突破
王間はまたも苛立っている。いつの間にか、デイル側にヒャドの兵が集結していると報告を受けたからだ。
「ザイール様、このまま城門を開ければデイル様に着いた兵がなだれ込みます。その兵の勝手知ったる城内では不足の事態が起こっても対処できますまい。ここは、親書を持った王子様らだけの入城に致しましょう。そう交渉するのです。城に入ってしまえばこちらのもの。……手中におさめれば」
バレットは最後の言葉をゆっくりはき、ザイールに目を向ける。ザイールが望むことをバレットが形にした。
「よし、兵を配置しろ。しくじるなよ」
そう言うと、近衛隊長に視線を送る。
「はっ」
後戻り出来ぬ返事をしたのだと、近衛隊長は思った。その表情はどこか悲愴感が漂っている。のこのこと王子だけが入城する。そんなことは決してありえない。七か国の王子らは城門前で動かない。ただひとりイザナだけが城に向かった。
「では皆さん、行ってきます」
王子らは互いに頷きあった。信頼が手に取るようにわかる。ここに集うものは、皆一つに心を寄せている者たちだ。王子らも民もデイルに着いた兵士らも、羽ばたく鳥のために、物語を終えるために。
コツコツと靴音が響く。時おり、不穏な気配を感じ取ったイザナは、『やはりな』と心の中で思った。ザイールという王は、……否、自身を王であると思い込んでいるザイールは、安直に王子らに手をかけるよう画策しているのだろう。
『破滅に向かう』
皆がヒャドに感じるものだ。イザナはデイルの顔が脳裏に浮かんだ。イザナだけでないだろう、皆がデイルを思っている。それが唯一の道であると。
「こちらでございます」
イザナがそんなことを思っていると、王間に到着したようだ。
「剣をお預りいたします」
数名の兵士にイザナは囲まれた。
「どうぞ」
イザナは抵抗しない。両手を広げ好きなようにしろと促した。ヒャドの兵士は一国の王子の体を遠慮もなしに触った。イザナは飄々とその侮辱を受ける。そして、
「丸腰でもまだ謁見できませんか? なんなら、枷でもつけたらどうです?」
余裕の皮肉を大声で発した。兵士の瞳が大きく開く。
「そ、そのような」
ことはしないと言えるだろうか。王子らを捕らえるために枷は用意されているのだから。
「ど、どうぞ」
顔のひきつった兵士に促され、イザナは王間に入る。玉座に居る者に向かってまっすぐに進んでいく。
玉座の手前で足を止め、ザイールを確認するも、イザナはサラ同様にザイールに対して挨拶をしなかった。
「こ、これご挨拶せぬか」
たまらずバレットが発するが、イザナはフッと笑ってバレットに一瞥する。
「これは何の余興ですか?」
イザナはザイールに目を据えた。
「王様はどちらに?」
これもサラ同様。ザイールのこめかみがピクピクと動く。イザナはそんなことも気にせず続けた。
「これが、先にクツナ王よりサラに託しました親書の答えですか?」
王間の空気ががザワリと動く。
「サラ姫様は、別室にてお健やかにお休みにおられます。新書は……のちほどと」
「まだ、お読みになっていないと?」
イザナは呆れたようにバレットを見やる。バレットは肩を竦めた。ザイールのこめかみの青筋がはち切れそうだ。ザイールの手がゆっくり上がっていく。合図を送るために。しかし、イザナはそれを遮るように発した。
「では、私がお伝えしましょう」
ザイールの手が止まる。イザナの瞳がザイールを射る。中途半端に上げられた手と近衛の動きをイザナはその強い瞳だけで制した。
「頂にサラを託しましょう」
イザナの言葉にザイールはニヤリと笑む。頂には今自分がいるのだから。イザナもニヤリと笑みを返す。そして続けた。
「頂とは地位にあらず」
ザイールの顔が歪む。イザナは笑んだままだ。
「競い合いに出なかった者にサラは託せません。競い合いの頂にいる者だけが、サラを愛でることが出来るのです」
ザイールがガタンと大きな音をたて立ち上がった。肩が怒っている。イザナは気にもとめずに発する。
「サラを欲するならば、頂にいるデイル殿に勝つこと。それを競い合いに出た者が見届けること!」
そう終わるや否や、ザイールは剣を引抜きイザナに向かった。慌てて近衛がイザナとザイールの間に入る。
「王の許可もなく、一国の王子に剣を向ける? 親書を伝えた王子に? 丸腰の者に? ザイール王子!!」
イザナは一喝した。ザイールの体がビクンと跳ねる。ピーンと張った糸が悲鳴を上げている。だが、その悲鳴は静寂である。王間は誰も微動だに出来なかった。
ーーバタバタ、バターンーー
「ご報告致します! サラ姫様逃亡にございます!」
それが均衡を破った。
「なにぃっ!」
ザイールが声を荒げた。ギロリと報告した兵士を睨む。
「ああ、すみません。サラは淑やかに待っているなど出来ぬ『青の奇跡』ですからね」
イザナは言うや否や、きびすを返す。素早く走り出した。その行動に一瞬時が止まっていたザイールが、
「逃がすな!! 捕らえよ!! 姫も捕らえるのだ!!」
と怒声をあげた。しかし、ここでザイールには予想だにしないことが起こる。
「イザナ様! こちらへ」
デイルが率いていた精鋭隊の者がイザナの先導に名乗りをあげたのだ。クツナに来たあの使者らである。デイルから指示を受け、城内に残りこの時を待っていたのだ。
「お前らぁぁ!」
背後に聞こえるザイールの声を聞いて、イザナは乾いた笑いを出す。城内を少数精鋭で駆け抜ける。時おり剣を向ける者もいるが、すでに統率がとれていない状態でイザナらの進行を阻む者はいなかった。そんな命令など伝達されていない。さらには上官が誰であるのかもわからないのだ。指揮系統がなければ、兵士とて単なる烏合の衆だ。だから、
「開門せよ!」
待っていた明確なる命令が発せられた時、城内に残っていた兵士はおかしなものだが安堵した。兵士の視線の先には、キール。精鋭隊の一部と共に城内に潜入していたのだ。
「キ、キール様?……ですが……」
安堵しながらも、兵士は迷う。門を守る役目があるのだから。
「ヒャドの頂からの命である! 開門せよ!」
「はっ!」
兵士は迷いをキールに預けた。命じた者が責任を問われるのだ。自分は命に従ったまで。兵士は門を守る責を放棄したのだった。イザナ、キール、精鋭隊が突破口を開いた。ヒャドの城に新風が舞い降りる。
「イザナ殿、ありがとうございます」
デイルが悠々と城内に入った。
「いえ、この程度のこと」
デイルとイザナは笑みを交わした。
「では、これからは私どもが」
ザラキがデイルに並んだ。
「先の『青の奇跡』のお礼がまだですから。行きましょう、デイル殿」
ザラキ同様に、王子らもデイルに並ぶ。兵士も民もその光景に希望を見た。
「父上を玉座から下ろした者を捕らえる!
『青の奇跡』を踏みにじった者を捕らえる!
……サラを、
私の腕に返してほしい。皆の力が必要なのだ」
強い言葉の後に発した優しく切ない音色は、今までのデイルには無かったもの。愛しい者を望む心。
「デイル様、ここ城門はおいらたちに任せてくだせえ」
腕っぷしの強そうな民が叫んだ。それに呼応するように、民からも兵士からも声が上がる。一気に士気が高まった。
「キール! 頼んだ!」
「はっ! お任せを」
城内の統治をキールに任せ、デイルらは玉座に向かう。すでに、刃向かう者はいなかった。刃向かう者は王間にいるものだけだ。
……
……
「さて、そろそろ出番だな」
遠くデイルの背を見ながら呟く者。シェード。
「ええ、やっと不吉が終息するのですわ」
リザが微笑む。二人は空を見上げた。いつもはどんよりした空であるのに、青空が広がっていた。
次話で完結になります。




