[07]ヘビメタなんて、大嫌い!
「ねえランちゃん。最新の音楽シーンに興味は無い?」
「うーん。クラシックがいいな」
「ロックは好きじゃないの?」
「ううん。すきだよ。でも、あきちゃったかも」
ランちゃんを無理矢理自分のフィールドに引きずり込もうとする津島さん。彼女はテーブルの上に放り出してあったタブレットを引っ張り出した。
「なに、これ?」
興味深そうに覗き込むランちゃん。その様子を横目に津島さんはタブレットを操作して画像を呼び出すと、青い瞳をパチクリとさせるランちゃんに向けた。
「ほら、見て? ランちゃん」
「すごい!」
画面いっぱいに広がった画像を前に目を丸くするランちゃん。食い入るようにタブレットの画面を見つめる。
「これ、テレビなの? こんなに薄くて小さいのに!」
「でしょ? テレビよりもっと凄いのよ」
今度は津島さん、音声付きの動画の再生を始めた。ランちゃんはさらに身を乗り出し、津島さんはそんな彼女に微笑みかける。
「うわあ、ジュークボックス? ビデオ!?」
へえ、テレビやビデオは知っているのか。となると、バロック音楽の時代から転生してきた訳では無さそう。ランちゃん、一体何者なのだろう。
「それでね? 私達、スクールアイドルをやろうとしているの」
「スクールアイドル?」
「これよ」
タブレットの画面はライバル校の動画配信サイトに飛んだ。映像はメタルコアを標榜するスクールアイドルグループの演奏だ。新進気鋭の彼女達は、とびきりラウドでザクザクしたサウンドを売りに、デス四天王の座に肉薄しつつあった。ボーカルの金切り声とツードラの激しいビート、スラッシュメタルっぽい超高速リフの、くらくらする位激しい楽曲だ。その映像をランちゃんは不思議そうな瞳で見つめ――
「うるさいの、きらい!」
そう言ってプイとそっぽを向くと、音楽室から持って来たクラシックギターを爪弾きだした。どうやらランちゃんは、デスメタルがお気に召さなかったらしい。肩を落とす津島さん。
そんな二人を横目に、ボクと浅見さんはもっと現実的なこと――この状況を乗り切る最初のハードルについて協議していた。
「――で、どうするのよー。ランちゃんの世話?」
「そうだよね。まさか学校に置いておく訳にはいかないし」
「美彌子っちの王宮に住まわせるちゃ駄目? 一人くらい増えてもバレないとか?」
「ちょっと浅見さん、何でそういう勘違いするかなぁ。ウチは6LDKの建売住宅だよ!?」
「嘘だー」
「嘘じゃないって、アヤメからも言ってよ!」
ところが津島さんはその会話を聞いていたようで、横から口を挟んできた。
「そうね……家で預かるわ。それでいいでしょ?」
「大丈夫なの?」
「ええ。お父様とお母様には私から説明するわ。後のことは乳母がやってくれるでしょう」
「おおっ! さすが津島お嬢様」
ランちゃんは津島さんに手を引かれ白梅会の小部屋を発った。その後ろ姿を追うボクら。
前を歩く黒髪豊かなスラリとした同級生。彼女は幼い妹を気遣うかのような手つきで、淡い金髪を揺らす少女のか細い手を取り、家路へと案内する。並んで歩くその後ろ姿は、それだけで一つの物語が紡ぎ出せそうな、そんな香りを漂わせていた。
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そんなこんなで、今日のスクールアイドル活動は終了した……本当のところは、実質的には何もやってないのだけれど。