双葉と揚羽蝶
ブランカは胸を何度も何度も叩いている。
ザラキはそのブランカの肩に手をおき、労っている。
「不吉なんて! そんなわけないじゃない! 純真な赤子を、そんなそんな!」
泣き腫らした目が真っ赤に充血していた。
「赤き星は不吉な現れ。神殿で預かって、面倒をみてくれるのだ。ブランカ、町で過ごすより安全ではないか。父上も言っていたではないか、王様のご加護であると。不吉な子であると肩身の狭い思いをしないように、王様は父となって預かるのだよ」
ザラキは優しく、優しくブランカを諭す。ブランカは頭を横に強く振った。
「肩身が狭くたっていいわ! 私の赤ちゃんよ! どうして、どうしてよ! 星ごときで、なぜ赤ちゃんを奪われなきゃならないの!」
そう叫び、ブランカは突っ伏した。ザラキは眉を下げブランカを優しく抱える。
「あの子の幸せのためなんだから。……そうだ、身しるしを考えよう。ブランカ、あの子の幸せの身しるしを」
赤子を渡す日がやってきた。ブランカの腕で安らかに眠っている赤子は、ブランカが刺繍した双葉の模様の産着を着ている。その首にはザラキが設えた双葉柄の指輪がぶら下がっている。
「フタバ、双葉はな、大輪を咲かせる一歩なのだ。お前が、大きな華を咲かせるよう願ってフタバなのだよ」
ザラキは赤子の頬を撫でた。ブランカは赤子から目を離さない。
「母を忘れないでね、フタバ。今度会える時、必ず父の贈った指輪をしているのですよ。母は必ずあなたを間違えないわ」
ブランカの声は途中から震え出す。屋敷の外に、引き取りの巫女が到着していた。
「お子をお預かりします!!」
扉の外から大きな声が発せられた。ブランカは小さく首を横に振り後退る。嫌だと全身が訴えている。しかし、義父と義母がアゲハを抱き、玄関の扉を開けた。
「いやっ! いやっ!」
ブランカは叫んだ。腕の中の赤子が泣き出した。
「ブランカ、大丈夫だ。王様が面倒をみてくれるのだ。さあ、我のアゲハも一緒だ、寂しくはない」
泣き叫ぶブランカの腕から赤子が引き離された。
「あぁぁぁぁ、フタバァァァァ」
ブランカは崩れる。ザラキがブランカを抱きしめた。
「会える。会えるさ。きっとまた会える。王様と巫女を信じよう」
……
……
「ダメだ!! 行くな!!」
ザラキは叫んで目覚めた。二十年前の自分に言ったのだ。寝汗がひどい。ザラキは頭を抱えた。
「『ブランカ』、すまない。すまない。許してくれ」
その頬に一筋が流れる。汗か……涙か。
ーードンドンッーー
『ザラキ様! 中庭に侵入者です!』
ザラキはバッと立ち上がる。
「すぐに行く!」
ザラキは汗で濡れた衣服を脱ぎ捨てた。四十半ば過ぎの男の熟した身体が現れる。ザラキはふと鏡を見た。鏡の中の自分は、二十年前とは違っている。三年前とも。ただ、その手を腕を……何かを包み込むように前へ出す。
鏡の中には、見えぬ赤子を抱くザラキが映っていた。
次話4/15(土)更新予定です。




