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[23]繁華街の裏通りのライブハウスにて

 その後の津島さんは、 見ている方が気の毒になるくらいに自信を無くしていた。


 大風呂敷を広げて見せたくせに、白井さんと天と地ほどの差が出ちゃったのがよほど恥ずかしかったのだろう。それ以前に、口から出まかせで大嘘をついてしまったのだ。プライドが高い彼女にとって、屈辱と自己嫌悪のダブルで辛いはずだ。


 普段はいつも通りマイペースで周りを引っ掻き回してばかりの津島お嬢様だったけれど、一人の時なんかは時々不安そうな表情を見せていたし、街中に出る時なんて可哀想なくらいオドオドと周囲を窺いながら歩いていた。


 で、ボクらはファーストステージについて、少し真面目に考えるようになっていた。だけど、何の経験も積んでいないバンドが、ライブハウスを使わせてもらい、しかもそのステージを成功させるにはどうしたら……。


「こうなったら、ファンサイトでコメントをくれる人に当たってみる?」

「でもさー、怖いんだよねー。一応私らJKじゃんー、ネットの向こう側って紳士ぶっていて下心のある人がうようよしてっからねー」

「顔が見えないからね。隙あらばJKを喰っちゃおうって待ち構えている人は多いよね」

「美彌子っちの方はー?」

「駄目。ボッチのボクに元々人脈なんて無いし……父さんにそれとなく当たってみたけど、全然噛み合わない」

「美彌子っちのパパ、ミュージシャンだったんだっけー?」

「正確にはミュージシャン志望ね。実家からこっちに出て来た時、音楽で生計を立てるんだって頑張ったみたい」

「なら、ちょー筋アリじゃんー。プッシュしようよー」

「駄目。ちょっと話を聞いたけど、激が3つくらい付く程の地雷案件だけだアレ」

「国王陛下の話を伺っているうち、久しぶりに背筋が寒くなりましたよ……いやぁ姫様、世の中、関わってはイケナイものって世の中にはあるのですねぇ!」

「アヤちゃんまでそう言うって……相当じゃん……」

「うん。そもそも父さんの場合、結局ものにならなかったし、すり寄ってきたのは胡散臭い連中ばかりで、結局諦めちゃったんだって」

「ショービジネスあるあるネタかー」

「で、香純ちゃんの方は?」


 香純ちゃんの家は、老舗のおせんべい屋さんで地元のお客さんも多い。彼女自身がお手伝いで店先に立つこともあるので、それとなく情報収集を頼んでいた。


「ご、ごめんなさいですぅ……」


 しかし問題は、彼女が度を越した引っ込み思案というところにあった。そんな香純ちゃんが、どのようにして店員を全うしているのか興味が尽きないけど、ボクがお客としてお店に遊びに行くことを、お店のコスチュームを見られるのが恥ずかしいからという理由で頑なに拒否している。


「どうやって切り出せばいいのか、分からなくって……」

「うん、大丈夫。気にしないで! マイペースマイペース」

「香純っちのお店、お客さんはジジババだけだもんねー」

「はいですぅ……お父さんはシャレオツなお店にして、若いお客さんを増やすんだって、色々やってるんですが……」

「あー、ことごとく外しちゃってるもんねー。ありゃ、ズレまくってるよー」


 香純ちゃんの家は製造直売のお店で、店主である彼女の父親は、彼女に似てなかなか頑固らしい。昔からの味を守ることに情熱を傾けていて、味はピカ一だけど、時代の流れに取り残されちゃって、他の店にお客さんと取られてしまっているというのが、ご近所でのもっぱらな噂だ。


「そうなると、やっぱり委員長頼みになるか」


クラス委員長こと、女子力高めの音楽少女、井澤理沙さん。その井澤さんの声が、白梅会の小部屋に響いたのは、偶然というにはあまりにご都合主義的なタイミングだった。


「決まったわよ、初ステージ!」


 ドアを勢いよく開き、顔を上気させながら入ってきた彼女は、お淑やかで落ち着いた雰囲気が妙に色気を感じさせるいつもの委員長とは、少しばかり違って見えた。


「オープニングアクトなんだけど。みてよ、ほら。メジャーデビュー目前って噂されている、ここいらじゃ超有名なバンド!」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ボクら(ランちゃんズ)前座(オープニングアクト)を任されることになったのは、地元で人気のインディース・バンドのライブ。とにかく元気の良いガールズバンドで、彼女達のはステージではこれでもかというくらい歌って踊って、おまけにひたすら暴れるという、カロリー消費量が半端じゃないパンクロックだった。


 そのバンドもデスメタルの呪いの後、パンクからメタルコアに鞍替えしちゃっていたけど、それでも本来彼女達が持っていた『頭をからっぽにして、とにかく楽しむロックンロール』という根本的な部分は変わっていなかった。


 そうは言っても、いかにもパンクなどぎついファッション、攻撃的な音楽、激しいステージ、そしてギラギラしたファンに囲まれて荒ぶる姿。エキサイトしたオーディエンスが、ダイブやモッシュを当たり前のように繰り出す、熱狂的なお祭り騒ぎを生で見ることになるなんて人生初の経験――


 そうなのだ。井澤さんに引き連れられ、ランちゃんズのメンバーは繁華街の裏手にあるライブハウス、彼女達の公演を聴きに行っていた。


 もちろん、生演奏を聴きに行くのが初体験ってわけでもない。両親に連れられハードロックバンドの来日公演を見に行ったこともあった。あったけけど、ステージも観客もここまで過激じゃなかった。インディーズ系のパンクロックとメジャーなハードロックじゃ、勢いも客層も全然別物だってこと、身をもって思い知らされた一日だ。それは津島さんも一緒のようで、まるでぶちのめされた様な表情で、彼女らしくなく魂が抜けたように足を引き摺っている。


「ねぇ……本当にここ……入るの?」

「そりゃぁまぁ、入らないとね」

「とても……そう、とても退廃的な……ところね……」


 ボクらはお礼と挨拶を兼ねて、終演後少し時間を置いてから、彼女達が打ち上げをやっているという、ライブハウス地下のバーに足を運んでいた。


 こういったロックな感じの人達と接するのは初めてのことだったし、正直かなりビビっていた。いきなり凄まれたらどうしようと本気で心配をしながら向かった先。平々凡々と暮らしてきたボクや、お嬢様街道を一歩も踏み外すことなくやってきた津島さんにとって、こういった場所は縁遠かった。雰囲気だけでぶちのめされそうだ。


「……ああ危険な薫り……私のような青二才的むしろ世間知らずで温室育ちのチンチクリン娘が入っていい場所かしら否酸いも辛いも知っている海千山千の猛者しか受け入れないに決まっているわああどうしましょうきっと私、殺されてしまうわねでも人生の中で一度はそんな覚悟も必要かしらそうね人生100年時代こういう経験も必要と考えるべきだわ頑張れ深央きっと修司おじさんも見守っていてくれている……ぶつぶつぶつぶつ……」

「とにかく入ろう!」


 ブツブツと何か唱えている津島さんを促し、中へと一歩踏み出す。


 むわっとしたアルコール臭とヤニの匂いの混ざった空気が、陽気なざわつきと一緒にボクらを出迎えた。大量の空き缶や空き瓶に囲まれ、ボンテージファッションでバッチリ決めたお姉さんたちは、関係者であろう人達と一緒に打ち上げをやっているところだった。


「お、来た来た白梅のカワイ子ちゃん達」

「この子がランちゃんか。うわぁ、ホントお人形みたい」

「何でもいいからとにかく盛り上げちゃって!」

「そうそう、細かいことはどうでもいいからさ」

「演奏はヘタでいいわよ? そうしないと私達の方が霞んじゃう」


 彼女達は開口一番、そんな軽いノリでボクらを励ましてくれた。揃いも揃って不安そうな顔をしているのを察したのだろうか。


 それからはどうってことの無い世間話と音楽談義。過激な見た目とは違い、とても気のいい人達だと知るのにさほど時間はかからなかった。


 愉快そうに笑う彼女達を見ているうちに、津島さんもだんだんといつものペースが戻ってきたようだ。鋭い質問を投げかける津島さん、面白おかしく答えてくれるお姉さん。話せば話す程、親しみが。とてもサバサバとしてはいるけど、修羅の世界に暮らす人ではなく、ボクらと同じ世界の、ただ、ボクらよりちょっとだけ、自分に正直に真っ直ぐ生きているだけなんじゃないかと、確信が持てるようになってきた。


 お姉さん達はランちゃんズの前座起用を決めてくれた理由も教えてくれた。


 何でも、この間アップした動画配信サイトの映像を見て、気に入ってくれたらしいのだ。それで、軽音楽部の伝手で井澤さんがコンタクトを取った時、懇意にしてくれているこのライブハウスで一度、演奏してみてはどうかと誘ってくれたみたい。


 怖い人達だと勝手に決めつけてしまっていた自分が恥ずかしい。


 その後は準備やら練習やらで、目まぐるしい日々が続いた。心の準備などできる余裕もなく、次の週末のライブ本番までの時間は、あっという間に過ぎ去っていった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 遂にやって来た初ライブ当日。関係者との挨拶を済ましたボクらは、緊張を誤魔化すため連れ立ってライブハウスの中をぶらぶら徘徊し始めた。


 こういった舞台裏サイドと接点を持つなんて初めての経験で、見るものすべてが新鮮なせいか時間を忘れて歩き回る。それこそ、30分近く経った頃だったろうか。


「――あ! いたいた、探したのよ」


 大きく手を振って呼び止めたのは井澤さんだった。センス良くまとめた私服までいちいち女子力MAXな彼女は、ライブハウスのテクニシャンとおぼしき人たちと、ステージの奥でPA機材を弄っていた。


「あ、井澤さん。機材のセッティング作業、ごくろうさま」


 津島さんの労いに、委員長はジェスチャーを交えて答える。


「ライティング機材も自由に使わせてくれるって」

「やったじゃん。イケそう?」


 基本的にPA機器の操作はライブハウスの人にお任せすることが多いらしいけど、今後のためにと委員長は貪欲に機材関連を一通り自分達で使いこなせるよう頑張っている。


「コントローラーの使い方も教えてくれたのよ。そっちは明野先輩がやってくれるみたい。バッチグーって感じね」


 そんな委員長の背中から、まるで隠れるようにして首をすくめながら顔を出したのは、同じ学校の二年生、明野さん。ボクらの先輩だ。今時珍しい三つ編みお下げの彼女はなんと、正真正銘の軽音楽部所属だった。


 軽音楽部とはとても思えない位、オドオドしていて地味な感じの先輩だけど、井澤さんの合唱部の先輩の友人で、今回の話をしたら、なんと自分からサポートの名乗りを上げてくれたのだ。


 彼女は津島さんのことを見ると、ちょっと緊張した面持ちで目を大きく見開いた気がしたが、そのままペコリと頭を下げると、小走りでステージの方へと去っていった。


「それじゃ、ボクらもセッティングの手伝いとリハの準備に行こっか?」

「その前に、ステージ衣装の最終チェック!」


 大声で割り込んできたのは五味先生だった。先生の私服は井澤さんとは真逆で、ちょっとくたびれた大人のファッションって感じの、安売りの衣料品コーナーを無造作に合わせたようなコーディネート。疲れたアラサー女子を具現化したような女子高教師だ。


 だが侮ってはいけない。この人、コスプレ大好きの変態先生だ。本気になるととんでもない●●魔に変身する。


 そんな先生の突然の提案に、心の準備などできているはずも無く。


「えー、先生。衣装合わせなんて今やるの?」

「当然よ! さあ、準備してあるから控室へレッツゴー」


 スタッフの人達が何人も行き来している中、『プロ意識を見せてここで着替えなさい!』なんて言われなくて良かった――むしろ、前座なのに控室を確保してくれたことに感謝しながら、五味先生に付いていく。


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