[14]誰よりもメロディアスで、ハードで、そしてヘヴィな……
一躍『カノンロックを弾いてみた』の帝王として君臨することになったランちゃんは、矢継ぎ早に新たなテイクをサイトにアップし、挑戦者をことごとく退けていた。
動画投稿サイトでは名だたるプレイヤーやミュージシャンがリプを返し、ランちゃんバージョンのカノンロックの完コピに挑戦するツワモノも次々と現れていた。しかし、それらはランちゃんに更なるインスピレーションを駆り立てるのか、彼女はそれを上回るテイクを難なく熟し新たな動画としておっ被せる。その繰り返しは、さらに再生数を押し上げる結果となった。
それともう一つ。ランちゃんはマルチエフェクターをえらく気に入ったみたいで、演奏や作曲の合間に色んな設定や組み合わせを試していた。ちなみに、ランちゃんのZO-3は津島さんの手でセンドリターンができるように改造されている。
要するに一旦エフェクターを通してから、ギターに内蔵されたスピーカーからその音が出せるようになっているのだ。しかもZO-3自体の回路を改造したりスピーカーを変えたり、いつの間にかそのミニギターの音はまるで別物になっていた。本人は文学少女だとのたまう津島さんは理系方面の知識や技術もあるのだ。全く敵わない。
ランちゃんの作ったパッチデータのバリエーションは『いつの間にそんな作り上げたの!?』と驚く程で、中にはビックリするようなエフェクトも混じっていた。ボクだけじゃなく津島さんまでもが、そのパッチデータをランちゃんにクレクレする位の完成度だった。
もちろん、その成果はランちゃんがアップする最新の『弾いてみた』にも反映されている。ランちゃんは常に進化しているのだ。
だけど、この現象の不思議についてボクらは十分に納得できないでいた。最初に切り出したのは浅見さんだった。
「おかしいよねー? 世界はヘヴィメタルに呪われているんだよねー」
「ヘヴィメタルじゃないわ彼等を支配しているのは憎っくきデスメタルよ!」
「うん。誰かさんのせいで」
「デスメタルなんかを正統派メタルと一緒にしないで!」
「なら、なんでカノンロックのような、こてこてのハードロックがウケているの?」
そうなのだ。どうしようもなくニッチで、一般ピープルからは忌み嫌われていたはずのデスメタル一色に塗り替えられてしまうくらい強力な呪い。世界はその呪いの影響を受けているはずなのに、いくら限られたコミュニティの中とはいえ、ランちゃんのカノンロックは大きなムーブメントを起こしている。辻褄が合わない。
「ランちゃんには、世界改変の呪いを打ち破る何らかの力があるのかな?」
「――あるいは、呪いは歴然としてあるんだけど、音楽の持つ人の心を揺さぶる力もまた、今まで通り失われていないということかしら」
さっきから横槍という名の茶々を入れている津島さんが珍しくまともなことを言った。ボクは聞き返す。
「つまり、それだけの音楽を生み出せれば、無理にデスメタルをやらなくても、デス四天王を打ち負かせる可能性があるってこと?」
「可能性としては、ね」
だけど人の心を揺さぶる音楽なんて、ボクらにできるのだろうか。
「言うのは簡単だけどね。でも現実問題、どうすればいいのだろう……」
思わず口を付いて出てきた言葉。答えは期待していなかった。だけど、こんなボクの問いかけに穏やかな声を返してくれたのは、この騒動が巻き起こってからというもの、滅多に口を開かなかった少女だった。
「私たちが納得できるような……上手く言えませんが、自信を持ってこの曲が好きだって言えるような、そんな音楽……先ずは、それからじゃないでしょうかぁ……」
か細い声で恐る恐るそう語る香純ちゃん。その言葉にボクはハッとした。
考えてみれば津島さんに振り回されるだけで、こんな当たり前のことが思い付かなかった。そして、同じことを思ったのはボクだけではないようだった。津島さんがぼそりと呟いた。
「確かに、少し焦り過ぎていたのかも……そうね。一歩一歩、私達の力でできる範囲内で進めるしかないわよね」
「そうだよ深央ー。物事は一足飛びにはいかないって。まあ、私達じゃいつになるか分からないし、一生無理かもしれないけどさ?」
「あはは、それくらい気楽にやった方が大成するかもね」
「そうですね姫様! もし、このままデスメタルの世界が続いても、精々がその位です! 別に誰かが死んだり、一生の心の傷を背負いこんだりするようなモノでは無いです!」
思い起こせばここしばらく、津島さんに引っかき回されているだけという意識ばかりが先行して、楽しもうという大事なことを見失っていたかもしれない。
この音楽活動にしたって、仕方なく津島さんに付き合っているだけ――たぶん、それは他の三人も同じ。
でも、今の香純ちゃんの一言で目が覚めたような気がする。
どうしてだろう、いつの間にかボクらは笑顔になっていた。この五人。久しぶりに心が一つになったような気がする。この音楽活動――既にスクールアイドルじゃなくなっちゃったけど――をこの仲間達と楽しみたい、そんな想いがふつふつと心の底から湧き上がってくる、そんな満ち足りた想いでいっぱいだった。
いつしか、ボクらの音楽トークは熱のこもったものとなっていた。
「ねえねえ、ジャンルはどうしよっか? メタルったって幅広いよね?」
「姫様はジャーマンメタルがお好きでしたよね?」
「別にそれだけじゃないって。ブリティッシュロックも、アメリカンロックも好きだよ?」
「サザンロックもいいじゃん! そうだ、プレスリーとかキンクスとか、うんと古いのをメタル風にアレンジするのも面白そうよね」
「もちろん、極限までメロディアスで、ハードで、ヘヴィじゃなきゃ駄目よ?」
「津島さん、欲張りですぅ」
「てか、コピーバンド前提? オリジナル曲はやらないのー?」
「そっか! うーん、作詞は津島さんが得意そうだよね、やっぱり?」
思いっきり青臭くてポエミーな歌ができそうだ。――皆、同じことを思っていると、津島さんを囲む視線が語っている。
「え、私!?」
「もちろん。うんとクサいやつを頼むわー」
「それ、どういう意味よ?」
「言葉通りの意味じゃない?」
「浅見さんも果無さんも、酷いわ……」
「作曲はどういたしましょう!」
「そうだよねー、ギターのリックなんかは深央の手持ちのやつがいくつもあるし、アドリブも得意だから、そっからメロディーラインやリフを起こしていけば何曲かいけると思うけど、アンサンブルや編曲までとなるとハードル高いよねー」
「そうだよね。編曲って、どう組み立てていいのか、想像もつかないや」
「難問よね……」
少しトーンダウンしたボクらだったが、再び一石を投じたのはまたしても香純ちゃんだった。
「でも、先生がいますぅ……」
ハタと気付いた。そうだ、誰よりも心強い味方がいるじゃないか。
その時だ。ボクらが彼女の方を振り向く前に、思いがけずその心強い味方、ランちゃんがこっちの輪に入ってきた。
「みんな、ずるい! なにはなしてるのー?」
「あ、ランちゃん。ごめんなさい」
「ねえねえ、おねがいがあるんだ」
「何?」
ランちゃんは幼女っぽい仕草で、津島さんの膝の上に乗っかってきた。
「ちょっと、あきてきちゃったんだー」
え――。その言葉にドキリとしたのは津島さんも一緒のはず。彼女の不安気な瞳が語っていたのは、ランちゃんがもうこの世界に愛想を尽かして、どこか知らない世界に帰ってしまう――たぶんボクと同じ、そんな予感からだろう。
彼女は不安気に返す。
「そう……なの? でも、素敵な曲をたくさん作っているわ? ランちゃんも自由な時間を持って、自分の思い通りの作曲をするのが夢だったって、言ってたじゃない?」
「そうなんだけど……ちょっと、ものたりないんだ」
「物足りないって、どういうこと?」
「うまくいえない。でもね――?」
「?」
「おんがくって、みんなでやったほうがたのしいって、おもいだしたんだ!」
目を上げた津島さんの視線がボクの視線と絡み合う。
ランちゃんにもう一度向き直った津島さんは聞いた。
「……それで、お願いって?」
「いっしょにバンドやらない?」
この思いがけないどこまでも無邪気な言葉は、ボクの中に生まれた出処不明な不安を、ぼんやりとした迷いごと横殴りにぶちのめした。
「――え?」と津島さん。
ランちゃんは重ねて言った。
「みおのうた、だいすき! みおのギターも、だいすき! だからさ? いっしょにバンドやろうよ! みおたちと、うんとメロディアスで、ハードで、ヘヴィなロックをやりたい!」
★かいせつ☆
HR/HMのジャンルについて――
「デスメタルやメタルコアなんかを正統派メタルと一緒にしないで」
「ケッ。てめえの甘っちょろいそいつがメタルだって? 笑わせんな。ママのおっぱいでも吸って寝てな!」
「メロスピこそ至高。ピロピロピロピロ……」
――この世界もかなり細分化されていてる模様で…。
(と言いますか本文の中で盛大にデスメタルをディスってます……もしもデスメタルファンの方が見ておられましたら、本当にゴメンナサイ。他意はないです、たぶん……)




