[13]カノンロック!
「あら、動画配信サイトにアカウントを作ったの?」
タブレットの画面を覗き込んだ井澤さんの声に津島さんが応じる。
「ええ。スクールアイドル活動のプロモーション用に」
「確か、動画配信サイトでアクセス数上位のチームが大会出場できるのよね? で、イケそうなの?」
「もちろんバッチリよ!」
いえ――本当は再生数も二桁を上回ることは無く反応はほぼゼロだったけれど。
ようやく音を合わせられるようになってきたボクらは、調子に乗って二つほど演奏をアップした。もちろん、スクールアイドルのPVって感じのではなく、ただのバンド演奏。
だけど――いくら津島さんの歌と演奏が上手だからって、注目されるはずもなく、ひたすら埋もれていた。まあ、世の中に掃いて捨てるほどある、何の特徴も無いコピーバンドの一つだから当たり前といえば当たり前。津島さんの強がりだけが痛々しい。
それっきり黙りこくる津島さん。その沈黙が全てを物語っていた。
「ねえ? タブレット、かして」
気まずい雰囲気の中、無邪気に言うランちゃん。津島さんからタブレットを受け取った彼女は動画配信サイトの徘徊を始めた。
ランちゃん、最初は不思議そうな目でタブレットを扱う津島さんを見ているだけだったのだけど、最近は自由に扱い始めている。さすがは幼女、脳みそも柔軟なのだろう、飲み込みが速かった。
実はランちゃん、既に自作のインスト曲を何曲かアップしていた。クラシックギターで演奏したそれらの曲はロックやポップスというより、ギター用にアレンジしたクラシック曲といった感じで。それでも、アクセス数はボクらのバンド演奏より多い位だった。軽くジェラシー。
「うーん……やっぱり、ないなー」
作曲のモチベーションを上げようとしているのか、ネットに落ちている曲を探し始めるランちゃん。だけどお眼鏡に適う動画は無いようで、次第につまらなそうな表情になっていく。
彼女の顔に書いてある『もう止めようか』の文字――ところが、ランちゃんの手はある動画で止まった。
それはバロック期の名曲をエレキギターで演奏している動画だった。ランちゃんはその曲名を口にした。
「パッフェルベルのカノン?」
「あら、それ『カノンロックを弾いてみた』ね」
「ひいてみた?」
呟いたランちゃんの背後で津島さんが説明を始める。
「ええ、『パッフェルベルのカノン』をハードロックにアレンジした曲なのよ? オリジナル曲にインスパイアされて、いろんな人が思い思いの楽器やアレンジで演奏してアップロードしているの。ほら、『カノンロック』タグで検索するとたくさん動画がヒットするでしょ?」
「ほんとうだ! すごい!」
ランちゃんの目が輝いている。ほとんどの動画はエレキギターでの演奏だけれども、中には空き缶で演奏したパーカッション風のカノンロックとか、二胡で演奏したカノンロックとか、本当に様々なカノンロックが存在した。
それにしても、世の中は凄い人ばかりだ。型にはまった発想しかできないボクからしてみれば、彼らの独創性や演奏技術に舌を巻くくらいしかできない。
それにカノンロックは相当難しい曲だ。ボクもエレキでチャレンジしたことがあるけれど、サビのフレーズまで辿りつく前に断念したという苦い経験がある。かなりトリッキーなフレーズが連続するという理由だけでなく、緩急入り混じった演奏で、それでも音をレガートに繋いでいかないとサマにならないというのが、かなり厄介なのだ。
「おもしろそう! やってみる!」
ランちゃんはもう、居ても立っても居られないといった様子でZO-3を引っ掴むと、まるで憑りつかれたように演奏を始めた。ボクらが見守る中、ランちゃんのギターの音だけが響く。
「これ……ヤバくないーっ!?」
ようやく浅見さんの漏らした言葉。まさにその通りだった。ランちゃん流のカノンロック。彼女のアレンジ・センスが抜群なのはずっと目にして来て知っている。その上このギター・テクニックだ。ヤバくない訳は無い。
だけど――それにしても、これはいくらなんでも凄過ぎる。
様々なアドリブやオブリガートを交え、確かにカノンロックなんだけどぶっ飛んだフレーズや、ギターのフレット全てを使ったダイナミックな演奏だとか、それはもう目を見張る演奏だった。
「――あ、動画撮らないと!」
突然気が付いた津島さんはWEBカメラをランちゃんに向けた。曲のアレンジが決まって来たのか、頭から通しで演奏を始めたランちゃんに間に合ったらしい。
この津島さんの即断に、ボクらは感謝しないといけないかもしれない。お陰でこの素晴らしい演奏が何時でも聴けるのだ。ランちゃんはいくつものテイクを披露して、今日の『カノンロックをやってみた』を完了した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
数日後。ボクらはタブレットを前に、目の当たりにした異変を前に言葉を出せずにいた。
動画配信サイトのアクセス数がどえらいことになっていた。最初、何かの間違いと思った位に。実は津島さん、ランちゃんのカノンロックを動画配信サイトにアップしていて――そのアクセス数が半端じゃなかったのだ。
(――どうして?)
タブレットを囲み車座になってあーでもない、こーでもないと始めるボクら。なにせ、こんな理解を超えた現象が突然降ってわいてきたのだ、無理もない。
だけど――よくよく考えてみれば不思議でも何でもなくて、これって至極当然のことなんじゃない? ――顔を突き合わせたボクらは、そう結論付けた。
動画の中の彼女は最強のカノンロックをかましている。小さくて可愛らしい女の子、しかも天使のような容姿。その年端もいかぬ幼女がお遊び用のミニギターでしか無いZO-3を手に、プロさえ真っ青になるような神の演奏を繰り広げているのだ。
数ある『カノンロックを弾いてみた』の中でも、文句無しでブッチギリの注目度だと思うのは手前味噌だろうか。
きっと誰かがこの動画を見つけて、話題が波紋のように広がっていったのだろう。そして、同じような趣味を持つミュージシャンに一石を投じたようだった。
気が付いたら、ランちゃんはネットの世界で有名人になっていた。
★かいせつ☆
ぱんぴー「一番好きな曲は?」
メタラー「パッフェルベルのカノン!」
ぱんぴー「え? クラシック? ヘビメタじゃなくて?」
メタラー「何言ってるの? パッフェルベルのカノンはメタルよ」




