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[18]慣れない楽器に四苦八苦

「みゃーこー、あやめー、はやくはやく!」


 弾けるような声でボクらを急かす幼女は、白梅会の奇跡にして我らがアイドル、魔法で召喚されたメタルの神様、ランちゃんだ。


 ガラケー獣によって放たれたおぞましい呪い――丸ごとヘヴィメタル色に塗り替えられたこの世界――を打ち砕かんと、ボクらはこの妖精のように可愛らしい美少女と共にヘヴィメタルの頂点を目指していた。


 もっとも『ヘヴィメタルの頂点』とやらが一体何なのか、実際のところは何も分かっていない。この意味不明な命題に対し、取り敢えず津島さんの推察――もとい思い付き――を信じることにして、取り敢えず武道館ライブを目指そうという、アニメなんかでありがちな非常に安直な解釈に基づいたバンド活動を地味に続けている。


 そんなランちゃんの仕草には、常に幼女らしさが凝縮されていた。ここまでの道のり、順風満帆とは言えないけれど、メタルの神様がごついオッサンではなく可憐な幼女だったことに、ボクは感謝している。


 全力で喜怒哀楽をぶつけてくるキュートな彼女の、しかし容赦ない言葉に急かされ、ボクらは白梅会の小部屋の片隅へと向かった。


「そんじゃ」

「はい姫様」


 棚の間のスペースに置かれたセミソフトケースは、今朝、学校に持ってきた時のままだ。さすがに教室におきっぱじゃ不用心だし、何より邪魔くさいから、ここを置き場所として使わせてもらっている。ちょい無理な体勢でよいしょと引っ張り出し、片方をアヤメに、もう一つを自分の胸元に引き寄せせてからそっと床に置いた。二人、向き合うようにしてギターケースのファスナーを開ける。


 やたら慎重な手つきでギターケースから取り出したアヤメが、おっかなびっくり肩にストラップをかけたのは、TVイエローの古いSGスペシャル。母さんのお下がりで、ついこないだまでボクが使っていたやつだ。


 そんな微笑ましい姿を横目で見ながら、こちらもギターケースを開ける。目に飛び込んできたのは、ボディの光沢も瑞々しい、深い青色にちょっとだけスパークルが入っているボク好みのカラーリング、まだ真新しい新品のベースギター。


 そう。愛用のフライングVに代えて、いつの間にかこれが自分の楽器になっていた。


「あのう、姫様……」


 顔を上げると、アヤメが何やら申し訳なさそうにこっちの顔を覗き込んでいる。


「ん? どしたの」

「姫様にベースを押し付けちゃいましたけど……本当にいいのでしょうか」

「いいのいいの」

「でも……超初心者のワタシがギターなんてやっちゃって、申し訳ないような気が……」

「良くあることだから。あぶれたギタリストがベースを担当するなんてこと」


 まだ何か言いたそうな視線を掻き消すように、パタパタと手を振りながら微笑んでみせる。ほんと、良くあることらしいから。


 思い起こすとこのバンド、たまたま手持ちの楽器が全員がギターという、どうしようもないエピソードから始まった割に、パートの振り分けは案外とすんなり決まった。


 まず、主役でもあるランちゃんは絶対に外せない。天才的なんてのを遥かに凌駕したテクニックとエモーションを持つランちゃんのギタープレイこそが、このバンドの存在意義と言っても過言では無いし。


 そして津島さん。彼女が奏でるギターと歌は、しばしランちゃんも聞き入るほど。むしろボク自身、彼女のギタープレイと歌声に心酔しているというか、彼女のファンだったりする。


 とにかく、この二人がツイン・リード・ギターをやるってこと以外の選択肢は無い。


 当然のことながら、津島さんにはボーカルも担当してもらうってことに。いわゆるギターボーカル。しかもギターボーカルったって、歌いながらチャカチャカとコードをかき鳴らすユルイのじゃなくて、リフやテクニカルなリードギターもこなす、とてもガチなやつだ。


 そこにランちゃんのテクニカルなギターも加わり、お互い補完しつつ、サウンドに厚みを持たせることができる、とってもクールなスタイルだ。有名どころだとメガデスがこのスタイル。ビジュアル的にもサウンド的に、もとてもメタルっぽい。


 次に香純ちゃんと浅見さん。子供の頃にピアノを習っていて、鍵盤に慣れていた香純ちゃんがキーボード、スポーツ万能で体力もある浅見さんがドラムスということに決まった。二人とも初心者だったのに、ランちゃんの教え方が良いのか結構サマになっている。


 問題はこっからだった。残ったのがこの二人。アヤメとボクだ。


 結局、アヤメがリズムギター、ボクがベースに転向しようってことになった。ギターが3人というかなり変則的な編成ではあるけれど、アヤメとボクはリズムパートという役割分担。バンドの中では地味だけど屋台骨を支える大事なパートだ。これでロックバンドの体裁は整ったことになる。


「二人でリズム隊、がんばろ?」

「ええ……でも、姫様が裏方というのは」

「いいじゃない。いぶし銀が光る熟練のワザで、ピリリと締めちゃおうよ」


 ランちゃんと津島さんのテクニカルなプレイをフィーチャーしようとするなら尚更、リズムが弱いと話にならない。有名バンドのライブ盤なんかを聴いてみれば良く分かる。


 テクニカルなプレイや派手なパフォーマンスを売りにするバンドほど、意外なほどリズム隊がしっかりとしている。目立たないけど、裏方のリズムパートがしっかり脇を固めているからこそ、フロントマンが安心して暴れることができるのだ。


「そうですね……姫様が納得されているのなら……」


 アヤメが頷いたその時、何の前触れも無く、浅見さんが声を浴びせてきた。


「それにしても美彌子っちさー?」

「ん、何?」


 気のせいかちょっと感心したような――あるいは呆れたような――声で彼女は尋ねる。


「……ベースの方もフライングVなんだよなぁー。どーしてー?」


 そう。この買ったばかりのベースギターは通称<フライングVベース>。名前の通りフライングVのベース版。ぱっと見、弦が4本になっていたりするだけで、楽器に興味の無い人には多分、フライングVもフライングVベースも見分けがつかない。


「どうしてもこうしても……別にいいじゃん」

「フライングVに相当なコダワリがあるんだねー」

「うーん、そういう訳じゃないけど……」


 シールドをストラップに巻き付け、ジャックインしながら答える。フライングVだとあまり意味が無いんだけど。ちなみに、このストラップも前のフライングVから移植したお気に入りのやつだ。そういう意味ではコダワリがあるのかな?


 ところが、無愛想に答えたボクに浅見さんは納得しない。


「そんな訳ないじゃん! だってフライングVだよー? あの、超弾き辛いギターだよー? 普通のルックスの人じゃギターの存在感に負けてちんちくりんに見える、伝説の変態ギターだよー?」

「ひ、ひどい言われようだ……」


 しかし否定できないところが辛い。


 フライングV――いわゆる<変形ギター>の代名詞。逆V型をしたこのシェイプを見せれば、ギターに詳しくない人も

『あ、あのヘビメタでよく使われてるエレキね』

 とか、

『ビジュアル系?』

 って言ってくれる位には、認知度のあるギターだと思う。


 ……実際は、別にメタルに向いているギターって訳じゃないし、ビジュアル系と言うにはオリジナルのギブソンのは泥臭すぎる。だからと言って『じゃあどんなジャンルに向いているの?』と聞かれて答えられるようなギターでもないのだけど。


 そんな不器用で中途半端でイイカゲンなところも含めて、半端者のボクとしては妙な愛着というか親近感があったりする。


「それ、本物だっけ?」

「まさか!」


 父さんからのお下がりのギターの方とは違い、こっちは安物のコピー品。本物のフライングVベースはプレミアム価格が付いているほどの超レア品。手に入るはずも無い。


 ろくすっぽバイトもしていない貧乏高校生にとって、それでもベースを新しく買うのは楽じゃなかった。運よく安売りのコレを見つけられたのは良かったけれど、これだって貯金とにらめっこして、親からお金を前借して……とにかく、清水の舞台から飛び降りる覚悟が必要だったくらい、ボクにとっては大きな買い物だった。


「それにしてもさぁ……何だってまたベースもそれを選んじゃったのさー? マニアック過ぎて涙がちょちょぎれるヤツだよねー、フライングVベースって? むしろ欠陥ベースギター? 美彌子っち、よりによってそれぇー? って感じー」


 ぐぬぬ……無意識のうちにフライングVに自分を重ね合わせていたボクに、その言葉は深く残酷に突き刺さる。そのせいか、浅見さんに返す言葉はいつしかつっけんどん気味に。


「いいのッ!」

「どんなところがいいのー?」

「いいってゆーか、好きなだけだよ。これに慣れているし。個人的趣味……ってやつ?」

「それをコダワリって言うんじゃんー? 自ら茨の道を選ぶ求道者、みたいなー?」

「求道者って、それ大袈裟過ぎ! それに本当はとっても弾きやすいんだからね!」

「嘘だー」

「嘘じゃないよ。どんなとこが嘘なんだよぉ」

「座って弾けないじゃんー」

「ちゃんと座って弾けますーっ! 浅見さんだってボクが座って弾いてるところを見てるじゃん」

「あれ、そーだっけー?」

「そうだよ!」


 ちゃんと見ててよ。でも、人差し指を頬に当てあざといポーズを決めた浅見さんは、瞳を明後日の方向に向けながら、最後の一押しを決め込んだ。


「でもさー。デカいじゃんー。取り回し大変そうだよねー」

「う。それは……否定できない」


 このギター。尖っているから、油断しているとあちこちぶつけまくって、先っちょが傷だらけなのは、避けて通れない宿命だったりもする。


 いやいや、しかしフライングVが失敗作だなんて認める訳には行かない。良い所もいっぱいあるのだ。例えば……。


フライングV(これ)を弾いていると心が落ち着く……とか?」

「癒しのギターかよー。まじでー?」

「マジで! ほら! この二股になった所。ここに、こうやって太ももを押し付けてるとギターも安定するし、心も安定するんだよ!」


 ちょっと実演。少しマイケル・シェンカーっぽくてカッコいいかな。


「うわぁ、美彌子っち、ちょっとエッチな感じー」

「あわわ……」


 こら、性的な視線で見るなよ!?


 でも……セーラー服とフライングVと太もも。女の子がこの組み合わせでポーズを決めたら、確かにちょっとセクシーかも。だけど自分がそうとはちょっと想像がつかない。相変わらずボクは、自分のことを客観的に見られない。


 慌てて内股になってスカートを押さえたボクのこと、浅見さんはニヤニヤと観察している。そうかと思えば、津島さんの方をひょいと向いて、今度はそっちにお伺いを立てる。


「ねぇ深央ー。どう思うー?」


 思わず目が合うボクと津島さん。彼女の瞳にも性的な視線の気配が宿っていたのは気のせいか。照れ隠しのように、遠い視線の文学少女的な表情になった彼女は返す。


「そうね……確かにフライングVは人を選ぶギターだけど」

「ほらー。やっぱそーだよねー」

「でも美彌子さんはとても似合ってると思うわ」


 そう言われると照れる。


「ええ、とっても素敵よ。いいんじゃない? ね、ランちゃん?」


 で、今度は津島さん。まるでたらい回しのように、ランちゃんに意見を求める。


「うん! フライングV、すきだよー」


 幼女らしい素直な意見。


「そうだ、カールにつくってもらったんフライングVがあったんだった! あれ、どうなったんだろう……」


 は? ……その言葉の意味を咀嚼するのに、少し時間がかかった。


「フライングV……を? 作る?」

「そう! すっごく、いいおとがしたんだから! ダンエレクトロのネックで、トレモロもついていて、とーっても、カッコよかったんだよ?」


 それはあまり幼女っぽくない言葉だった。


 そういえばランちゃん……前にもフライングVを使っていたって言ってたけど。それってもしや――


「カスタムギターって……こと?」


 ――思わず口を突いて出てきた言葉に、ランちゃんは自慢げに答える。


「うん! ピックアップはディマジオだったんだ! すごいでしょ?」

「そ……そうだね」


 時々、ランちゃんの言葉や行動は不思議だ。思い出したかのように変なことを言い出す。


 津島さんはランちゃんのこと、メタルの神様と言っている。本物の神様や天使というより、何となく、大昔のクラシックの作曲家の生まれ変わりような感じがしていた。


 けれど彼女が時々こんな風に語るエピソードはとても今っぽかったりして、ちょっと分からなくなる時がある。話を聞いていると、召喚されてくる前は音楽の先生をやっていたような印象も受けるし、本当に転生者なのかも。


 うーん……。それも大昔じゃなくて、けっこう近い時代の人? それとも――思わず明後日の方向へ旅立った思考は、素っ頓狂な声で呼び戻された。


「深央にランちゃんも美彌子っちサイドかー。3対1じゃ、分が悪いなー」


 声の主、ポリポリと頭を掻く浅見さんは、だけど何故だか嬉しそう。


「まーいいや、じゃー始めよー?」


 頷くと、相変わらずこちらを覗うアヤメと一緒に、エフェクターのセッティングとチューニングを終わらせ、ウォームアップを開始した。


 油が回ってきたように指が滑らかに動き始める。いつもベッドに並んで二人でやる様に、アヤメとコード進行を合わせ始める。と、何の前触れも無く浅見さんがドラムを合わせてきた。


「ワン、ツー、スリー、フォー!」


 彼女が高らかにシンバルを打ち鳴らすと、津島さん、ランちゃん、そして香純ちゃんも演奏に加わった。曲はもちろん、ランちゃんがボクら用に作ったやつ。ボクらは今、毎日のようにこの曲を練習している。


 シンプルなエイトビートの、爽やかでキャッチ―なメロディを軸にしたロックンロール。本当はもっとアップテンポな曲だと、作曲したランちゃんは語っていたけど、音合わせのために、かなり落としている。それでもアヤメは、脂汗を垂らしながら必死にリズムにしがみ付いている。がんばれ。


 時々、変な鍵盤を叩いてミスノートする香純ちゃんに、スネアの音がスカる浅見さん。あまり上手じゃない。でも大丈夫、ロックなんてそんなもん。勢いさえあれば全然問題ない。


 そう。問題ない。最大の問題は他にあった。他でもないボク自身だ。あまりの情けなさに、思わず叫んでしまう。


「とっ散らかって全然駄目じゃん」


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