表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/28

[02]機材合わせ

「さて。楽器は持ってきたかしら」

「……ねえ、深央?」

「何? 浅見さん」

「何で楽器なの? スクールアイドルとどういう関係があるの?」

「決まってるじゃない。演奏するのよ?」

「いやいや。それバンドだよね? 軽音楽だよね? アイドルとは違うよね?」

「そうなの? 似たようなものじゃない」

「いえいえ、全く別のモノですよ?」

「ふっ……」


 津島さんは、例の前髪を手で『さぁっ』と掻き上げる仕草を見せ、ご自慢の自信過剰な言葉使いで語り始めた。


「私に言わせるとね? みんな型にはまり過ぎているのよ。何であんな激しく踊らなきゃいけないのかしら? しかも揃いも揃って。新しい価値観というのはね、既成概念を壊すことから始まるの……」

「あのね?」

「斬新じゃない! 自ら楽器を持って演奏するアイドル」

「いやだからそれ、ただのガールズバンドだから」

「目に浮かぶわ……オーディエンスの驚く姿!」

「あああああっっ!」


 遂に浅見さんは頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。もう、津島さんを止められる人はいない。


「じゃあ、お披露目会! 先ずは私からね!」


 津島さんは嬉しそうにハードケースからエレキギターを取り出す。


「これ私のよ。カッコいいでしょう?」


 はい。見たことあります。津島さんご自慢のエレキギター。


 クリーム色っぽい白のフェンダー製ストラトキャスター。ラージヘッドの79年式。傷だらけの色あせたミントグリーンのピックガードが、津島さんのプレイスタイルを物語っている。


 ストラトキャスターと言えばまさにエレキの中のエレキ。楽器にあまり興味が無い人でも、エレキギターと言われて真っ先に思い浮かべる姿かたちだと思う。


 演奏性と音響特性を両立すべく大胆にカッタウェイが入れられたボディーシェイプ。完成されたシャープなデザイン。繊細でかつ力強い絶妙なトーンを生みだすシングルコイルのピックアップ。極めつけはトリッキーなフレーズを繰り出すことができるシンクロナイズド・トレモロ。全てが完成された究極形。まさにエレキギターの女王。津島さんのイメージにぴったり。


 ただし79年製のストラトキャスターは『CBS期』などと呼ばれてポンコツ扱いされているのだけど。理由はいろいろ。まあ、そんなところも含めて津島さんらしいエレキだ。


「――で、果無さんのは?」


 わくわくドキドキな視線で見つめる津島さんを感じながら、ボクもハードケースからエレキギターを取り出した。


「これだけど……」


 ボクのギターは82年のギブソン・フライングV。カラマズー工場製の最終ロット。元々の色は白だけど、色焼けして少し黄色っぽくなっているのがちょっと残念。


「おおおっ。丸ヘッドのフライングVかー。美彌子っちのイメージ通りのクールでかっちょいいエレキじゃん! Vは超かっこいいんだけど人を選ぶんだよねー、でも美彌子っちとならどハマりというか、めっちゃ似合ってる。すげー」


 浅見さん、褒めすぎ。

 ちなみにこの頃のギブソンは『暗黒期』などと言われていて、その時代のはゴミ扱いされている。理由はいろいろ。しかもフライングVは完全にカッコ狙いのギターで、音響特性は最悪などと呼ばれている。そういった意味でなら、ボクにどハマりなのかもしれない。


「……あれ? このギター、どこかで見たような……?」


 しかし津島さんはボクのフライングVを不思議そうに見つめ、多少心当たりのあるボクはひとしきり冷や汗を流す。


 やがて気のせいだと自分に言い聞かせたのだろうか、気を取り直した様子で津島さんは言葉を続けた。


「まあいいわ。ツインギターの編成ね。音楽性を深められる最高の組み合わせよ。では次、浅見さんは?」


 浅見さんか。スポーツ万能の彼女は、あまり音楽とは関わり無さそうな気がする。まあ、もしバンドをやるならドラムス、って感じだろうか。


「えー、私? なんか被っちゃって悪いんだけどさー」


 彼女が取り出したのは――またしてもエレキギターだった。


 たぶん70年か80年代製のテレキャスター・デラックス。ローズウッド指板でボディはえらく渋いサンバーストカラー。見方によっては、スラリとした長身の彼女に良く似合ってる一本かもしれない。


「あははは……トリプルギター? まあいいわ。これ位尖っていた方が、新たな音楽性を目指すことができるわね。ええっと次……紫野さんは?」

「あ、はい……あのー、かなり恐縮なのですが……」


 ずっとボクの傍らに身を寄せている黒髪の少女。彼女は申し訳なさそうにハードケースを開け始めた。紫野しの菖蒲あやめ――それが彼女の、ここでの名前。ボクの同級生にして同居人。ボクと彼女との関係は色々と複雑なのだけど、一日の半分以上……場合によっては24時間ずっと一緒にいる間柄。少し素っ頓狂なところはあるけど、心優しくて思いやりのある少女だ。


「え? え? 紫野さんもエレキ……?」


 そうなのだ。時々部屋でギターの練習をするボクの事を見ていて『ああっ姫様いいなぁ。私もギターやる!』と言い始めたのがきっかけ。まだ全然弾けないけど彼女、エアギターなら天下一品だ。


「はい。王妃殿下がこちらの世界に来た時、たまたま手に入れた品だそうです。お借りしているのです! ええっと、SGジュニア……でしたっけ、姫様?」


 そう。元々母さんの持ち物だったそれは、ナローネック期のギブソン・SGジュニア。シングルピックアップのシンプルなギターだけど、めっぽう良い音がする。TVイエローのキュートなエレキだ。


「……あははは……五人中、四人がエレキ……いいわ! どんと来いよ! 次、香純よ」


 風見かざま香純かずみちゃん。彼女は超かわいい。本当にかわいい。

 ボクとアヤメは、クラスが同じ彼女とは仲良くしてもらっている。マカロン以上綿菓子未満、例えるならそんなフワフワ具合の柔らかさ。ちょっと無口だけど、スポンジケーキ生地を思わせるおっとりとしたフワフワ感たっぷり少女だ。


 そんな香純ちゃんは子供の頃にピアノとかバイオリンを習っていそうな感じ。さすがに香純ちゃんがエレキを持ってくることは無いだろう――登校する時まではそう思っていた。ところが。


「え……香純もエレキ!?」


 香純ちゃんもギターケースを持っているんだから気付こうよ、津島さん。


 ケースからそのエレキギターを取り出す香純ちゃん。ボクもケースの中を見せてもらうのは初めてだ。やがて露わになるそのギターに津島さんは舌を巻いた。


「へえ、ディンキーモデル? また激しいギターね。アイバ? ジャクソン?」


 ディンキー。別名スーパーストラト。その名の通り形はストラトキャスターに似ているけど、よりテクニカルなプレイを演奏するのに特化したギター。ボディーシェイプもそのイメージ通りトンガっていて香純ちゃんのほんわかした雰囲気とは対照的だ。

 あまりピンと来ないけど遥か昔の1980年代、このタイプのエレキギターは、先鋭化した過激なプレイスタイルと共に当時のロックシーンを席巻していたたらしい。


 その香純ちゃんのギターが全貌を現した時。しかし津島さんは驚愕の声を漏らした。


「――ち、違う!? ディンキーじゃない……こ、これは……あの幻のエレキギター、〈ギブソン・US-1〉!」


 噂に聞いたことがある。ハイテクギター一色の時代。そんな中、伝統的なギター作りに拘り続けてきたギブソンが起死回生を狙い投入したモデル。だがそれは、モダンなその見た目とは裏腹に、作りはあまりに伝統的トラディショナル過ぎた。というか天下のギブソンが何を血迷ったかスーパーストラトもどきを作っちゃったという――。


 要するに黒歴史の中の黒歴史。


「や、やるわね……」


 津島さんの賛辞がどこに向けられた物か、ボクは知らない。


 さて。どれもこれもかなり捻くれたマニアックな感じのエレキギターばかりが集まった。まあ、変わり者ばかりが集まった白梅会らしいって言えば白梅会らしいかもしれない。


「それでどうするのー? 全員ギターじゃガールズバンドにもならないわよー?」


 と浅見さん。


「あははっ! どんと来いよ!!」


 もちろん、彼女が具体的な解決策を持っている筈も無く。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ