[04]世界は改変された
世界はヘヴィメタルに支配された。
テレビをつけるとヘビメタメイクのお姉さんが『日本列島は今日もヘヴィな太平洋高気圧に支配され一日晴れDEATHイェェェィ』と叫び、コマーシャルではモヒカンのお兄さんが長い舌をベロベロしながら健康食品の効能をまくし立てる。
もちろん流れているのはメタルなBGM。ニュース番組ではコメンテーターのオジサンが『ギュイィィ……ン』とエレキギターをかき鳴らしながら、小難しい政治の話を解説していた。
街を歩くと夏だというのにそこらじゅうスキンヘッドとレザーファッション。暑苦しいったらありゃしない。
ヒットチャートは一位から五十位までデスメタルかスラッシュメタルが独占。当然のことながら音楽番組はモヒカンとトゲトゲと飛び散る血飛沫。ライブハウスは毎週のように流血沙汰で救急車の音が聞こえない日は無かった。
アンダーグラウンドな世界では夜な夜な邪悪な集会が催され、召喚された高位の悪魔に乗り移られたメタラーが、地獄のパフォーマンスを繰り広げているという。
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「こうしてはいられないわ!」
ここは白梅会の小部屋。いつもはお嬢様らしく落ち着きはらっている津島さんが、珍しく焦りを隠せない様子で立ち上がった。
「どうすんだよー、深央ー。あんたのせいだよー?」
呆れ顔の浅見さんが机に突っ伏したまま漏らした言葉。しかし当然のことながら、そんな彼女の断罪を気に留めるような津島さんじゃ無かった。
「このままでは白井さんには勝てないわ!」
「おい深央そっちかよ!?」
スクールアイドルはもはやブラックメタル大会と化していた。白井さん達、聖リリス学園のアイドルチームはいつの間にか『デスメタル四天王』の一角として君臨していたのだ。
「で、どうするの? 言っておくけどデスメタルなんてやらないからね」
ボクがそういう間にも、動画配信サイトを流すため机の上に置きっぱなしにしたタブレットは、金切り声とデス声と重低音とノイズと猛烈な勢いのビートをがなり立て、その画面はスプラッタと流血で真っ赤に染まっていた。
「止むを得ないわ……メタルの神様を召喚するのよ」
「はあっ!?」
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ボクら五人はメタルの神様を召喚するため音楽室へ向かっていた。その神様がどんな存在なのか誰も知らないけれど。もちろん、言い出しっぺの津島さんだって知らないはずだ。
「みんな聞いたでしょ? この事態を終わらせるためには、私達が天下を取る必要があるの! つまりスクールアイドルの全国大会で優勝するのよ!」
いや、ガラケー獣はスクールアイドル制覇がクリア条件とは言って無かったような気がする。
「だけどさすがに私達だけの力じゃ無理。そこで音楽の神様――メタルの神様の力を借りるの!」
あ、津島さん。今、無理って言ったじゃん。なら最初から止めようよ。その横で浅見さんが気の無い声を吐く。
「でもさー深央。召喚なんてどうすんのさ」
彼女の言う通り。でも津島さんはその声を無視して音楽室のドアを開けた。
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放課後の音楽室には色がない、あるとしたら静寂の白だけだ――そんな言葉が脳裏をよぎる。
放課後の音楽室は少し不気味で心細かった。ポツンと置かれたピアノ。立てかけられた肖像画はバッハ、モーツァルト、ベートーベン……クラシック音楽の巨人達。額の中の彼らが無表情にこっちの方をじっと見ているのが怖い。その中にしれっと豚貴族や仙人の肖像が混ざっているのは御愛嬌だけど。
「さあ、召喚を始めるわよ。↑↑↓↓左右左右BA……」
いえ、それは魔法の呪文では無いと思います。そんなことお構い無く、津島さんはあの有名な裏コマンドを繰り返し繰り返し唱え続ける。かなり不気味なシチュエーションだ。
だけど魔法少女として最上位にランク付けされるという津島さんは、そんなでたらめな言葉の羅列にさえ言霊の力を与えてしまうらしい。
しんとした音楽室に響く朗々とした声。呼応するかのように、やがてガタガタと窓ガラスが音を立て、ピアノの上に置いてあったメトロノームが何の前触れもなくカチカチと時を刻み始める。
「なによこれー、心霊現象!?」
浅見さんが怯えた表情でボクの手を握る。魔法少女のくせに彼女、怪談とかオカルトちっくな話は大の苦手。やがて地震のように音楽室の床が激しく揺れる。立てかけてあった肖像画がバタンと落ちた。それが合図だった。まるで雷が落ちたかのような大音響と共に部屋中が真っ白い光に包まれる。
「きゃあああぁぁっ!」
ボクらは思わず悲鳴を上げ、まるで怯える子供のように抱き合った。
だけど、それっきり不思議な音も揺れも無くなった。恐る恐る顔を上げると、目の前に何故か表情が抜けた様子の津島さん。彼女の指さす方向。無意識のうちに視線をたぐり寄せると――。
そこにいたのは、小さな女の子。
妖精と見紛うばかりのその少女は、静寂が集まり人の形を取ったのではないかと勘違いするほどに、淡く澄んだ色をしていた。
彼女は一糸まとわぬ姿で、何も無かったはずのピアノのそばに、じっと身を横たえていた。