[10]ピロピロピロピロ……
相変わらずクラシックギター曲の作曲に熱心なランちゃんだけど、先日の一件から彼女との関わりがほんの少しだけ変わってきたような気がする。
「ねえ?」
「どうしたの、ランちゃん」
「エレキひかせて?」
彼女は突然こんなことを言いだしたのだ。
「ええ、いいわよ。私のストラトを使う?」
しかしランちゃんは津島さんのストラトではなく、ボクのフライングVに手を伸ばしてきた。
「フライングVがいいの?」
「うん! Vだいすき!」
だけどフライングVはなかなか難儀なエレキなのだ。
普通のギターとは違いボディにくびれが無いし、大きく出っ張っているから座って演奏するにはとても扱いにくい。もちろん慣れればどうってことは無いのだけど、ランちゃんには大き過ぎた。
「むぬぅ……」
クラシックギターの時のように何とか取り付こうとするが、どうにもならず途方に暮れるランちゃん。それでも気を取り直しかなり無理な姿勢でボクのギターを構える。
「エフェクターはこれ? えっと、ワウワウにOD-1に……あ、これひょっとしてディストーションプラス!? なつかしい! それと……ねえねえ、これなあに?」
ランちゃんはエフェクターボード上のマルチエフェクターを指さす。
「これはマルチエフェクターって言って、色々と切り替えられるんだ。ほら、こんな風にリヴァーヴになったりフェイザーになったり」
「すごい! こんなにちいさいのに、ぜんぶはいってるの!?」
うん。貧乏学生にとってマルチエフェクターはとても有難い存在。中古で買った型落ちのこれだって問題無く使えているし、何より単体のエフェクターよりむしろ安いくらい。決して安く無いエフェクターを何個も揃えなくて済むんだ。
ただし、ワウと歪系のエフェクターに関しては単品で揃えてマルチエフェクターと組み合わせている。もちろんディストーション系のエフェクトもマルチエフェクターに入っているのだけど、この辺りは拘りというか、こういった組み合わせのプレイヤーは多いと思う。
こんな風に何の新鮮味もないエフェクターボードだけど、ランちゃんはマルチエフェクターに並々ならぬ興味を持ったみたいで、設定を変えてみては色取り取りの演奏を試していた。
「え……ランちゃん、エレキも弾けるのね!? それにとっても上手!」
「もちろん! だれにもまけないよ」
津島さんの言葉にランちゃんは自信たっぷりに答え、黄色いペダルのスイッチを押した。アンプから漏れ出るノイズが一際大きくなる。ランちゃんはその小さな体のどこにそんな力があるんだと思わせるような、力強いピッキングでザクザクとリフを刻み始めた。強烈なディストーションで音が暴れるのを無視し、次々とカッコいいフレーズを繰り出す。
「何これ!? 超カッコいいんだけど!」
ランちゃんのプレイに思わず仰け反った津島さん。それは彼女だけじゃない。その攻撃的で激しい音に打ち震えたのはボクも同じだ。
「ちゃんと弾けるじゃない、メタル!」
「とうぜんだよ?」
「でもデスメタルは嫌いだって……」
「ひけないんじゃなくて、ひかないだけ!」
そう言うと、物凄くヘヴィな超高速リフを弾き始めた。あまりの激しさに、練習用のギターアンプが火を吹きだすかと思う位だ。
「す、凄い!」
「きかせてもらったデスメタル、へたくそだし、でたらめだし、あんなの、だめだよ! こういう、ちゃんとしたプレイじゃないと!」
ランちゃん、その大人しそうな見た目とは違い、言いたいことをはっきりと言う子のようだ。でも彼女の言葉がしっかりとした技術と音楽性に裏付けられたものだというのは、そのプレイを聞いていれば分かる。
何も考えずに聴くだけなら、ありきたりなスラッシュメタル。だけどその中には、確かに深い音楽性とセンスが散りばめられていた。世の中に氾濫するスラッシュメタルとはまるで別物だ。
「ねえ、ランちゃん?」
「なに、みお?」
「私の演奏も……駄目かしら?」
「うーん……」
珍しく控えめな津島さん。演奏を休んだランちゃんは少し考えてから答えた。
「じょうずだとおもうよ?」
「本当に!?」
「うん。タッピングもすごくて、びっくりしちゃった。エディよりじょうずかも」
興味無いフリして、津島さんの演奏をしっかり聞いていたらしい。ところでエディって誰?
「ランちゃんはタッピング弾けるの?」
嬉しそうな声で津島さんはそう聞いた。
タッピングというのは右手でギターのフレットを叩いて演奏する奏法。別名ライトハンド奏法。左手の指運と組み合わせることで超高速フレーズを極めた速弾きを可能にする究極の演奏法。ジャンルを超え一般化したとはいえ、かなり難しい部類のテクニックに入る。
「とうぜんだよ! みおより、エディより、ずっとうまいんだから!」
むきになって言い返すランちゃん。かなりの負けず嫌いみたい。
ランちゃんはかなり無理な体勢のまま、ライトハンド奏法でクラシカルな超高速フレーズを繰り出し始めた。それは上手なだけじゃない。まるで音楽で遊んでいるような、キャッチーなメロディだった。自信たっぷりに言うだけある。
ヘヴィメタルに白い目を向けるミュージシャン達から『ピロピロ』などと揶揄され、タッピングは、やもすればただ単に速いだけのテクニックと見なされてしまうことがある。彼らに言わせれば、テクニックを競うだけの音楽性とはかけ離れた恥ずかしい演奏ということなのだ。
でも、ランちゃんのは、絶対にピロピロなどとは言わせない、そんな圧倒的な存在感があった。
「ランちゃん、大好き!」
「うわぁっ、み、みお!?」
感極まったのだろうか。その様子を見ていた津島さんがいきなりランちゃんに抱きついた。そのままの体勢で、慌てるランちゃんに津島さんは言った。
「ギター買いに行きましょ! ランちゃんに私からプレゼント」




