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籠の姫  作者: 桃巴


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30/41

最後のさえずり

 その接触者は、軽やかなる者である。


『姫様』


 籠の塔の死角から声がかかる。


「準備は?」


 サラは月を見ながら答え問うた。そこに視線はいかない。


『二名ともに揃いました』


「え? 二人?」


 サラは驚いた。その者は、軽やかな声で答えた。


『はい、実は……』


 ……


 ……


 サラは大きく息を吸った。


「……不思議なものね。だけど、ええ、なんでしょう……すんなりこの事実を受け入れる気持ちがあるの。きっと、こうなると思っていたのかも、そんな予感があったわ」


『はい、俺もです』


 一瞬だけ二人は視線を交わした。


「では明日早朝」

『はい明日早朝』


 サラはまた天を眺める。


「あれが震える星かしら?」


 微笑んで言った。


 籠の宮二日目の夜のことであった。




******




いつも夢を見る

青い空と緑の森

色とりどりの南の国


森の中の忘れ子は

今日も緑を駆けているだろうか

その指の双葉に陽があたる


忘れ子の指には双葉の指輪

片時も離れず守っている

誰の想いを背負っているのだろうか


遠く離れたこの地にも

双葉のしるしがあるは

なぜだろう




夢ではない真実がある

星を読めるは北方の特権

今もなお天を読むはどの国か


法衣に隠れた忘れ子は

今日も天に腕を伸ばすであろうか

その腕に揚羽蝶が舞っている


忘れ子の腕には揚羽の腕輪

片時も離れず守っている

誰の想いを背負っているのだろうか


遠く離れたこの地にも

揚羽のしるしがあるは

なぜだろう




 ******




「これが最後のさえずりですわ!!」




 翌朝、サラは歌った。


 意味をなす言葉を、

 伝えなければいけぬ事実を、

 知らねばならぬ者たちへ、


 サラは歌った。




 その歌声にいつも心を安らげていた王は、ガバリと起き上がり籠の宮を見る。そして、歌が終わるや否や駆け出した。


 その歌声にいつも癒しを得ていたザラキは、一気に覚醒し、一気に駆け出した。歌声の最中に、籠の宮に向かった。


 デイルとフェラールはいつもより早く歌い出すサラに、慌てたように動き出す。予定では、歌うより前に籠の宮に侵入しているはずであったから。歌声の内容に驚愕しながら、籠の宮に向かった。


 双葉の指輪を持つものは、まだ宿である。

 揚羽蝶の腕輪を持つものは、門前に立っている。


 サラは水盤の中庭を駆けるザラキを確認すると大声で発した。


「ザラキ様! お止まりください!」


 今にも籠の宮に突進しようとするザラキを制した。ザラキはサラを見上げる。


「お前! お前は! 双葉の指輪を何故知っている?!」


「フタバを知っているからですわ!」


 そこに王が到着する。


「揚羽蝶の腕輪を何故知っている?!」


 王もザラキ同様に同じ問いを発した。


「生きているからですわ!」


 二人はサラを凝視している。場の糸がピーンと張りつめている。そこへ、


「戯れ言ですわ!!」


 マヌーサが怒りの形相で現れた。


「父上、兄上、あの者は単なる野鳥にすぎませんわ! 汚き野鳥め! バギとの不貞を隠すため、戯れ言を言っているのです!」


 マヌーサの金切声が宮殿に響いた。サラはマヌーサなど目にいれぬ。


「ルクア!」


 ルクアがサラの横に立った。ルクアは大きく深呼吸して、口を開いた。


「私は不吉な子です!」


 止まらない。止まることなどない。ルクアはここにいるいきさつを話しはじめた。


「巫女になる、兵士になると育てられました。あの離宮でです。あの宮から出ることはなかった。王様が成された政変の日まで!」


 王もザラキも、マヌーサも驚いた。


「では、お前は……」


 王もザラキも身しるしをルクアに探す。


「わ、私は、私は、ヒャドの孤児です」


 その言葉に王とザラキは肩を落とす。もしかして、もしかしてとの希望を王もザラキも思っているのだから。


「あんた! ふざけないで! 不吉な子は逃げたのでしょ! そいつは下っぱの侍女じゃない! 何が不吉な子よ!」


 マヌーサが叫ぶ。サラはちらりとマヌーサを見た。醜く顔を歪ませているマヌーサを。


「シンシア!」


 サラはその名を呼ぶ。マヌーサの眉にしわが寄った。シンシアは告げた。


「助かるには、そう発するしかありませんでした。逃がしたと言えば助かると」


 シンシアは王とザラキに深々頭を下げた。


「私は、あの日混乱の中離宮を出ました。訳もわからず、人の波にのりたどり着いたのは華宮です……今は黒宮ですが、あの当時は侍女らが大勢いた華宮です。私は新入りの侍女と間違われ、過ごしてきたのです」


 ルクアは告白した。胸に閉まっていたものを吐き出し、涙が溢れ落ちる。


「嘘よ!! あんたが不吉な子であるはずはないわ! 私はあんたなんか見たことないもの!」


 マヌーサはルクアを睨み付け、言葉を吐き出した。不吉な子の世話を一切しなかったマヌーサが、ルクアを認識するはずはないのだから。そして、王に向かう。


「父上! 不吉な子は逃げたのです、ブランカ姉上がヒャドに」

「黙れ!!」


 ザラキがマヌーサを遮る。しかし、マヌーサは止まらない。


「父上、全てはヒャドのせいですわ!」


 サラはマヌーサの言葉に、諦めたように大きく息を吐き出した。


『ここまでですわね、戯れ言に付き合うのは……』


 サラはマヌーサをキッと見つめた。そして、


「いつまで隠れておられるのです! 出てきてください! ヒャドに汚名が注がれているのですよ!」


 サラは紅宮に視線を移す。


 デイルは突如名指しされたようなもので、驚き動けない。フェラールは諦めたように紅宮の屋根に立ち上がる。デイルもフェラールに促され立ち上がった。宮殿がざわつく。黒宮から兵士が一斉に紅宮へ向かった。


「王様! アゲハ様を連れてきた者を捕らえるのですか?! デイル様、フェラール様が王様にお子を返しに来たのですよ! ネザリアに頼まれて!」


 王はカッと目を見開き、兵士を制する。


「待て! 我が命じるまで動くでない」


 サラは王から視線を反らさない。こくんと頷き、続ける。


「王様、ネザリアからの親書をお受け取りくださいまし。私への詰問はそれからでも良いでしょう。……もしその目に揚羽蝶の腕輪を映せぬなら、喜んで首を差し出しますわ。よろしいかしら、マヌーサ様」


 マヌーサは高らかに笑い出す。


「ええ! 結構よ! その戯れ言すぐに明かされましょう。首を差し出すがいいわ」


 王は、バギに指示を出した。しかし、マヌーサはそれが納得いかない。


「父上、その者は野鳥の手先。別の者に」

「黙れ!」


 王は一喝した。ギロリとマヌーサを睨む。マヌーサは小さく一歩後退し、王の視線から目を反らした。あの噂を信じる者などいないのだ。何故なら、サラはずっと籠にいたのだから。その不貞とやらをできる状況にない。ベッドまで籠に移したのだから。


 バギを待つ間に、ザラキは自分の番だと王に合図を送り、王は頷き応じた。ザラキはサラを見上げる。


「フタバは生きているのか?!」


 サラはザラキに視線を移した。


「北の対なるは南。不吉の対なるは吉。不吉を転じるは南へ」


 穏やかな声で、サラはザラキに告げる。


「独りの巫女が気づいたのです。不吉を転じるため、お子を南に送ればいいと。約二十年前、惑いの森に忘れ子が置かれましたわ。唯一持っていたのは、双葉の指輪です」


 ザラキの目は血走る。


「指輪を持ってたからって! 腕輪を持ってたからって! フタバとアゲハである証拠にはならないわ!」


 マヌーサが叫んだ。


「赤子らと巫女らの逃亡の時、混乱で指輪も腕輪も入り交じったのよ、いいえ、金目の物は巫女が売り払ったかもしれないじゃない。それを持ってるからって、名乗り出てくるなんて……このラフトを乗っ取るつもりね!」


 あまりに誇大な妄想であるが、確かに証にはならない。答えぬサラに、マヌーサはしてやったりの顔になった。王やザラキにも目を向けて、自身の言っていることがさも正しいとの態度である。サラは待つ。答えずとも、答えはやって来るのだから。そこに、バギに連れられてレミドとルカニが入ってきた。


 レミドとルカニは場の状況が掴めず、オロオロと周りを見る。紅宮の屋根にデイルとフェラールの姿を確認すると、驚き焦り出した。作戦は失敗したのだと。


「レミド! 我らのことは構うな! 親書をお渡ししろ!」


 デイルは命じた。レミドは、深呼吸して王の前へと進む。一礼し片膝をつき親書を掲げた。ルカニも慌ててレミドの横に着く。


「ソラド長官からの親書にございます」


 王は親書を受け取った。手に取った王は親書を見ない。親書よりも重要なモノが見えている。地面に着いたルカニの手首にあるのは、


「王様! 揚羽蝶は舞うものですわ。何故地面に置くのです?!」


 サラは発した。王の目は、サラには向かない。ずっと、ずっとルカニにある。王は親書を見ずにザラキに渡した。その間も王の目はルカニを見ている。王はルカニの前に膝を着き、ルカニの両腕をガシリと掴んだ。驚いたルカニが顔を上げる。


「よぉ、似ておる」


 王はルカニの顔に懐かしさを感じていた。


「お前の母の若い頃にそっくりじゃ」


「え? 母を知っているのですか?!」


 ルカニは王の発言に反応し問うた。


「父上! 騙されないでくださいまし! その女はラフトを乗っ取るつもりです!」

「黙れ! 成りそこないめ!」


 マヌーサの発言をザラキがまたも制する。マヌーサとザラキは睨み合った。しかし、ザラキはふんと鼻を鳴らし、手の物を読み上げた。ソラドからの親書を。約二十年前から続くネザリアの真実を。ソラドがデイルに告げたことを……


「……抗うために、不吉な子をラフトから拐った。お子の身しるしは揚羽蝶の腕輪。その腕輪を頼りに、どうか親御を捜してくださいと……そう、書かれております。ネザリアの王室は無関係であると、全ての責任はソラド長官自らにあるとのことが、告白されております」


 宮殿が静まった。皆、固唾をのんでいる。王とルカニを見て。


「聞いてくれ!」


 ザラキは叫ぶ。宮殿に響くように。全てに届くように。


「父上のお子と私の子は、不吉な子として生まれた! 皆も知っての通り、巫女に預けられ育てられることになった。私は子に双葉の紋章の指輪を、父上は子に揚羽蝶の紋章の腕輪を身しるしに渡したのだ!」


 ルカニとレミドの目が大きく見開く。いや、その場にいた者全てが。いや、サラだけは違っていた。知っていたのだ。


「ほれ、立たんか」


 王は優しくルカニに接する。掴んだ両腕を持ち上げて、ルカニを立たせた。


「よく、無事であったな。……ここまで育ててくれたことに感謝する」


 王はレミドに声をかけた。レミドは恐縮する。厳罰を与えられてもよいはずであるのにと。レミドらは、いや、デイルらも知らぬのだから、不吉な子が生けにえにされ、命を落としていることを。残酷な聖者の狂行で。それは、宮殿にいる者たちとて同じこと。黒宮の兵士らは、レミドに敵意を向く。王の子を拐ったネザリアの使者へと。


「止めなさい!」


 サラは兵士らに向かって叫んだ。


「ネザリアが拐わねば! ……そのお子は、死んでいたのですよ!」


 王はやっとサラに顔を向けた。そして、頷き兵士らを止める。


「い、今更、ラフトに来るなんて、何を企んでいるの?!」


 マヌーサはルカニを睨みつけた。そして、父である王に涙を見せる。


「父上……、父上……私マヌーサは、このラフトのことを思って言っておりますの。どんなに悪者になろうと、私は、私の役目ですもの」


 何と白々しいことか。それでも事情を知らぬ者からしたら、突如現れたルカニに不信感を抱くのは無理もなく、マヌーサが正しく思えるのは仕方ないことだろう。


「……不吉なお子が生きていた。ラフトに不吉な事が起こるかも」


 マヌーサはわざとらしくポツリと呟く。それは波紋のように広がっていく。


「北方の不吉を転じるは、南方にあり!」


 サラは波紋に再度石を放った。最初の波紋をかき消すように。サラとザラキの目が合う。サラは優しく微笑む。その笑みは紅宮の屋根にも向けられた。


「シェードと言う名を知っていませんか、デイル様!」


 突如問われたデイルは、すぐには答えられずにいた。そこに、埃まみれで汗をかいて現れたのはキールだ。崖を必死で降りたのだ。黒宮の兵士らがまたざわつく。


「追放された神官ですわ!」


 サラは再度発した。


「私が答えます!」


 キールが前へと出る。


「確かに追放された神官はおります」


 キールは息切れしながら続けた。


「天を読む。ヒャドも約二十年前、天を読んでいました。予言は神官と巫女で解釈が違いました」


 そこまでは、ソラドからも聞いている話である。しかし、ネザリアも知らぬ事がある。


「その神官は、天の予言を否定したと聞いております。そして、追放されたのです」


 神官が追放された。それが何だと言うのか? 皆が首を傾げる。マヌーサの放った波紋は、次のサラの言葉で打ち消される。


「その者こそ、不吉を転じ、双葉の指輪の赤子を吉に変えた者ですわ。いいえ、彼だけではありません。リザという巫女を知っておりますか? マヌーサ様」


 サラが放った一矢はマヌーサを驚かせる。


「な! 何よ! 何だって言うのよ?! リザなんて知らないわ!」


 マヌーサは発狂にも似た声を響かせた。リザ、その名にシンシアが反応する。


「シンシア、聞いて。リザは生きているのよ」


 シンシアは瞳に涙を浮かべた。


「巫女様は生きておられるのですか……」


 巫女と赤子の逃亡劇の時に、消えた巫女は十いる。その中には、天の巫女リザも含まれている。シンシアらと同じく巫女であるリザも。


「神官シェードが巫女のリザを救いました。いいえ、リザだけではありません。双葉の指輪を持つ赤子を助けたのです」


 サラは再びザラキに視線を移す。ザラキは待っている。横には王がルカニの手をしっかり握り立っている。ザラキの手が在りし日の赤子を抱いている。ザラキの両手は何かを包むように前へ出ている。サラは胸が熱くなった。


 ザラキは優しい人なのだ。

 わかっていた。

 だからこそ、最後まで……


「門前に、シェードとリザが居りますわ。王様、入城の許可を願えませんか?」


 王はすぐに許可を出す。


 しかし、そこでマヌーサが声を荒げた。


「逃亡した巫女よ! 捕らえなさい!」


 と。


 王はギロリとマヌーサを睨む。マヌーサは体を震わせながらも、声を出した。


「父上、赤子を拐い逃亡した巫女です。捕らえなければ、示しがつきません」


 その目はすがるように王に向けられた。マヌーサの瞳が、ルカニの手を握る王の手を見ている。


 サラは思った。マヌーサは十歳から成長していないのだと。だからこそ、サラは冷徹になる。そうしなければ、終らぬからと。


「可愛いお子たちをマヌーサ様に託されましたね、王様、ザラキ様」


 サラの発言にマヌーサがびくんと体を跳ねさせた。


「まだ、十歳の子に子を託す。十歳の子は妬んだのでしょう。自身に向けられた愛情が、赤子に移ったように感じて」

「うるさい!!」


 マヌーサが発狂する。


「うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!」


 マヌーサの周りにいた者らは、いつの間にかマヌーサから距離をとっていた。マヌーサは周りを睨みつけた。


「赤子の世話などしなかったのです。十歳の子は赤子の世話などしなかった」


 マヌーサはサラに血眼を向けた。しかし、その血眼に答えたのは、


「リザ様が、アゲハ様とフタバ様の世話をしておりました」


 シンシアである。サラと入れ替わるようにシンシアが前へ出た。サラは退いた。ここからはシンシアの出番である。


「聖者の狂行」


 シンシアは中庭を見渡して声を響かせる。皆が知らぬ真実を告げるため。王とザラキが背負った重荷を皆に伝えるために。シンシアらがサラに伝えたあの話だ。


「……お子達は『生けにえ』にさせられたのです!!


ーーーー


ーーーーーー」


 シンシアの独白は、籠の塔から城下町にまで届いているようだ。この日、ラフトは静まり返っていた。いや、この日だけではない。毎日のさえずりは、その時間を静かなものに変えていたのだ。だからこそ、静かな町は聖者の狂行を知ることになる。門前には次々と人が溢れてきた。皆が聞いていた、


 聖者の狂行を。

 政変の真実を。

 王とザラキの苦悩を。


 そして、


 奇跡を。

次話更新本日午後予定です。

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