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籠の姫  作者: 桃巴


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37/41

物語はまだ終わっていない

 惑いの森の入口にヒャドの使者は到着した。


「……」


 その表情は浮かない。


「デイル様に面目がたたない」


 大きくため息をついた。惑いの森に挑んだ精鋭隊の数人が使者であったのだ。


「せめて、キール様がいたならなあ」


 ーードッドッドッドーー


 背後から凄まじい音がして、使者は振り返った。


「あっ」


「こっのアホどもが!」


 馬に乗ったキールが罵声を上げ使者らに迫っていた。


「ひっ!」


 使者の目と鼻の先で馬が止まった。


「お前ら……」


 使者らは恐怖の後に、安堵をおぼえたのかキールをすがるような目で見ていた。


「着いてこい、デイル様の所へ行くぞ! ……って、惑いの森か」


 キールは目前の森にため息をついた。そして、辺りを見渡す。クツナの関所がある。そこからはすでに幾人かの者がこちらを見張っていた。キールは馬から降りると、丁寧に一礼した。


「まずは関所の手続きをしましょう、ソラド様。おい、お前らは俺たちと行くか? それともヒャドの使者として別々に行くか?」


 使者らは、激しく首を横に振った。


「キール様と行きます。今のヒャドはもうヒャドじゃありません」


 悔しそうなその声に、キールは使者それぞれの肩を叩いて応えた。


「ヒャドにはデイル様が必要だ。だろ?」


 使者らは頷く。ソラドをそれをホッホッホと笑って見ていた。




 一報はすぐにクツナ王に届いた。王はすぐにイザナを惑いの森に遣わせた。サラとデイルにはエニシが向かう。二人は昼間は籠の塔で過ごしているのだ。


 先に城に着いたのはイザナに連れられたキールらである。クツナ王の前で膝を着き、ソラドが先に発した。


「ネザリア国神官長ソラドにございます」


 続いてキール、最後に使者が名乗った。


「さて、何用じゃ?」


 使者はすがるようにキールを見、キールはソラドに視線を投げた。


「ヒャドの王は崩御なさいました。そして、現在王の玉に着いたのは、デイル様の腹違いの兄ザイールという者でございます。その者は、ヒャドの頂に座して命を出されました。『ラフトから奪ったさえずりはヒャドのモノ。妃として迎えましょう。早々にヒャドに輿入れを。デイル王子が責任を持って随行せよ』と、まあこのような親書をこの使者らが持っておりました」


 ソラドが懇切丁寧に説明した。クツナ王もイザナも驚愕である。


「そして、ネザリアの神官である私は、最後の孝行と思い、このデイル様の側近キールとともにクツナに使者を追ってきた次第です。姫様の物語はまだ終わっておりません」


 ソラドは最後の一文に思いを込めて発した。


「そうか。まだ終わっていないか」


 クツナ王はそう呟いてイザナに視線を送った。イザナは頷く。


「はい、そうでしょう。本来、サラは勝者のモノ。勝者がヒャドに変わったなら、それはヒャドのモノ」


 イザナの発言にキールらは拳を強める。浅ましいヒャドをイザナの言葉で言い聞かせられている。


「はべる者で己を飾るは愚王なり」


 クツナ王はフンッと鼻を鳴らした。ザイールの事であろう。王の名声を上げようと、浅ましいザイールはサラを欲した。デイルから奪おうと。自分は王であるのだからと。


 ーーバタンーー


 コツコツ


 二つの足音が王間に響く。キールは振り返った。


「やっと側近が来たか」


 デイルは笑っている。


「デイル様!」


 キールは額を床に着ける。


「申し訳ございません! ヒャドに帰還せず、このような事態になってしまいました」


 使者らも頭を床に擦り付けた。面目ないのだ。


「さてと。まずは親書を見せてくれ」


 使者からデイルは親書を受け取り読んでいく。顔色一つ変えなかった。それにはソラドもキールも驚いた。本来のデイルなら怒ってもおかしくはない。


 デイルの隣でサラがつま先立ちで親書を覗き込んでいる。まったく姫様らしくはない。親書を覗き込むなどという所業ははしたないものだから。ソラドはポカンと口を開けて見ている。


「まあ! 変わった求婚のしかたですわね」


 などと、軽やかに発している。そして、皆が気づいていないひと言を発する。


「でも、この場合ヒャド王様って誰なの?」


 ソラドは笑いが込み上げてきた。


「サラ、まったくお前は……」


 イザナはそう言ってフッと笑った。デイルもクックッと笑う。そして、クツナ王は発した。


「猶予は十日だ。十日後にサラはヒャドに輿入れを始める。ヒャドの使者よ、そう伝えてくれ。デイル殿、それで良いか?」


 王の発言にデイルは、


「はっ!」


 と答えた。


 十日後にサラはヒャドに輿入れを始める。そう決まった。使者らが来た日から三日経っている。デイルもキールもソラドももうクツナにはいない。




***




「姫様、動かないで下さいませ!」


 サラは唇を尖らせる。


「ねえ、ねえ、シンシア?」


 サラのヒャド行きが決まり、ラフトからシンシアらが急いでやって来た。ザラキの配慮である。サラに話しかけられたにも関わらず、シンシアは無言のままサラの採寸をしていた。


「ねえったらっ」


 サラは地団駄を踏んだ。シンシアはストンと肩を落とした。はぁと息を吐き、サラに向かい合う。


「何でございましょう、サラ姫様?」


 サラは嬉しそうに目を輝かせ、シンシアに飛び付いた。


「久しぶりね。本当に久しぶり。元気にしていた?」


 シンシアは口をパクパクさせる。


「ひ、姫様! そ、そのような」

「うっふっふ。ええ、そうね。お淑やかにするのでしょ」


 サラはそう言うものの、シンシアに続き巫女侍女に抱きついていく。


「姫様!」


 シンシアは思わず叱責のように叫んだ。


「もうっ、わかったったら。はい、どうぞ採寸でしょ。……あ、あのね、右足のスリッドは必ず入れてほしいの」


 サラは頬を染めて告げる。シンシアは眉を潜めた。


「花嫁衣装にスリッドなどありえません」


 そう返した。


「ええ、わかっているわ。でも、でもね……」


 サラの頬はさらに濃く染まっていく。


「デイル様がね?」


 サラは両手を頬に当てもじもじし出す。


「デイル様が何です?」


 シンシアらは何となーくわかったが訊いてみた。


「デイル様はスリッドがお好きなの」


 サラは嬉しそうに発した。


「姫様お言葉ですが、スリッドが嫌いな殿方はおりませんでしょう。クツナでは良いかもしれませんが、ヒャドでスリッドを召されるようなら、デイルは気が気ではありません」


 シンシアの答えに、サラの小首を傾げた。なぜ? と思っている。


「簡単なことですわ。愛する者の素肌を他の者に見られたくはないでしょうから」


 サラはパチパチと瞬きをする。


「えっと、じゃあ……」


 サラはクツナの衣装見る。本当の自分で輿入れしたい気持ちと、シンシアに言われて気づいたこと。その二つの狭間で揺れた。


「姫様、公式の場では北方の衣装を。普段お過ごしになるときはスリッドの衣装を。私たちが仕立てます。ご安心くださいませ」


 シンシアの言葉にサラは笑顔になる。しかし、それとは逆にシンシアらは不安そうな表情でサラを見ていた。


「姫様、本当にヒャドに輿入れされるのですか? まだ」

「ええ、そうよ。信じていますもの」


 シンシアの声を遮った。しかし、シンシアは発する。


「いえ、せっかく青い空に戻りましたのにいいのですか?」


「そうね、またどんよりしたあの空のもとへ行くのよね。でもね、私……あの朝靄の景色が好きだったわ。いいえ、好きよ」


 シンシアらはやっと穏やかに笑んだ。


「さあ、姫様! じっとしてくださいね」


 そして、サラが一番苦手な指示を受け、サラはげんなりとしたのだった。





 十日が経った。


 ヒャドから受け入れの使者が来たのだが、クツナ王はそれを拒否した。先導など要らぬと。使者は顔を歪める。


「輿入れに先導の使者をつけるなど聞いたことはない。心配せずとも姫は出立させる。盛大に迎えるようヒャドの頂に伝えてくれ」


 クツナ王は有無を言わさなかった。使者の先導があるなら姫を出さんとまで言って。当たり前であろう。ヒャドの使者がクツナから先導するとなると、人質のような扱いになる。クツナから人質を受けとるという。


「小国だからと侮られておるのか? 連行するように使者をつけるなど、ヒャドは礼儀を知らぬのか?」


 使者はしぶしぶ了承した。もちろん、この使者は先の精鋭隊ではない。ザイールの手下である。


「ヒャドの頂に伝えよ。我が姫はヒャドの頂に嫁がせるのだとな」


 使者は訝しげにクツナ王をうかがう。


「ご病気なのであろう?」


 使者はハッとした。先王の死はまだ内密である。ザイールが秘密裏に王になったことは対外的には知らぬこと。使者はどう答えようかと考えあぐねた。


「はい、頂に」


 使者は答えにもならぬ言葉を返した。クツナ王はフンッと笑う。使者は気づく。クツナ王は先王の死を知っているはずだと。何故ならばデイルがこのクツナで過ごしているのだから。知らぬはずはない。


「盛大に王がお迎えいたします。姫様は安泰の地位を授かりましょう」


 使者の鋭い瞳がクツナ王をうかがう。安泰の地位とはザイールの妃であることを暗に示している。


「なるほど、安泰の地位か。良いだろう! 頂に伝えよ、了承したとな」


 クツナ王も鋭く使者射る。ザイールを王と承認したとクツナ国は決めたと、暗に示したかのように。


 使者はそこで笑んだ。小国であろうと、一国がザイール王を認めたことを取り付けたもの。


『フンッ、お前の頂と我の頂には違いがあるがな』


 王はほくそ笑んだ。


「では、デイル様はどちらに?」


 今度はデイルについて使者は口にする。


「先導が要らぬのであれば、私とともにヒャドに戻っていただきます」


 クツナ王は使者を睨み付ける。ザイールはサラもデイルもその手におさめたいのだ。王は無言のまま使者に向き合った。そして、顎を軽くつき出す。窓の外に向かって。


「輿入れが決まってから、クツナを出ていかれた。よっぽどヒャドに行きたくないのだろう。デイル殿の帰還まで我がクツナに責を問うのか?」


 使者は唇を噛みしめる。ザイールが敵視するデイルの所在がわからない。いや、クツナにいるはずだと思っていたが、王は出ていったと言う。


「そうですか。どちらに向かったかはご存じありませんか?」


「キールとかいう側近が来て、二人で連れだって出ていった。どこに向かったかは知らん」


 これ以上は話さんと、クツナ王は席を立つ。


「さっさと帰り、サラを迎える用意をせよ。一国の姫を……ラフトのように籠になど入れぬようにな」




 クツナ王とイザナはサラの部屋に向かう。いや、本当は向かう予定はなかったのだが、向かわざるをえなかった。出立の時刻になってもサラが王間に現れないのだ。クツナ王とイザナはイヤーな予感がした。急ぎサラの部屋に向かう。


「やはり」


 主のいない部屋に茫然自失の侍女ら。そして、ぽつんと置き手紙。


『お別れのご挨拶はしませんわ。だって、この前だってしていませんもの。遠い空だって繋がっていますわ。繋がっていたら、また翔んでこれますから。行ってきます、父上、兄上』


 クツナ王はガッハッハと笑った。イザナもやれやれといった顔であるが、笑んでいる。


「これ、そちら。さっさと支度せい。ラフトからはサラの侍女としてヒャドに随行させて良いとあったぞ。サラを追わんとな」


 シンシアらはハッとし、急ぎ支度をはじめた。呆けた顔が笑顔へと変わる。


「エニシは着いて行ってるな」


 王はエニシの気配を感じない。ならば、サラに着いて行っているはずだ。


「ラフト行きにも女装までして着いていく男です。サラもわかっているでしょう。デイル殿もエニシに何か耳打ちして出ていかれたましたので」


 イザナは穏やかに言った。サラが消えたとて、クツナ王もイザナもそう慌てない。


「まったく、お転婆は治らんだろうな。そちらも大変じゃろうが、よろしく頼んだぞ」


 王の言葉にシンシアらはかしこまったのだった。

次話4/20(木)更新予定です。

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