[08]メタルはお嫌い?
「ど、どうしたの!? ここ……白梅会の部屋よね?」
「あ、委員長。いらっしゃい」
白梅会の小部屋にやってきたのは井澤理沙さん、ボクのクラスの委員長だ。生徒会に資料を提出するため、生徒会室の一角を間借りしている格好の白梅会の小部屋を通ってきたのだ。
「……まるで軽音楽部の部室じゃない? スクールアイドルをやるって聞いていたけど、本当なのね?」
まあ、彼女の言う通り非常識極まりない暴挙だと思う。
ドラムセットにアンプにキーボード。スタンドに立てかけられた数本のギターとベースに、足元にはエフェクターボードとのたくるシールド。生徒会本部から苦情が来ないのが不思議だった。
ちなみに、ランちゃんはいつものように床に座り込んでクラシックギターを弄んでいる。いくつもフレーズを試しては、気に入った物があればうんと頷き、五線紙に音符を書き入れていた。どうやら、オリジナルのクラシック曲の作曲に夢中らしい。
そんなランちゃんの姿を目に留めると、井澤さんは小さな声で問いかけた。
「彼女ね? 噂のクラシックギターが物凄く上手な子って」
「ええ、ランちゃんよ」と津島さん。
しばらくランちゃんの作業に聞き入っていた井澤さん。合唱部の彼女は音楽の好きな少女だった。いつも小ざっぱりとした感じの、派手では無く、さりとて地味な訳でもない、落ち着いた物腰で人当たりの良い、そんな誰からも頼られる感じのクラスメイトは、歌だけでは無く音楽全般に人並ならぬセンスを持っている。そのことは、クラスの中で広く認知されていた。
ランちゃんの演奏に何か感ずるものがあったのだろう。井澤さんは感慨深そうな口調で呟いた。
「素敵な演奏ね」
「もちろん! 音楽の神様だもの」
「?」
「神がかった演奏をする女の子という意味よ?」
自ら掘った墓穴を、さも示唆に富んだ会話と見せつける津島さんの得意技。井澤さんは成る程といった感じで頷いた。
「それにしても、ずいぶん小っちゃい子ね? まるで小学生……」
その小さい女の子、ランちゃんはそれでも身体にぴったりの白梅女学院のセーラー服を着ている。
信じられないことに、ランちゃんはこの学校に転入してきたことになっていた。いくらなんでも無理があり過ぎる気がするけど、不思議なことに誰も不思議に思わない。そのこと自体が早くも学園の七不思議の一つとしてカウントされちゃった感が強い。
さすがは魔法少女、津島さんの力は強大だ。しかも、身長120センチちょっとのランちゃんに合う制服などあろうはずもなく、こちらは特注品。津島家御用達の服飾店が突貫作業で、たった一晩で作り上げた品らしい。
さすがは地元の超お金持ち、津島家のなせる技。
「――それにしても、スクールアイドルの大会に参加なんて、思い切ったことをするのね。順調?」
「もちろん!」「いや、絶望的状況」
井澤さんの質問に、津島さんとボクは正反対の言葉を同時に打ち返した。
「良く分からないけど……それにしてもヘビメタなんて、何でこんな音楽が流行っているんだろう?」
タブレットからから流れる猟奇的な映像とデス声に顔をしかめる井澤さん。この動画はスクールアイドルの大会を開催している公式サイトが流しているもの。津島さんが『ライバルの研究よ』と言ってページを開いているのだ。
「煩いしヒステリックなだけで、何がいいのかさっぱり分からないわ。私は苦手」
――あれ? 井澤さん、まとも。いや、別にデスメタルを否定する訳じゃないけど。だけどこれが普通の女子高生の反応だよね。
でも、魔法というか呪いというか、そんなののせいでデスメタルが世界を支配しちゃっているはず。彼女はその影響を受けていないってことか……魔法の影響を受けにくい体質なのかな?
ただ、そんな委員長の言葉で一つだけ引っかかることがあった。それは彼女が『ヘビメタ』と一緒くたにしちゃっているということ。ボクとしては少し心外なところがあった。だからと言って反論するようなことでも無いけど――ところが、思いがけないことに津島さんがその言葉に反応した。それは、ボクの想いを代弁するものでもあった。
「井澤さん、メタルはお嫌い?」
「……ええ、正直に言うと。音楽とはとても思えないわ。美しさもメロディも何も無い、音楽とは別の何か……あ、ごめんなさい。私の主観よ」
「そう……」
津島さんは何を思ったか、ギタースタンドに立てかけてあった愛機を手に取り、アンプラグドのまま軽くチューニングすると、練習用のミニアンプの電源をパチンと入れた。
そんな一連の動作を呆然と見ていた井澤さんを前に、津島さんはいくつか自前のリックを繰り出し感触を確かめ、足元にあるチューナーのスイッチをバイパスモードに切り替える。
真空管が温まってきたのだろうか、ブーンというハムノイズが、ゆっくりとアンプから聞こえ出す。その音に乗せて、津島さんがボソリと言った。
「私もデスメタルは聞かないし、演奏するつもりもないけれど」
「え?」
一体どういう意味だろう? ――井澤さんはきっとそう思ったはずだ。