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籠の姫  作者: 桃巴


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愛でる資格

 ーーバタンッ!!ーー


 激しく扉は閉められ、


 ーーガチャガチャ、ガチャッーー


 と施錠の音がサラの耳に聞こえた。ザイールの寝室であろう部屋に放りこまれるように入れられたサラである。


「淑女、淑女って声高にいうわりに、殿方らはぜんっぜん紳士的ではないわ。おっかしいこと」


 扉に向かって軽やかに告げた。見張りの兵はサラの言葉を何と聞いたのだろうか。そんなことを思いながら、サラは部屋を見渡した。


「悪趣味ね」


 どうだ! と言わんばかりに財を尽くした装飾のごてごてしさに、サラは目を瞑り小さく首を横に振る。


「自分に自信がないから着飾るのよね」


 サラが呟いたことは、クツナ王も言ったことだ。『はべる者で己を飾るは愚王なり』


 サラは華美な装飾から逃げるように、窓へと進む。カーテンをシャッと開き外を眺めた。


「あれね」


 空を突き刺すように伸びる二つの氷山。


「ふふっ、楽しみだわ」


 そうサラは楽しそうに呟いた。そして、ソッと窓に手をかける。音が出ないようにゆっくりと開く。ヒューと冷気がサラの肌を撫でた。サラは少しだけ目が広がり、『さむいわ』ともらす。開いたそのままでサラは部屋に戻った。


「天に近いとさらに寒いのね。それに、二つの氷の頂からの冷気も。……なれなくては」


 サラはヒャドの空気に身を委ねた。肌を射す冷気に慣れる。段々、冷気が姿を変える。凛とした空気となり、サラは一層集中する。神経が鋭意になり、清んだ空気からは遠くの音がささやくように入ってきた。


 ーーコンコンーー


『サラ姫様、ユーカリにございます!』


 部屋の外にユーカリがたどり着いていたことには気づいていたサラは、すでに笑みをたたえた表情になっていた。


「入って」


 ーーガチャガチャガチャッーー


 扉は少しのすき間で開かれ、ユーカリが滑るように入室した。


『さっさと夜とぎの準備をせよ!』


 扉の前からだ。サラとユーカリは頷きあう。ユーカリがまた小さなすき間で扉を開けた。


「準備をいたしますので、どうかどうか寝室前からお退きくださいませ。衣擦れの音を他の殿方に聴かせる訳にはなりませぬ。寝室だけの準備では、一国の姫様に失礼ではありませぬか? こちらの部屋も湯殿も使用したくございます」


 ユーカリの発言に兵士らはうっと喉を詰まらせた。


「で、では……寝室とこの前室、湯殿はこっちの扉だ」


 兵士はそう言って前室から退いた。バタンッと隣の部屋へと移っていった。ユーカリはほぉーっと息を吐いた。


「サラ姫様」


 ユーカリは片膝を着いた。


「久しぶりね、ユーカリ」


 サラの顔は笑っていた。




***




 デイルは氷山を眺めている。壮観な眺めに、ヒャドの象徴に心が熱くなった。


「デイル様」


 キールがデイルに呼び掛けた。


「すまない、少しふけっていただけだ」


 デイルは穏やかに笑んで振り返った。そして、深々と頭を垂れた。ゆっくり起こした視線の先は……


「デイル殿」


 七名の誇りの者たちがいる。そのひとり、フェラールはデイルを呼びフッと微笑んだのだ。


「デイル殿」


 次に呼び掛けたのはザラキ。デイルは再度軽く頭を下げた。皆の視線がデイルに集まる。デイルはこくんと頷き、静かに語り出す。


「あの競い合いに出なかった者に、愛でる資格はありません。あの競い合いに出た者だからこそ、ここに立てるのです。皆さんの背負うものが互いに相反するものであろうとも、ここに集ったお気持ちはわかっています。


あの競い合いの結末を私と共に作っていただきたい。どうか『青の奇跡』が奏でられるように。皆さんが背負う民たちに、奇跡の物語が届けられるように。今、民たちが待っているのは、羽ばたきさえずる青き瞬きなのです」


 デイルの言葉が七名の将たちを唸らせる。悪い意味ではない、皆がデイルの言葉を噛みしめていた。この大陸に広まった物語は、まだ終わってはいないのだ。


「デイル殿、僕は先の競い合いに負けたことが悔しかった。僕はなぜこんなに幼いのだろうと、皆さんのように大人であるなら、きっと塔を登っていたはずだと。……しかし、」


 少年はそこで言いよどむ。その少年の言葉を続けるように、またひとり前へ出る。


「ああ、私も悔しかった。同じだ。しかし、そうしかしだ。民は本質を見抜いていた。語られる物語に愕然とした。あの競い合いは、あの競い合いは……」


 次にまたひとりと繋がっていく。


「私の国では、『貴き者が賊のように姫を拐って勝利に酔いしれる酔狂のようなこの競い合い……』などと語られ、私は……」


「我が国でも同じだ。競い合いに負けたことよりも、語られる物語の自分の存在を恥じた」


 次々と王子らは発していく。あの競い合いの王子らが今集っているのだ。そして、最後に発する者はイザナである。


「皆さん」


 イザナは競い合いの七名を見渡していく。


「物語はまだ終わっていません。今度は拐うのではなく、どうか助けていただきたい。それが許されるのはあの競い合いに参加した皆さんだけです。サラを、羽ばたかせてください。愛する者の腕に収まるように。愛する者の『加護』を受けられるように」


 皆、頷く。ザラキがその瞳をデイルへと引き継ぐ。デイルは拳を突き上げた。王子らも突き上げる。今度こそ、誇りを背負った戦いだ。


 デイルは氷山を見つめた。


「行きましょう!」


 靄の中から、デイルを含め八名の王子らと従者数名で関門の前へと姿を現した。




***




 城内は慌ただしい。


 サラのことなど忘れてしまったのだろうか? いや、いきなりのことで本来すぐにおさえねばならぬサラのことを、失念していたのだ。指揮をとるものの力のなさ故か。


 突如現れたのは大陸の王子たち。関門を有無を言わさず通過した。王子たちは王の親書を持参したからだ。それを足止めさせる度量や勇気など関門の兵士にはないだろう。なぜなら、


「ここで我らを追い返すなど……宣戦布告とみなしても良いのだな? この大陸の大国全てを敵にまわすと言うのだな?」


 凄みを効かせた発言に、関門の責任者は縮み上がった。そうして関門を通過し、城門に着く。ヒャドの民たちは、その先頭にデイルを確認すると密かに胸を踊らせた。民にでもできることはある。城門に立つ各国の王子たちを取り囲むように連なった。それはヒャドの現体制から守るように。数少ない従者だけで現れた王子たちの誇りを讃えるように。


 そうして、ヒャドの城は混乱に陥っていた。ザイールは玉座に座り体を揺すっている。


「関門の責任者は何をやっていたのだぁ!!」


 今さら過ぎたことを言ったとて、現状は変わらぬというのに。


「王様!」


 そこにバレットが大汗をかきながら報告に現れた。その顔は、小さな笑みを含んでいる。


「各国の王子様八名と、従者数名。あわせて五十人にも満たぬ状態です」


 バレットの笑みがザイールにも受け継がれる。


「はんっ! たったそれだけの人数か。全く騒がせよって」


 ぶつぶつと言って、ようやく体の揺れがおさまったようだ。と同時に、


「このヒャドに賛辞を言いに来たんだろ? なんせ、南国一のさえずりは我がヒャドが手に入れたのだからな!」


 となんとも楽天的かつ滑稽とも言える発言をした。そこに慌てたように兵士が報告に現れる。


「デ、デイル様もおられます!」


「なんだとぉ!」


 ザイールは声を荒げた。


「た、民が……」


 ザイールの鬼のような顔に兵士がおののく。


「なんだ、さっさと言わんか?」


 バレットが促す。


「民たちが王子様らを囲んでおります」


 ザイールはぽかんとした顔になった。それから、口を開けた状態から、口角がきれいに上がっていく。


「我が民たちは優秀だな! 自ら進んで王子らを囲んでいるのだろ? このザイールを守りために! もしや、王子らを捕らえ手柄をとるやもしれんな。……待てよ、このヒャドに王子らがいる。そう……大国の王子らを手中におさめれば、我が大陸の王者になろう! なあ、バレット?」


 突拍子しないその発想に、さすがの兵士らも呆気に取られる。しかし、ザイールを持ち上げ王座に着かせた側近らは、ここぞとばかりにザイールに賛同した。その馬鹿げた状況に、そっと兵士らが退いていく。それさえも玉座に集うものらには見えていない。親書を持った王子らを捕らえることの意味を、王が知らぬのだ。それも王子ら全員を捕らえれば、大国はヒャドに牙をむけるだろう。ヒャド一国対七か国の結果など言わずとも知れた状況が分からぬのかと、兵士らは王座を悲しげに見つめ静かに退いていった。


 それでも、ザイールの近衛らはザイールに着いている。兵士として最高位にいる状況から降りられない。未練があるのだろう。判断ができるものは皆デイルの元に向かった。ザイールのもとで甘い汁を吸っているものは、とどまる。たかが五十弱の集団など大したことではないと、たかをくくって。


「王様、王子らをお迎えいたしましょう」


 バレットの号令のもと、城門の王子らに使者が向かったのだった。




***




 その頃、サラとユーカリは、


「サラ姫様はいいですよね、そのマント。あーああ、俺のは」

「ペラッペラでしょ、うふふ」


 などと一度した会話をもう一度していた。マントを羽織っているのはなぜか?


「姫様、どちらを登られますか?」


 そびえ立つ二つの頂を見上げる。サラはゆっくりその目を閉じて大きく息を吸った。冷たく凛とした空気がサラの体を清涼な世界へと誘う。瞳を閉じたままサラは言った。


「右よ」


 サラは瞳を開けてそれを挑む。口元が笑う。


「だって、並ぶならいつも左側に居たいじゃない? 右は剣を持つ手。だから左側に。だから、ヒャドを見渡すなら右を登らなきゃ」


 ユーカリはほへぇとサラを見つめる。


「いつの間に淑女におなりで?」


 ユーカリの口からぽろりと落ちた言葉に、サラは笑った。


「まあ、おかしいことを言うのね。氷山を登る淑女なんて居るのかしら?」


 クスクス笑いながらサラはスカートを目繰り上げた。太ももに隠し持っていた『鉄の爪』を取り出す。ユーカリも同じくだ。


「それ、サラ姫様特注」


 ユーカリは装着しながら言った。サラは小首を傾げる。


「ヒャドでは男しか登らないから、サイズがなくって、デイル様自らがお作りになったそうですよ。自分の物に手を加えて。だから、安心して登って待っていてくださいって」


 ユーカリはニヤニヤしながらサラに伝えた。サラは頬を桃色に変える。


「愛されていますね、サラ姫様」


 追い打ちをかけたユーカリの言葉は、サラの頬を桃色以上に変化させた。


「も、もうっ! 行くわよ」


 ずんずんと進むサラの背を見ながら、ユーカリは大いに笑ったのだった。

次話4/21(金)更新予定です。

明日完結します。

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