ざされてしまいます。」
聖日の神様。
遥か昔に邪悪な神を打ち滅ぼしたらしいが、レンジはその手の話を信じていない。
「閉ざされると具体的に何が起きるんだ?」
「霧に覆われて迷子になるんだ。」
「でもお前はその山に入ったんだろ?」
「あ、あれは間違って入っちゃっただけで・・・。」
「偶然でも行って帰ってこれたなら問題ない。」
レンジは立ち上がると机の上に置かれた携帯食料などを袋に詰めだした。
「ちょっとちょっと、今から行くの!?」
「生憎山が開くとかいう日を待っていられないんでね、少しでも遅れれば香草は枯れる。」
「それがあればその人は助かるの?」
「むしろそれが無ければ助からない。手に入る可能性があるなら俺はいくだけだ。」
「今からでしたら夜には戻ってこれますか?」
「すぐに見つかればな。」
「では簡易の天幕と携帯燃料それとランタンも持っていってください。」
「この商売上手め。」
「よく言われます。」
さりげなく商品を追加購入させるヘルノにレンジは思わず苦笑いをする。
だが、無いよりもある方がいい。
幸いレンジの袋は特別製だ。
入らないことはない。
「代金の残りは帰りに貰う、預かっておいてくれ。」
「いいんですか?」
「そしたら戻ってくる口実ができるだろ?」
にやりとレンジが笑うとヘルノも嬉しそうに微笑んだ。
抱くことはあきらめていない。
ただ優先順位が低いだけだ。
「僕も行くよ!」
「結構だ、俺一人の方が歩きやすい。」
「でもこの山の事は何も知らないでしょ?北の山なら僕の庭だし、絶対に見つけるから!」
「自分の庭だと言って見つけられなかったやつを知っているんだがな。」
レンジはサーラともう一人の顔を思い出す。
最初こそあれな出会いだったが、結局は二人ともレンジに抱かれたのだった。
抱いた女は忘れない。
今頃大きなくしゃみでもしているのだろう。
「レンジさん、どうかベルを連れて行ってください。見た目はこれですが弓の腕は間違いありません、それに道案内がいれば早めに戻れるのではないですか?」
「・・・確かにそうだな。」
「でしょ!それじゃあ決まり、母さん行ってくるね!」
「くれぐれも気を付けて、レンジさんに迷惑かけちゃだめですよ。」
「わかってるって!」
こうして半ば強引に二人は山へと向かうのだった。
神様が祭られてるというその山は話の通り濃い霧に覆われていた。
一歩先は見えても三歩先を見ることは適わない。
突然巨木が現れたとしても避けられるのは視界に入ってからだ。
そんな過酷な状態でもレンジたちは歩みを止めなかった。
目的はただ一つ、岩場にしか生えないという香草を見つけるため。
とは言っても歩みは非常に遅く、どれだけ進んだのかの検討もつかない。
そのような状況でもベルは迷う事無く一歩を踏みしめる。
その一歩には大きな自信があった。
間違えるはずがない。
それがベルの一歩を後押ししていた。
「おい、本当にこの道であってるのか?」
「大丈夫。あともう少し歩いたら二股に分かれた樹があるからそれを左に曲がるよ。」
この霧でよく道が分かるなとレンジは感心していた。
自分一人では間違いなく彷徨っていた。
連れてきて正解だった、どこかの駄犬とは大違いだ。
「まったく、この霧はどうにかならないのか?」
「常霧の森から流れてくるから無理だよ。霧が晴れるのは風向きが変わる聖日前日の夕方からだけ、だからここは霧に守られた聖域として崇められているんだ。」
「なるほどねぇ。」
「貴方は聖日の神様を信仰してないの?」
「神様に興味なんてねぇよ。それに祈って食い物が降ってくるなら別だがな。」
「あはは、確かにそうだね。」
仮に神様を抱けるとしたら少しは興味を持ったかもしれないが、残念ながらそんな事はありえない。
「あ、樹が見えてきた。」
ベルの言うとおり正面に二股に分かれた樹が突然現れる。
立派な樹だ。
根元は一本の樹だが、強大な力で左右に引き裂かれたようにも見える。
「これを左だな。」
「うん、次は重なり岩を右に行けば岩場に出るよ。」
「この霧じゃ匂いも消えるな。」
「本当にかすかだったし難しいかも。」
「それならしらみつぶしに探すまでだ。」
「魔物は出ないと思うけど、出たらすぐ身を伏せてね。」
「お前に三回も狙われたくねぇよ。」
「だから、ワザとやったんじゃないんだって!」
そもそもこの霧で飛び道具を使おう何て考えがおかしいのだ。
自分一人ならともかく仲間が何処にいるかも判らない状況で飛び道具を使えば、たいていの場合味方にあたる。
二度ベルの狙撃を防いでいるレンジとはいえ、いきなり目の前に飛んできた矢を止められるほどの反射神経は持ち合わせていない。
そうならない為の方法はただ一つ。
身を伏せ射線上に立たないことだ。
「ねぇ、錬金術師って普段どんな事してるの?」
どれぐらい進んだだろうか。
歩く事に飽きたのかレンジに質問をする。
レンジにはベルの歩く足元しか見えていないが、その声はハッキリと耳に届いた。
「別に変わった事なんてしてねぇよ。薬が居るっていわれれば作って、薬品がいるってなったら調合して。依頼を受けてはこなして、たまには魔物も狩るか。」
「ふーん、意外に何でもするんだね。薬を作らなかったら冒険者みたいだ。」
「まぁ半分そんなもんだ、お前と変わらねぇよ。」
「僕と?でも、確かにそうかも。魔物を狩って食べたり売ったりしてるわけだし・・・けど最近は魔物が減って遠くまで行かなきゃいけないんだ。」
「それで俺が狙われたわけだな。」
獲物と間違えられて殺されたとなったらたまったもんじゃない。
レンジでなければ間違いなく死んでいただろう。
九死に一生を得たのはレンジだけではなかたっというわけだ。
「錬金術師って家に籠って薬ばかり作ってるんだと思ってた。」
「籠もっているのはそれで食っていけるやつだけだ。それに一か所に留まるのは性分じゃねぇ、良い女にも出会えないしな。」
「そんなに女の人が良いの?」
「女が嫌いな男なんていねぇよ。」
「じゃあ僕は?」
「ガキには興味はねぇ。」
「これでも母さんよりはあるよ!」
そう言ってベルが胸を張る。
カノンほどではないがそれなりの大きさの胸がツンと主張していた。
だが胸だけではレンジの合格点はもらえない。
「もうちょい女を磨いてくるんだな。」
「いいもん、僕は別に男の人に褒められたいわけじゃないんだし。」
いじけてしまったのかベルの足が少し早くなる。
レンジが慌てて追いかけるもその姿を見失ってしまった。
「どこ行った?」
「ふんだ、遅いから先に行っちゃうよ。」
「まて、おいこら。」
霧の向こうから聞こえていた声も聞こえなくなってしまう。
どうやら本当にレンジを置いて先に行ってしまったようだ。
「あのバカ、そんな簡単に行くような香草じゃねぇんだよ!」
レンジの顔に苛立ちと焦りの色が浮かぶ。
貴重な品がただその辺に転がっている事などまずありえない。
それなりの品はそれなりの物に守られているのが筋なのだ。
それは今回の香草に至っても例外ではない。
先の見えない道を出来るだけ急ぎ足で進む。
突然現れる小石に足を取られながらもなんとか石が重なった目印までやってきた。
先程同様に道が二股に分かれている。
これを右か。
先に聞いていた通り右側の道へと進もうとした時だった。
微かに甘い香りがレンジの鼻を刺激する。
「おいおいマジかよ。」
その香りはあの日カノンの家でかいだものと同じ匂いだった。
レンジは慌てて鞄に手を突っ込み、手ぬぐいほどの長さをした茶色の布を取り出した。
それを口を隠すようにしてしっかりと縛る。
「岩場までまだだってのにこの匂い、こりゃ相当やばいな。」
焦る気持ちを抑えレンジは慎重に右の道へと進んでいった。
小石が増え次第に道に岩が増えて来る。
今だベルの姿はない。
何かが争っている音も聞こえない。
もしかしたら音そのものが無いのかもしれない。
そう錯覚するぐらいに静かな状況が続いた。
その時だった。
何かが争う音が突然耳に飛び込んできた。
近い!
レンジは腰を落とし音の方向を必死に探す。
金属同士がぶつかるような音じゃない。
もっとこう肉と肉がぶつかり合うようなそんな音だ。
その音はだんだんとこちらに近づいてくる。
右か、左か、いや前だ!
咄嗟に左側へ身をひるがえした。
先ほどまでレンジがいた場所を二匹の魔物が通り過ぎていく。
大きな大きなクマのような魔物が同じく大きなオオカミのような魔物に追い回されていた。
危なかった。
もしそのまま立っていれば二匹の魔物に襲われ無事では済まなかっただろう。
恐れていたことが起きている。
レンジはより気を引き締めて先を急いだ。
果たしてこの先に待ち受けるものとはいったい・・・。
「うるせぇ、面倒な事期待するな。」
レンジの返事は甘い匂いと共に霧の奥へと消えていった。
はい、相変わらずの分量です。
今回は1万1千文字、削りに削ってこれなんですから困ったものです。
もう少し精進いたします。
いよいよ次で最後です。
どうか最後まで付き合いください。