[01]スクールアイドル!?
「ねえー、深央ー?」
「何? 浅見さん」
「まじでやるのー、スクールアイドルなんて?」
「当然よ」
迷惑顔半分、呆れ顔半分。それに苦笑いを少々加えた表情で津島さんに詰め寄るのは、どことなくボーイッシュな雰囲気をもつ美少女、浅見さんだ。昨日の一件から二人のこのやり取りを見るのは一体何度目だろうか。
浅見さんは呆れ顔で津島さんの表情を窺うが、当の津島さんはどこ吹く風。津島さん、周囲から羨望の眼差しを集めて止まない程の才女なのだけど、時々、思い付きでとんでもないトラブルを持ちこんで来る。
いつもの事といえばいつもの事なんだけど、今回の厄介事は洒落になっていない。浅見さんは拗ねるような口調で言った。
「どうしていつも白井さんと張り合うのさー。めんどくさいよー」
「ふっ。彼女とは因縁の間柄、いつかは決着をつけなければならないの。その時が今ってだけ」
「だったら深央と白井さんだけで決着をつけてよー。私達まで巻き込まないでー」
うん。100%浅見さんの言う通り。全く同感だ。
だけど津島さんの答えは素っ気なかった。
「嫌よ」
「何故?」
「私一人じゃ心細いから」
「…………」
津島さんは時々、あり得ない位自分に正直だった。
自分を飾る、とか、見栄を張る、とか。とにかくそういう感覚はまるで持ち合わせていない。きっと何処かに置き忘れているのだろう。まあ津島さん、生まれた時からお嬢様だし、そんな事をする必要すら無い環境で育ったからかもしれないけど。
可哀想な浅見さんは物欲しげにこちらに視線を寄こした。ボクは力強く頷く。しかし、こんないかにも日本人らしい奥ゆかしい抗議など、この放漫なご令嬢の目にはまるで入っていないようだ。あくまでマイペースで事を進めようとする。
「さあ! 早速今日からレッスンよ!」
「…………」
黙りこくってしまった浅見さんは、より直接的なアプローチを取ることを決意したらしく、遂に話をボクに振った。
「美彌子っちからも言ってやってよー。私達にできると思うー? スクールアイドルなんて」
果無美彌子――これがボクの名前だ。ちょっと古めかしい字の、まるで女の子の名前。まあ、白梅女学院という女子高に通っているくらいだから、女の子の名前でおかしい筈も無いのだけど。
「無理」
ボクは正直に答えた。スクールアイドルなんて絶対に無理。その想いを強い言霊に込めて。ボクの言葉で多少勢い付いたのだろうか、浅見さんは何とか津島さんのことを丸めこもうと足掻きはじめる。
「ほらー、エーデルワイスの君もそう言ってるよー。私達には無理だって!」
「ふっ、そうね。エーデルワイスの君――果無さんの衣装、早く見てみたいわね。気高くて可憐なこの金髪のお姫様が、どんなスクールアイドルに変身するのかしら。きっと、とても見栄えがするわよ……ああ、待ち遠しい」
「いや、だから……」
「心配しないで浅見さん。果無さんに香純に紫野さん……私達五人が集まれば無敵よ! あんな白井さんみたいなスットコドッコイに負けるはずがないの!」
「…………」
二人の会話は見事に噛み合っていなかった。大抵の人はここで心砕かれると思う。でも浅見さんは強かった。くじけなかった。心を落ち着かせるかのように深呼吸すると、我慢強くもう一度同じようなやり取りを繰り返した。
「深央?」
「何? 浅見さん」
「深央って、どこか世間離れしているよねー?」
「どういうこと?」
「テレビ、見ないでしょ? バラエティとか歌番組とか」
「当然よ。愚民……ごほん、庶民の娯楽なんて」
あ、今『愚民』って言ったでしょ津島さん!?
しかし浅見さんはそこには突っ込まず、顔色一つ変えないまま、まるで聞きわけの無い幼児に言って聞かせるように、諭すような口調で続けた。
「スクールアイドルって、どんなのか知ってる? 見たこと無いよねー? 動画も見たこと無いでしょ? 当然、実物だって見たこと無いはずだよね?」
「歌って踊ればいいのでしょ? 楽勝だわ」
はあと息を吐く浅見さん。吐息と一緒に魂まで抜けて行くように見えるのは気のせいだろうか。
彼女はテーブルの隅からタブレットをたぐり寄せた。このタブレットは〈白梅会の小部屋〉の備品。白梅会というのは生徒会見習いというか、生徒会の下部組織というか、まあそういった集まり。津島さん達がそこに所属している関係で、昼休みのボクらは生徒会室の片隅にある白梅会の小部屋に集まっていた。
タブレットを手にした浅見さんは画面を操作すると、それを津島さんの前に置く。腕を組んだままの津島さんは、チラとその動画を一瞥。そこには、去年のスクールアイドルイベント、全国大会の様子が映し出されていた。
華麗なダンス、アップテンポな楽曲。踊りながら歌う彼女達は息もピッタリ。一糸乱れぬ激しい動き。見れば見る程、可愛らしさや構成が綿密に計算された振り付け。ボケっと観賞している分には『みんな可愛いなあ』としか思わないけど、成る程、確かに挑戦者目線で見ると、そのレベルの高さに驚かされる。
「まあまあ、ね……」
出たよお嬢様の強がり。そう呟く津島さんの頬に一筋の汗が。それを見逃さない浅見さんが、すかさず言葉を差し込んだ。
「ね? どれだけ大変なことか分かった? 私達じゃ無理」
「ふっ……見切ったわ!」
「は!?」
「明日、それぞれ楽器を持ち寄って集合よ!」
「は? は?」
津島さんの思考回路は壊れている。いや、今に始まったことじゃないけど。何か、事態はどんどん斜め上に向かって進んでいるような気がするんだ……。