[06]ランちゃんはTS転生してきたらしい
「誰だよこの子ー!?」
「知らないわよ!」
小声で言葉を交わす浅見さんと津島さん。おいおい、自分で召喚しておいてそれは無いだろ!?
津島さんは傍らにあった肖像画を拾い上げた。魔法発動と同時に落ちたものだ。ひっくり返っていた肖像画を見るとそれは真っ白。誰の絵も描かれていなかった。
「どうやら、クラシック音楽の巨匠の魂を召喚してしまったようね」
「ちょっと深央ー、だったら何でこんなちっちゃな女の子なのよ!?」
「分からないわよ!」
つられるようにして壁にかかった肖像画を見渡すが、ボクの知っているような作曲家は全員揃っているようだ。ランちゃん、一体誰なのだろう。少なくともバッハやモーツァルト、ベートーベンではなさそう。
「ねえ。えんそう、どうだった?」
ふとかけられた声に振り向くと、いつの間にかやってきたランちゃん。彼女は津島さんのセーラー服の裾を引っ張った。
「え、ええ。上手よ」
「やったぁ。ほめられた!」
津島さんのらしくない小並感な返答。虚をつかれたせいとは言え、これじゃどちらが幼女だかわからない。ランちゃんは言葉を続ける。
「あのね?」
「どうしたの、ランちゃん」
「おしっこ!」
津島さんの精神がずっこけた様子が良く分かった。
「……なら行きましょう。お姉さんが案内してあげる」
「はやくはやく!」
彼女はランちゃんの手を引いた。もじもじしながら音楽室を出るランちゃん。理由は無いけれど、ボクらもその後を追いかける。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ここに、はいるの?」
「ええ、そうよ?」
不安そうな表情のランちゃん。
「おんなのこのトイレだよ? おとこのトイレはないの?」
そりゃ女子校だから男子トイレはレアな存在だ。どこか納得のいかなそうな表情を見せつつも、限界が近付いているのかランちゃんは女子トイレに駆け込んだ。
「ぎゃ、ぎゃあああぁぁぁっ!?」
ランちゃんの悲鳴が響き渡ったのは、それから程なくしてのことたっだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ランちゃんは放心していた。
「なんで! ……どうして? ……おんなのこに、なっちゃった……」
恐る恐る、もう一度ダボダボの体操着の中を覗き込み、それでもやっぱり事態が変わらないことを確認してランちゃんはため息をついた。
「……ひょっとしてこれって」
「女体化……ということかしら?」
「たぶんねー」
ひそひそ声で言葉を交わす津島さんと浅見さんだったが、決心がついたらしく津島さんがランちゃんに向き合った。
「ねえ、ランちゃん」
「どうしちゃったの? ねえ、このからだ?」
「ごめんね。私にもよく分からない。確実なのは、私のせいだってことだけ」
「…………」
「本当にごめんなさい、私のわがままで」
しおらしく俯き、ランちゃんに謝る津島さん。憂いのある目元の表情から、彼女が本当に後悔しているらしいことが見て取れた。津島さんはお芝居があまり上手じゃない。彼女は言った。
「貴方の知らないこの世界に呼び出した上、性別も変えてしまった」
「…………」
「帰るところ、無いわよね?」
「そう……だね」
「なら私達と一緒にいましょう? 嫌かしら?」
「そんなことはないけど……」
「じゃあ一緒。これからお願いね」
「う、うん」
「私は津島深央。深央って呼んで?」
「……みお?」
黒髪の令嬢と金髪碧眼の天使。心通わせる二人が見せる世界は美しく、耽美で、神聖そのものだった。
ボクらもそれぞれ自己紹介。その度にこくりと頷くランちゃん。その仕草は本当に可愛らしかった。お持ち帰りしたい位に。そして自己紹介が終わった時――。
「よっしゃぁぁぁ! 鋼鉄天使奪取! 世界を制覇するわよ」
津島さんはランちゃんを小脇に抱えダッシュした。津島さんが見せた行動は打算に満ち、即物的で、とても俗物的なものだった。
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