暴君の真実②
ルクアの告白は、皆を驚かせた。
「確かに、混乱の中赤子は入れ替わっていたかもしれません」
シンシアは考え込んでから言った。
その間、ルクアの告白の間、サラとユーカリはただただ無言の会話をする。
「いつ、現王様は知ったのです?」
サラは侍女らに問いかけた。話は少しさかのぼる。
「赤子の逃亡劇は、先王様によって封じられました。誰もそれを口にできなくなりました。箝口令が出たのです。逃亡劇に関わった巫女ら、協力者らは、……消えてしまいました。ただお一人、マヌーサ様だけが生き残ったのです」
なぜ、マヌーサだけが生き残れたのか?
「マヌーサ様は先王様に言ったのです。関わった者全てを。密告のようなものでした」
逃亡劇が失敗に終わったのは、マヌーサのせいであったのだ。
「地方妻であったマヌーサ様の母君は、時折マヌーサ様のご様子をうかがっていたのです。マヌーサ様から奪還の計画を知った母君は、先王様にお伝えしろと言ったようで」
赤子を疎ましく思っていたマヌーサがなぜ、母に告げ口したかは簡単な理由だ。赤子を逃がすとき、宮中から出て母君に会えるとマヌーサは思っていた。口を滑らせたのだ。
『母上、久しぶりにお家で会えるのよ』
と。
十のマヌーサなら仕方がない。事はバレ、逃亡劇は失敗した。先王は、マヌーサの密告を評価し生かしたのだ。そのとき、現王はマヌーサを褒めた。自分の子が生けにえになっていると、知ってはいないのだから。良い働きをしたと褒めたのだ。悔やんでも、悔やみきれないだろう。現王は今なお苦しんでいるだろう。……それは、ザラキも同じであるはずだ。
「先王様は、残酷でした。現王様に逃亡した赤子を捜すように命じたのです」
サラは顔をしかめた。先王とて知っているはずだ。現王の子が宮中に上がり生けにえとなっていることを。
「現王様は、事の始末と捜索を行ったのですが、生けにえの事実を知ることはありませんでした。王様、王妃様、神殿の巫女のみの秘密でした。王様、王妃様が口を滑らすことはありませんし、巫女は残忍な狂行を行っていることを、知られたくはありません」
現王の気持ちを思うと、サラは胸が締め付けられた。それも、ザラキとて同じだろう。全てを知ったとき、二人は苦しんだはずだ。
「……赤子は見つからぬまま、八年が経ちました。時間の経過と共に、要望が上がってきます。『我が子と会えないか』と。いくら不吉な子と言えど、神殿の中なれば大丈夫であろう。浄化も進んでいるならば、一緒に暮らせないか……そういった要望が」
当然である。我が子と会いたいと思わぬ親はいない。
「ここで、身代わりのお子たちの出番となりました。いいえ、もうどのお子が不吉な子かもわからず、どのお子がどの家の子かもわからず、ただ昼食会が開かれることとなりました」
誰の子かわからぬ状態でできる妥協策である。一同に会わせて会を切り上げる。先王は知策をめぐらせる。
「『ここに会せば、自ずとお分かりでしょう』と宣言なさいました。見れば、子はわかるだろうと。風貌からわかるだろうと」
親らは、子らをまじまじと眺めたに違いない。
「会は滞りなく終わりました。着飾った娘を嬉しそうに見つめる者。たくましく育った男児を満足げに眺める者」
サラは光景を思い浮かべてみた。見た目に親子であると思える者は、きっと心踊らせただろう。……だが、不安げな瞳の者が映る。
「ですが、ブランカ様は気づかれたのです」
サラの脳裏では、不安げな瞳の者がブランカへと変わった。風貌は知らずともサラは思い描いていた。
「お子が十いたのです」
そう言ってシンシアはサラを見つめた。サラは小首を傾げる。ブランカは何を気づいたというのだ?
「逃げたはずのお子がいるはずはありません」
サラはあっと声を上げた。赤子は九のはずだ。現王はお子の捜索を失敗している。十の家族が集い、十の子が存在するはずはない。ヒャドから身代わりを得ていたからできたて芸当だ。いや、ミスである。
「ブランカ様は会では黙しておりました。それに気づいたのはブランカ様だけでしたので。当の現王様もザラキ様も、ただ自身のお子であろう者を見つけるのに、精一杯でしたから」
帰宅後、ブランカはザラキに言ったそうだ。十お子がいることのおかしさを。そして、
「ブランカ様はさらに言ったのです。我が娘はあの会にいませんでしたと」
揺るぎなくブランカはザラキに告げたそうだ。ザラキもここでおかしさに気づく。十のお子、ブランカの芯を持った発言、それに……ザラキは自分の子がわからなかったのだ。
「ザラキ様とブランカ様は、現王様のお宅に伺ったそうです。そして、いくつかの疑問をぶつけたのです」
しかし、シンシアはここで頭を横に振り、項垂れた。テーブルに声を落とす。
「現王様はすぐさま先王様に伺いました。先王様は言ったそうです。いなくなった赤子の親を慰めるために呼んでいた。赤子はその家族のために急遽『身代わり』を用意したと」
苦しい言い訳である。だが、現王は納得したそうだ。それほど忠誠心があったのだ。
「現王様は、ブランカ様に言いました。八年も見なければ、我が子を間違っても仕方がないと」
逃亡劇、会でのミス、気づく機会が流れた。
「それでもブランカ様は自信を持っていました。自分の子がいなかったことに。なので、一人で調査をはじめたのです」
シンシアがゆっくり顔を上げた。
「いないということは、生けにえになったということです……」
サラは『ああ、なんてこと』と心が悲鳴を上げた。
「しかし、調査はうまいようには進まず、それから三年が経ちました。……先王様は、『伝染病になり三名が亡くなった』と家族に告げます。『浄化によりここまで生きてくれた、良かったのお』と、そのような言葉をかけたのです」
サラは手を口にあてた。ひどい、ひどいと心が裂ける。真実を知っているから。知らねば、王様ありがとうございますと発する者もいよう。
「もういない命を、少しずつ殺していくのです。その後も先王様は、年に一人ずつ……」
シンシアは耐えられず口に手を当てる。
「ひどいわね、本当にひどいわ。シンシア無理はしないで、よおくわかったわ」
サラは怒りがこみ上げてきた。先王の狂行を知ったこの怒りは、きっと現王やザラキよりも軽いものだ。二人はサラよりももっと怒ったに違いない。
『生けにえにされた』
我が子をそのような運命にした王を恨んだはずだ。……倒すべき下劣な者へと変わったに違いない。
「……最後までお話しいたします」
シンシアは焦燥感たっぷりの顔を皆に向ける。
「マヌーサ様が、宮中に上がり十五年が経ちました。……あろうことか、儀式の巫女に選ばれたのです、生けにえの。翌年の儀式のために、見たのでしょう……私たちと同じあの血に染まる儀式を」
侍女らは口を押さえてゲフッと息が詰まった。おぞましい光景を思い出して。
「マヌーサ様は……母君に伝えます。宮中への母君の様子伺いは続いておりましたし、前回の告げ口も母君が善きに計らったのですから。マヌーサ様は母君を頼りました」
当然、母君から現王へとすぐに伝えられるはず。しかし、
「『あら、まだ全員終わってなかったの?』そう母君は言ったそうです。生けにえを知っていたのです」
サラは驚愕した。まさか、そんな……と言葉が出てこない。
「疎ましく思っていたのは、マヌーサ様だけでなく、母君もだったようです。本妻のお子が生けにえになっているという事実は、マヌーサ様の様子を伺いに宮中に足しげく通っていたことで知ることができたのです。それも、マヌーサ様から逃亡劇を伝えられる以前から」
サラはあまりの衝撃に、卒倒しそうになった。気を落ち着かせるため、カップに手を伸ばす。カップの中のTeaをコクンと飲む。冷たくなったTeaが喉を通る。それくらい話は長いものであったのだ。
「あ、温かいものを、ご、ご用意しましょうか?」
ルクアが訊いた。サラは頭を横に振る。
「ありがとう、ルクア。でも、最後まで聞いてからにするわ」
シンシアを促した。
「『全て生けにえになってしまえばいいのよ、冗談じゃないわ。後で出てきたくせに、あの本妻の子があなたより高位にあるなんて許せないわ』そう言ったそうです。後妻の本妻を妬んでいたのです」
それにマヌーサもノッたのだ。同じく思っていたのだから。十の頃より疎ましく思っていたのだから。
「マヌーサ様は、一年後の儀式の日に宮中から逃げ出しました。その手を汚すことを拒否したのです。ですから、マヌーサ様は……巫女のなりそこないと陰で言われるようになりました。何も知らぬ者にとっては、神殿から逃げた巫女。知っている者からは……」
シンシアは言いづらそうである。隣の侍女が口添えする。
「羨望もありました。儀式を行っている巫女からは、強烈な憎悪……一人だけ逃げ出す卑怯者。その裏にある羨望。手を汚さぬ巫女としての清廉さ。しかし、それならばなぜ皆に訴えないのか、王を糾弾しないのか……でもそれを望めば、自身の狂行が知れてしまう。心の矛盾はさらに心を裂いていきます」
巫女は清廉である。苦痛であったろう、狂行な儀式が。マヌーサの行動に、相反する気持ちを持つのも理解できた。
「だけど、現王様に知れたのよね。『聖者の狂行』が」
サラの言葉にシンシアらは頷いた。佳境に向かっている。
「ある日、本妻様が王宮に呼ばれます。巫女の家門の本妻様は、神殿へと向かいます。
その時……マヌーサ様に代わり、儀式を命じられた巫女が必死に拒否しようと訴えていたのを、たまたま聞いてしまわれたのです。生けにえの儀式のことを。
本妻様は、卒倒しました。自分のお子が生けにえである。いえ、あった……そんな事実を知って気を失われました……ーー」
倒れていた本妻を、神殿の巫女が見つけ大騒ぎになった。すぐに駆けつけた現王が自宅に連れて帰り医者を呼ぶも、本妻は高熱を出し数日寝込んだそうだ。意識が戻った本妻は、虚ろな瞳で言った。
「……『マヌーサが全て知っている』それだけを言って、本妻様は心を壊されました。ただボーッと天を見つめて過ごしたのです。そして、侍女らが目を離した隙に、……逝かれたのです。短刀を喉仏に突き刺して」
サラは青ざめていた。そんなことを自分の意思で、自身にできるのか……その光景は残酷だ。赤い飛沫が広がり、鮮烈な朱は赤き星のようであったろう。
「現王様は、悲しむ間も自身に与えず、マヌーサ様の所に向かいました。本妻の最後の言葉を確かめるために」
シンシアは大きく息を吐いた。
「……マヌーサ様は、ご自身の都合のいいように現王様に伝えます。涙ながらに……『妹らを守りたかったから、逃がそうとしたけれど母上に止められました。生けにえを知って、母上に言ったけれど母上は全てご存知だったのです』……そう言ったのです。マヌーサ様は自分を守るため、母君を切り捨てたのです」
サラは眉をひそめた。マヌーサの狡猾さにむしずが走る。
「そうして、現王様は『聖者の狂行』をお知りになり、一年の時間をかけて準備をいたしましました。政変は成功いたします。だけど、現王様にもザラキ様にもお子は戻ってはきません……十七人のお子の犠牲は今なお公表されておりません。他国には、暴君と言われていようとも、
現王様は……救世主なのです」
次話4/13(木)更新予定です。




