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籠の姫  作者: 桃巴


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暴君の真実①

「マヌーサ様なのです」


 シンシアはサラに訴えた。


「え? マヌーサ様が救世主なの?」


 サラは聞き返す。


「いいえ、いいえ、あー、どうお話しすれば良いのでしょう」


 シンシアは戸惑っていた。侍女らは口々に語りだす。


「現王様のお子と、ザラキ様のお子が宮中に上がった時、現王様は十のマヌーサ様を巫女の見習いとして宮中に上げました」


 サラはマヌーサの話を思い出す。赤き星の現れの時、マヌーサは多感な十歳であったと。地方妻の子どもであったと。


「二人のお子を見守ってほしい、そんな思いを現王様とザラキ様は思っていたのでしょう」


 十のマヌーサと赤子二人の情景をサラは思い浮かべた。そして、今のマヌーサも。揺れる情景は、マヌーサの顔を変えていく。


「マヌーサ様は、赤子を疎ましく思っておりました」


 その侍女の言葉で、マヌーサの顔が完全に変わった。思い描いた十のマヌーサの口から、


『あんたたちがいなければ、私はこんな所に預けられなかったのに!』


 悔しげに紡がれる言葉が続く。


『あんたたちのせいで、兄上も、巫女母上も、父上も私を忘れちゃって! ずっと私が一番だったのに! あんたたちのせいよ』


「姫様?」


 シンシアの呼びかけに、サラはハッとした。


「続けて」


 そう促す。思い描いた情景が、真実になっていく。シンシアの口からは、やはり多感な十歳のマヌーサが赤子に嫉妬したことが告げられた。


「マヌーサ様は赤子の世話をなさいませんでした。ただただ神殿で、巫女の修行をしておりました」


 そこで、ユーカリが入る。


「神殿って宮中にあったの?」


 と。今のラフトに神殿はない。巫女制度は廃止されている。神殿はどこにあったのか?


「水盤は神殿の名残です」


 シンシアは告げた。


「宮殿の中心にあったのです。昔の宮殿は、現ラフトとはまったく違っておりました」


 ユーカリが真剣な眼差しで聞いている。ユーカリは、地図を頭に思い浮かべているのだろう。


「今の紅宮は、巫女たちの住まいで巫女宮と呼ばれておりました。中心の神殿、城下町に繋がる門前宮に兵士たち。そして、華宮には妃たちが住まっておりました。今の黒宮です。……この離宮が赤子のために用意された宮でした」


 サラはブルッと体を震わす。ここに赤子たちが住まっていたのだ、生けにえにされるために。


「まさに離れに隔離されておりました。赤子の親が宮殿に入っても、会えないこの場所に」


 なんと残酷なのだろう。現王も、ザラキも宮殿に上がったおりに、我が子に一目でも会えないかと視線をさ迷わせたに違いない。


「狂行は、さらなる狂行を生みました」


 サラはびっくりする。まだ狂行があるのかと。


「親に見せるための子が必要だったのです。赤子が育った姿を時おり見せるために。生けにえの身代わりに、先王は……ヒャドの孤児を所望しました。先王の正妃はヒャドの出です」


 ああ、そうか、そうなのかとサラは納得した。この狂行の片棒をヒャドも担っていたのだ。


「現王様が、これら狂行の真実を知ることになったのは、マヌーサ様からなのです」


 時折話に出てくるマヌーサの関わりが語られる。


「赤子を疎ましく思っていたマヌーサ様は、赤子がいなくなればいいと思っておりました。そして、巫女の中にこの狂行を阻止したい者がおりました」


 サラにもすぐに推測できた。


「赤子を逃がそうとしたのね」


 シンシアらは頷いた。


「マヌーサ様は、赤子らが生けにえになっていることを知りません。ゆえに巫女らは、赤子を疎ましく思っているマヌーサ様に耳打ちしたのです。『赤子はヒャドに行かせましょう。マヌーサ様は手引きをしてください』と」


 十のマヌーサならそれにのったはずだ。いくつかの企みが進んでいたのだ。


『赤子の奪取』からはじまり、

『赤子の生けにえ』

『生けにえの身代わり』

『赤子の奪還計画』


「最初の生けにえから数ヵ月が経ち、次の生けにえを選定しようとしていた頃……」


 シンシアの話はこうだ。


 次の生けにえを選定しようとしていた頃、枯れた泉が潤いはじめた。潤沢に。先王は生けにえのおかげだと思い込んだ。狂行は大義を得て、継がれていく。巫女らはなんとか赤子を逃がそうと奔走する。マヌーサを仲間に入れ、外の協力者を手引きするように。着々と準備を進めたが、ここで想定外のことが起きた。ヒャドからの赤子の孤児が離宮に入宮したのだ。極秘裏に。似通った赤子を対にして巫女らが世話をすることになった。赤子が倍になった。その赤子も逃がさねばならない。計画を変更したいものの、時はかけられない。次の生けにえがすでに決まっていた。生けにえの儀式の日も。


 計画は強行された。


「……しかし、赤子を二人も背負っての逃走は失敗に終わりました。ほとんどの赤子が連れ戻されたのです」


 サラはシンシアの話を聞き入っていた。耳に残る違和感をシンシアに尋ねる。


「ほとんど? 逃げた者がいるの?」


「はい、一組の赤子が難を逃れました。一人のラフトのお子と、一人のヒャドの孤児のお子です」


 シンシアは頬に一筋流した。


「唯一助けることができたお子たちが、今どこにいるのかもわかりません。ただ、あの日捕まらずに逃げおおせたことは確かにございます」


 そのとき、サラの胸がトクンとほのかに熱を持った。サラは胸に手をあてる。


「どの子が助かったのです?」


 ユーカリが問うた。ユーカリも胸に手をあてていた。


「わかりません。逃走した巫女らはあの日から一度も姿をみません。どの子が助かったのかもわからないのです。戻ってきたのは赤子のみ。世話をしていた巫女らは消え、どの子が不吉な子かもわからなくなりました」


 ラフトの子とヒャドの孤児が混ざってしまったのだ。サラとユーカリはしばし見つめ合う。その可能性を思って。


「あ、あの?」


 ルクアが呼びかけた。


「わ、私、助かった生けにえの一人です」


 突然の告白に、皆が一斉にルクアを見た。


「に、逃げた赤子でなくて、宮中で助かった生けにえになるのです。王様がラフトを治めたので、だ、だから、助かったのです」


 ルクアは緊張しているのか、両手を握りしめている。


「待って、助かった生けにえ? ……あ、そうか! 政変は三年前ね。混ざった赤子を一年に一人ずつだったのね?」


 サラはシンシアを見つめた。


「はい、混ざってしまったので どのお子かがわからなく、苦肉の策で一人ずつ……二十年にも及ぶ生けにえの儀式が続こうとしておりました。いえ、逃げた赤子の人数をひくと、十八年」


 身代わりも含め十八の子らが生けにえとされていたのだ。


「それを現王様が阻止された。三年前だから……唯一の生き残り」


 サラはルクアを見た。ルクアが頷く。


「わ、私は、出来が悪くて、だ、だから最後にされたのかもしれませんね」


 ルクアの瞳が涙で溢れていた。ルクアが心が溢れ出す。


「こ、怖くて、怖くて、怖くて! 皆消えていくのです。どうなったかも、どこにいったかもわからず、ある日突然姿が消えるのです。っ、はっはっはっ」


 ルクアの呼吸が苦しく途切れる。思い出した恐怖に呼吸を乱されている。サラはルクアに駆け寄った。優しく抱き寄せ、肩をさする。ルクアはサラの胸に顔を埋め泣いた。そのサラとルクアにシンシアら侍女も駆け寄り、肌を寄せた。


『この子は最後の子。不吉な子か、ヒャドの子かわからないが助かった一人なのね』


 サラはルクアを労った。優しい時が流れた。


「グズッ、ありがとうございます、サラ姫様。……私は、ヒャドの子です」


 ルクアの告白は終わってはいなかった。


「私たちだけの秘密がありました。ラフトとヒャドを分ける身しるしがあったのです」


 ルクアは右耳を倒した。


「ここに赤き星のあるは、ラフト。無い者はヒャドなのです」


 その告白に一番驚いたのはユーカリだ。しかし、シンシアらも同じ。耳の裏の赤きほくろ。


「え? なぜ、なぜ伝えなかったのです? 伝えれば、生けにえにならずにすんだのに……」


 シンシアは言葉の途中でハッと口に手をあてた。気づいたのだ。


「い、生けにえにされるなんて、誰も教えてくれませんでした。侍女になる、兵士になると教えられていましたから」


 ごめんなさい、ごめんなさいとシンシアらはルクアにすがった。ルクアは首を横に振り、いいのですと返していた。シンシアらとルクアは接点がなかった。シンシアらは神殿の巫女であった。離宮にいた赤子を世話する巫女との接点はなく、ルクアが最後の子であるとシンシアらは知らなかったのだ。いや、ルクアが最後の子であると知る者は、


「わ、私は、私、あの日、政変の日に華宮に紛れ込みました! だ、だから、皆が出仕したての侍女と思い込んで……」


 シンシアは再度ルクアを抱きしめた。


「私たちね、儀式の巫女に選ばれていたの。前年にあの狂行を見せられたわ。……私たちが助かった理由はね、『お子を逃がした』と言ったからよ。『殺さず逃がした』とね。あなたが、あなたが……生きていた……」


 四人の侍女は抱き合っていた。互いに絆が深まったようだ。


「……で、でもおかしいのです」


 ルクアは真っ赤な瞳をサラに向けた。


「合わないのです。私の記憶が確かなら、赤い星、赤きほくろのお子の方が少なかった。逃げた赤子は、二人ともにラフトの子かもしれません」

次話更新本日午後予定です。

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