[24]ステージ衣装(ボクのはパッド盛り盛りにするそうです)
向かった先は、楽屋というか控室というか、まぁだいたいそういった場所。実物を目にするのは初めてだったけど、まぁまぁ想像していた通りの空間だった。考えてみたら楽屋のシーンってアイドル物のゲームやアニメでしょっちゅう出てくる訳で、そのイメージが既に脳内に刷り込まれていたらしい。使い込まれたドレッサーに大きな姿見、ステージ用の備品なんかがそこかしこに雑然と置かれている。
五味先生が準備したステージ衣装は、部屋の真ん中、少し大きめのテーブルの上で奇麗に折り畳まれていた。前にサイズ合わせと称した――しかしその実態は、五味先生の目に滋養を与えることを目的とした生着替え観賞会――で一度袖を通しているから、どれが誰の物か迷うことも無く、先生が見守る中、ボクらは思い思いに着替えを始めた。
ふと隣の津島さんを見る。いや、白梅女学院で一番の美少女ともっぱらの噂のヒメサユリの君の生着替えを見ようなどというスケベ心では決して無い――多分。と、目に入ったのは彼女らしいいかにも不思議な行動だった。
何を思ったか彼女、真剣な眼差しで着込んだばかりの自分の衣装の胸元を覗き込んでいた。
この完璧美少女はいつもちょっと変わっている。何をやってるんだろう? お胸のサイズが合ってないのかな? なんて想像を巡らせてるうち、彼女はぐるりと周囲を見渡し自分とを見比べ始めた。そして何を思ったかボクの方に顔を寄せる。
「ねぇ、美彌子さん?」
「ん?」
「これ……何となく似ていない?」
そうなのだ。耳元で囁いた津島さんに、同じことを考えていたボクは胸元のボタンを留める手を止めた。
似てない?――というのは、魔法少女の衣装の配色。魔法少女形態のそれぞれテーマとなるカラーと一緒ということだった。
淡い桜色という、いかにも魔法少女モノの主人公的配色の津島さん。華やかさと落ち着きを兼ね備えた山吹色は香純ちゃん、薄紫がテーマのアヤメと、紺色に緑色のアクセントを散りばめたのは、浅見さんのテーマカラー。それぞれ、妙に似合っているというかバッチリ型に嵌まっているというか。
「そうだね。どういうことだろう。ただの偶然かな」
「そうだと思うけど……才能のある服飾デザイナーは、オーダーメイドを受けるとその人にふさわしい色合いを瞬時に見分けるそうなの」
「なるほどね。味先生も本能的にそれを読み取ったとか?」
なお、この魔法少女集合体には赤と緑はいなかった。ご都合主義も、さすがにそこまでテンプレに忠実では無かったというなのかも知れない。
そういやそもそも、魔法少女のコスチュームって誰がどう決めてどう作ったのだろう。まさか自分達の手で仕立てた訳じゃないだろうし……後で聞いてみよう。
そして笑ってしまうのは――ボクの装いだ。
津島さん達とは少しばかりデザインが違う、白基調のステージ衣装。無個性でモブ属性というところまでしっかり考えられている。そもそもボクは魔法少女なんかではないし、みんなと一緒じゃなくても別に構わないけれど。
「五味先生も、ボクのテーマカラーにはほとほと手を焼いたかな?」
「そうね。でも、その甲斐があったのかもよ?」
「え?」
「何と言っても一番しっくり来るのが美彌子さん……アニメだとさしずめ主人公ポジションって感じかしらね」
「はい!?」
揶揄っているのだろうか? しかし彼女は本気だった。しかも聞いてないふりして、香純ちゃん達も二人の会話に聞き耳を立てていたみたい。うんうんと頷きながらこちらを見ている。
「ご冗談。てか、ボクだけ浮いてない?」
「そりゃ特別よ。なにしろ美彌子さん、退屈な学園生活に降臨したプリンセスだもの。ね、エーデルワイスの君?」
「さすがです姫様!」
「うらやましいですぅ」
「いいなー、美彌子っちだけ。でも特別扱いでもしゃーなしだねー、なんせマジモンのプリンセスだしー」
「いえいえ、まさかそんなこと……」
ある訳無いよ――と、言いかけた時だ。
「ご名答! その通り!」
ボクの言葉を遮り声を上げたのは、ランちゃんに次々と色んなポーズを取らせていた五味先生だった。衣装の最終チェックに余念がない彼女は、自信ありげにこちらをじっと見据える。
「よく気付いたわね。あンた達、私のことを只のうだつの上がらない駄目教師だと思っていたでしょ? ザンネン。ちゃーんと、私なりに考えてるのよ」
「あ、駄目教師だって自覚あるんだ」
「し、失礼ねッッ! だまらっしゃい」
「ああっ、ゴメンナサイ先生そんな詰め寄らないで……で、ボクだけちょっと違うのって、何か狙いがあるってことなの?」
「ええ、当然よ」
ランちゃんの前で膝をついていた先生は、まるで芝居がかったアクションで立ち上がり、つかつかとランちゃんとボクらの間を行き来する。そして勿体ぶった様子で口を開けた。
「アイドルのコスチュームが、見るモノに訴えかける凄味みたいなものって何なのか分かる?」
ぐるりとボクらを見渡した先生の視線は浅見さんの方向で止まる。一瞬うへぇって顔をした浅見さんだけど、直ぐにいつも通りの飄々とした表情に戻り、彼女は答えた。
「何だろー。そりゃ、カワイくって派手でフリフリで……あと、ちょっとエッチな感じ?」
「最後のはちょっと余計だと思う」
「ノンノン。それは凄味とはちょっと違うわね。もちろん、今、浅見さんが言ったことは当然。でも、可愛らしさを押し出した上で、さらに視覚的なインパクトを与える仕掛けがちゃんとあるの。なお最後の一言は正解。エッチは正義よ」
一瞬の沈黙。そして少し間を置いて答えたアヤメに先生は大きく頷く。
「ユニフォームになっている……っていうことでしょうか?」
「そう。統一された衣装を纏ったかわいらしい少女達が、呼吸の合ったユニゾンでダンスを踊る。それだけで視覚効果は抜群なの。でも、あくまでもそれは基本中の基本。それを踏まえた上で、ちょっと崩すことで視覚的により大きなインパクトを与えられるのよ」
そして五味先生は鼻息を荒くして続ける。
「みんなの衣装を考える時にね? もちろん、カラーバリエーションだけ変えて、衣装のテーマそのものはフラットにしたコンセプトにしようかとも悩んだわ」
「ありがちなアイドルのコスですね」
「でもね、こんな風に一人だけちょっと変化を付けてるのもテクニックなの。ちょっと悩んだけど、今回の衣装は、果無さんを目立たせるコンセプトにしたのよ」
「ちょっと待って、このバンドって津島さんとランちゃんプッシュでしょ? 何でボクが!? むしろボクは目立たないポジションに居たい」
切実な思いをぶちまける。が、しかし――この変態教師は、そのささやかな願いさえ残酷に切り捨てるのだった。
「せっかくバンドに神秘的な美少女がいるのだもの。それを生かさない手は無いわ!!」
「神秘的な美少女だったら津島さんがいるじゃないか! それにランちゃんも」
「二人はテクニカルな方の要よ! それにしても……」
何を思ったのか、目を瞬いた先生はボクのことをじっと覗き込み、そして小首を傾げた。
「前から不思議だったけど果無さん、本当に変な子よね、貴女」
「はい?」
「高校生にもなって自分の価値を全く認識していないなんて……まるで女の子じゃないみたい」
「え? は?」
まさかバレた!?……思いっきりテンパるボクを前に、先生は呆れ顔に変わった。
「全くそれだから……女の子なら普通、小学生だってちゃんと自分の価値を認識してるわよ? それなのに……そのまるで妖精か女神のようなルックスしてて……ほんっと、羨ましいわ。どんだけ世間離れしているのよ。非常識だわ」
「当然です先生! 姫様は王女様です先生ッッ! 非常識なほど完璧なプリンセスですッッ!!」
「そういうことで果無さん……貴女は全力で色気を振り撒いて頂戴! 少し位あざとくても構わないわ!」
「無理言わないで! てかそのやり方って俗っぽ過ぎ! もうちょっと音楽性で勝負を……」
「フッ……まだまだケツが青いわね! 小娘!」
エキサイトしてきたのか、教師が教え子にかける言葉とはとても思えない言葉使いを吐き出したせんせは、感情がこみ上げ勢いあまったのだろう、熱弁を振るいだした。
「ショービジネスなんてね! 売れるためには何でもアリなの。頭一歩抜きんでないと駄目なの! 音楽性? 芸術性? そんなもの、誰も見ていないわ! まず目立つこと、リスナーの劣情に訴えかけること! コンシューマーが音楽に耳を傾けるなんてその後! ビジュアルとインパクトとエロが一番大事なのよ! エロよエロ! 世界はエロで動いていうの! 音楽性だなんて一丁前な言葉、100年早いわ」
ぐぬぬ……。何だか本当に自分がお飾り担当のような気がしてきた。反論する気力も失い呆然と立ち尽くすボクを前に、どうしたらよいのか分からないのかアヤメが困惑の表情でオロオロとしだし、香純ちゃんの表情は凍り付いた。津島さんは何か言いたげに口をパクパクさせている。それにしても先生、エロって単語を何回繰り返せば気が済むのだろう。
それぞれリアクションに困り果て時が止まりかけた空気を、浅見さんの言葉が貫く。
「てかさー? わたしらさー。アイドルじゃないよねー。そもそも踊らないしー」
真実を突いたその言葉が呼び水だった。ハタと目を覚ましたのだろう。津島さんアヤメ香純ちゃんが、口々に先生の矛盾を暴き出し始めた。
「そもそもステージ衣装なんているの? 普段着でいいと思うけど」
「普段着ですかぁ。そう言えばこの間の週末、津島さんを街でお見掛けした時は、あまりに素敵でビックリしました!」
「津島さん、洋服のセンスありますからぁ……」
「いっそのこと、深央にコーデ頼もうかー?」
「冗談やめて。私、お洋服のセンスなんてまるで無いわ」
「またまたぁ」
「そういうのはむしろ、井澤さんにお願いすればいいんじゃ……」
「委員長も尖ってるよねー」
「ステージ衣装、ボクは制服がイイと思います! セーラー服最高ッッ!」
セーラー服フェチのボクとしては白梅女学院のセーラー服こそが、彼女達を一番輝かせるステージ衣装だと信じている。もちろん、自分がセーラー服を着る境遇にあるという想定外は抜きにして。
「何を言ってるの! 頂点を目指すのでしょ? このコスチュームのことを勝負服と思うのよ。さぁ、気合を入れて世界を取ってきなさい!」
しかし大人はズルかった。ボクらのツッコミなど歯牙にもかけず、一方的に宣言すると自分で自分の言葉にうんうんと頷き始めた。
「つまり暗黙のプレッシャーってことかー、これー」
「確かにステージ衣装なんて着てショボい演奏じゃ、カッコつかないよなぁ」
「うーん……ランちゃんはどう思う?」
困り果てたのだろうか。遂に津島さんはランちゃんに助け舟を求めた。唐突に振られたランちゃんはこっちを向く。
ランちゃんの衣装は、また更にボクらとはちょっと意匠が違っていて、漆黒のゴシック風ドレスだった。まるで妖精みたいな白い肌と、明るいブロンドの髪との対比で、とても神々しく見えた。シルバーの耳飾りと、十字架をあしらったゴールドのチョーカー。天使らしさっぽい雰囲気の少女は、天使そのもの――あるいは神々しさを持った小悪魔――へと変化していた。
そんなランちゃんは元気よく津島さんに応える。
「うん! ステージいしょうだいじ! なんたってロックスターだもん!」
腰かけていたスツールから飛び降りた彼女は、いかにもなロックスターっぽいポーズを取り始めた。マイクスタンド(もちろん今はマイクスタンドなんて持ってないからエアマイクスタンドだけど)を今にも振り回しそうな勢いで、くねくねと身体をくねらす。
「もっともっと、ずっとドはででもいいくらい! ロックスターはキラキラしてないと!」
「そうかなぁ。私達のこの格好、変じゃない?」
「ちょっとかわってるけど、へんじゃないよ!」
「どっちだよ……」
「ぼくらのじだいとは、ちがうっていみ! へんなのー!」
「ふぅん……そうなんだ。で、ランちゃんはどんな格好がお好み?」
「アリス・クーパーみたいの!」
即答するランちゃんに五味先生は口をあんぐりと開ける。
「アリス・クーパーってあんた……えらく古い趣味の幼女ね」
「こう、ズボンがピッチピチでさ! もっとこう、ヒラヒラしたのがついてるの! そんでね、うんとセクシーで」
「プレスリーみたいな感じ?」
「ちがうよー。エルビス・プレスリーなんてふるすぎー! ありえないよー!」
理解の及ばない会話に突入し始めたランちゃんと五味先生を置き去りに、まだ納得しない感じの表情を浮かべる津島さんに浅見さんが声をかける。
「まぁ、でもランちゃんもそう言うんだったら仕方ないよねー、深央?」
「ええ……でも」
しょうがないよという視線の浅見さんを前に、津島さんは胸のあたりのフリルに指を這わせる。
「あのぅ……先生?」
「まだ何か、津島さん?」
「胸元のサイズ……合ってないような」
「んなもん、パッド盛り盛りにしなさい!」
[あ、確かにちょっとスースーする。ボクだけじゃなかったんだ」
「果無さんまで。どうしてあんた達、そんなキレッキレのルックスしておきながら、お胸だけ残念なのよ!?」
「あ、せんせー。身体的特徴をあげつらうのはセクハラ行為でーす」
「何がセクハラよ! 女同士でしょ」
「それでもセクハラって成立するそうですよー」
「ふっ。なんなら私が揉んで大きくしてあげましょうかッッ」
「うわ、セクハラどころか性犯罪上等な人だわこの先生」




