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籠の姫  作者: 桃巴
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行く末

「ずいぶんとのんびりしておりますな、ヒャドの王子よ」


 森から出てきた者の第一声である。デイルらの到着からかなり時間が経った頃、森から新たに出てきた部隊の長は嫌みな口ぶりで言った。


「同じ言葉をお返ししますよ、ラフトの王子。ずいぶんのんびり森で遊んでおられましたな」


 デイルも同じく嫌みを返した。


 ラフト国


 ヒャドの隣国であり、敵対する国である。近々の戦の火種はこのラフト国であった。ヒャドと元々友好国であったラフト国と、敵対関係になったのは三年前。ラフト国内で政変が起こり王が代わったのだ。力でねじ伏せる王に。ヒャドは、この政変をすぐには許容しなかった。なぜなら、先の王の后はヒャドの出であったため。しかし、その間に斬首された后の遺体がヒャドに送られた。現ラフトの王を認めよと。友好は敵対へと一気に加速した。さらにこの敵対を煽る国もあった。もう一つの隣国であるネザリアだ。ヒャドはラフトとネザリアに挟まれ、戦が目前に迫った状態であった。そして、デイルは発信したのだ。


『惑いの森をいち早く抜けた国が勝国であればいいと』


 その時大陸では、ヒャドと同じように各国は隣国と小競合いが起こっていた。不穏な空気が大陸を覆っていたが、このデイルの発信が大国を一変させる。そうである、そうして今ここに王子らは集っているのだ。


 ラフトの王子の名はザラキ。四十を越えた歳の王子だ。ラフトの暴君王はこのザラキに軍事権を一任している。そのザラキはニヤリと笑って言った。


「ヒャドは第二王子を出すとはな。太子はしり込みしたのか?」


 デイルは拳を握りしめる。参戦している各国のほとんどが、次期王である王子を出している。しかし、ヒャドはデイルが出ざるを得なかった。デイルの父である王は、ラフトの政変より体調を崩し、床に伏せって改善の兆しがない。その代務をデイルの腹違いの兄が行っている。戦は免れたものの、この状況で太子が出向けばデイルが国政の代務を行うことになる。それがデイルを追い込むことになった。次期王の地盤を腹違いの弟が乗っ取る……そう勘ぐられたのだ。戦を回避したにも関わらず、デイルは城内で肩身の狭い状況に追い込まれた。


『俺が行きましょう!』


 そう発するしかない。だがこれにも嫌疑をかけられる。


『名声を勝ち取って、王の座を狙うおつもりか』と。


 デイルは針のむしろの中、この競い合いに参戦しているのだ。そして、戦の火種であるラフトの王子ザラキに失笑を向けられる。第二王子を出したヒャドは誇りのない国だと。なぜなら、


「ネザリアとて、十にもいかぬまだ幼い第一王子を出したと言うに。やっと生まれた王子をな」


 と、ザラキはヒャドを嘲笑った。キールらは全身に力を込める。挑発にのり、怒りが全身からにじみ出ている。それをデイルは制し言った。


「ザラキ殿、早く決着をつけたらどうです?」


 と。


「ほお、余裕の発言ですなあ」


 ザラキはクックッと笑った。


「ええ、ザラキ殿のいないラフト……」


 デイルも対抗するように、中途半端に言葉を発しザラキと同じようにクックッと笑う。


「早く決着をつけて戻られた方がよろしいのでは? ええ、そうです。ヒャドの次期王は今ザラキ殿のいないラフトの隣で……」


 含みのあるその言の意味をザラキがわからぬはずがない。ザラキの目が血走る。ヒャドとラフトの隊は一触即発となった。が、突如登場する。


「サラ!」


 デイル、ザラキの場所から少し離れた場所に惑いの森を抜けたもう一か国。


「ミヤビか?」


 ザラキが呟いた。その王子はいかにもな王子の出で立ちで、塔の上に向かっていかにもなセリフを叫んでいた。


「麗しの姫よ! お助けに参ります! 私し、フェラールが命をかけてお助けいたします!」


 ミヤビ国


 クツナと唯一親交のある大国であり、このフェラールはサラに何度も求婚している王子である。しかし、クツナは他国に王族を嫁がせない慣例があった。それは、大国の政治に関与しないための自衛……いや、小国が国を守るため、常に中立であることをしめし続け自衛しているのだ。だが、ミヤビの王子フェラールはそれでも求婚していた。この男、すでに妃が両手に余るほど。クツナとは反対に、多くの妃をめとる。他国と親族関係を気づき、自衛している国である。ゆえに、クツナの姫が欲しかった。この競い合いは絶好の機会であるのだ。


「……」

「……」


 フェラールに毒気を奪われ、デイルとザラキは冷静さをより戻した。


「行くぞ」


 ザラキはデイルから離れる。ザラキの隊は、デイルと同じように塔を巡回し始めた。フェラールも同じく。ラフトとミヤビの隊は互いに牽制しつつも、距離を保ち塔を見上げ思案している。デイルはそれを離れた位置から見ているのみ。キールは喉につまった感覚を吐き出す。


「デイル様、やはり登らないですか? 確かにか弱き姫を拐うのは恥じる行為ですが、


ですが! あのラフトで姫はどうなりましょう? 后を殺めた国ですぞ。だからといって、あのミヤビでは、姫は一介の側妻となりましょうな。


小生意気な小娘ですが、無慈悲に男に拐われる恐怖に今は震えているかもしれませんぞ」


 デイルの芯に届くよう、キールは進言した。こう言えば、デイルが何らかの動きをすると見越して。


「フンッ、キールむかつく。お前、俺の扱いに長けすぎだ」


 デイルはコツンとキールの頭を叩いた。


「だがな……」


 デイルは塔を見上げながらそう呟いて、言葉を止める。


「デイル様?」


 デイルは考え込んでいる。そして口を開いた。


「だがな、ヒャドだってあの姫にとっては苦痛だろうよ。この競い合いの発信者の国だ。自分を窮地にさせた国で過ごせと?


それにここで姫さえも手中にすれば、内外の情勢が不安定となる。


ラフトは森を抜けるも姫を拐うも一番になれず。ヒャド内では俺を持ち上げる勢力が出よう。


我が婚約者とて姫の存在で、正室から側室へと降下位になるであろう。姫と貴族の娘ではな」


 デイルには婚約者がいる。肩身の狭いヒャドで唯一デイルを守ってくれたのが、婚約者の親族であるのだ。そう言われてしまっては、キールに二言は言えない。ただデイルの背中を見て、小さくため息をつくのだった。決着を見届ける。今のデイルに出来ることはそれだけ。


『恐怖に震えるか』


 デイルはキールの言葉を心の中で思った。見上げる籠が風で音を出す。ギシ……ギシ……と。震えているように。




***




『囲まれた』


 サラは部屋の中央で踞る。外の声はサラの耳にも届いている。ヒャド、ラフト、ミヤビ、今さらながらサラは怯えていた。わかってはいたことだが、たった独り……囲むように外は幾人もの屈強な男が集っているのだ。


『イチリン姫は怖くなかったの?』


 サラは恐怖を抑え込むように、ただ本を抱えた。


『どうすればいい? どうすればいいの、イチリン姫。教えて!』


 強く目を瞑る。その自身の暗闇の中見えるのは青きイチリンの薔薇。


(……選べばいい)


 一筋の言葉は、イザナからの言伝。


『七人もいるのだから、選べばいい』


 暗闇に光が走る。


『選べばいいんだわ』


 サラは目を開いた。


「デイル、ザラキ、フェラール」


 声はか細い。しかし、一度発すれば憑き物が落ちたかのようにサラの恐怖は彼方へと消えた。


「クツナを生け贄にしたヒャド

 血生臭いラフト

 手当たり次第の心無いミヤビ


 それだけじゃない。そうよ、選ばない選択だってあるわ!」


 ーーギシッーー


 籠がきしむ。


 ーーギシッ……バキバキ「うおわっ」ドサッーー


 籠は折れた。少しだけであるが、籠は破損する。


「こんな弱い蔦では登れない」


 ラフトの王子ザラキの声だ。サラは破損した位置から聞こえる声に集中する。


「他の蔦はどうだ?」


 ーーギシッギシッバキバキーー


 籠は再度破損した。


「どうなってるんだ! 登れる方法はないのか?!」


 ザラキの苛ついた声にサラはビクンと体が反応した。男の荒げた声にサラは慣れていないから。声の方向から少し遠ざかる。そこで聞こえていたのはミヤビの王子フェラールの声。


「森に行け! 太めの枝を集めろ!」


 男たちが動く音が聞こえてきた。


『枝? 何をしようと言うの?』


 サラは眉間にしわを寄せた。考え込む間もなくザラキの声がサラの耳に届く。


「ここを壊すぞ! 森に行け! 木を切り倒せ!」


『壊せか』


 サラはザラキの言った壊す場所を推測できた。


「レンガを壊すのね。いいわ、やってみれば」


 サラは声を出した。外には聞こえていないだろう。スッと立ち上り窓際のテーブルまで歩む。本をテーブルに置いた。そして、一脚の椅子をサラは引っ張る。ズルズルとある場所まで。サラは微笑んだ。いや、いたずら顔だ。


『レンガを壊した入口から、螺旋階段を上っても部屋の入口だって塞がっているわ。梯子を上っても……フフ、足音が聞こえたら座ろう』


 サラは塞がった唯一の部屋の入口の上に椅子を置いたのだ。部屋の階下には梯子でしか通じていない。その階下の部屋の入口扉もレンガで塞がれている。サラは笑んだ。つかつかと進み、あの本を抱える。窓際のそこに風が舞う。サラは編んだ髪をほどいた。サラの目には真っ青な空と深い緑。


「これより籠の塔にて、下衆な王子を迎える! ここまで来るがいい!


か弱き小鳥の首を手にかければいいわ! もがいてでもさえずりましょう」


 高らかに発した。捕まえてみろと挑発したのだ。いにしえの物語でイチリン姫が発したように。サラはたった独りの戦いを始めた。それは外の王子らにも聞こえたであろう。


「聞いたか?! もがいてでも歌ってもらおうぞ!」


 ザラキの声だ。狩りを楽しむような、否、鼻にかけた言い様だ。隊の兵士らと笑っているのだろう、威勢のいい姫だと。サラを軽んじているのだ。


「姫! 姫の歌声は私めがお守りいたす! 我が寝夜にその歌声を!」


 フェラールであることは言うまでもない。こちらは、サラの言葉を都合の良いようにしかとらえていない。両王子の隊は森へと入っていった。残ったのはデイルの隊である。そのデイルを、サラは窓際からチラリと見た。


『そこで見届けるといいわ』


 言葉などかけたりはしない。サラは無言で踵を返した。そして、椅子を見て笑む。


「さて、太めの枝か」


 ザラキがしようとしていることはわかっている。わからぬのはフェラールが言った太めの枝。ザラキは森の木を切り倒し、それでレンガの入口を壊すのだろう。大木を木槌のようにして。フェラールはどうだろう? とその時、外からフェラールの声。


「杭を作れ! 組んだ石の隙間に入れろ!」


 と聞こえてきた。サラはハッとし、慌ててフェラールの声の方へと移動する。籠の隙間から見えるフェラールの隊は、皆一様に枝を手頃な長さに切り先端を尖らせている。幾人かは、その出来上がった杭を石造りの塔の隙間に差し込んでいるようだ。


「フェラール様、足をかけてください」


 フェラールはその杭に足をかける。


「もう少し強度があった方がいい」


「ですが、これ以上太くは出来ません。隙間に差し込めません」


「わかった。まあいい。後は蔦があるしな。杭を作り上げろ。出来上がったら登るぞ」


 そんなやりとりを聞いて、サラは青ざめる。


『どうしよう。このままでは、容易に登ってきてしまうわ』


 サラは椅子の周辺をうろうろと歩む。そうしている間に、外では杭が着々と出来上がっている。さらにザラキの隊も木を切り倒したのか、ドスンと盛大な音がした。


『いいわ、どちらかが先にたどり着く。だけど、勝者などあってはならないわ』


 サラは少し破損した籠の部屋を見渡した。


「後悔などしない!」


 そう宣言し、サラはザラキが壊した籠の周辺に手をかけた。力の限りに思いっきり引っ張った。


 ーーバキバキバキッーー


 見事に大きな穴が開く。サラは手を止めない。籠は脆く崩れていく。サラがぽっかりと開いた穴から下を見ると、ザラキがニヤリと笑っていた。


「姫、今から参りましょう。苦しくても歌ってもらいますぞ」


 その言葉を合図に大木を持った男衆が、レンガに向かって当たっていった。


 ーードーンッーー


 塔が大きく揺れる。


「登る勇気のない者に歌など歌うものか! 勝者などなれるものですか!」


 サラは言い放ち踵を返した。


『次は、フェラールね』


 その時、


 ーーギシッ「一気に登りましょうぞ! 姫、しばしお待ちを」ギシッ、ギシッーー


 フェラールが登り始めた。


 ーーギシッギシッバキッーー


 籠が悲鳴をあげる。サラの手を借りずとも、フェラール自身で籠は壊されていく。それでもフェラールは落ちることなく、うまく杭を使い登ってくる。


「小賢しい者になど歌うものか! 勝者になどなれるとでも?!」


 サラは崩れた籠の穴から、登ってくるフェラールに言い放つ。そして、フェラールが掴んでいる蔦を力任せに引っ張った。脆い蔦はブチブチと切れる。


「ひ、ひめぇ、そのようなお遊びはなさらぬように!」


 ーードーンッドーンッーー


 塔が揺れる。


 ーーガラガラーー


 レンガ崩れ落ちる音だ。サラはフェラールの方からザラキの方へと回る。


「行くぞ!」


 ザラキが塔の入口へ入っていった。サラは椅子へと走る。その間にもフェラールは登っている、籠を壊しながら。


『来るがいい!』


 挑むようにサラはそう思う。やがて、フェラールの声が近くに聞こえてきた。


「あと少しだ! 姫、今行きまする」


 その声の後、


 ーードーンッガラガラーー


 と、階下で崩れる音が鳴り響く。


「よし! 後は姫さんを狩るだけだ!」


 サラは階下のザラキと登ってくるフェラールの気配をひしひしと感じていた。


『どちらが先?』


 サラの視線の先で籠がバキリと崩れ、そこにニョキッと手が現れる。フェラールの手だ。


 ーードンドンーー


 椅子の下から突き上げる音。サラはダンッと足を踏む。


「言い度胸だ、姫! ですが退いてもらいますぞ」


 ザラキが愉快そうな声で発した。


 ーードンッドンッガッ!ーー


 サラの体が跳ね上がる。しかし、サラは踏ん張った。視線の先ではフェラールの上半身が見える。


『ここまでね、もういいわ』


 サラはバッと走り出す。そのサラをフェラールが追う。


「姫、我が姫よ。どうぞ、私しの手をお取りください」


 サラの数歩前でフェラールは膝を付き、まるで求婚しているようだ。しかし、


 ーーガゴンッーー


 盛大な音で椅子が上がり、部屋にもう一人参入してきた。ザラキである。ザラキは寸の間もなくサラへと突進する。フェラールなど眼中にないのだろう。


「待て!」


 フェラールがザラキの前に出た。サラはその間に今にも崩れ落ちそうな窓へと走る。テーブルに体をひらりと乗せ、滑るように立った。


「勝者などいないわ!」


 その手にはあの青きイチリンの本。


「小娘ぇぇ!」


 ザラキがフェラールを付き倒し、サラへと走る。


 ヒュンッ


 そのザラキにサラは本を投げ付けた。ザラキの額にガツンと本が当たる。一瞬サラから視線が外れたザラキ。その視線が再度サラへと……窓から身を放ったサラへと……


「姫!」

「姫!」


 ザラキもフェラールも窓へと走る。ザラキに倒されていたフェラールより、ザラキの方が一寸早かった。ザラキの手が伸びる。舞うサラの髪に。掴むことができたのは数本だけ……ザラキの手に数本の毛束が残っただけ……




「姫!」


 ザラキとフェラールの目には落ちていくサラと、受け止めようとするデイルの姿が映っていた。

次話4/4(火)更新予定です。

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