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籠の姫  作者: 桃巴


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36/41

新たなる

「……でよ、姫さんが歌ったんだ。不吉なお子は生きてるって歌をさ」


 語り部はそこで皆を見渡す。皆は固唾を飲んで語り部の話に耳を傾けている。


「暴君は飛び起きた! 真相を確かめに籠の塔に向かう……」


 キールはその語りを離れた所から見ている。


「ああも毎日同じ話が出来るものですか? いや、聞けるものなのですか?」


 キールは酒をグビッと飲んだ。


「ははっ、皆が待ち望んだ結末だからね。それに奇跡の青き瞬きですし、皆が熱狂するのも仕方ないでしょう」


 レミドが酒に酔ったキールの肩をポンポンと叩いた。


「……行かれたらどうです?」


 レミドはキールに優しく微笑んだ。キールはその視線に目を反らす。


「大人気ないですよ、キール。さっさとデイル様の所に行きなさい」


 レミドはポンポンと叩いた手をコツンとさせた。


「……」


 キールはブスッとした顔で頭を撫でる。


「側近が近くにいないとは、デイル様も心もとないでしょうな」


 キールはレミドをチラリと見るも、また酒に手を伸ばした。レミドはサッと酒を取り上げる。


「ヒャド、ラフト、ネザリアはこのまま安泰ではいられますまい。いや、問題はヒャドです。デイル様のお力がきっと必要になりましょう」


 キールとてわかっている。ヒャドが安泰でいるにはデイルが必要であると。あのザイールでは、ヒャドは成り立たない。


「しかし、デイル様はクツナに行かれた。ヒャドには戻らないおつもりで」


 酒もなく、キールはその手を埋めるものがなくなって、ただ項垂れている。


「いずれ王の崩御が知れわたりましょう。ラフトもネザリアももうヒャドを敵視していません。しかし」


 レミドは小声で話す。


「しかし、ヒャドは……ザイール様が王となったヒャドは、隣国を恐れ剣を振り回すでしょう」


「だから、私はヒャドに戻らないのです。そんなヒャドの臣下にはなりたくない」


 ここはネザリアである。ラフトで、デイルにヒャドのことを頼まれたにもかかわらず、キールはヒャドには戻らなかった。レミドとともにネザリアに足を踏み入れた。


「ヒャドには戻りたくないのです。デイル様のいないヒャドには……」


「だから、デイル様の所に行きなさい」


「行ったって、ヒャドには戻られないはず」


「それはどうかな?」


 レミドとは違う声にキールは声の主を捜す。


「ソラド様」


 レミドがソラドの姿を確認すると、一礼し一歩下がった。キールは立ち上がる。しかし、フラりと体がふらついた。


「座っておれ。レミドや、わしにも一杯くれんかの?」


 レミドははいと答え、酒を貰いに行った。


「ずいぶんと酔っておるな」


 座ってもなお、体がふらつくキールにソラドはホッホッホと笑っている。


「酔わずには毎日を過ごせませんので」


 キールはズズッと鼻をすすった。


「ホッホッホ、ずいぶんと惚れておるのだな、デイル様を」


 ソラドはニコニコとキールに発した。キールはブスッとしたままだ。


「さて、ここ数日天が示された。頂が変わるとな」


 キールは眉をひそめる。


「どういうことです?」


「おっ、さっきまでの木偶の坊が一気に去ったのお」


 キールはすでに酔いを彼方へと葬った。頂が変わる……つまり、国の頂が変わるということ。


「すでにヒャドは頂が変わっておりますが?」


 キールはそう言って、唇を噛んだ。


「それはすでに読んでいる」


 ソラドとキールらが出会った時に、ソラドは読んでいたことだ。そこにレミドが酒を持って戻ってきた。その隣には見慣れぬ者。


「ソラド様」


 その者がソラドに耳打ちをした。ソラドの表情ががらりと変わる。ソラドには珍しく険しくなった。


「キールや、すぐにデイル様の所へ。ヒャドの使者よりも早く行かねばならん!」


 ソラドはレミドから酒を奪うと一気に飲み干した。そして、有無を言わさず行くぞと席を立った。キールやレミドも慌てて席を立つ。


「何があったのです?」


 キールは歩きながら、いや小走りになりながらソラドに問うた。


「レミド、馬を調達せよ。国境で待ち合わせるぞ。お前は、ネザリア王に。キール来い」


 ソラドは矢継ぎ早にレミドと先程の者に告げると、小走りから走り出す。その歳に似つかわしくないほどに早い。


「噂が、いや奇跡が事を引き寄せたのじゃろうて。ふんっ、いつの世もおるのじゃな。無能な王は」


 ソラドはそう吐き捨てた。


「ザイール様のことですか?」


 キールの発言にソラドは頷く。


「最後の孝行じゃ、わしもクツナに行こう。ヒャドの現王ザイールは、クツナに使者を出した。『天の声を手にいれたヒャドに、姫を寄越せ』とな」


 キールは、怒気をはらんだ顔に変化した。


「『王の妃として姫を迎えよう。ヒャドの王子デイルが姫を連れてくるように』だそうだ」


「っざけんなぁぁ!」


 キールは思わず叫んだ。ザイールはサラの奇跡の話を聞き、その名誉をヒャドが掴もうと、いやデイルから奪おうとクツナに使者を送ったのだ。


『姫を拐った者が勝国である』


 最初の競い合いでのルールである。ザイールはサラの奇跡を聞き、デイルが姫を追ったのを聞き、その名誉をヒャドのものにしようと画策したのだろう。それは、北方の覇権をヒャドが手にいれたと示す、そうザイールは描いたようだ。ラフトから姫を拐ったのは、ヒャドである! と。ザイールの虚栄心がそうさせたのだ。デイルから奪ってやるとも。王の命令に逆らえぬと。ザイールはふんでいた。


「ラフトにネザリアの者を仕込ませたように、ヒャドにも潜入させているのだ。その者からの報せだ。すでに使者は出発しているじゃろう。寝ずに走るぞ」


 キールはソラドに従った。レミドが馬を準備する間に、クツナ行きの準備をした。ソラドの顔で、準備にはそう時間がかからなかった。馬にまたがる。


「行くぞ!」


 ソラドとキールは闇に向かって駆け出したのだった。


 ヒャドで燻っていた火種がもう一度クツナに飛び火した。優しい時間を過ごしているサラやデイルは、まだ知らない。


『双頭の牙がやはり噛み合うのか?』


 ソラドは駆けながら、思いを馳せる。


「ソラド様!」


 背後のレミドである。


「なんじゃ?」


 駆けるのは止めない。


「私はシェード様の所へ向かいます!」


「おおっ! そうじゃ! それはよい考えじゃ。キールとわしはクツナ。レミドは神官シェードと……巫女リザの所へ。再度落ち合うは、例の宿だ」


 レミドの馬が離れていく。キールは、気を付けてと声をかけた。レミドは軽く手を上げ応えた。


「キール、飛ばすぞ」


「はっ」


 もう一度事が起こるのだ。キールは酒を飲んだくれていたちょっと前の自分を羨んだ。飲んだくれていた方が幸せなのだ。事が起こることは、デイルを苦しませるのだから。


『だが、望んでもいた』


 キールは自嘲する。デイルはきっと決着をつけるだろう。サラ姫との穏やかな時間を奪うのは自分である。いや、ザイールが火を放ったが、それを望んでいたのだ。


『結局、デイル様に重荷を背負わせるのだな、俺は』


 キールは心の矛盾を押し込める。次第に明ける空が、キールの願望と自責の念を心の奥底に追いやったのだった。

次話更新本日午後予定です。

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