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[26]ショック療法はあまりに苛烈なものだった

 パニック状態の津島さん抜きで始めちゃおうか? そうなるとベースで始まる別の曲――でも、どの曲を? いきなりセットリストを変えちゃって大丈夫? そもそも、勝手にそんなことして、みんな付いてこられる?


 頭はフル回転するけど答は出ない。津島さんのパニックが伝染しそうだ――どうする? 考えあぐねていたその時だった。


 目いっぱいディストーションをかけた暴力的なギターサウンドが会場を包んだ。単純明快だけどノリノリのイントロはあまりに聞き覚えのあるものだった――


「デトロイト・ロック・シティ?」


 キッスの名曲。学際ならともかく、観客を呼んだロックコンサートではまず選曲しないであろう、ストレート過ぎかつメジャー過ぎる曲だ。とゆーか。


「これをやれって……こと?」


 確かにこの曲だったらいきなりでも演奏はできる。何しろバンド初心者の定番だ。ロックのお手本が詰まった、思いっきりヘヴィでメロディアスで、盛り上がりも期待できる曲。だけど、こんなド定番なので――いいの?


 そんなことを考えあぐねていた時。真っ先に反応したのは浅見さんだった。ランちゃんのリフに合わせ軽快なエイト・ビートを刻み始める。ランちゃんはさらにノリノリになって、大改造を加えたステージ仕様のZO-3をギターアックスのアクションで上下に振りながら、ダックウォークでステージを移動し、こっちに向かってきた。


 そう。悩んでいる暇はない。ありがたいことに、観客の間からはいつの間にか手拍子が入り始めていた。


 すぐそばに来たランちゃんと目が合う。彼女はいたずらそうにウィンクした。どういう意味? 次の瞬間、ランちゃんはギターのネックを津島さんのスカートに引っ掛け、思いっきり跳ね上げた。無地の白いパンツが、ステージを照らす照明の中つまびらかになる。


「きゃああっっっ!?」


 オーディエンスの大きなどよめきと共に、津島さんが裏返った声で悲鳴を上げた。


「ランちゃん、何を!?」


 そう言いながらもボクの視線は津島さんのパンツに釘付け。男子高校生の悲しい(さが)だ。その時、浅見さんの声が聞こえたような気がした。


「美彌子っちー、ショック療法! 王子様のキスで眠れる森の美女を叩き起こしちゃって! ごめんねー」


 刹那、身体の自由が奪われたのをしっかりと感じた。浅見さん――魔法でボクの自由を奪った!? 次の瞬間、目の前の津島さんの腰を、ボクの右腕が引き寄せた。


「ちょ、ちょ、ちょ!!」


 彼女の目論見を理解した時には遅かった。ボクは津島さんを抱き寄せ、彼女の唇を奪っていた。大きく見開かれた目。真っ赤に染まる頬。軽い口付けとばかり思っていたけどそれは違った。覆いかぶさるようにして抱き抱えたままのディープキス。これ、ちょっちヤバいんじゃ……。


 殺される――そう覚悟した。


『ちょ、マジかよー!?』

『えぇっ、彼女達、そういうバンド?』

『マジでやりやがった』

『やり過ぎ』

『どレズなの?』

『でもマジ尊い』


 怒号が飛び交う中、不意に身体の自由が戻ったボクは津島さんから飛び退く。浅見さんの魔法が解けたのだ。津島さんはどうやってボクを始末するだろう――物理的な攻撃か、魔法攻撃か。しかし彼女は、驚いたような恍惚を感出ているような、不思議な表情を浮かべたまま、ボクのことをじっと見つめていた。


「ほら、みお! ボーカルおねがい!」


 ランちゃんが景気よく津島さんのお尻を叩いた。その瞬間、津島さんの涙目に正気の色が戻ったのを、ボクはしかと見た。正気に戻った津島さんがどう出るのか――ボクのことを惨殺にかかるか――だとしたら、ファーストステージに替わりギター殺人事件の幕開けだ。


 だけどそうはならなかった。津島さんは横紙破りのポンコツ少女だったけれど、それ以上に常識人だった。このシチュエーションでやることはたった一つ。ボクを半殺しにすることじゃない。


 ランちゃんに促されるまま、津島さんはランちゃんに声を重ねた。デス声っぽくちょっとだけだみ声を交えつつも、いつもの伸びやかで魅力的な歌声だった。タイミングを合わせストラトキャスターの6弦を指の腹で擦ってスライドダウン、ランちゃんのギターリフにオブリガードを入れた。この時きっと、配線が外れていた津島さんの思考が、がっちりと元に戻ったのだろう。


 ランちゃんは津島さんに絡みつき軽快なステップを踊る。まるでシンクロしたかのように、津島さんはランちゃんからギターリフを受け取った。あの、魅惑的なストラトキャスターの音色だ。深央ちゃん、完全復活。


「せーこーだね!」


 いたずらっぽい表情を満面に浮かべたランちゃんは、津島さんから離れボクに身体を寄せる。そしてもう一度ウィンク。


「ほら、みゃーこも!」

「う、うん」


 今の出来事は津島さんだけではなくボクにとってもショッキングなことだった。けれど、こちらも突っ立っている訳にはいかない。コード進行に合わせてベースラインを奏で始める。


 津島さんはいつしかノリノリだった。ランちゃんと津島さんとでギターパートを行ったり来たり。とんだショック療法だったけど、津島さんを正気に戻すことに成功ってわけだ。ちょっとしたきっかけで、空回りした思考は簡単に戻るものらしい。


 ギターソロはまさに津島さんの真骨頂。テクニックだけに頼らない、メロディアスで感情的なプレイ。徐々に疾走感を増していく演奏で盛り上げまくる。ボクでさえ彼女の魔力に引きずられ、気分だけはジーン・シモンズになったままベースをひたすら掻き鳴らした。


「ランちゃんズです。ええっと……サービスしすぎちゃいました」


 無事、デトロイト・ロック・シティの演奏が終わると、津島さんは顔を紅潮させたまま、ちょっと照れたような声で軽妙なMCを入れ、爆笑を誘う。こんな時の彼女は、本当に魅力的だと思う、そんな声と表情だった。誰だって彼女のファンになるだろうし、まさかさっきのが、想定外のアクシデントだなんて思わないに違いない。


 2曲目からはリハーサル通りの進行で、特にアクシデントも無く演奏を終わらせることができた。恐ろしい犠牲を払うことで、何とかステージを盛り上げることに成功したランちゃんズは、オープニングアクトとして顔を上げてメインアクトのお姉さんたちにバトンタッチすることができる。ステージに上がってきた真打の登場に歓声は爆発した。


 お姉さんたちは派手なリアクションでハイタッチを求めてきた。ハイタッチを交わし、オーディエンスに一礼をすると、主役と入れ替わるようにバックステージへと戻った。背中には熱量MAXのパンクロックの轟音。高揚感を引き摺ったまま、次こそは、ランちゃんズが主役だと心に誓った。ロックって楽しい。


 奥で控えていた委員長がミネラルウォーターを一本一本渡しながら、ボクらのことを労ってくれた。ハイな気分が徐々に収まるにつれ、さっきのランちゃんの行動は何だったんだろうと考える余裕が出てきた。けれど結論は出なかった。だから、物事を物凄くシンプルに考えてみた。


 きっと、これもロックの効能なのだろう。だから、難しいことを考えなくてロックできる曲を選んで、ボクらに演奏させた――ランちゃんの本意は知らないけれど、そう思うことにした。


「え……っと」


 津島さんが切り出した。


「ゴメンナサイ! 私、いつもこうなの……ああっ、またやらかしたわ! 私の、バカ、バカ、バカ!」


 裏返った涙声と共に、自分の頭をポカポカやり出す津島さんをの両腕を、ボクと香純ちゃんが慌てて押さえつける。かなりの本気殴りなので、こうしないと津島さんは自分で自分にKO負けしてしまう。白梅会の日常の風景だ。


「え……ええ!? ヒメサユリの君、どうしちゃったの!?」


 しかし委員長の井澤さんは、こんなあり得ない津島さんムーブに驚愕の表情を浮かべていた。無理は無い。彼女に限らず、津島さんと親しい数名以外にとって、ヒメサユリの君は欠点の一つも無い、完璧無比な存在だ。まさか、こんな言動に出るなんて想像もしてなかっただろう。裏方仕事で忙しそうなスタッフやローディー達も、チラリチラリとこちらの方を横目で見ている。


「あー、気にしないでー。深央の平常運転だからー」

「え……でも……嘘……」

「初めて見るとびっくりするよねー。エーデルワイスの君も、懺悔モードの深央を初めて見た時は思いっきり退いてたし、しゃーなしだねー」

「それにしても……」


 今度は委員長、ボクと津島さんを交互に見比べた。


「二人……そういう関係だったなんて……知らなかった」

「誤解だよ誤解! 緊急事態なんでこうなっちゃっただけ!」

「はッ!?」


 この会話に、ようやく津島さんは思い出したみたいだ。時々――いや、常に――彼女の反応は鈍い。


「わ、わ、わ、私の……」

「あ」


 津島さんの唇を奪ってしまった事実に変わりはない。彼女の視線に込められた言葉にできない何かが、ボクのことを熱線銃のように射貫く。


「王子様のためにとっておいたのに……なのに……」

「ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ……」


 直謝りのボクは津島さんを直視できない。


「いいじゃん深央ー、ノーカンノーカン。女の子同士だしぃー。それに王子様って同じようなもんじゃんー……あ、そっか。深央は知らなかったっけ」


 浅見さんの茶化しを無視して津島さんがのそりと動いた。


「サイコーだよねー。ヒメサユリの君とエーデルワイスの君の接吻! 誰か動画とってないかなー」


 まるでゾンビのように向かってくる津島さんを横目に、浅見さんはまるで他人事のようにお気楽な調子でのたまう。遂に殺される――ボクは身構えた。だけど津島さんが向かった先は浅見さんの方だった。


「り~こ~。わかってるんだからねぇぇぇぇ」

「え?」

「どーせ、拘束支配魔法(ミズガルズルの軛)あたりを使ってやったんでしょぉぉぉ」

「どうしてそうなんのー!?!?」


 津島さんは浅見さんをギリギリと締めあげる。ホッとしたのも束の間、別の殺意がボクののことをロックオンしているのに気付いた。


「ひ゛~め゛~さ゛~ま゛~」

「アヤメ!?」

「美彌子さん……ひどいですぅ……」

「香純ちゃんまで!?」

「ワタシというものがありながら……こんなハレンチなこと……しかも一度ならずも二度までも……」

「ああっ、違う違うだからこれは浅見さんのまほ……じゃなくて……えっと、とにかく不可抗力っ!」

「問答無用です! こうなったらワタシの熱い接吻で姫様の唇を上書きして、さっきのは無かったことにします!!」

「うわぁぁぁっ」

「ワタシも参戦しますぅ」


 押し倒されたボクは、馬乗りになったアヤメのタコチュー攻撃を必死にかわそうとするけど、サブミッションを極めた彼女に抗えるはずも無く、ひたすら精気を吸われ続ける。香純ちゃんまでボクの頬をつねったり頭をポカポカしたり。


「わー、みんなロックしてるー、いいなー!」

「ほんと……白梅会の皆さん……思ったよりずっとロックな方達だったのね」


 はしゃぐランちゃんと、呆れ顔と尊念が混ざった委員長。二人の視線を浴びながら、もみくちゃにされ続けるボクはほっと息をついた。


 激しいパンクの轟音と、大盛り上がりのオーディエンスの歓声が、大きなうねりになって聞こえてくる。ボクらはほんのちょっと、この盛り上がりに加わっただけ。だけど、津島さんが自信を取り戻すには十分な理由だ。


 その後ボクらは、お姉さんたちのステージを横から楽しんだ。盛り上げるためのちょっとしたテクニックを教えてくれるランちゃんの解説は勉強になったし、過ぎゆく時間はあっという間で、気が付いたらアンコールが会場を包んでいるところだった。


「ほら、一緒に来て」

「え?」


 ステージの袖裏で待機していたメインアクトのお姉さんが手招きする。


「1曲目、やらなかったよね。アタシらと一緒にやろ?」 

「いいんですか?」

「もち」


 再びステージに上がったボクらを、割れんばかりの拍手と指笛が出迎える。


 気のせいだろうか、浅見さんをドツキながら歩く津島さんの足取りはいつもより力がみなぎっていた。このところちょっとらしくなかったヒメサユリの君だったけれど、いつもの調子を取り戻しつつあるのかもしれない。


 お姉さん達は大きく手を振り歓声に応える。それを真似してボクらも。


 突然、メインアクトのリーダーがランちゃんをひょいと抱き抱え、肩車した。大はしゃぎのランちゃん。


「ほらカワイ子ちゃん、思いっきり煽っちゃって」

「うん、りょーかい!」


 マイクを受け取ったランちゃんが可愛らしい声で叫ぶ。


「Enjoying and rock’n now everybody?」


 ライブハウス全体が答える。


「「「イェーイ」」」


 ランちゃんとオーディエンスの掛け合いは続く。


「Right, We’re rock’n baby」

「「「イェーイ」」」

「Are you ready?」

「「「イェーイ」」」

「Ready?」

「「「イェーイ」」」

「Ready?」

「「「イェーイ」」」

「OKey, We bomb huge huge rock Dynamite! Big bang explosion come here! Then, Rock with you!!」

「「「Oi! Oi! Oi!」」」


「うわぁ……煽る煽る……本当に爆発すんじゃねー?」


 軽口を叩く浅見さんだったけど、彼女も楽しそうだった。アドレナリンどばどば。ランちゃんやメインアクトのギタリストと一緒に、タメを思いっきり効かせたフレーズを演奏する津島さんの姿にトラウマの影はもう見えない。これからもきっと、大丈夫だろう。


 少し遠回りしたような気もするけど、遂にボクらはスタートラインに立った。地元のライブハウス、しかも他のバンドの前座ということでたったの三曲。それと、これから演奏するアンコール。武道館なんて遥か彼方だけど、それでも、確実に動き出した。


深央ちゃんのパンもろエピソードは、もうちょっとは考えろよ的な感じでしょうか。作者もちょっとアレだなぁと自覚はしていることを告白。リスペクトを多分に含んだオマージュ、あるいはお約束ということにしてください。まぁ、深央って名前の時点でバレバレですかねぇ。

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