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籠の姫  作者: 桃巴


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潜入①

 お披露目から十日が経った。塔の上の籠は日に日に完成に近づいている。サラは今日も水盤の前で歌っている。その歌声に熱がこもるは真実を知ったから。


 眠れぬ王のために、

 二度殺されたお子らのために、

 人を信じられなくなったザラキのために、


 歌うのであった。




「サラ姫様、本日も警護いたします」


 お披露目からずっとサラには警護がついていた。あの五名である。


「今日もありがとう、バギ」


 サラは警護隊長に礼を言った。お披露目の日と同様に、バギ率いる四名がサラを四方で守り紅宮へと歩む。紅宮の主らは、歯がゆくその様子を遠くから眺めるのみだ。王が、サラを気に入っている。……寝夜を所望するほど。サラへの接触ができない。この状況はマヌーサの焦りを駆り立てた。


『……ちっ、ちっ』


 と親指の爪を噛みながら、マヌーサは舌打ちした。


『なんとか、邸に……仕掛けなきゃ』




「……のように言っていたそうです」


 ユーカリは、マヌーサの動きを報告した。サラはコクンと頷き、考え込む。


「何を仕掛けると思う?」


 サラは考えながらユーカリに問うた。


「そうっすねえ……、警護が厳しくて邸には近づけない。サラ姫様にも近づけない。できるのは、噂かな」


 ユーカリの言葉を耳にしながら、サラはブランカのことを思っていた。マヌーサにより陥れられたブランカ。そのブランカも噂によって追い込まれたのだ。


「そうね、ブランカ様のときと同じ手を使うか、それとも……」


 ーーバタンッーー


 突如扉が開けられた。ルクアが紅潮した顔で立っている。


「た、大変です!」


 ルクアの勢いにサラらはビックリした。扉のノックもせずに入ってくるほど、大変なのか? ルクアは大きく息を吸って、言った。


「姫様! 拐われてください!」


 さらにビックリな発言に、ユーカリは口をあんぐり開けた。ルクアの話すところによると、




『籠の鳥』

天の声の麗しき南国の小鳥が、ある日籠に入れられた。

小鳥を欲する国々が、南国目指してやってくる。

小鳥はさえずった。

『誰のものにもなるものか!』

小鳥は籠から翔び出した。

その背には羽はないのに……


落ちていく小鳥を呆然と見つめる赤の王子。

落ちていく小鳥の毛を引きちぎる黒の王子。

落ちる小鳥を大きな腕で受け止めた青の王子。


しかし、

小鳥は、

助かった小鳥は、


情熱の赤でもなく、

包容の青でもなく、

暗黒の黒のものになった。


ああ、哀しき悲劇の小鳥は鳴いた。

その声も天のさえずり。

その声は国々を巡る。


暗黒を照らすは、

情熱の赤か?

包容の青か?


小鳥は空を翔べるのか?

赤がいくか?

青が今度こそ掴むのか?

いや、黒は小鳥を手放すまいに。



小鳥は誰のためにさえずる?

小鳥を待ち受ける運命はいかに……




「……という物語が、出回っております。小鳥はサラ姫様です。赤と青がきっとサラ姫様を助けてくださるのです! どうか、拐われてください!」


 ルカニはフンフンッと鼻息荒く叫んだ。サラもユーカリも目をパチクリさせた。さて、どうしたものか? と、サラはユーカリに視線を送る。ユーカリはあらぬ方向を見て、口笛を吹き出した。


「ユーカリさん! こんな大事な時に口笛なんて!」


 ルカニはキッとユーカリを睨んだ。ユーカリは肩をすくめる。


「ルカニ、その物語は……もう王宮にも伝わっているのじゃなくて?」


 サラは落ち着いた声で発した。ルクアはハッとして、小さな声で『そうかもしれません』と答えた。


「きっと、あの塔に入れられるのね」


 サラはフッと笑った。


「その物語通りにはいかないわ。王様もザラキ様も私を逃がしたりしないもの。夢物語は、あの日置いてきたわ」


 ザラキに投げつけた『イチリン』は、今サラの手元にない。サラは胸の前で手をギュッと握った。『ここにある』そうサラは思っている。


『全ては私自身にかかっている。物語を物語のままに終わらせないわ』


「ルクア、シンシアたちを呼んで」


 ルクアは力強く『はい』と答え出ていく。


「ユーカリ、お願いね?」


 ユーカリの顔がエニシに変わる。


「はい、行ってきます。必ず……必ず、戻ってきます」


 サラは無言で頷いた。ユーカリも頷き応える。互いの瞳が強く重なった。『可能性を確かめに』と、そして『奇跡を信じて』。二人にしかわからぬ会話があった。ユーカリも部屋を出ていった。いや、ラフトを出ていく。サラは大きく息を吐き出した。


「大丈夫。大丈夫よ。だって、あの紋章はそうだもの」


 サラは証を知っていた。重なった二つの証を知っていた。




 北方の対なるは南方。不吉は転じることが出来たのか?


 青き空がサラを待っている。




 ルクアは時おり不安げな顔で辺りを見回す。ユーカリがいなくなって数日経っていた。


「サラ姫様!」


 サラはビクリと体が跳ねた。


「な、なにかしら、シンシア?」


 ユーカリの代わりにシンシアがサラ邸に入っている。もちろん、マヌーサの許可も得ている。マヌーサは喜んでシンシアを差し出した。


『野鳥の周辺を探ってきなさい』


 とのマヌーサの命令を受けて。


『ユーカリが、北方の生活から姫を置いて逃げだした』と伝えれば、マヌーサは喜ぶだろう……そうサラとユーカリは読み、事はその通りに進む。


 マヌーサは好機と思ったのか、サラ邸に探りを入れた。それもシンシアである。自分の取り巻きではサラが警戒すると思ったのだ。元は過去はブランカ邸であったところ。シンシアに声がかかるのは察しがついていた。マヌーサらは、シンシアらとサラが繋がっていることを知らない。高圧的にシンシアに命じて邸に送り出したのだ。


「サラ姫様! いいですか、ラフトでは湯場の後そのような……ああ! もうわかりました。ハァ」


 サラはいつものように、湯場の後は軽装である。ラフトでは人目にさらすことのない軽装なのである。


「身支度は私がいたしますので、先ずは髪を整えます」


 シンシアは腕まくりをして出ていった。入れ替わりにルクアが入ってくる。


「ふふふ、またですか?」


 このやり取りは毎日の光景であった。ルクアはテーブルに湯冷めを置く。


「姫様、明日にございますね」


 ルクアの声に力がこもった。明日、サラは籠の宮に移される。それも鉄壁の警護の籠の宮に。あの噂を王もザラキも聞いたのだろう。ラフトは緊張が走っている。ピリピリとした空気を感じるのだ。


「ルクア、ルクアはどう?」


 ルクアは笑んだ。胸をはって答える。


「はい、出来ます!」


 サラも笑顔で返した。


「頼もしいわ。お願いね、きっとユーカリは帰ってくるから信じてね」


 そこにシンシアも戻ってきた。


「私も出来ますわ!」


 その声もルクア同様に力強い。


「私も覚悟は出来ております。いいえ、私だけでなく皆も」


 紅宮に残っている侍女らもまた覚悟は出来ていた。


「ええ、皆で抗いましょう。王様だけに苦悩を背負わせられないわ」




「姫様、失礼いたします」


 バギが邸に入ってきた。大きな箱を持っている。


「バギ、それは何かしら?」


「ザラキ様より、こちらをサラ姫様にお渡しするようにとのことで」


 バギは箱をサイドテーブルに置き、箱を開けた。サラにどうぞと促す。サラは箱を覗きこんだ。


「まあ……」


 中にはドレスが入っていた。淡いブルーのドレスはサラの目を惹き付ける。心も……


「素敵なドレスね」


「はい、ザラキ様がサラ姫様のために特注したものにございます」


 バギは微笑んでいた。


「本当はお優しい方なのです」


 バギの声は優しくもあり、少し哀しげでもあった。


「ええ、わかっておりますわ」


 サラはそう返した。バギに向かって穏やかに微笑み頷く。バギは少し驚いたようである。


「わかっておりますわ。だからこそ、私は抗うのです。見ていてくださいね」


 サラは清々しく笑った。バギはサラの言葉の意味がわからない。いや……


「これ以上抗ってしまえば、姫様は苦境に……いえ、ザラキ様は守りきれません」


 サラはわかっている。ザラキがサラを守っていることを。


 あの王宮殿で足を踏み外した時も、

 王の刃が喉元にあてられた時だって、

 お披露目の時も、

 その後の警護も、


 それ以前だってそうである。あえてサラに辛くあたっていたのだ。


「このドレス、素敵ですね。私のサイズにピッタリですわ」


 体にあてたドレスはサラの体に、着丈にもピッタリである。胸元と袖の羽を模した設えは、サラさえずりを称えたものだろう。……マヌーサには、皮肉ったドレスに見えるだろうが。そう思わすようザラキは考えたのだろう。


「バギ、ザラキ様にお礼を伝えてね。『素敵な希望の青をありがとうございます。希望をお見せいたします』とね」


 サラはうふふと笑った。バギはサラがドレスを着て、ザラキに見せるとの返答と思ったであろう。しかし、サラが見せようとする希望は全く違ったものだ。サラ邸の者だけである、その希望を実現しようと奔走しているのは。




 バギは一礼して邸を出ていった。離宮には邸がいくつか点在している。草が無造作に生え、廃墟のような離宮をバギは振り返って見た。何かがおかしいと感じたのだ。


「……」


 だが、その何かがバギにはわからなかった。首を傾げたが、


「まあ、ここも今日までだしな」


 とぽつりと溢して立ち去る。明日にはサラは籠の宮に移されるのだ。少々感慨にふけっただけだろうと、バギはフッと笑った。


 しかし、バギの感じたおかしさは確実に離宮に存在している。サラ邸から一番遠い邸には、人の気配……

次話4/14(金)更新予定です。

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