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籠の姫  作者: 桃巴


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28/41

籠の宮へ

 盛大な音楽が奏でられている。


 籠の宮は王宮殿に次ぐ高さを誇っている。今まで、入口としての宮であり、低位の者が仕事をする場であった宮が、王宮殿の次に格上げされた。王がサラを気に入っているからである。サラのさえずりを好んでいるからである。紅宮のマヌーサは悔しそうに、サラが黒絨毯を歩むのを見ていた。


「野鳥ごときが!」


 怒声を発しても、盛大な音楽にかき消される。


「宮に入ったら、流せ」


 マヌーサは侍女長に耳打ちした。


『バギと不貞、いいな?』


 侍女長は頷く。その視線がサラへと移った。今日もサラはバギらの警護が隙なくついている。




「サラ姫様、ごきげん麗しゅう」


 水盤の中庭では、貴族の娘らが王の寵愛を受けるであろうサラにすり寄っていた。サラはその顔に見覚えがある。お披露目の日に、サラのドレスを蔑んでいた娘だ。周りの者もそう……皆、手のひらを返したように、サラにへつらっていた。


『王様は……』


 サラは思いを巡らせる。


『王様は、どんな日々を送っておられたのかしら。このように、へつらう者に囲まれて』




***




 そのサラを籠の宮の最上階から、つまり籠の部屋から見つめるザラキは、心の中でブランカを思う。フタバを思う。本来水盤は神殿であったから……想いが溢れ出した。


 王は、我が子が生けにえとさせられた事実を隠したまま、政変を成し遂げていた。先王の狂行を掲げずの変である。それさえ掲げれば、きっと暴君と揶揄されることはなかったであろう。さらに、妃らを理由なく斬殺したことで、各国からは一線をおかれていた。どの国もラフトに姫を出そうとはしない。政変も斬殺も正当な理由はあった。政変は先王の狂行。斬殺はそれを知っていたマヌーサの母を。王は、マヌーサの母を一年監禁し、正妃として表舞台に立たせた後斬殺したのだ。


 そして、ブランカ。ザラキの妃ブランカは、マヌーサによって陥れられた。マヌーサはその口で、その嘘を連ねる口で、『逃げた子の居場所をブランカ姉上は知っている』と父である王に囁いた。『自分のお子だけ助けた』とも付け加えて。その頃はまだ王もザラキもマヌーサの言葉を信じていた。なぜなら、過去に赤子を逃がそうとした事実がある。助けるためでなく、赤子を疎ましく思ってのことであったが。そして、二度目は自身の母を裏切ってまでの告発だ。マヌーサが、子のために奔走している印象を王もザラキももってしまった。


 しかし、色々と調査を続けていたブランカだけは騙されなかったのだ。巫女の侍女シンシアらがブランカについたにもその理由がある。マヌーサに対して不信を抱いたブランカは、距離をおく。それがマヌーサを刺激した。真実が暴かれるかもしれないと、マヌーサは焦ったのだ。そして、父に耳打ちする。『自分のお子だけ助けた』と。そんなことを聞いてしまえば、王の心は波打つだろう。冷静ではいられないだろう。ブランカは追い詰められる。マヌーサは巧妙であったのだ。


『政変時、逃げたお子は誰のお子でしょうか? 姉上は、調査と言ってヒャドに向かわれておりました。密通していたのです』


 確かめようのない隣国ヒャドを出して、ブランカを追い詰める。筋は段々と、ブランカの密通の話になっていく。生けにえや不吉な子のことは、大々的にはならない。公には黙していたことだから。マヌーサの口に、王もザラキも惑わされた。ブランカは追い詰められても、黙していた。マヌーサがその口でたぶらかすなら、自分は何も喋らないと。やましいことなどないと、決して釈明などしなかった。


 王とザラキにどちらが真実かを見極めてほしかったのだ。見極められると信じていた。しかし、頭に血がのぼった王とザラキは、最悪の判断を下した。ブランカはそれでも黙した。王が『子はヒャドにいるのか?!』と迫っても。ザラキが『ヒャドの男は誰だ?!』と迫っても。


 そして、……斬殺の最後の時に、


『フタバ! 転じて吉となれ!』


 その最後の言葉に、ザラキはハッと目覚めた。ブランカが自身の死と発言をもって、最後にザラキ自身を取り戻させたのだ。元々、ブランカはあの食事会で自分の子はいないと言っていたではないか。ブランカはずっとフタバを捜していたのだ。ヒャドとの密通……そんなことは決してないことだ。いや、最初の筋はブランカが自分の子だけ逃がしたと、マヌーサが告げたことではないか! そう、ザラキは心を焼くような後悔と苦悩に襲われた。


 ブランカは、生けにえの事実を知ってもなおフタバを諦めていなかった。生けにえにされた……そう思ってもいいはずであるのに、逃げた子がフタバかもしれないと、必死に捜していたのだ。そのことを、密通するため、ヒャドに行くためにそのようなふりをしていると、ザラキに言ったのはマヌーサである。ブランカは最後の時までフタバを思って言葉を遺した。潔白をザラキに訴えたのだ。最後の刻の言葉ほど、想いのこもった言葉はないであろう。


 ザラキは、ブランカの死の後から、人を信じなくなった。人の言葉を信じなくなった。例え同じ痛みをもつ王であってもだ。マヌーサの言葉ならなおさら。他人の言葉ならまず疑った。こうして、今のザラキは作り上げられていった。


 水盤の水面が揺れた。陽の光がゆらめく。ザラキはいつも心の中で呼んでいる。


『ブランカ』


 その名前を。




「サラ姫様、ご到着にございます!」


 ザラキは振り返る。


「ようこそ、籠の宮へ」


 そう言って鼻で笑った。どうせ、サラは抗うだろう、歯向かうだろうと、ザラキは厭な王子をサラに見せるのだ。


 サラは穏やかに笑んで、ザラキに一礼した。淑やかな所作である。


「ふんっ、いまさらだな。態度が変わったからといって、俺は気を許したりはせん」


 サラに凄んで見せる。サラは、


「アッハッハ」


 と大声で笑った。ザラキは『ほらな』とサラの抗いに満足する。抗う者こそ、ザラキには必要である。へつらう者は、口を歪ませ王やザラキに甘言するものばかり。


「ザラキ様、もう額は大丈夫ですか?」


 サラはコツコツとザラキに歩み寄り、その額に手を伸ばした。ザラキはその手をパチンと振り払う。


「姫こそ、もう手は大丈夫なようだな」


 振り払った手は、王宮殿で傷を負った手である。ザラキは振り払う時に、サラの手を確認していた。


「バギが言っておりましたわ。本当はお優しい方ですと」


 サラはまた穏やかに笑む。いつものサラの様子とは違うことにザラキは警戒した。


「そうやって、すりよるのはよせ。俺はなびかんぞ」


「その強情さを私は知っています」


 サラは思い出していた。こんなに似ているではないか。サラはザラキを見つめる。ザラキは顔をしかめた。立ち去りたい衝動にかられ、ザラキはサラに背を向けた。


「朝晩のさえずり忘れるなよ!」


 捨てゼリフのように発して、籠の部屋から出ていった。サラは、胸に手をあてる。クツナの塔で抱きしめていたあの一冊を思い出して。


「必ず、悪夢を終わらせる。終わらせてみせるわ!」




***




 城下町。


 レミドとルカニは、ネザリアの協力者と落ち合うため、ある場所に来ていた。


 王宮殿に潜ませている協力者は三名。一名は昨晩、水盤の石垣に紙面を押し込めた者。黒宮で一兵士として勤務している。紙面は籠の宮の地図である。そして、紅宮にも一名。針子として入っている。紅宮への潜入が一番厳しかった。貴族出の娘中心の紅宮であるからだ。しかし、そうと言っても貴族の娘ばかりでは、水番などの仕事は到底できず、宮は運営できない。そこにやっと潜入できたのは針子としてであった。


「その宮に入ると中々城外には出られぬのです。それで、今度は元門前宮である『今は籠の宮』に、一名潜ませました。その者が……あ」


 レミドはフェラールの従者たちに説明しながら歩み、前方の人影に気づくと大きく手を振った。


「レミド様」


 女は一礼した。ルカニはじっとその女を見る。ネザリアにいたものなら顔見知りかもと。ルカニは、見たことはないが、どこか懐かしく感じていた。


「ルカニ、ご挨拶しなさい。お前の乳母だよ」


 ルカニはビックリするが、その瞬間の間は続かない。女がルカニを抱きしめた。ビックリを通り越し、頭はまっ白になっていた。


「これこれ、嬉しいのはわかるが、ルカニが固まっている」


 レミドが女をルカニから離した。女はそれでもルカニの頬を撫で、背をさすりと忙しい。


「よくここまで来ましたね。あんなに小さかったお子が、ここまで大きくなりますとは」


 涙を流す。ルカニは気恥ずかしい気持ちになった。


「ちゃんと腕輪はしてきたかい?」


 ルカニの右腕を引っ張り、その手首に腕輪を確認するとうんうんと頷いた。


「もう言ってもいいかい?」


 女はレミドに確認した。レミドは笑顔で応じた。許可を出したのだ。


「これはお前の身しるしだそうだ。離宮から拐ったときに、巫女が言っていた。ここラフトにこの腕輪を知る者がいるはずだ。お前はきっといいとこのお嬢様だよ。父と母を捜そう」


 ルカニはまた頭がまっ白になった。


「きっとお星さまが助けてくださる。震える星が出てるからね」


 女はレミドに顔を向けた。


「ああ、震える星が瞬いている。我々の抗いを応援してくださっておられる。頼んだぞ、デイル様らが姫を救いだす手助けを」


 籠の宮から外部に出る時の手助けのことだ。


「この者が手引きします故」


 レミドは従者らと引き合わせた。


「私とルカニは、ソラド様からの親書を持ち宮殿に侵入します。皆さんはこの者の手引きで。フェラール様とデイル様はすでに侵入し、キール様がその援護をしております」


 皆で計画を確認しあった。そして、最後に付け加える。


「ルカニはそのまま宮殿に残ることになるはずだ。ラフトの王様に、ネザリアが拐ったお子であると告げる内容がこの親書に記されているからね」


 ルカニはまたも驚き、頭がまっ白になる。


「その腕輪を調べられるのは、王様だけでしょう」


 レミドはルカニの頭を撫でる。


「長い間辛い思いをさせましたね。ラフトにいたならば、華やかな宮殿暮らしができましたし、父上母上にも会えたはずですから」


 レミドと乳母の女は、ルカニに深々と頭を下げた。ルカニは恐縮し、ただただ、いいえいいえと頭を横に振るばかりであった。


 ここは夜空を一望できる丘である。元は、ラフトの巫女らの祈りの場であった所。巫女制度が廃止され、荒れ果てていた。三年も手入れされていない祈祷の神殿は、草に侵食され、手入れもされず、天を読む塔も壊されている。


「ここなら、隠れ家として最適です。ここに来るものはいません。現王様は、巫女をけぎらいしておりますので、ここに来てわざわざ反感を買うものはいませんから」


 乳母の女は屋根も抜けた建物を案内する。


「もし、何かありましたらここに逃げてくださいまし」


 とも加えて。計画が狂ったとき、失敗したときはこの場で落ち合う。皆で頷き合う。


「さあさあ、ゆっくり休んでくださいね。私は宮に帰ります」


 乳母の女はルカニを一度抱きしめると、満足げにその足を宮殿に向けた。ルカニは乳母の背を見送りながら、なぜかフェラールの顔を思い出していた。フェラールがここにいたらどう言葉を発するだろうと……




 籠の宮入宮前夜に、

 デイルとフェラールは離宮の邸に、

 レミドとルカニは祈祷の丘に。

 そして、リザとシェード、薬師は……


 ……


 ……


「さて、先客がいようとはなあ」


 祈祷の丘に向かったシェードらは、先客を確認し思案していた。町に戻り、宿に泊まる余裕はない。


「どうする、リザ?」


 ここへはリザが案内していた。巫女制度が廃止されているなら、祈祷の神殿は廃墟になっているだろうと来てみたのだが……


「では、泉にいきましょう。ここから遠くはありません。この神殿の水源ですから」


 丘に背を向ける。その神殿に、約二十年前に託したアゲハがいるとも知らずに。




 ラフトに集う。


 しかし、まだだ。まだ役者は揃ってはいない。


「フタバは今頃何処でしょう」


 リザがポツリと呟く。


「コルドに任せておけ。今は、まず現王様に会わねばな。手はずをどうするか……」


 シェードを見上げ、リザは決めていたことを告げた。


「逃亡人自ら出向きますわ。逃亡した巫女だとね」


 シェードと薬師は落ち着かない顔をする。リザは笑った。


「王様やザラキ様に伝えなければならないもの。本当は三年前に来るべきでしたわ。現王様は、きっと先王の狂行を正すために、反旗を翻したはずだもの。ザラキ様のお子が健やかであることを伝えなければ」


 リザは力強く発した。ラフトに着いた時の不安は何だったのか。あの日の記憶がリザを襲っていたのだろう。


「ここに逃げて、そこから西に下ったのです」


 リザはあの日の逃亡を思い出していた。泉のほとりに小屋がある。そこに三人は入っていった。




***




 軽やかに移動する集団は、ラフト直前まで来ていた。


「ここだ。あの町の宿に泊まる用意を」


 先頭の者は、指を差す。集団は二班に分かれた。一班は町へ。二班は、


「潜入するぞ」


 先頭の男は、ニヤリと笑った。




***




 王はサラが籠の宮に入ったのを、王宮殿から眺めていた。その瞳にはザラキと同じように水盤が映る。


 自ら差し出した赤子が、命を落としたであろう場所を。王は知らないのだから。リザによって救い出されたお子が、今ラフトにいることを。リザもまたネザリアに託したお子がラフトにいることを知らない。


 因縁の者たちが、このラフトに集結しようとしていたのだった。




 サラは、ザラキが去った後、王宮殿に目を向けた。王は見ているだろうか?


「ルクア、シンシア」


 サラは二人を呼んだ。二人は階下から上がってくる。籠の部屋は一室のみ。鳥籠の部屋なのだ。その階下に生活する間が設けられている。さえずりの時以外はそこがサラの居場所になる。籠の中には飾りテーブルと椅子が一脚。籠を彩る草花と足元の黒絨毯が対比的だ。


「ここで過ごすわ。必要な物を上げて」


 その発言にルクアとシンシアは驚いた。


「こ、こちらでお過ごしになるのですか?」


 問わずにはいられぬだろう。自ら見世物になろうとしているのだから。


「歌う以外は、階下のお部屋でも……」


 とシンシアは言ったが、サラは首を横に振る。


「決行は三日後にします。それまで、湯とお花、着替え以外はここで過ごすわ。だから、ここに必要な物を上げて」


 サラの決意は固い。二人は決行と聞いて意識が高まったようだ。階下へ下り、準備をはじめた。


『私がラフトに必要だったのですわ、王様』


 サラは王宮殿に再度強い眼差しを向けた。それは、謁見時に王が言ったことへの返答だ。王はサラに言った、『……お前はラフトに必要なモノかと?』


「ええ、王様」


 サラは微笑んだのだった。

次話更新本日夜予定です。

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