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[21]そろそろライブですかねぇ

「お、美彌子っち上手になったじゃんー」

「そうかな?」


 そうすっ呆けてみたものの、ランちゃんから手ほどきを受けるようになって、めきめきと上達したのは自分自身が一番よく分かっている。


 ランちゃんを預かるようになって数日、ようやく津島さんの家に泊まっていた小うるさい叔母さんも帰ることになったとのことで、個人レッスンは今日でおしまいだけど、コツの部分は何とか飲み込めたみたい。ランちゃんも、後はバンド練習で修正していけるレベルになったと太鼓判を押してくれた。


 バンド演奏が終わり延々とドラムフィルの楽しんでいた浅見さんが、今度はハイハットをシャカシャカやりながら、尋ねてくる。


「で、ボブ・ディズリーにはなれた気分ー?」

「まさか! でも、マーカス・ミラーには近づいたかな」

「おいおいー、言ってくれるわー」


 過大広告はよしとして、取り敢えずは足を引っ張らない程度には慣れたかなって感じだ。


「そろそろライブをやってもいい頃合いかしらね……」


 津島さんの独り言は、むしろボクらへむけて放たれた宣言なのかもしれない。彼女の言葉を引き受けたのは、上機嫌な様子の浅見さんだ。


「そうだねー。オリジナル曲も増えてきたし、動画の再生数も上位ランキングの下の方に引っかかるようになったよねー」

「ええ。それに、ここから上に行くには、プロモーションが必要になってくるわ」

「そこで積極的なライブ活動かー」


 ランちゃんのソングライティング能力は底知れずで、毎日のようにリフやフレーズを考え出して、それをあっという間に曲にまとめていた。彼女が凄いのはそれだけでは無くて、覚えたてのDTM機材を駆使して、編曲や打ち込みまで、あっという間に。気付くと白梅会の小部屋のPCには、大量のインストバージョンの曲が溜まっていた。


 それはまるで、封印されたまま溜まりに溜まっていたインスピレーションの泉が、魔法の力で蓋が取り去られた瞬間、まるでシャンパンのように一気に噴き出したかのようだった。


「うん。ロックはやっぱりステージがだいじだよ! スタジオにこもってばかりなんて、ロックンローラーじゃないよね!」


 そんなことを(のたま)うランちゃんをよく見ると、彼女は目に隈を作っていた。きっと部屋に(こも)ってDTM作業を続けているのだろう。その姿は過労気味の妖精――幼女のくせにそこまでやるなんて、相当な根の詰め方だ。


「ライブ! おっきなホールでステージ! はでないしょうと、はでなアクション! ロックはこうじゃないと!」


 そう言うと、肩にかけたギターをグルグル回し始めるランちゃん。テーブルの角にヘッドの先っちょをぶつけ、「ぎゃぁ」と小さな悲鳴を上げた彼女は、慌てて振り回していたZO-3を抱き寄せ、しゃがみこんだまま心配そうな表情で先っちょを撫でていた。


 幸い壊れはしていなかったようだけど、確実に角っこが削れたぶつけ方だった。ランちゃんは音楽能力は凄いし頭も良かったけれど、どうやらあまり運動神経は良くないらしい。


 そんな様子を見て津島さんがぼそり。


「飛び回ったりダンスしたりとかは、私達には無理ね……」


 そう言うけど、津島さんなら運動神経いいし歌って踊れるアイドルも目指せると思う。スポーツ万能な浅見さんもそうだ。だけどこの二人を除いて、そっち方面は苦手なメンツばかり集まっている。そういう意味で、目で魅せるバンドはちょっと無理そう。


「ま、HR/HMだものね。目立つ方法は他にもあるわ……仕掛けでどうにかすれば、ね」


 ちょっと津島さん、何を考えている。火を噴いたり血反吐を吐いたり爆発させたり、巨大なミオちゃん人形がうねうねステージ上を這いずり回るとかじゃないだろうな。


「で、どこでライブをやるの?」


 取り敢えず聞いてみる。そりゃ、地元のライブハウスから始めるってのが鉄板だろうけど。幸い、ランちゃんズはネット動画ではそこそこの知名度があるから、SNSで告知すれば、ある程度のお客さんは呼び込めそう。路上ライブからスタートしたりとか、知り合いにチケットを配りまくるとか、そういった地道なステップから始めないで良い分、恵まれているっちゃ、恵まれている。


「知ってます姫様! 地方をドサ回りですよね! 最初はお客さんの誰もいないショッピングモールですよね!」

「アニメなんかで良くある展開だけど、それってアイドル物の話でしょ? 弱小芸能プロダクションに入った駆け出しアイドルならともかく、ボクらアマチュアバンドでドサ回りは無いと思う」

「そうでしたか! いやぁ、正直あれはキツイと思ってましたが、ホッとしました」

「ライブハウスデビューかー。でも、ある程度コネが無いと、いきなりド新人がワンマンライブなんて、けっこう難しいと聞いたよー」

「そうね。最初は対バン形式でしょうね……乗ってくれるバンドがいればいいんだけど」


 涙が出るほど積極性の欠片も無い話で情けない限りだけど、考えてみたらそれも仕方がない。残念なことにこのメンツは、ヘヴィメタルの呪いがかかるまで音楽方面とはてんで縁がなかったし、そもそも内向的な箱入り娘ばかりだったりする。なにせ親の言うがまま、やたら規則が多い、歴史や格式しか取り柄の無いお嬢様学校に通っているくらいだ。地元でも浮いた存在の白梅女学院の要素を煮詰めたような存在の白梅会の名は伊達ではない。


 そんな環境の中でも、サブカル方面に謎のコネクションを持っている五味先生や、彼方此方顔が広くて交流関係も厭わないクラス委員長の井澤さんが、学校の軽音楽部なんかを通して、色々とあたってくれていた。けれどなかなかいい条件の話が無いそうで、今に至っている。


「まあいいわ。急がば回れ、果報は寝て待て、万事塞翁が馬――無理して不本意なデビューをするより、いい話が向こうからやってくるのを待った方がいいわ。さ、今日は解散」

「え……もう?」

「すこし疲れたわ。そうだ、美彌子さん。ちょっと付き合ってくれるかしら」

「いいけど。どしたの?」

「街に視察よ。ヘヴィメタルの呪いがほつれて弱まっている場所が無いか、調べるの。そういった場所を見つければ、魔法で呪いを封印できるかもしれない」

「はぁ……激しく人選を間違っているような気がします」


 そういうのは魔法少女の仕事でしょ? 魔法を使えないどころか、少女かどうかすら怪しい(

不幸な境遇の男の子の)ボクには、とても適任とは思えない。


「何を言ってるの? 魔法の国のプリンセスなのに」

「いやだから……」

「面白そうですね姫様! 一緒に参りましょう!」

「ああはいはい」


 アヤメや津島さんとの街ブラと思えばいいや。深く考えるのは止めよう。考えてみたら、白梅女学院のお嬢様達、しかも二人ともあり得ない美少女だ。そんな女の子達と肩を並べて街を歩くなんて、高校生男児だったらどんな犠牲を払っても実現したいと思う位の僥倖なんだし。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 魔法の調査とは言いつつ、街に繰り出した津島さんとランちゃん、そしてアヤメとボクはウィンドショッピングに終始していた。


「――これがN7けいで、こっちがMAX、MAXはにかいだてだけど、はやいのはN7けいのほうなんだ!」


 今日もまたランちゃんにせがまれて、Nゲージのジオラマを見に行くと、いつものようにランちゃんはガラスケースにかぶりついている。その横で津島さんが、ランちゃんの熱弁にじっと耳を傾けていた。


「津島さん、そのうちNゲージに詳しくなるね」

「そうですねぇ。そのまま覚醒して模型鉄から撮り鉄、乗り鉄への道をひた走りという可能性も」


 ちょっと距離を置いて彼女達を観察していたボクは、小声でアヤメに問いかけた。


「なんかさ? 最近、津島さんのモチベーションが下がったような気がしない?」

「はぁ……確かに。前だったら『正々堂々、天下を取って呪いを打ち砕いて差し上げますわ!』って感じでしたかねぇ」

「どうしちゃったんだろう」

「そうですねぇ……たぶん、ですが」

「たぶん?」

「はい。きっと現状に満足してしまったのではないでしょうか」

「え?」


 アヤメはこめかみの辺りを指先でぐりぐりしながら――必死に考えている時の癖だ――分かりやすい言葉でボクに説明してくれた。


「勢いでメタルの世界を制すると宣言はしてしまったものの、ランちゃんと過ごす時間が楽しすぎて、無理してバンドデビューしなくてもいいっかー、と、彼女の心は葛藤しているのではないでしょうか?」

「そっか」

「それに、そもそもメタルの呪いを解くためランちゃんを召喚したワケですよね?」

「うん」

「ということは……メタルの呪いが解けてしまうと召喚条件が成立して、ランちゃんも居なくなってしまうのでは?」

「あ」


 その可能性は考えたことは無かった。アヤメは重ねるように言葉をつなぐ。


「それって、津島さんにとっては、とても淋しいことでは無いですかねぇ……」


 彼女は名家である津島家の跡取り娘、しかも一人娘だ。表には出さないけれど、色々と大変そうだし、なにより兄弟や姉妹がいないことは、心細さも常に同居していたと思う。一人っ子のボクには何となくわかる気がして。


(ボクに置き換えてみると、アヤメがいなくなっちゃうってことか)


 そんなの、とても耐えられそうになかった。


「――ねぇ、美彌子さん。ほら見て、500系新幹線の原形色が動き出したわ」


 上機嫌な津島さんの声に、ボクの物想いは中断した。どうやら、すっかりランちゃんに感化されてしまったらしい。


 それからしばらくして、ボクたちはデパートを出る。まだ少し汗ばむ陽気に、日陰を探しながら4人は歩いていた。そんな時だのことだった。


「あら、津島さん。お久しぶりね?」


 そう声をかけて来たのは聖リリス学園の超絶お嬢様、タカピーな箱入り娘の白井さん。もちろん超イケテル系取り巻き美少女軍団も一緒。みんなしてニヤニヤとこちらを見つめていた。


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