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籠の姫  作者: 桃巴


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31/41

暴君の強行

 ******



いつも夢を見る

青い空と緑の森

色とりどりの南の国


森の中の忘れ子は

今日も緑を駆けているだろうか

その指の双葉に陽があたる


忘れ子の指には双葉の指輪

片時も離れず守っている

誰の想いを背負っているのだろうか


遠く離れたこの地にも

双葉のしるしがあるは

なぜだろう




夢ではない真実がある

星を読めるは北方の特権

今もなお天を読むはどの国か


法衣に隠れた忘れ子は

今日も天に腕を伸ばすであろうか

その腕に揚羽蝶が舞っている


忘れ子の腕には揚羽の腕輪

片時も離れず守っている

誰の想いを背負っているのだろうか


遠く離れたこの地にも

揚羽のしるしがあるは

なぜだろう



 ******




 シンシアの独白が終わると、鼻声まじりの歌が流れた。静寂の中、歌が流れる。皆がその意味を知る。


「ルカニはアゲハ姫なのですね!」


 紅宮の屋根のフェラールが響かせる。


「ええ、そうですわ!」


 新たな参入者が現れた。リザとシェードと薬師である。リザはルカニ、いやアゲハを見る。あの日にネザリアに託した赤子を。そして、王の前でひれ伏した。


「王様! 逃亡の日、私はネザリアにアゲハ様を託しました。私が証人でございます」

「王様! ラフトの巫女リザからもう一人の赤子フタバ様を惑いの森に置いたのは私でございます」


 リザとシェードが告白する。あの歌が真実であると。シンシアの告白が真実であると。


「そうであったか……そうであったのか……」


 王は穏やかな表情でリザとシェードを労った。そこに暴君の姿はない。リザはルカニを見つめる。


「健やかに成長されましたね」


 ルカニは王に促されリザと対面した。リザはルカニの頬を撫でる。ルカニはなぜかわからないが、涙が溢れ落ちた。その対面をザラキも優しく見守っているが、ザラキの心は今にも駆け出しそうに溢れている。……フタバを、フタバのいるあの青き空の国へと。


「父上、私にクツナ行きの許可をお出しください!」


 ザラキは王の前で膝を着き頭を下げた。


「何をしておる、さっさと行かんか」


 王はザラキの肩に手を置いた。その口から、


「すまなかった」


 謝罪が紡がれた。ザラキは込み上げる。しかし、ここで溢れさせるわけにはいかない。瞳に力を入れて立ち上がった。そして、籠を見上げる。


「姫! フタバと会わせてくださらぬか?!」


 そこにサラの姿はなかった。シンシアとルクアが身を縮め立っている。


「……姫はどこだ?!」


 ザラキだけでなく、紅宮の屋根にいるデイル、フェラールも突如姿を消したサラに驚いた。先ほどまで歌っていたというのに。


「おい!」


 ザラキは籠にいる二人の侍女に再度問うた。


「姫は、姫は……まさか……」


「ちょーっと失礼!!」


 突如また新参ものが現れる。いや、新参ものではない。


 軽やかなる者は、悠々と中庭に降り立つ。どこから舞い降りたのかと皆が宙を見るが、全くわからない。さらに驚いたのは、その者の容姿である。


「え? ユーカリ?」


 籠の中からルクアが発した。


「そ! ユーカリ。ラフトじゃ、ユーカリ。クツナじゃエニシって名だ。ついでに、俺は男!」


 驚愕。


 一気にエニシが主役に踊る出る。


「本当は、ユカリっていう女がサラ姫様の付き人でラフトに入る予定だったんだけど、俺さ、ユカリに顔が似てて入れ替わったんだ。で、ユカリっつうのは、イザナ王子様の大事な子でさ!」


 そこでエニシはザラキを睨む。なぜか睨む。いや、わざと睨む。


「約二十年前、十歳のイザナ王子様が惑いの森で忘れ子を見つけたわけ。大事なその子がユカリ! 勿論、双葉の指輪を持ってたさ!」


 ザラキは目を大きく見開いた。


「あんたが俺にした全ては、本当はユカリ、いやフタバが受けるはずだった。……俺さ、あんたに髪引っ張られたよね? あれね、フタバの髪だから。で、覚えてる? 俺あんたに背中も押されたよね。あれ、フタバにするとこだったよ」


 エニシはここぞとばかりに、ザラキを責め立てた。が、その独壇場も次の一報で終わりを告げる。


「王様! クツナ国の王子イザナ様が謁見を願って門前に来ております!」


 エニシは、ヤベッと口を滑らす。そして、


「言うの忘れた。えー、イザナ王子様はフタバ様との婚姻を申し出るため、ラフトに向かっております! って、もう遅い? いちお、俺クツナの先見使者ってことだから」


 エニシはニヤリとザラキに笑んだ。王がザラキに合図を送る。


「すぐにお通ししろ!」


 ザラキはばつが悪そうにエニシを見て発した。エニシはニッシッシと笑った。エニシは籠をちらりと見上げた。ルクアとシンシアと瞬間瞳を交わす。その一瞬に、デイルはハッとし大声で叫んだ。


「姫はどこだ?!」


 と。


「そう焦るなって、もうすぐイザナ王子様と来るから!」


 エニシが答えた。


「違う!! サラ姫だ!」


 エニシはチッと舌打ちした。もう少し時間を稼ぎたかったが……と思いながら、イザナ王子とユカリいやフタバの到着に期待を寄せる。


 紅宮の屋根が騒がしい。


 そこでやっとイザナ王子が到着する。来るや否や、イザナはエニシの頭をゴツンと叩いた。


「イッテッ」


 エニシは頭を押さえる。


「御無礼お許しを」


 イザナは王に一礼した。それからザラキに向く。


「お久しぶりです」


 イザナはザラキに握手を求めた。ザラキはそれに応えるも、気もそぞろである。


「フタバは……どこです?」


 ザラキの声は震えていた。


「……こちらも訊ねましょう。サラはどこです?」


 ザラキは心を突くその静かな問いに拳を作る。


「いえ、間違えました。サラは健やかに過ごしていますか? フタバが健やかにクツナで過ごしたように」


 エニシの言葉より、より深くザラキの心がえぐられた。ザラキはグッと喉を鳴らした。黙する以外に応えようがない。イザナは辺りを見渡す。


「サラはずいぶん派手にやってくれたな」


 クックックとイザナは笑った。エニシも合わせて笑う。


「はい、籠になど収まるような姫様ではありませんから」


 エニシは中庭にそう響かせた。


「そうは思いませんか? 王様、ザラキ殿」


 イザナは強い眼差しを二人に向けた。それに王が答えようと前へ出る。しかし、イザナはその前にと……


「ユカリ! 不貞腐れてないで出てきなさい!」


 イザナは発した。ユカリは渋々イザナの従者の中から出てくる。


「ユカリ、こちらのザラキ殿がお父上だそうだ」


 ユカリはフンと横を向いて一向にザラキを見ない。イザナははぁとため息をついた。


「いやあ、このふてぶてしさやら、強情な感じは誰に似ていますやら?」


 そう言ってザラキを見る。それはサラも言っていたことだ。ザラキは思い出していた。サラとの籠の部屋での会話を。


「姫は、全てを知っていた。いえ、全てを調べてくださったのですね」


 ザラキは泣き笑いの表情だ。


「違う! 私はふてぶてしくないし、強情でもない! 怒っているだけです!」


 ユカリはキッとザラキを睨みつけた。ツカツカとザラキに前に歩み対峙する。人差し指をビシッとザラキの鼻先に向ける。


「エニシから聞いたわ! サラ姫様に対する無礼、決して許さないから!」


 ユカリの啖呵にイザナはやれやれと呆れ顔である。しかし、イザナはユカリの手の指の指輪がザラキの目前にあることを、フッと笑って見た。ザラキはユカリの指輪を見て、力が抜けていく。


「……フタバ……フタバ」


 震える手がユカリの指輪を包む。ユカリはビックリして手を引こうとしたが、ザラキがガシリと掴んだ。


「ちょ、ちょっと! 離し……」


 『て』とは言えなかった。ザラキの泣き顔を見たからだ。ユカリは唇を噛みしめる。ザラキをまたも睨む。


「認めない! 認めないわ!」


 ユカリは手を振り払う。


「だって、だって、そうじゃない! 私はクツナで、イザナ王子様やサラ姫様と大事に育てられたわ! 何の身寄りもない私を、クツナ国は包んでくれた。王子様だって、姫様だってみんな、みーんな……」


 ユカリは涙ぐむ。声が震える。それでも続けた。


「……それなのに、それなのに、あなたはサラ姫様に何をしたの?! ラフトはサラ姫様に何をしたの?!」


 ユカリはエグエグと嗚咽する。イザナはユカリを抱き寄せた。ユカリは子供のようにうわーんと泣きだした。王やザラキ、中庭に集まった者は自身の行いを恥じた。


「乙女を泣かしたままでいいのですか?」


 赤いマントがひるがえる。中庭に、フェラールが颯爽と現れた。屋根から下りて中庭に参入したのだ。もちろん、デイルやキールも。デイルはザラキを見据え言った。


「赤子が泣いていますよ。お子が泣いています」


 ザラキはユカリに手を伸ばす。イザナはそっとユカリをザラキに向けた。ユカリは拒む。


「すまぬ。すまぬフタバ。父が悪かった。ああ、そうだ。姫にひどいことをした。もうせぬ、もうせぬから……」


 ザラキはそっとフタバの頭を撫でた。とてもいとおしく。王もルカニの手を取ったまま、フタバに寄る。


「儂も悪かったのだ。ザラキだけじゃない。儂は……暴君であろうとした。先王が聖者と言われるなら、儂は暴君と言われようとな。……隠された犠牲者が出ぬよう、王の権力を隠さず行使した」


 聖者の狂行、そんなものがない王権でありたかったと。


「先王が聖者の狂行なら、儂は暴君の強行であろうな。皆、すまぬ。すまなかった」


 王は皆に頭を下げた。それから、ザラキと同じようにフタバの頭を撫でる。


「……フタバ、ザラキはな、儂の強行を防ごうといつも先に手を打つのだ。儂との会話の予行のように、姫に接していたのだろうな。こやつは優しさを隠す奴だから」


 フタバはゆっくり顔を上げる。


「父ちゃん? 爺ちゃん?」


 赤い顔で呟く。イザナはブッと笑った。


「ああ、こっちが父ちゃん、こっちが爺ちゃん。で、……本題に!」


 イザナはばっと片膝を着く。


「ラフト王様! ザラキ殿! クツナの王子イザナにございます! ラフトの王孫フタバ姫との婚儀を申し入れます!」


 水盤がイザナの声をラフトに響かせた。ザワリと空気が揺れる。少し経って、門前の方からも歓声が上がる。ザラキは答えを躊躇した。せっかく会えたばかりのフタバをすぐに嫁がせるのかと。イザナは少し顔を上げ、ザラキに向かって続けた。


「婚儀まで一年間、ユカリはラフトから姫として、クツナに輿入れ下さいませ! ラフトの正式なフタバ姫として!」


 ザラキに一年間を提案したのだ。さらにイザナは続ける。


「お転婆に育っています。ええ、とてもお転婆に。淑女の心得を教え込ませてください。クツナの後の王妃となりますから」


 フタバが目をパチクリと動かす。王とザラキは互いに頷きやっと笑顔を向ける。


「イザナ殿、こちらこそよろしくお願いいたします」


 ザラキは深々と頭を下げた。穏やかな、温かな空気が流れている。しかし、


「ミヤビ国フェラールにございます! 王様、私フェラール、アゲハ姫との婚儀を申し入れます!」


 フェラールが突如発した。それにいち早く反応したのは当のルカニである。


「イヤよ!!」


 王の手を離し、フェラールと対峙したルカニは、いつもの二人のようなやり取りをする。


「エセ王子のくせに」

「恥ずかしがらずとも良い、子猫ちゃん」

「恥ずかしいのはあんたの方じゃない」

「ああ、そうだね。こんなに大勢の前では恥ずかしがるのは無理はないね」

「はああ? ばっかじゃないの! 恥ずかしいのはあんただけよ!」

「いいのだよ、子猫ちゃん。嬉しさのあまり興奮してるのだね」


 二人のやり取りは場を和ませた。イザナは頃合いだとエニシに合図を送る。エニシ筆頭に数人の軽やかなる者が、中庭を去った。


「王様、南国一のさえずりですが」


 イザナの発言が再度場を引き締ませた。


「サラ姫は階下にいるのか?!」


 イザナより先にデイルが籠に向かって叫ぶ。シンシアとルクアは頭を横に振った。


「では、先ほどの歌声は「私にございます」」


 ルクアは答えた。皆が驚く。確かにあの鼻声の歌は、サラではない。


「サラ姫様は、朝方最後のさえずりとそうおっしゃいました! さえずりは羽ばたきましたわ! 青い空に向かって! 緑の森に向かって!」


 シンシアが告白しているうちに、ルクアが歌っているうちに、エニシが時間を稼いでいるうちに、イザナが王とザラキと会しているうちに、


「もうラフトにいませんわ!!」




 青きマントがひるがえる。

次話4/17(月)更新予定です。

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