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籠の姫  作者: 桃巴
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籠の塔①

 朝陽が塔を色づける。


 毛布にくるまって、サラは一夜を過ごした。ブルッと震え、サラは目覚める。縮こまった体をさらに小さく固まらせ、自身の体温を抱きしめた。南国とはいえ、籠の部屋では夜の外気が肌をさす。暖もとらずの一夜である。サラの体は冷えきっていた。


 ーーザッザッザッーー


 外から音がする。サラの冷えた体に力がこもる。興奮が体を熱くさせた。


『もうたどり着いたというの?』


 サラは心の中で発した。音の方から遠ざかるように床を這う。王子らの誰かが塔を登っている。サラはそう思ったのだ。


 ーーザッ「おっとっ!」ーー


「え?」


 聞き覚えのある声であった。サラは立ち上がり籠の窓に近寄る。


「サラ姫様、おはようございます」


 エニシが塔を器用に登ってきていた。


「エニシ! 気をつけて!」


「はい! お任せを。背の物を渡しましたら、すぐに降りますのでご協力ください」


 エニシはそう言いながらサラの所に登っていく。サラはヒヤヒヤしながら見守った。エニシは左右に飛び移る。少しずつサラに近づいていく。


「サラ姫様、王様から言伝があります。本日、歌わず待てと」


 サラはその言伝に小さく息を吸った。エニシがサラの近くまで登り詰める。


「勝国が決まったら、歌えとのこと」


 サラはキッとエニシを見つめる。そして、答えた。


「ええ、必ず歌うわ!」


 エニシは笑った。サラの力強い答えを聞いて。


「よっと」


 エニシはまた左右に動く。そうしなければ籠は崩れるのだ。


「背に朝食が入っております。再度そちらに行きますので取ってください」


 そう言い終わると同時に、エニシはまたサラの前にきた。サラは素早くエニシの背から荷物を取る。


「サラ姫様、イザナ様からも言伝が。七人もいるから、選べばいいと企んだ笑顔をしておりました」


「まあっ!」


 サラは笑った。エニシはその笑顔を見ながら降りていく。


「兄様に言伝を! 青きイチリンをありがとう……そう伝えて!」


 エニシは地上に降りてから答えた。「必ず!」と。


 エニシが見上げる塔に、入口はない。昨日、すでに入口はレンガで封鎖された。最上階の籠の部屋も、扉は固められ塔内には通じない。石を積み上げた塔に外階段もなく、サラのいる籠の部屋に登る手段はひとつだけ。籠の部屋から垂れ下がるいくつもの蔦。それを駆使し登る以外に方法はない。ただ、その蔦は軟弱な籠の部屋に繋がっているのである。一本の蔦に体重をかけて登ろうとすれば、籠はいとも簡単に壊れ、蔦と共に落ちる。登るは容易にあらず。体の軽いエニシは、垂れ下がるいくつもの蔦を渡りながら、少しずつ登ったのだ。左右に飛び移りながら。


 走り去るエニシを見送った後、サラは森に視線を移した。点在する煙。隊はもう少ししたら動き出すであろう。


「……」


 サラは言葉を飲み込んだ。いや、言葉などに表せることのできない想いがある。ゆえに、サラは森を見つめることしか出来なかった。そして、気づく。


「煙は六つ……」


 消えた一つの煙は……




***




 明ける空の色はいつだって人を魅了する。


 眺めていたい、そんな気持ちに蓋をして、デイルらは歩みを止めない。皆無言でデイルの背を追った。他国の隊はまだ寝ているだろう。気づかれぬように、皆無言であるのだ。


 デイルはふと歩みを止めた。背後の隊も静かに歩を止める。前方の草が小さくまたもやカサッと音を出した。デイルは息を殺し屈む。もちろん背後の皆も。だが、音はそれだけで何も気配はない。デイルは、不思議に感じながらもゆっくりと進みだす。警戒しながら、屈んだ姿勢のままに。


『空は清んでいる。だが、この森はどうも肌に合わん』


 デイルのそんな気持ちと同じで、キールも眉間にしわをよせた。


「デイル様、少々……」


 小声でキールはデイルを呼び止める。


「何だ?」


 もちろんデイルも小声でそう返した。


「気味が悪い森ですね。昨日は感じませんでしたが」


 隊の者らも一様にそう感じていたのか、目を伏せて頷いている。


「惑いの森か。キール、方向に問題はないな?」


 デイルは空を見つめる。薄らんだ空はやがてくる覚醒を待っている。


「はっ、間違いないかと。しかし、陽が昇るまで一旦留まりましょう。天読みの空は消えましたので」


 デイルらは、一旦留まった。陽読みを確認してから進むためだ。キールは懐から紙を出して見ている。キールの天読みで森を進んでいた。明ける空から星は消え、陽を待っている。


「森の入口より真南が城。南東方向が塔。その情報が正しければ、そろそろ視界にとらえてもいいはずですが」


 キールはそう言って目を細めた。広げた紙に影が生まれる。


 ーーカサッーー


 またも気配なき気配が音をたてた。キールは頭上を見上げた。


「上空は風があるのか?」


 そのキールの呟きに皆が視線を空へと移す。


「葉が落ちる音」


 デイルもまた呟いた。


「しかし、葉が落ちるのは枯れてからではないのですか?」


 キールは困惑しながら森を眺める。枯れた木などない。


 ーーカサッーー


 キールの持つ紙に葉が落ちた。デイルはその葉を摘まむ。ヒャド国にない植物の葉は、まだ緑鮮やかだ。デイルは手の平ほどの葉をくるくると回す。


「なるほど」


 ニヤリと笑った。その顔で皆を見る。そして、「正体はわかった」と言った。


「え? あ、はい?」


 キールはわかっていない。デイルは続ける。


「キール、陽が昇った。方向にズレがあるはずだ。確認しろ」


 キールは訳がわからず、それでもデイルの命に応えた。キールは紙と空と視線を行来させた。そして、「んんっ?」と喉を鳴らした。


「ズレております。少しですが南東でなく東よりに」


「ああ、そうだろうな。少しずつ方向がずれる。なんとも優秀な森だ」


 デイルは葉をくるくるしながらフッと笑った。


「さあ、出発しよう。陽は昇った。深夜に動いた我らが隊は、他国を抜きん出ているはずだ。いいか、一気に進むぞ」


 デイルはそう声を発すると走り出した。


「デイル様?!」


 慌ててキールらは後を追う。キールには惑いの正体はわからないが、デイルの背が言っている。惑わず着いてこいと。デイルは迷わず塔に向かっていた。時折葉がカサリと笑う。つられるように、デイルも笑んだ。


『悪いな、俺は惑わされん』


 そう応えるように、笑んだのだ。




『チッ、イザナ様に報告せねば』


 走り出した隊の遥か上方、ユカリは舌打ちした。視線はヒャド国の隊を追う。気配は感づかれていないはずだ。すぐにイザナに報告に向かいたいところだが、ユカリはクツナの掟を破らぬよう、そこに留まっている。クツナの掟、森の掟、惑いの正体である。それを見せぬよう、ユカリは留まっている。ヒャド国の隊がユカリの視界から消えた。ユカリは素早く動いた。森の枝を渡っていく。城の方に向かって。ユカリもエニシと同じく身軽である。いや、惑いの正体らは皆身軽であるのだ。


『あの王子……』


 ユカリは奥歯を噛み締めた。盛大に音をたて移動している。それほど騒々しくできるのは、ヒャド国の隊が抜きん出ているためである。他国の隊にはもう気づかれぬほど、離れているのだ。そのヒャド国の隊も視界から消えた。ユカリは全速力で陣に向かっている。


『深夜の進行に、天読み、陽読み、……惑い葉をよくも見破った』


「それに!!」


 ユカリは堪らず声を出す。


「ヒャドのせいで! クツナは、姫は!」


 叫ぶように地面に着地した。城側の森の入口。森を抜け、ユカリは草原に出た。すぐ前方に陣がある。


「ユカリ様! 何かあったのですか?」


 警備の配下が近寄ってきた。


「イザナ様は何処だ?! ヒャドが抜きん出た!」




「では、惑い葉を見破ったのだな?」


 ユカリの報告を聞いたイザナは低い声で確認した。


「はい。深夜の進行もしております。いち早く森を抜けるはヒャドになりましょう。あのヒャドに!」


 ユカリは不機嫌に放った。だがイザナはフンッと鼻で笑う。


「それくらいでなければ、サラは託せない。それに、ヒャドの王子は惑いの正体を明かさなかったのだろ。わきまえているではないか」


 そうである、デイルは正体を隊の者に明かしていない。安易に口にしなかったデイルに、イザナは好感を持った。好感だけではないが……


 惑い葉が落ちれば、警戒する。音を出すものに警戒するのは当たり前である。そして、その警戒の行為が方向を微妙に惑わせるのだ。惑い葉は少しずつ方向をずらしていくもの。遥か上方で、クツナの身軽な者が葉を落とす。


「自身にのみわかればいい。私でもそうするさ。それが武器にも盾にもなるからな」


 イザナは鋭い視線を森に向けた。そんなイザナの視界にエニシが映る。


「イザナ様!」


 イザナに駆け寄ったエニシは、


「サラ姫様はお元気でした! 歌うと、必ず歌うと。青きイチリンをありがとうと!」


 矢継ぎ早に放った。


「ああ、わかったよ。エニシ、帰ってきたところ悪いんだが、すでにヒャドが塔に到着するようだ。先に行ってくれ」


 イザナはエニシの肩を掴むとクルリと体を回転させた。そして、エニシの背をポンと押す。


「え? えーっ?!」


 エニシはイザナに操られ走り出す。


「ちぇっ、わかりました!」


 再度森に入っていくエニシをイザナらは笑いながら見送った。そして、


「ユカリ、ユカリはいいな?」


 イザナはユカリに命を出す。いや、確認した。ユカリは頷く。


「はい、出立の準備を致します。サラ姫様は私がお守りします」


 ユカリの眼差しが揺れた。


「すまないな。女を捨て、私についたお前にまた女に戻れと言うとはな」


 ユカリは頭を横に振った。


「私はクツナ国に、いえ、イザナ様に救われた身です。男でも女でもない、人としてただ恩返しがしたいのです。サラ姫様の付き人となるは光栄にございます」


 ニッコリと笑い、しなやかに膝を曲げたユカリは、淑女のようなしとやかな所作をイザナに見せた。


「ユカリ、所作は完璧だ。しかし、問題は言葉遣いだな。感情が高ぶると乱暴になるだろ?」


 イザナはユカリの頭をガッシと掴んだ。一くくりにまとめた髪をとく。ユカリの髪がハラリと肩に落ちた。イザナは手ぐしでそれを撫でる。ユカリはゆっくりと顔を上げる。


「そうですね……クソッとか、もう言えませんね。うふふ……グフフ」


 気持ちの悪い笑いをイザナに返した。


「おい! 気味が悪い笑顔はよせ。ったく、まあいいさ。そのままのお前でいい。それがサラの支えになる」


 イザナはユカリのおでこをペチリと叩く。


「はっ!」


 ユカリはニヤッと笑う。だが、その笑顔も一瞬だけ。強い眼差しで互いに頷き合った。


「では、今までありがとうございました。お体に気をつけて……失礼しますイザナ様」


 ユカリはイザナに背を向けた。


「お前もな。口には気をつけろよ」


 背に返した。




 サラに唯一ついていく侍女。それを決定したのはイザナだ。配下のユカリを選んだ。


 惑いの森に置き去りにされた赤子であったユカリ。そのユカリを見つけたのは、森に鍛練に来ていたイザナであった。生まれたばかりの妹と同じ赤子を、少年だったイザナは真っ先に見つけたのだ。


「妹を二人も奪われるのか」


 ユカリの小さくなった背に、イザナは哀しげな瞳で呟いた。


「ヒャドか」


 イザナは森に視線を移す。そのさらに北方に、見えぬ地に想いを飛ばす。


「いや、まだわからぬ。サラを託すはあれを登った王子だけ」




***




「な……んだ?」


 森をいち早く抜けたデイルが目にしたもの。それはイザナが言ったあれである。


「籠?」


 石造りの土台に乗っているのは籠である。そう、あれはこの籠の塔。


「デイル様!」


 キールらはやっとデイルに追い付く。そして目前の塔を唖然と眺める。


「これはいったい……」


 そんな言葉しか出てこない。


「なるほどな。クツナの王は我ら大国を皮肉ったのだな。南国一のさえずりは籠の中……か弱き小鳥に精鋭隊が群がる。さぞ見物であろうな、我らはクツナの王にしてみれば、失笑せざるをえない競い合いをしているのだからな!」


 デイルは大声で叫ぶ。怒りがこみ上げてくる。クツナに対する怒りではない。やはり、この競い合いに参加をしている自身に怒りがこみ上げるのだ。


「デイル様……」


 キールは何と言っていいかわからず、ただ名を呼んだだけであった。デイルは籠を睨んだまま立ち尽くした。

次話更新4/3(月)予定です。

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