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錬金術師と道具と小話  作者: エルリア
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エーテル(中編)

有名な大樹へと向かった二人の行く末は・・・。

先の見えない地下道を明かりを頼りに歩き続ける。


ここはあの大樹の下に埋もれていた家のさらに地下のはずだ。


大樹との距離は目と鼻の先。


それにもかかわらず二人は延々と続く道を歩き続けていた。


「レンジさん、この道いつまで続くんでしょうか。」


「さぁな、師匠曰く元いた場所とは違う空間を経由しているらしいから正しく今どこかなんてわからん。」


「えぇ!それって一歩間違えたら元の空間に戻れなくなっちゃうんじゃないですか?」


「ここは一本道だから戻れないってことはないだろう。」


「でもでも、途中で道がなくなったりしていたら・・・。」


「そん時はそん時で考えるさ。」


基本出たとこ勝負な所があるレンジ。


本人からしてみれば結果さえ良ければ過程はどうでもいいのだ。


真っ暗な道をただただ進み続けること半刻程、二人の前方に小さな白い光が現れた。


「やれやれやっと出口か、今回はずいぶん時間がかかったな。」


「前に来たときはすぐに出口に着いたんですか?」


「あぁ、降りたらすぐ出口って時もあったな。」


「空間魔法にしては条件があやふやすぎますし、結界魔法だとしたらそもそも私は入れないし・・・。」


レンジが振り返ると、腕を組んで一人この空間について考察する女が一人。


このまま置いていくことも考えたがさすがにそれはまずいと思ったらしい、ため息をついて女が気づくのを待った。


「おい。」


「でも空間転移だとしたらこの道はいったいどうやって維持されているんだろう。」


「・・・おい。」


「そうか、ユグドラシルから直接魔力を供給されれば別に問題はないのか。」


「・・・おい貧乳。」


「誰が貧乳ですか!」


「きこえてるんだったら返事しろよ。」


どうやら自分の悪口はちゃっかり聞こえるらしい。


人間不思議なものだ。


「すみませんつい考え事をしてまいました。」


「あそこを出れば目的の場所だ、場所はわかっているんだろ?」


「とりあえず大樹をずっと登っていけばおのずとわかるはずです。」


「随分と大雑把だな。」


「だってここに来たのは初めてですよ?そんなのわかるはずないじゃないですか。」


確かにその通りだ。


レンジならまだしもこの女がここに来たのは初めてだ。


そう考えればレンジの方が知ってそうなものだ。


「とりあえず行けばわかるか。」


いや、レンジにもわからないらしい。


光に導かれるように二人は出口へと急ぐ。


そしてついに長い地下道を抜けたその先に広がっていたのは・・・。


「あの、ここはユグドラシル何ですよね?」


「あぁ間違いなくそうだ。」


二人の目の前には大きな泉があり、その周りを数々の木々が取り囲んでいる。


まるで森の中に現れた神秘の泉のようだ。


「なんでこんなところに泉があるんですか?」


「泉があるんですかって、あるんだから仕方がないだろ。」


いや、普通は樹の上に泉なんてない。


泉は地下から湧くものでつまりは地面に接していなければならない。


しかしここは樹上だ。


湧くはずがないのだが、泉の中央には下から滾々と水が湧き出ている。


「本当にユグドラシルの上なんですよね?」


「そんなに疑うならそこの木の先から顔を出してみろよ。」


レンジが指さしたのは泉の奥に広がる木々のそのまた向こう。


女はレンジに言われるがまままっすぐに進み、


「うわぁぁぁぁ!」


そして、感嘆の声を上げた。


木々の向こうに広がるのは鮮やかな蒼。


遥か先を白い雲が流れているのが見える。


そう、ここは聖なるユグドラシルの上。


それも遥か上方、雲よりも高い場所だったのだ。


眼下には先ほど自分たちが歩いてきた広い森が見える。


太陽は水平線のすぐ近く、もうすぐオレンジ色の光と共に沈んでいくだろう。


夜の帳が降りる前の空が織りなす三色の絶景だ。


「わかったか?」


「私、こんな景色見たことがありません。」


「これだけの景色が見れるのは世界でここぐらいじゃないか?」


「ユグドラシルの成木ならもっとすごい景色が見れそうです。」


「成木ねぇ・・・。」


「でも成木は樹の上に出ることは許されていないんですよ。」


「どうしてだ?」


「・・・魔物が出るんです。」


子供を近寄らせないための戯言ではない。


本物の魔物が出るのだ。


先程女が襲われたように、この世界は人間だけの世界ではない。


人間よりもはるかに多くの魔物がこの世界には生息している。


奴らは地上地下水中全ての場所に存在している。


存在していない場所なんてないのかもしれない。


もちろん、それはこの場所も例外ではなく・・・。


「どうやらその魔物とやらのお出ましみたいだぞ。」


「やっぱりそうなりますよねぇ。」


突然木々の隙間から獣の唸り声が聞こえてくる。


甲高い声が辺りに響きだした。


「3,4,5・・・結構いるな。」


「私の魔法って複数を相手にするの苦手なんですよね。」


「半分は俺が見るから残りの半分はお前がやれよ。」


「えー、レンジさんがやってくださいよ。」


「うるせぇ、今更か弱い女の振りするんじゃねーよナージャ。」


ナージャと呼ばれたその女はレンジに悪態をつきつつも、今までと違う鋭い視線で辺りを警戒する。


ギャアだのキャァだのいう声が二人を取り囲み襲い掛かるタイミングをうかがっていた。


魔物からしてみれば二人は久々に来た御馳走だ。


自分達の腹を満たすために命を懸けた戦いを挑んでくる。


そしてついに、しびれを切らした一匹がレンジめがけて襲いかかった。


「キィィィィ!!」


木々の間を素早く移動し最大速度に達したその瞬間、魔物は打ち出された大砲の様に体当たりを仕掛けてきた。


「相変わらず芸のない奴だな。」


普通の人間では視認する事の出来ない速さで動く魔物をレンジは避けた。


いや、避けるだけでなくすれ違いざまに素早く拳を放つ。


レンジの拳を真正面から受けた魔物はそのまま飛ばされ、後方に立つ木に打ち付けられた。


猿だ。


鋭い目、鋭い牙、鋭い爪。


5歳ぐらいの子供ぐらいの大きさのそれは断末魔の声を上げることもなくただの死骸へと変わった。


「相変らずなのはレンジさんもだと思いますよ。」


「何がだ?」


「普通の錬金術師はあの速度に拳を合わせるなんて事できません。」


「いや、できるだろ。」


「できませんって。」


忘れているだろうが彼は錬金術師だ。


一つ違うのはただの錬金術師ではないという事だけ。


そのたった一つの違いが大きいのだが・・・。


「キキィィィキィキィ!」


仲間の死に怯えるどころかさらに激しい声で威嚇を始める魔物たち。


そして次々と二人に襲い掛かった。


右から左から、そして上から。


180度全方向から魔物が襲い掛かる。


跳ねるボールのような動きからスプリングエイプと呼ばれるその魔物は、名前の通り激しく動きながら二人の命を狙いだした。


だが、所詮はただの猿。


「もう、うるさい!」


死角から襲い来る猿の爪をまるで踊るように避けながら指先から迸る稲妻が猿の胸を打ち抜く。


心臓だけを射抜かれて、猿は着地することもできず地面に転がっていった。


何度も何度も小さな稲妻が辺りに轟く。


その度に肉の焦げる匂いと共に魔物の死体が増えていった。


それはレンジも同様だ。


襲い来る猿の動きに合わせて拳をふるう。


打ち抜き、振り払い、打ち上げる。


向こうが舞踏に見えるのならこっちは演舞のようだ。


まるで決められた型をなぞるように、レンジの拳が打たれ続けた。


そして最後の一匹がナージャの稲妻に倒れる。と同時に辺りはまた静寂に包まれるのだった。


先程と違うのは辺りに立ち込める死の匂いと見るも無残な魔物の死骸。


戦いに敗れた魔物たちの死骸が先程の戦闘がどれだけ激しかったかを物語っていた。


「そんな魔法使えたか?」


「最近覚えたんですよ。本当は上空から雷を落とす魔法なんですけど、いちいち雷雲を呼ぶのって面倒じゃないですか。だから、自分の指先から出る力を稲妻に変換して放出することにしたんです。」


「相変わらず魔法をいじるのが好きだな。」


「皆が使っている魔法と一緒なんて面白くないです。」


ナージャは簡単に言うが、魔法を改変するというのは非常に難しい。


今の形はいわば一つの完成系だ。


数多くの失敗を経て今の形に落ち着いている。


それを触るというのは、再び失敗を経なければならない。


そんな苦労をする位なら完成形のまま使うほうが楽なのだ。


「心臓だけ打ち抜くとかそんなこと出来るのお前ぐらいだな。」


「それを言うなら返り血一つ貰わずに拳をふるうのはレンジさんくらいなものですよ?」


「あれぐらいは別に問題ないだろ。」


「いえ、錬金術師じゃなくて普通の戦士でも無理です。」


ナージャの言う通りだ。


ふつうの冒険者、ましてや錬金術師に出来るようなことではない。


もっとも、普通の魔術師も彼女の様に魔術を唱えることなどできない。


魔術とは詠唱をきっかけに魔力を変質させる手段だ。


魔力は水や炎、風や土塊など多種多彩な物に変化して時に攻撃し、時に防御する。


ちなみに癒しの魔術も同様に魔力を変質させるものだが、これは体内に作用する物なので根本は違っている。


魔力は術者の体の内側に眠るものでその総量は人によってまちまちである。


ナージャは魔術の素質があり、かつ魔力の総量が多いため魔法を使う事が出来る。


レンジの場合は魔力はあったが資質がなかったため、魔法を使うことはできなかった。


ちなみに魔術の素質があるが魔力の総量がないために魔法を使えない者もいる。


そんな人間が魔法を使うためには別の魔力媒体を所持するか、精霊と契約して代替えするかそのどちらかが必要になる。


つまりはセンスがなければどうしようもないという事だ。


「とりあえずの魔物は片付いたがここから先もまだまだ出て来るだろう。日があるうちに中層へ移れば休憩できる場所がある、今日はそこで野宿だな。」


「中層ってことはここはまだ下層なんですか?」


「その中間って所か。」


「思っていた以上に大きな樹なんですねぇ・・・。」


「ほら、さっさと行くぞ。」


二人は今日の宿泊場所を確保するため急ぎ足で樹上を進む。


たまに魔物が襲って来るものの、まるで落ちてきた露を払うぐらいの気軽さで二人に倒されるのだった。


そして空がオレンジ色に染まる頃、目的の場所にたどり着いた。


「やれやれ、何とか間に合ったな。」


「ここが目的の場所・・・。」


大樹の上に突如現れた洞穴。


木の洞と同じだろうが、樹の大きさが大きさなだけに洞の大きさも桁違いだ。


大人二人が入っても活動できるスペースがある。


足を伸ばして寝るのは難しいが、交代で寝るのであれば十分な広さはあるだろう。


「この辺りの葉からは魔物が嫌う匂いが出ているらしくてな、ここであれば二人で寝泊りしても問題ない。」


「それは安心ですね。ですがユグドラシルの葉にそんな効果があるなんて知りませんでした。」


「いや、師匠が持ち込んだ別の植物のおかげだ。そこの樹にいびつに生えてる奴があるだろ?」


レンジが指差す方を追いかけると、下の方だけ葉の形が違う樹が何本かある。


挿し木か何かをしたのだろう。


「あれですね。」


「触るとかぶれるから気をつけろよ。」


「う、分かりました・・・。」


「気になるのは分かるがあれのおかげで安全が保たれているんだ、おとなしくしておけ。」


しぶしぶ手を戻しナージャが戻ってくる。


「あの奥に荷物を置いて今日は野宿だ。夜番は俺がするからお前は良く休んでおけ。」


「そんな、私も交代しますよ。」


「食事の後仮眠を取る間だけは頼む。ほら、さっさとしないと飯を食いっぱぐれるぞ。」


「わかりました!」


さっきまでの疲れた顔は何処へやら、明るい顔で洞まで駆けて行く。


人間食欲が満たされるとわかるとものすごい元気になる。


レンジのように性欲が勝る人間もいるが、基本は食欲第一だ。


洞に到着したナージャは荷と装備を外し、一息つく。


足を伸ばし子供のように寝転がった。


それを横目にレンジはカバンの中から次々と荷物を取り出していく。


どう考えてもカバンに入りそうに無い荷物が取り出されていく光景は現実のものとは思えない。


本当にあのカバンはどうなっているのだろうか。


「レンジさん、いつものお茶お願いします!」


「何の手伝いもしないでおねだりだけは一人前だな。」


「こんなに可愛い女の子のお願いですよ?」


「自分で可愛いって言うヤツは大抵地雷だよ。」


それはわかる。


自分事を名前で呼ぶヤツと可愛いを連呼する女には地雷が多い。


「酷いなぁ・・・。」


「いいからそこの荷を解いて寝床を作って来い。でかいのは俺のやつだから間違えるなよ。」


「はーい。」


ナージャは渋々という感じで洞の前に置かれた荷をほどき始めた。


中身は二人分の寝袋だ。


しっかり梱包してあるとはいえどう考えてもあのかばんに入らな・・・いや何も言うまい。


あそこから出てきたという事はまた入るという事だ。


なぜかはわからん。


「さて、俺は飯の準備だな。」


洞から少し離れた場所にこれまたどこから出したのかわからない調理道具が並んでいる。


レンジは簡易の調理場を作り上げると夕食の準備に取り掛かった。


「おいちょっと火を貸してくれ、今ちょっと手を離せん。」


「えー、レンジさんが自分でしてくださいよ。私荷解きで忙しいんですけど。」


「よしわかった、お前だけ飯抜きな。」


「あー、すみませんやります着けますやらせていただきます!」


荷解きと言いながらごろごろしていたのをレンジは知っている。


世の中働かざるもの食うべからずだ。


この法則はこの世界でも十分に通用するようだな。


「もう、人使いが荒いんだから。」


ブツブツ言いながらナージャが調理場にやってくる。


そこには薪は組まれているが火のついていない窯が二つある。


その薪に向かってナージャは指を構えた。


「レンジさんのご飯が美味しいから許しちゃうけど、私の魔術を火おこしに使うだなんてレンジさん位だよ。」


パチンと指を鳴らす要領でナージャが指をこする。


その途端、火の気も何もない薪の中心から赤い炎が燃え上がった。


同じ要領でもう一つの薪にも着火する。


「さすがナージャだな、仕事が早い。」


「火加減は自分で調整してくださいね、あとお肉は大目でお願いします。」


「わかったわかった。おい、これ飲んで飯まで休んどけ。」


「なんですかこれ。」


乳白色をした液体が小瓶に詰められている。


例えるなら薄めのカルピスぐらいだろう。


赤い炎に照らされて反対側が少しだけ見えた。


「なんだかんだで魔力を消費したからな、念の為に補充しておけ。」


「魔力ポーション?でもその割には色が違うみたいですけど。」


「それは俺お手製の『エーテル』だ。」


「『エーテル!?』」


二人がユグドラシルの樹の上まできて探し求めいるもの、それが『エーテル』のはずだ。


だがそれがレンジの手にあるというのはいったいどういう事だろうか。


「魔力ポーションを生成してより純度を高めたもの。その過程で乳白色に変質した特別なものを『エーテル』ってよぶんだよ。お前魔術師なのにそんなことも知らないのか。」


「でもでもこれがエーテルならわざわざこんなところまで来なくてよかったじゃないですか。」


「お前が探しているのはユグドラシルの樹の上にしかない光り輝く塊だろ?」


「文献ではそうなっています・・・。」


「ならこれは違う、こいつはポーション生成のついでに作った時のいわば副産物だ。お前が探し求めているのはもっと純粋な魔素そのものだろう。」


「これがレンジさんのエーテル・・・。」


「おい、お前今変な事考えただろ。」


「そ、ソンナコトナイデスヨ!」


うっとりとした目でそれを見つめるナージャが慌てて反論する。


「ったく耳年増はジーナと同じかよ。」


「だれが年増ですか!」


「お前だよお前、そこのチビだよ。」


「誰がチビでツルペタですか!」


「火が付いたんならさっさとそれ飲んで寝床へ戻れ。飯が出来たら教えてやる。」


「お肉マシマシじゃないと許しませんからね!」


ちなみにこの耳年増で小さくて胸が少々残念な彼女。


「誰が残念な女よ!」


こう見えてこの時代で指折りの魔術師である。


その名も『音速のナージャ』。


音よりも早く詠唱を完了し敵を葬るその指さばきは吟遊詩人の歌になるほどだ。


指をこすり合わせることで自らの魔力を高め、鳴らした音を合図に思い描く魔術を発動する。


某雨の日に使い物にならない男より優秀である。


その彼女を顎で使うレンジはいったい何者なのか・・・。


「ただの錬金術師さ。」


「え、もうご飯出来たの?」


「まだに決まってんだろうが。」


世界広しといえどこんな場所で料理をする錬金術師は彼ぐらいなものだろう。


『エーテル』を探す旅の途中。


二人の旅はまだまだ続く。


「いや、旅じゃないし。」


美味しそうな匂いと共に夜の闇は更けていった。

異世界グルメものではございませんので、食事シーンは割愛します。

正直に言います。

私には美味しそうに書く腕がまだ備わっておりません。

日々精進いたします。


次でいよいよおしまいです。

無事に目的の物は見つかるのか。

それはどんなものなのか。


それでは次回をお楽しみに。

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