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籠の姫  作者: 桃巴


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20/41

聖者の狂行

 紅宮はマヌーサの高笑いが響いていた。


「あの野鳥ったら、派手に転んだのよ!」


 それを興味津々に聞くのはいつもの取り巻きの面々だ。しかし、その狂喜に満ちた集団から遠く離れ、場を共にしない者ら、三名。この三名はサラが檻に入れられるのをルクアと同じく、うつむいていた三名だ。三名はそそくさと場を後にした。離宮に出る裏門の前で三名はヒソヒソと話す。


「ラフトはどこまで落ちてしまうのでしょう」


 丁寧な口調である。


「三年前希望を見ましたのに、結局駄目なのかしら」


 三人の顔は暗い。


「……やはり、行ってみませんか?」


 侍女は裏門を見る。三人の視線は、熱く裏門に向いている。


「あの姫様はずっと抗っております。私たちが諦めたのに、あのようなお姿を見ると……」


 侍女は胸に手をおいた。小さくトントンと叩く。


「胸が苦しくなりますわ」


 三人は頷き合った。裏門を開ける。離宮の灯火は一邸のみだ。三人は歩んだ。その仄かな灯りは希望の光りに見えて。




***




「そんな事を思っては駄目よ!」


 サラは胸を手で押さえた。負の感情に溺れてはいけない。サラはパーンッと頬を叩いた。姫でなければ、クツナで幸せに暮らしていたはずだ。姫様おかわいそうに……なんて思いながら。


「私はかわいそうな姫にはならないわ」


 ーーコンコンーー


 サラの心が起き上がった。そこに扉をノックする音。入ってきたルクアは、外を気にする風で、サラは扉の外に視線を移した。遠くに人影がある。


「どなたかいらしたの?」


 ルクアはコクンと頷いた。サラにソッと近寄り耳打ちした。


「紅宮の侍女にございます。……ブランカ様の侍女にございます」


 サラは小首を傾げた。知らぬ名前である、ブランカとは? それにルクアが答えた。


「ザラキ様の妃の侍女であった者らです」


 サラは『えっ?』と聞き直す。と言っても、ルクアを見るだけだが。ルクアはコクンと頷いた。


「ザラキ王子の妃……」


 サラは呟いた。呟きと同時に体が身震いした。扉からの外気に体が冷えたのだ。


「サラ姫様、まずは湯場に。皆様にはサロンでお待ちいただきます」


 ルクアは急いでサラをタオルで包み込み、湯場に促した。




 サラの体は温まる。湯場の湯気に息を吹きかけた。


「温かいお湯が気持ちいいなんて、クツナではなかったわ。清んだ泉に飛び込んでいた頃が懐かしい」


 サラは瞳を閉じて、クツナを思い出す。青い空が深い緑が瞳に溢れた。自然に伸びた手が空に向かう。しかし、腕は湯から出て冷えてくる。サラは目を開けた。


「ラフトが体を包むわ」


 寒さが体を包む。寒さはラフトである。ここ北方にサラはいるのだと現実がのしかかる。しかし、サラは立ち上がった。


「抗ってみせるわ」




 サロンは緊張が漂っていた。


 サラは三人の侍女の前で、優しく頬笑む。しかし、侍女らはサラの姿に面食らっている。サラは湯上がりの濡れた髪を垂らし、また人に会うとも言えぬ格好で……つまり寝着で現れたのだ。ラフトの淑女とやらには、到底なれないであろう。サラは心の中でクスクスと笑っている。


「あなたたちも、私に貞操な淑女をお望みかしら?」


 サラは座った。皆にも座るように促す。しかし、侍女らは座らない。それが侍女であるのだ。主と同席するは、侍女にあらず。


「ルクアー、お茶菓子もお願ーい」


 サラは大声で叫んだ。それにもまた侍女らは、目を丸くした。


「よ、呼び鈴をお使いくださいませ」


 たまらず、言葉が出たようだ。


「あら、そう?」


 サラはリンリンと鳴らし、ニヤリと笑った。


「一人で大人数のお茶菓子は運べなくってよ。ルクアのお手伝いをお願いね。リンリン」


「まあ! なんと、……奔放な姫様にございましょう」


 侍女らはつい笑い、サッと動き出す。この邸は、ブランカの住まいであった邸だ。侍女らが働いていた邸である。給仕はお手のものだろう。ルクアと共に戻ってきた時には、お茶菓子だけでなく、湯上がりのサラを整える一式も持ってきていた。


「これでゆっくり話せるわね」


 侍女らの世話でサラは綺麗に整えられた。サラは皆に座るように促す。しかし、なかなか座らない。


「わおお、いっぱいですね」


 そこにユーカリが帰ってきた。躊躇なく椅子に座り、お茶菓子を摘まむ。侍女らは見開いた目のまま固まった。


「あ、あ、あなた!」


 侍女の呼びかけに、ユーカリは『はい?』と顔を向けた。サラはその様子をクスクス笑って見ている。


「もうっ、煩わしいわ」


 サラはガタンと立ち上り、椅子を引いた。


「はい、座って!」


 命令口調であるが、顔は笑っていた。


 サラ、ユーカリ、ルクア、侍女ら三人でテーブルのお茶菓子を楽しむ。事情を知らぬ者らが見れば、優雅なTeaタイムに見えるであろう。実際、ゆっくりとしたTeaタイムであった。サラは三人の緊張をほぐすため、そう心がけたのだ。そして、頃合いをはかって訊いた。


「ブランカ様は、どのようなお方でしたの?」


 と。


 三人の侍女は哀しげな瞳に変わった。一際大きな深呼吸をした侍女のシンシアが語りはじめた。


「心の優しいお方でした。心だけでなく滲み出る全てが優しい雰囲気のお方で……」


 思い出しているのか、遠い目をしている。サラは微笑んで頷く。


「ザラキ様とは五つ歳が離れておりました。それは、それは仲睦まじく、とても大切にされておりました」


 ユーカリの眉がピクリと動いた。サラは大切にされていない。それが反応した理由だ。サラはユーカリに目で制した。ユーカリは視線をさ迷わせた。


「何があったの?」


 サラは一呼吸して問う。なぜ、ザラキは変わったのか? 否、何があってザラキらは政変をおこしたのか? 妃らが廃除された理由に何があったのか、と。


「長い、長い話になります」


 シンシアはサラに向き直った。サラは覚悟する。シンシアに頷いてみせた。


「ええ、教えてください。何も知らぬ小鳥に、ラフトの真実を」


 シンシアらの瞳がうっすら潤む。三人は手を重ねた。


「はい、お話しいたします。……約二十年前ですーー」


 シンシアは、北方で現れた赤き星の予言を語りだした。サラは予想だにもしない話に少し戸惑うも、真摯に話に耳を傾けた。そうである、あの予言の話だ。


「ーー……ラフトでが赤き星の現れは、『不吉な子の誕生』を予言いたします」


 シンシアはその不吉な子の誕生が、ラフトにとってどのような凶事をもたらすかを話し出した。


「不吉な子は天変地異の現れとされているのです。……いえ、されておりました」


 シンシアら三人は項垂れた。


「もう、私たちだけです。私たちだけ生き残れました。……私たちは三年前まで巫女でした」


 頬に一筋が流れた。シンシアは手の甲で拭った。


「赤き星が全てのはじまりなのね?」


 サラはシンシアらの手に自身の手を重ねた。優しく、優しくうかがう。


「はい、そうにございます。あの赤き星がラフトを……先王を狂気に走らせたのです」


 サラは、思わず『えっ?』と声に出した。現王でなく、先王が狂気に走ったのかと。シンシアは哀しげに微笑んだ。サラの驚きは最もだと。


「現王様は、救世主でしたわ。私たち巫女にとって、ええ、救われたのです」


 サラはわからなかったが、頷いてシンシアの話を待った。


「先王様は赤き星の現れの間に生まれた子供を、次々に拐っていきました。ええ、泣き叫ぶ母親から奪ったのです。『不吉な子』であるぞと、それはそれは阿鼻叫喚でした」


 サラはコクンと生唾を飲んだ。その光景を思い浮かべて。


「ですが、それに異議を唱える者はおりませんでした。なぜなら、まだ巫女の権勢の時代でもあり、不吉な現れに民もそれを望んでおりました」


 サラは心にチクンとトゲがさす。それを民が望んでいたなんてと。


「……姫様、勘違いなさらないでくださいませ」


 サラの心を読んだのか、シンシアはそう言った。


「先王様は、宮中で不吉な子を預かるとの宣言をお出しになったのです。赤子のうちから宮中に上がれる、そんな状況でした。身分の低い者の子は、奪われるものの、その未来に希望を託す親もいたほどです」


 サラは目を伏せ頷く。


「ええ、先王様はお子の身を案じ、宮中に入れることで救おうとしたのです。不吉な子が、どう町で扱われるかを心配して」


 サラは思う。頂きにいる者の役割を。そして、それは自身にも言えることだ。クツナを守るため、サラはここにいるのだから。


「……しかし、そのお子に」


 シンシアは語りだす。その顔は悲痛に満ちたものであった。


「現王様と、ザラキ様のお子も含まれておりました」


 サラの胸がドクンと波打った。現王は六十半ばを越えている。ザラキは四十半ばの王子だ。つまり、四十半ばで授かった現王のお子と、最初のお子であろうザラキの子は、時を同じくして生まれたのだ。赤き星の現れの時に。


「お子を奪った王に反逆心をもったの?」


 サラはポツリと呟いた。しかし、その言葉にシンシアのは頭を横に振る。


「現王様、お妃様も喜んで娘を差し出したのです。お妃様は巫女の家門の出でいらっしゃいました。不吉な子を浄化できるは、王宮殿の巫女だけであるとお思いで」


 サラは絶句した。自身の生んだ子を浄化……なんて思いを持つとはと。ラフトの感覚なのであろうが、サラの心は受け入れなかった。


「生まれた赤子は清らかな存在ではないのですか? それを浄化など……」


 サラの攻めるような言葉にシンシアは肩をすぼめた。


「……姫様、国によって正しきは異なることがあるは確かです。姫様がこのラフトでは、奔放な姫様であられるように」


 ユーカリがサラに進言した。サラは、瞳を閉じて『そうね』と答える。


「シンシア、ごめんなさい。私ったら……」


「いえ! その通りなのです。現にブランカ様は抵抗されました。始めてのお子を奪われる母親の気持ちは筆舌に尽くしがたいでしょう。大半の母親は……心をえぐられたに違いありません」


 シンシアは苦しげに言った。


「民にはさほど関係のない『不吉な凶事の国政』がラフトを覆いました。ええ、そうです。天の巫女の予言は、民を飲み込んだのです。国政として……権力として、赤子は奪われました」


 赤子もサラのように拐われたのだ。母親は祈ったであろう。赤子の未来を。


「……ザラキ様は?」


 サラは問う。ザラキはどうであったかと。


「憔悴するブランカ様を労り続けました」


 シンシアはそこで言葉を止めた。次の言葉を考えているようだ。


「マヌーサ様は、その時十歳……多感な時期で……」


 いきなりマヌーサの話にとんだ。サラはぱちくりとまぶたが動いた。


「あ、すみません。なんと伝えたらいいものか考えましたが、知っていただきたいのです。こじれてしまった背景を」


 サラは穏やかに笑んで了承する。


「ザラキ様とマヌーサ様のお母君は違います。ザラキ様は都の本妻のお子、マヌーサ様は地方妻のお子です。ラフトの貴族は基本二人の妻をもちます」


 その話にサラの目は大きく開く。そんなことが慣例であるのかと。クツナでは考えられない。


「ザラキ様のお母君は本妻、ですが他界されております。後妻に巫女の家門の本妻がついておりました。そして地方妻のマヌーサ様のお母君は……」


「王様に惨殺されたのでしょ」


 サラは言い淀んだ言葉を続けた。


「先王より、現王の方が狂行を行っているわ」


 シンシアだけでなく、他の侍女も頭を横に振った。


「違うのです! 違うのです! 本当の狂行は、っ、……」


 侍女らが青ざめた顔でサラを見つめた。続けたい言葉が震えて出てこないのか、唇の端が小刻みに震えていた。


「あ、あか、あ……ご」


 シンシアの声は震えながら紡がれていく。ルクアはシンシアの肩を擦った。昔の自分を見ているようだ。


「あか、あかご、は、いけ、……にえ」


 そう言ってシンシアは喉で泣き出す。嗚咽である。サラは、シンシアの言葉を復唱した。


「あか、あかごはいけにえ?」


『赤子は生けにえ』


 サラは息が止まった。ユーカリもルクアも衝撃を受けたようで、サロンは一種の緊張が走る。


「……まさか、まさか、そんなことって」


 サラの声が落とされる。


「先王様の狂行にございます!」


 嗚咽から憤怒へ。シンシアは拳を握りしめていた。


「赤子を拐ってから間もなくして、神殿の泉が枯れました。それを発端に次々に井戸が枯れていきました。正に天変地異が起こりはじめたのです。王様は、決断したのです」


 シンシアは肩で息をしながら、一気に言葉を紡ぎ出す。


「赤き星の現れは不吉な子の誕生、不吉な子の誕生は天変地異の予言、王様は、王様は、天変地異を鎮めるため!」




「赤子を生けにえにしたのです」




 サロンが『熱く冷えた』


 しかし、シンシアは止まらない。


「それも、一年に一人ずつの生けにえ。その儀式を、神殿の巫女に強制させました」


 シンシアは赤に血走った瞳でサラを見つめた。サラは、シンシアが血の涙を流しているように思えた。


「不吉な子は十にも及びます。一年に一人です。巫女はお子を育てるのです。生けにえにするために。どんなに残酷か」


 サラを見つめたまま、シンシアは続ける。


「王様は言いました! 国の安定のためだと。民を苦しめぬためであると。天変地異によって苦しむは民だからと」


 サラはシンシアに攻められているように感じた。


「それが、王という者の仕事なのですか?! 王族は、国の安定のために狂行を行うのですか?!」


 叫びだ。シンシアの叫びである。王と王族は国を導く者。シンシアはサラに訊いたのだ。


『聖者の狂行』


 の是非を。


 サラとて、一国の姫。そうするのかと。


「いいえ! 起こってもいない天変地異を恐怖して、生けにえを差し出すなんて愚行よ!」


 サラはシンシアの赤の瞳にそう放った。


「いいえ! 天変地異が起きたから、王様は決断されました。民を苦しめぬための決断が愚行なのですか?!」


 シンシアは苦しげにサラに問う。


「愚行よ! 一緒に苦しむのが王よ!」


 サラは叫ぶ。


「一緒に苦しむですって?! 何のための王なのです?!」


 シンシアは心のくさびをサラにぶちまけた。


「苦しんで、苦しんで、民と共に立ち向かうわ! 天変地異を恐れるのではなく、どんな天変地異が起こっても揺るぎない国にすることが王の役目よ! 泉や井戸が枯れたなら、他の方法を探すわ!」


 サラは続けた。優しい口調で。


「正しいと思っていたのでしょ? ラフトの大勢の民を守るには少しの犠牲はしかたないと。それを王がしてくださる。王とはそのような存在であると。……自身がそれに関わって気付くのよ。自身の手がその重責を背負って気付いたのでしょ」


 サラはそこで一呼吸した。真っ直ぐにシンシアの瞳を射る。


「一つの命で国が助かるなら、犠牲もやむなし。王の手がしてくださるから。自分は手を汚さないものね。まさに聖者の狂行よね。


それを巫女に課した王を恨んでいるの?

重責に耐えられなくて狂行と非難する?


いいえ、シンシア、気づいているわね?


とっても簡単なことよ。

赤子に何の罪があるというの?

死をもって償うほどの罪を赤子がおかしたとでも?」


 サラの声がサロンを支配する。


「一つの命をも助けてこそ、正しきを貫いた時の犠牲こそ、聖者の狂行と称されねば、国は育っていかないわ」


 シンシアは呆然としていた。サラの言葉がくさびを解いたのだ。シンシアたちの心に巣くっていたくさびを。


「私たちは……」


 シンシアの唇が動く。


「私たちは、っ、犠牲を目の当たりにして……」


 侍女らはガタガタと震え出した。その生けにえの光景を。サラは三人を集めて抱き寄せる。


「現王様はそれを知ったのね?」


 シンシアらは頷いた。


「だから、政変を起こしたのね?」


 頷くしかシンシアらには出来なかった。


「ルクア、皆にもう一度温かいお茶を」


 サラはルクアに目配せした。話す気力を失いかけているシンシアらを労るためだ。




『聖者の狂行』


 サラは憔悴するシンシアらを眺めて思う。狂行は王(聖者)が行えば正義に見えてしまうのかと。ラフトは、そういう国であったのだ。民に知らされぬ正義をどれほど行ってきたのだろう?


「現王は、救世主?」


 サラはポツリと溢した。シンシアが言った言葉だ。シンシアの顔が上がる。

次話4/12(水)更新予定です。

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