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[12]洗脳は最終段階に入った

 今日もランちゃんは楽しそうにクラシックギターと、津島さんに買ってもらったミニギター、ZO-3(ぞうさん)を行ったり来たりしながら、作曲をしたり、ボクらと軽くジャムったりと、放課後の音楽活動を楽しんでいた。


 そして今、ランちゃんはギターを構えた津島さんと膝を突き合わせ、何やらやっている。


「みおはテクニックはあるんだけど、ちょっと、はしりすぎるとおもうよ?」

「ええ、自覚はしているのだけれど……」

「これ、リズムキープのれんしゅうなんだ。きほんはだいじ!」


 津島さんはランちゃんの手ほどきで、メトロノームに合わせて5/6弦ルート音と1~4弦のアルペジオを、小まめにコードを変えながら繰り返す練習に没頭していた。しかも2弦越えのスキッピングが連続する難しいコード。ロックではあまり馴染みの無い演奏だ。


 それでも津島さんは嫌な顔一つせず、練習を繰り返している。ランちゃんの言う通り、ギターという楽器を演奏する限り、それがエレキだろうがハードロックだろうが、根本の部分はあまり変わらないのかもしれない。

 事実、津島さんは以前にも増してメキメキと腕を上げている。


 それは津島さんだけじゃなかった。ランちゃんは何かにつけボクらの練習を見てくれている。しかも、その教え方は的確で丁寧だった。音楽教室の先生をやっていたという本人の言葉は、きっと真実なのだろう。


 そんなこんなで、ボクらのパートもだいたい固まってきていた。こんな感じだ。


 ギター(リード)&ボーカル:津島さん

 ギター(リズム):アヤメ

 キーボード:香純ちゃん

 ドラムス:浅見さん

 ベースギター:ボク


 津島さん以外は、担当する楽器はどれもまるで初心者という編成だったけど、ランちゃんの指導のお陰か、短期間のうちに何とか聞ける位のレベルには、なってきていた。


 てんでバラバラに思い思いの練習を繰り返すボク達。まるでまとまりの無い軽音楽部と化した白梅会の小部屋にお客さんが来た。


「皆さん、やっているわね?」

「あー、りさっち。やっほー」


 そう言いながら入ってきたのはクラス委員長、井澤さんだ。この間の一件以来、合唱部の彼女は、放課後の練習が終わると時々顔を出しにやって来る。彼女は津島さんの所へと歩み寄ってきた。


「CDありがとう。今までのCDとは違ってシンプルな曲ばかりだけど、疾走感があって良かったわ。ハードロックって、こういうのもありなのね」

「でしょ?」

「ねえ、津島さん?」

「ん?」


 顔を紅潮させる井澤さん。いつもすまし顔の彼女とはまるで別人。そしてどこか様子がおかしい。彼女は潤んだ瞳で津島さんを見ていた。


「次の……CD」


 どうやら、次に借りるCDをリクエストしているらしい。


「ええそうね。何がいいかしら」


 思案気な表情を見せる津島さん。一方の、まるで御主人様からのご褒美を待っているかのような表情の井澤さんは、モジモジとした様子でそんな津島さんのことをうかがっている。彼女は甘ったるい声で言った。


「もっと……こう……」

「こう?」津島さんは聞き返す。

「は……激しいやつ!」


 言いきっちゃった井澤さん。あらら。完全に暗黒面に落ちちゃっている。

 そう言えばどこぞの酔っ払いが、井澤さんのことを『真面目そうな顔して一線を超えると乱れちゃう娘』なんて言っていたような気がするけど、このことか!?


「ふぅ……ん。激しいのがいいの?」

「ええ!」

「どの位?」

「…………」


 うわ。焦らす津島さん。これは……まさか『調教』とか言うやつか!? 駄目だろ、津島さん。性悪過ぎる。キャラが変わってますよ?


 しかし恥じらう乙女の井澤さんは遂に堪えきれず言ってしまう――


「お願い! 身を焦がすような激しいメタルを聞きたいの!」


 ――純真無垢な乙女が……堕ちた。身を悶えておねだりする委員長。調教完了。そして津島さんの悪ノリ。


「ぐふふ……おねだりかしら? ついに我慢ができなくなってきたようね」

「はい!」

「いいわ。禍々しい悪魔の塊を、その小さな身体に受け入れる準備ができたみたいね……いいでしょう。でも、それをしてしまったら、もう後戻りはできないわよ? 覚悟はできているかしら?」

「はい、もちろんです!」

「天上の快楽を享受したいのね」

「そうです!」

「でもね? まだ日の浅い貴女には、快楽の前に、想像もできないほどの苦痛が待ち受けている――新たな自分になる前の大きな試練よ。いいのね?」

「もとよりそのつもりです!!」

「よろしい。その願いを叶えるため――貴女に、鋼鉄の聖典(メタル・バイブル)を授けるわ」


 津島さんは一枚のCDを取り出した。


 その禍々しいジャケットは邪悪な薫りを放って止まない。千の太陽により焦がされ焼き尽くされた大地。触れた物全てを引き裂く死の車輪、凶悪な鋼鉄獣に跨りし鋼鉄の翼の半人半機が大空を駆ける姿が描写されていた。まさに鋼鉄の聖典(メタル・バイブル)の名に相応しい退廃的で悪魔的なジャケットだった。


「おおお!」


 うやうやしくそれを受け取る井澤さん。あーあ、よりによってそれを聴かせるの?


「もう一度繰り返すわ。最低でも三回は聴きなさい。一回目は『ナニコレ?』と目を丸くするわ。二回目はお腹を抱えて笑うわ。そして三回目には……貴女を待っているのは、地上の楽園よ! 新しく変わった自分! ようこそ、こちらの世界へ!!」

「おお! ジーザス!」


 二人は二人だけの世界に入っていた。洗脳は最終段階に入ったようだった。


★かいせつ☆

井澤さんが津島さんに返したCD:本文での描写は省略しましたが、クラシックカーのヘッドライトが闇夜を引き裂くジャケットが目を惹くブギーロックの名盤。疾走感というかドライヴ感満載のノリノリのアルバムですよ。


津島さんが井澤さんに渡したCD:伝説のこのアルバムを敢えて説明をするのも野暮だとは思いますが……メタルに免疫の無い人が聞くと危険かもしれません。きっと精神汚染されると思います。3回通して聴いた後、メタル脳となった貴方は曲に合わせ『ペ○ン!ペ○ン!キ○ー!キ○ー!』とシャウトしていることでしょう。


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