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籠の姫  作者: 桃巴


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23/41

参戦

 デイルは陽気な国に足を踏み入れる。


「この国は毎日が祭でもやっているのでしょうか?」


 キールはハァーと肩を落とした。陽気さに疲れているのだ。


 ここは、ミヤビ国。あのいかにもな王子フェラールのいる国である。クツナに近い南西の国で、民の大半が雅楽を嗜み、町には音が溢れている。柄物の衣服を好むせいか、国全体がいつもお祭りのように陽気である。


 王族のみが単色の赤を着れるのだ。そのお陰で、王族と民の区別はハッキリとしている。末席であろうと、単色の赤は王族の証である。王族は皆どこかに単色の赤を身につけている。


「おっ、あれは……」


 キールが目を細めた。柄物の中に目立つは赤色の出で立ちの者。その赤の比率は多いほど上位である。民は赤の者に道を譲る。


「あれは、なんと、フェラール様ですよ」


 まさかこんなにすぐに会見を望んだフェラールに会えるとはと、デイルは笑みがこぼれた。道を譲ることをしないデイルのそばにフェラールが近づく。その顔が、おやっとデイルを見た。


「なんと!」


 フェラールはデイルを確認すると、大きく手を広げデイルにハグしようとした。それをデイルはヒラリとかわし、背後のレミドをズイッと前へ出す。レミドがフェラールのハグを受けた。


「あ、あの!」


 レミドはたまらず声を出した。フェラールの手はバッと開き、レミドを押しやると……


「なんと、可憐なおなごよ!」


 ルカニに向かっていく。フェラールはルカニの手をさらりと取ると、その甲に唇を落とした。デイルはげんなり、キールはあんぐりと口を開けている。レミドはヒィと声に出しそうな表情である。当のルカニは、その甲をすぐさま洋服で拭うという始末だ。それにもめげず、フェラールはルカニをエスコートするように腰に手をまわす。


「結構です」


 ルカニはササッとレミドの背後に隠れた。デイルは、このタイミングだと前へ出る。


「お久しぶりです、フェラール殿」


 と手を出した。フェラールはなぜかクルリとターンしてデイルの握手に応じる。


「ようこそ、ミヤビへ。さあ、皆奏でよ! 我が盟友ヒャドのデイル王子だ!」


 あちこちで歓声があがり、雅楽が奏でられる。目立つこの状況にデイルは頬がひきつった。しかし、デイルのための歓迎の雅楽に応ぜざるは失礼にあたる。デイルは皆に手を上げ歓声に応じた。一段落し、フェラールが手を大きく振り下げた。と同時に町は通常に戻っていく。といっても、通常もお祭りのようであるが。


「秘密の隠れ家へ、案内いたしましょう」


 フェラールは声を響かせた。秘密になどなっていないではないか、とキールは心の中で突っ込んだ。フェラールの従者がガクンと肩を落としている。よっぽど秘密の隠れ家とやらには行きたくないのだろう。


 フェラールに連れてこられた隠れ家とやらは、堂々と建っていた。こうも堂々とした隠れ家など見たことはない。隠れ家としては見たことはないが、これと同じような塔を見たことはある。


「ようこそ、籠の隠れ家へ」


 フェラールはそう言って、塔をスイスイと登り始めた。


「デイル殿、今日は登ってください!」


 頭上から声がかかる。デイルはフッと笑った。


「ええ、今日は登りましょう」


 デイルもフェラールの後を追った。あの日と同じように、フェラールは杭に足をかけ登っている。蔦はない。しっかりとした杭がフェラールの体重を支えていた。フェラールの体重は支えられても、デイルの体重では無理であろう。デイルは腰袋からツメを取り出した。それを石の隙間にガツンと挿し込みながら登っていく。


「何です、それは?」


 登りきったフェラールは口を開けてツメを指差した。


「氷を貫く鉄のツメですよ」


 デイルは北方ラフトの氷山を登るとき、氷に突き刺す刃の剣だと説明した。


「なぜ使わなかったのです? あの日、なぜそれがありながら登らなかったのです?」


 塔の上でデイルとフェラールは膝をつき合わせた。登ったのは、デイルとフェラールのみ。正に堂々とした隠れ家だ。デイルはぽつりぽつりと言葉を口にした。ヒャドの実状を。登れない状況であったことを。そして、


「クツナを犠牲にしたのは俺だから……」


 いつになくデイルの言葉に切れがない。デイルの脳裏に落ちてくるサラが浮かんでいた。


「俺も……です」


 フェラールも力なく語り出す。


「惑いの森を一番に抜けた国が勝国となる。その宣言に、『姫を拐った者が』の尾ひれをつけたのは俺なんです」


 そう、フェラールが告げた。デイルは伏せていた顔をフェラールに向ける。


「どうしても、クツナの姫が欲しかった。欲してはいけない宝なのに、俺は欲に負けてしまったんです」


 フェラールの告白を、デイルはただ無言で聞いていた。フェラールがデイルの告白をそうして聞いていたように。


 ミヤビの王族が担うは、常に見せ物になることだ。武力をさほど持たぬミヤビが脈々と続くには理由がある。武力無くとも国を成り立たせるため、ミヤビは他国の姫との婚姻を多く行ってきた。他国と姻戚となり国を守ってきたのだ。


「俺は常に人の目を気にして生きてきた。それが役目だと教えられてきたし」


 デイルと同様、フェラールも心を曝け出して喋っている。二人しかいないのだから。


「多くの国の姫をめとるいうことは、フッ」


 フェラールは言葉に途中で鼻息を出し天を仰いだ。両手を後ろにつき、視線を上に向けた姿は、いつものいかにもの王子たる姿ではない。


「常に休めないということか?」


 デイルはフェラールに問うた。フェラールは『ああそうだ』と頷く。


「皆、国を背負ってきているから。そして、俺も国を守るため姫に接する」


 それを可能にするには、妃皆に同じく接するには、見せ物の王子を演じねばならない。否、見せ物の王子を作らねば、心が軋むのだ。


「妃は皆俺でなく、ミヤビの王子の妃だ。俺の妃はいない。いるのはミヤビの王子の妃なんだ。で、妃だってそう、背負った国の妃。みーんな見せ物さ。


『今日もミヤビの王子は姫を渡る。我らの国は安泰さ! さあ、奏でよう、さあ、着飾ろう』


って民は言うわけさ。これが安泰の証。ミヤビとはそういう国だよ。だから、俺はいつだって王子である……ここ以外の場ではな」


 デイルにはわからぬ感覚だ。ただ、国を背負う婚儀には理解はある。だが、めとるなら、心を打ち解けようとするだろう。愛おしい存在と接するであろう。デイルとて、ローザにはそう接してきたつもりだ。裏切られるまではであるが。


「心を通わす妃をなぜ作らない?」


「誰か一人に俺を見せるなら……サラが良かった」


 フェラールはそう言って自嘲した。


「あの国は、ミヤビと違って他国と婚儀をしない。しないのに、小国なのに、国として成っている。最強の国だよ」


 フェラールは、真っ赤な上着を脱ぐ。いかにものフリルの袖口のシャツも脱ぐ捨てた。大きな息を吐いたフェラールは、


「やっと落ち着ける」


 と言ってあぐらをかき、背を丸めて座り直した。そこにミヤビの王子はいない。デイルも同じく大きな息を吐く。


「背負ったものを下ろした俺には、何が残るのか……」


 デイルとフェラールは互いにフッと笑った。


「サラは俺に言ったんだ。


『うわ、なにその動きにくそうな変な服』


ってさ。サラはまだ幼かった。俺がはじめて外交でクツナに入った時のことだ。俺はいつだってミヤビの王子として在ったから、その俺にそんなことを言うやつなんていないわけ」


 フェラールは優しい顔で語り出す。思い出している顔は、愉快そうに和らいだ表情だ。


「いつもキャアキャア言われてた俺にとって衝撃だったさ。雅な赤は王族の証、俺と言うものそのもの……なのに」


 フェラールはブッと笑った。


「俺はさ、まじまじと自分を見たわけ。で、気づいたんだ。確かに変だってさ」


 フェラールは大声でゲスゲスと笑い出す。やはりミヤビの王子はいない。


「デイル殿だって、思ってるでしょ?」


 フェラールは脱ぎ捨てた服を指差した。デイルはフリルを見る。吹き出しそうになるのをなんとか抑えているものの、ブッハッと出てしまった。二人ともにゲスゲスと笑い合った。


「はじめてミヤビの王子を脱ぎ捨てて、幼いサラと裸足で駆け回って遊んだんだ」


 フェラールは遠い目をしている。


「クツナは最強だ。イザナ王子だって、サラ姫だってその証だよ。あの日、またもサラに衝撃を受けた。不可能に手を伸ばす、そんな勇気は俺にはなくて。あったのは、サラを欲した俺の欲。俺が『姫を拐った者』をと演出したせいで……」


 フェラールの顔は歪む。情けなく……


「あんな風に飛び降りるなんて、思っていなかったんだ」


 情けなく、情けなく声は落とされた。


「俺もですよ。だから、もう一度やりましょう。正々堂々と、ただ姫を羽ばたかせるために。姫は、ラフトでも抗っているのです」


 デイルはネザリアで聞いたサラのことを話した。フェラールの瞳が揺れる。


「フェラール殿も抗ってみませんか? いいえ、この塔はそのためですよね?」


 デイルとフェラールの瞳が重なる。


「ちぇ、俺一人で颯爽とサラをかっさらいたかったのに、デイル殿が参戦するとは」


 ニヤリと互いの顔が笑った。


「行きましょう! 羽ばたかせてみせましょう」


 フェラールが立ち上がった。


「ええ、あの姫は青い空が似合います。俺は見てみたい。笑顔を……もうあんな顔をさせないように」


 落ちてくるサラの顔を思い出す。あんな笑みでなく、あんな委ねたような笑みでなく、終わりを悟った笑みでなく……


「本当の笑顔を見たいんだ」


 デイルは認めた。心に育った愛おしい思いを。




「キモッ」


 ルカニの一言だ。デイルとフェラールが塔を下りると、下では従者がテントを張り、キールやレミドはルカニの指示のもと夜食を作っていた。そこに、下り立った王子二名。その一人はなぜか上半身が裸で、上着を肩にかけキザに微笑んでいる。それを見たルカニの一言だった。


「やあ、子猫ちゃん。その可憐な手がやけどなどせぬよう、私が火の番をしよう」


 フェラールはいつものように……いつものミヤビの王子を演じる。それが彼の役目だ。


「け・っ・こ・うです!」


 ルカニは拒否し、手にした熱々の杓子をフェラールに向けた。


「なんと、可愛き天の邪鬼。いいでしょう、私は貴女をただ見つめています」


 フェラールは袖フリルのシャツを羽織って、ルカニの横に座った。ルカニは鬱陶しそうにしながら夜食作りにせいを出す。デイルはフッと笑ってフェラールに視線を送った。フェラールは肩をすくめる。これが俺の役目、そうフェラールは視線で会話した。チラリと従者らを見ると、


「今夜も野宿とは……まあ、今夜はフェラール様の好きな子猫ちゃんがいるので華やかさになりましょうて」


 などと話している。フェラールは穏やかに笑んでいる。嫌々ながらミヤビの王子を演じているわけではないのだ。民が雅に奏でていれば、国は平和なのだから。フェラールがいつもでなければ、民は不安に襲われるだろう。フェラールはどんなに焦っていても、逼迫した状況であっても、いつもフェラールで在り続けるのだ。


「少しだけ、ミヤビの王子を忘れさせてくれ」


 フェラールは囁いた。誰にも聞こえぬように。しかし、


「はあ?」


 ルカニが怪訝そうにフェラールを見た。聞こえたのだ。


「なんでもないよ。私の声を聞きたいなら、そばに行こうではないか」


 フェラールは腰を浮かせた。


「何言ってんのよ。王子忘れるんでしょ。さっさと手伝いなさいよ! 役立たず!」


 離れたところで見ていたデイルはクックッと笑った。ここにもいたではないか。サラのように、フェラールを王子と見ない者が。


「これ、ルカニ。こう見えてもミヤビ国の王子様であられるのだぞ。言葉を慎みなさい」


 レミドは慌てたように、ルカニを諭した。だが、その言葉もこう見えてもと言われるしまいだ。


「いや、いいのですよ。子猫ちゃん、何をしたらいいのかい?」


 フェラールは嬉しそうだ。レミドはやれやれと引き下がった。


「お皿持ってきて。温かいスープを作ったの。……それと、その変な服置いていってよ」


 ルカニは指差した。真っ赤な上着を。


「なぜだい?」


 フェラールは不思議そうに問うた。


「ラフトに行くのでしょ。その服じゃ目立つわ。少し手直しするのよ」


「そうか、そうだよな。変な服だよなあ」


 フェラールの言葉にルカニは一瞬パチクリと瞬いた。


「じゃあ、なんで着てるのよ?」


「王族の証だからだよ。この赤は証だからね」


 ルカニは納得していないのか、小さな声で……


「着たい服を着ればいいじゃない。農夫は農夫の服しか着ちゃいけないなんてこと? 私は女だからってスカートしかはけないってこと? 何言ってんだか……」


 そうぶつぶつと言っている。フェラールは固まった。その通りだから。自分が吐いた言葉はそういうことなのだ……『私は王族だから王族の服を着る。農夫は農夫の服を着れ』と。フェラールは額に手をあてて笑い出す。それをルカニは怪訝そうに見ていた。そして、


「もうっ! 笑ってないでお皿持ってきてよ!」


 フェラールはルカニに怒られたのだった。




 フェラールはご満悦である。昨晩ルカニが手直しした上着を着て、フェラールは先頭をいく。


「新生フェラール! 皆見てくれ!」


 なんだかんだ言って、フェラールはやはりフェラールなのだ。ミヤビの王子であるのだ。しかし、昨日までとはフェラールは違っている。フェラールの内にあった燻りは消えている。ルカニはげんなりしていた。フェラールの喜びように最初こそ笑顔でいたものの、王宮の服すべてを直してくれと頼まれた時は、『絶対いやよ!』と叫んだのだ。フェラールは仕方ないかと引き下がったのだが、王宮に戻り仕立て直しの指示をするから着いてこいと、ルカニを所望した。


 デイルとキールは、ネザリアから流布をはじめた物語をさらに広めるため、ミヤビをまわると言う。レミドとルカニは、王宮に行ってフェラール殿を補佐してくれと命じられてしまって、仕方なくミヤビの王子一行の最後尾を歩いている。ルカニは大きくため息をついた。レミドは横で微笑んでいる。


「良かったです」


 レミドはルカニの頭をポンポンと撫でた。


「レミド様、何が良かったのですか?」


 ルカニは不服そうに見上げた。


「やっと普段に戻っているからですよ。あなたはずっと緊張していたではないですか? 昨晩でかなり緊張が解けたようなので、良かったのです。全てフェラール様のおかげですね」


 ルカニは口をパクパクと開けた。『そ、そんなこと……ありません』と語尾が小さく消えていった。ルカニは口を尖らせている。


「あの王子様は周りの心を無防備にさせる方です。次の王たるに相応しい。昨晩、さらに成長されたのですよ。あなたのおかげで。あなただってわかっているのでしょ」


 レミドは穏やかな口ぶりで話す。ルカニは唇をむっと閉じたまま歩いた。その瞳がフェラールの背をとらえる。タイミングよく、フェラールが振り向いた。


「我の子猫ちゃん! さあ、おいで」


 フェラールは手を伸ばす。そのくさい台詞と仕草に……


「け・っ・こ・うです!」


 ルカニは答え、レミドを見上げて睨んだ。


「どこが成長したんです?! さらに気持ち悪い人になってます」


 レミドは大笑いしながら、ルカニの頭をまたポンポンと撫でたのだった。




 雅楽広場は白熱していた。ネザリアからはじまった物語は、熱をおび語られている。


『……さあ! ここで現れるは我が国ミヤビの王子フェラール様! 颯爽と赤きマントを翻し、愛おしの姫よ! 私が参りました! 姫に向かって叫ぶのさ』


 キールはクックッと笑う。物語はこうも民衆を駆り立てるのかと。それに話の内容と、昨晩合ったフェラールが重なって……


「フェラール様なら、くさい台詞も言いましょう」


 塔の上で話した内容をキールは知らない。本当のフェラールはデイルと同様俺と言うのだ。さらけ出した時だけの口調であろうが。デイルはフッと笑った。確かにフェラールがフェラールであると皆が安心するのだ。このキールとてそうなのだ。


「キール、俺にだって言えるぞ」


 平然とデイルは言った。キールは目を大きくする。


「言えますまい。デイル様は……」


 キールはニヤリと笑った。


「デイル様は、強引に奪いましょう。言葉より衝動にかられるお方ゆえ」


 デイルはキールの脇腹に一発お見舞いし、口笛を吹いて進む。


「ちょ、待って……イテテ、待ってください」


 こうして、ミヤビも参戦した。




 物語は大陸を巡る。


『……ラフトで囚われのクツナの歌姫!


颯爽と現れるはどこの王子か?!


立ちはだかるは、暴君か、いやラフトの王子か?


姫を救い出した者が天の歌声を独り占めできる!』


 駆け巡った物語は、もちろんラフトにも……

次話更新本日午後予定です。

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