[22]お嬢様軍団、再び
肝っ玉が据わっているというか鈍感というかマイペースというか。いつものことながら、何事にも動じない津島さんは凄いと思う。
思いがけず出くわした因縁の宿敵に、少しばかり面食らった様子で二、三度ばかり目を瞬いたけれど、それも長くは続かなかった。やおら静かな笑みを湛えると、思い切りツンと澄ました言葉を返した。
「あら、そう? ええっと……最後にお会いしたのはいつでしたっけ? 困りましたわ……まるで覚えていないの。ごめんなさいね? ほら、白井さんのことなんていちいちメモリーしていないから」
いつものお嬢様節も全開、なかなか辛辣な一撃を加えてきた。
もちろん白井さんも言われっぱなしじゃなかった。『まぁ』と大きく開いた彼女の口はとてもわざとらしくて、そして顔色一つ変えず言い放つ。
「それは残念。でも良かったわ。津島さんとは住む世界が違っちゃって、もう一生出会えないのかしらと心配していたところなのよ? ほら、私達って人気者でしょ? あちこちから引っ張りだこで……もう、大変なの」
ボリュームたっぷりなお嬢様スタイルの髪型もバッチリ決まっている彼女は、ちょっと困ったような仕草でポーズを取った。<ティーンズ憧れの制服特集>なんて雑誌の記事で紹介されるような、そんな小洒落た制服の中でも、群を抜いてオシャレだと噂されているリリス学園の制服があざとく揺れる。
なお、白梅女学院はトラディショナルなセーラー服だ。清楚な感じが素敵なこの制服、昔っからイイなぁと思っていたんだけど、世間のイケてるJK的には思いっきりダサい代物らしい。陰キャの男子高校生とJKとの間の認識の断絶を地味に感じる。
二人はそのまま『ふふふ』と冷たい笑顔を交わすが、まるで笑っていない目が怖い。この令嬢的ポーカーフェイスから心の内を読むなんてこと、ボクなんぞには到底できない芸当だ。そんな素直な感嘆をよそに白井さんの自慢は続く。
「でね、私達、今度は武道館でライブを開かせてもらうことになったのよ? チケットも即日完売、凄い騒ぎでしたわ。そうそう! 津島さんとお会いできると分かっていれば持ってくればよかったわね、関係者チケット。皆様にプラチナチケットをお譲りできたのに」
わざとらしい親切心で包みながら、さり気なく自慢するあたり、華族令嬢の真髄発揮といったところだろうか。満足気な表情を湛えた白井さん、何と言うか……とてもアレです。ここまで来ればもうあっぱれとしか……このへん、もはや伝統芸能の域に達しているかのよう。
しかも白井さん、心にも無い同情心を付け加えるのも忘れていなかった。
「それにしても、お暇そうにしていらっしゃる津島さんが本当に羨ましいですわ。ああ、本当に煩わしい。アイドルなんて滅多なことをやるものじゃないわね。人気に火が付いちゃうと自分の時間もそうそう持てなくなっちゃって」
白井さんの周囲からクスクスと笑い声。慰めるような言葉は見せかけ。要するに『勝負がついたわよね?』と暗に宣言しているようなもので――まるでぐうの音も出ない。
しかし津島さんは一歩も引かない構えのようだ。こっちも高飛車に構えたまま、憐れむような口調で切り返す。
「そうでしたの? ――ああ、そうそう。白井さん達の雄姿、どこかで見たような気がしますわ。何とか四天王でしたっけ? まるで地獄の閻魔様と闘うようなへんちくりんな衣装を着せられて、お気の毒にと思っていましたのよ。あら? そう言えば今日は制服姿なのね。久しぶりにお腹の底から大笑いしたい気分だったのだけど、残念だわ」
そして二人はお嬢様ポーズのまま、目に見えない火花を散らし始めた。お嬢様度はどっこいどっこい、いい勝負だ。
そのまま睨み合いが一分ほど続いただろうか。そんな膠着状態を破ったのは白井さんの方だった。
「そう言えば津島さん、大丈夫なのかしら? そろそろ警察の捜査の手が伸びているんじゃなくって?」
「え?」
「ネット動画を見たわよ。どこからか連れ込んできた幼女にギターを演奏させているのを見て、思わず仰天してしまいましたわ」
白井さんが何を言い出したのか分からず、ぽやっとした表情を返すだけだった津島さんだったが、ようやく何のことか分かったのだろう、やおら胸を張り答えた。
「ランちゃんよ」
「ほんっと、幼女がギターを演奏するって、世間様にとっては物珍しいことなのかしらねぇ……なにやら地道にPVを稼いでいるようですけど。でも、いくら人気のためとはいえ、普通そこまでするかしら? ご苦労なことね。犯罪に手を染めてまで」
その幼女がすぐ目の前にいるのに、白井さんは気付いているのだろうか。それとも宿敵津島さんを前に、まるで眼中に入っていないのだろうか。そんな白井さんに津島さんがチクリと逆襲する。
「あら、良くご存じね。ひょっとして私達の配信をチェックしてくださっているの?」
「まあ津島さん、当然じゃないの。お互いにスクールアイドルの頂点を目指しましょうと誓い合った仲でしょ。でもそちらは動き出す気配もまるで無いし、待ちくたびれていたところなのよ」
「心配なさらないでも、すぐに追い付きますわ。おーっほっほっ」
「まあ、ご冗談を。おーほっほっ」
二人してワザとらしいお嬢様笑い。こんなアニメのテンプレ的ツンデレ会話がリアルで聞ける日が来るとは夢にも思わなかった。まさか笑いを取りに行ってるのだろうか? それにしても、このお嬢様笑いというやつは寒々しいというか何というか……津島さん、イメージが崩れるので止めた方がいいと思います。
「あら、冗談では無いわ」
「そうなの? ひょっとして、大きな会場でのライブも決まったとか?」
「ラ、ライブ!?」
「ええ。まさか、一度もステージをしたことがないなんて……そんなこと、ある訳無いわよね?」
まるで計ったようなタイミングで、クスクスという含み笑い。白井さんの取り巻きだ。あからさまに確信犯的な言動。どうしてこんな息がぴったり合うのだろう。
「ライブは気持ちいわよ。何万人ものオーディエンスを前に、大きな会場で一つになれるなんて、最ッ高に快感。この絶頂を知らない人生だなんて、とても可哀そう」
「そ、そ、そんな訳無いじゃない! ラ、ライブくらい……」
「あら? ライブくらい、どうしたの?」
「ライブ、決まったんだから! そうよ!」
「ちょ、津島さん!?」
思わず横から口を挟みかけたボクのことを、津島さんはキッとしたきつい目線で押しとどめた。まるで鋭利な刃物を突き付けてきたみたいな鋭い目線だった。
「そうなの? それは良かったわ。ライブ・ヴァージンじゃ初心過ぎて話にならないもの」
「と、当然よ! 快進撃の始まりの、狼煙を上げる時が来たんだから! み、見てなさい」
「そうよね……あら、いけない。すっかり時間を無駄にしてしまったわ。それでは津島さん。初ライブ、頑張って下さいな。ごきげんよう」
「ええ、白井さんこそ武道館ライブ、成功するよう祈っておりますわ。ごきげんよう」
颯爽と立ち去る白井さん達のことを、津島さんは高ピーなお嬢様ポーズのまま見送る。この状況でこの余裕。ボクは津島さんに対する尊敬を新たにした――
――訳は無い。念のため津島さんに尋ねたボクは、津島さんの生き様を目の当たりにすることとなる。
「大丈夫? ライブの予定なんて無いよ」
「……ねぇ、美彌子さん?」
心なしか震えた声。
「ん?」
「ど、ど、ど、どうしましょう!?」
「え……」
内股気味にすぼめた脚をプルプル震わせ、津島さんは涙目でボクに訴えかけてきた。
「私、勢いに任せてとんでもない嘘を言ってしまったわ……ああああっ、私の、馬鹿、馬鹿、馬鹿……」
「ちょ、見てて痛々しいから、自分で自分の頭を叩くのは止めてください」
「あわわ……恥ずかしくて、二度と白井さんの前には出られないわぁぁぁ」
「うーん、確かにちょっと恥ずかしいよね」
「どうしましょう、ねぇ、どうすればいい!?」
「さっきまでの余裕は何処行ったんだよ!?」
遂に彼女はボクの肩に抱き付き、そのまま涙をぽろぽろ流しながらしゃくり上げてしまった。そして脚の力が抜けてしまったのか、脱力した彼女の体重が小さく震えながらボクの肩にかかる。
「ねぇ……美彌子さん」
「お、おう!? 向こうも気にしてないって。いつも通り堂々としていればいいよ」
「でも」
「あはははっ。大丈夫、ライブだってそのうち話が来るだろうし、ドンと構えていればいいよ」
スレンダーで長身の津島さんだけど、意外と体温が高いんだなとか、お胸の障害物が薄い分、身体が密着して声や息遣いがダイレクトに伝わりやすいんだなとか、どうでもいいことが頭の中を駆け巡りながら、ボクはひたすらパニックに陥っていた。
完全にテンパった状態で、ボクは彼女の頭を抱き寄せた。
「ちょ、姫様!?」
アヤメの抗議をとりあえず聞かなかったことにして、ボクは津島さんに甘い言葉――のつもりだけど、ひょっとすると間抜けなだけかもしれない言葉――をかける。
「ランちゃんもいるし、きっと何とかなるさ。心配しないで」
「でも……嘘をついてしまうなんて、私って最低……」
「嘘なんて誰でもつくさ」
「それも……すぐバレてしまうような……」
「それだったら魔法を使えばいいじゃないか。魔女っ子だろ? 魔法で変身できるんじゃないの? どんな職業にだって。なら、魔法でロックスターになっちゃえ!」
「無茶言わないで……それに、この件で魔法は使わないって、決めたじゃない。正々堂々と戦うの」
「うーん、変なところでコダワリがあるんだよなぁ」
頼ってくれるのは嬉しいけれど、これに関してはボクの力ではどうにもできない。とゆーか偉そうなことを言っておきながら完全に他力本願。根拠のない慰めの言葉でなだめるという卑怯な対応でしか、津島さんを励ますことしかできなかった。
(肝心の津島さんがこうなっちゃって……これからどうすればいいんだよッ!?)
こんな心の叫び、誰にも聞かせるわけにいかない。本当にどうしよう。
「あの津島さんいつまで抱き付いているんですか通行人が見てますよ」
「ゴメンナサイ美彌子さん実は私ずっとお手洗いを我慢していて……」
「え?」
「緊張しすぎて……でもね、何とか我慢したの。褒めて」
「ほっ」
「でも……その後……頭が真っ白になっちゃって……その……粗相……しちゃったみたい」
「ちょっ!?」
「ほんのちょっとよ……」
「ちょっとって……そういえば、太ももの辺りが多少生温かいような気がするのですが、気のせいでしょうか」
「ごめんなさい。魔法で証拠隠滅を図るからちょっと待ってね」




