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籠の姫  作者: 桃巴
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惑い

 惑いの森の入口に、各国の王子が統率する精鋭部隊が集う。集っているのは、それだけではない。多くの露店が並び、お祭り騒ぎのようだ。いつもはいがみ合う民たちも、あちこちでこの競争の話で盛り上がっている。


 ピリピリとした緊張感を醸し出しているのは、王子たちだけだ。国の威信を背負っているためである。この競争には七か国が参加している。七人の王子たちは互いに牽制しあっているようだ。


 ……


 ……


 ーーパーンーー


 始まりの合図と共に、王子率いる精鋭部隊が惑いの森に入っていった。


 その背を、一人の王子が見ている。サラ姫の兄であるイザナ王子である。この競争の始まりの合図を放つ役目を終え、惑いの森に入っていった者らを冷ややかに見ていた。


 最後の部隊が入ったのを見届けると、イザナも森へと入る。森に入ったイザナの前にザッと音をたて人が降り立った。


「エニシ、ユカリ」


 イザナにそう呼ばれ、前に降り立ったのは二人。顔形は似通っているものの、二人に血の繋がりはない。しかし、一見二人は双子に見間違うほどの容姿である。


「サラの……」


 イザナが発すると同時に聴こえる歌声。


「サラ姫様……強い歌声ですね」


 ユカリは籠の塔の方向を見ながら呟いた。エニシも塔の方を向く。


「ああ、サラは挑んでいるんだろう。惑わず来いとな」


 そう言って、イザナはニヤリと笑った。


「サラの所に、あれを置いてこれたのだろう?」


 先ほど言いかけた言葉をイザナは発した。


「はい、窓際になんとか置いてこれました。『籠の塔』を登るは容易ではありません」


 エニシもニヤリと笑う。


「惑わずに進み、あれを惑わずに登る勇気のある者……」


 せめて、サラを託すならそれくらいの男でなければならない。王もイザナもそう思っている。


「さあ、我らも行くぞ」


 森に流れる歌声を追わず、イザナらは城に向かって走り出した 。




***




 森はざわつく。


 大勢の進行がいつもの森のざわめきを七倍に、いやそれ以上にしている。歌声に向かって進む七か国の王子らの隊。 惑いの森は、サラの歌声に聞き入っている。よって、森は侵入者を惑わさない。


 しかし、一個隊が遅れはじめた。一番遠い北方の国からきた隊である。南国の暑さに体が慣れていないのだろう。


「クツナ国は暑いなあ」


 大柄の男が発した。


「我らが隊だけずいぶん遅れております。デイル王子様、もう少し急ぎましょう」


 大柄の男はどうやら王子のようだ。そして、急くように促しているのは王子の側近といったところか。


「急ぐ必要はない」


 デイルはそう言うと、どかっと腰を下ろした。


「デイル様?!」


 狼狽える隊の者らを一瞥し、デイルは告げる。


「こんな馬鹿げた競い合いはおかしいと思わないのか? 大国の精鋭が血眼になって、か弱き女を奪いに行くなど、恥ずかしくてかなわん」


「何をお言いです? 最初にデイル様が森を抜けた者が勝者だと宣言したのではないですか! 国の威信がかかった戦いです!」


 側近は目を見開いてデイルに応じる。そうである、この競い合いの最初の発信者はデイルなのだ。


「ほお、キールは女を拐うことが国の威信になると言うのだな?」


 側近キールは肩を怒らせる。隊の者らは、そんな二人をおろおろと見るばかりだ。


「そんなことを言っている場合ですか?! 最下位のこの状況です。このままでは弱小国だと宣言するようなもの。腑抜けだと他国に笑われますぞ」


 キールは苛立ちながら発した。デイルはフーンと鼻を鳴らせる。その様がさらにキールの頭に血をのぼらせる。キールはスッと息を吸い込んだ。正に声を荒げようとした瞬間に、デイルは立ち上がる。隊の中で誰よりも図体がでかいのはデイルである。そのデイルが立ち上がり、冷ややかに一睨みした。キールでなく、歌声の方向に。キールらはそのデイルの雰囲気に飲み込まれる。


「戦火が間近まできていただろ。ヒャド国は両隣国に攻めいられる寸前であった。その戦火をヒャド国から一番遠いクツナ国に向けただけだ」


 歌声はデイルの胸を締め付ける。


「姫を拐うなどと俺は宣言していない。ただ犠牲なく戦を回避したかった。……まさかこんなことになるとはな」


 歌声は流れる。惑いをもたない者などいないだろう。


「国の威信など、もうない。俺は卑怯者だ。クツナ国を犠牲にしたのだからな」


 キールら精鋭隊は、小さく口を噛んだ。


「お前たちとてわかっているのだろ? いいか、この競い合いに勝敗などない。参加していることがすでに敗しているんだ。国の威信どころか、誇りさえない! 女を拐って、勝利に酔いしれるなど!」


 デイルはそう吐き捨てた。


「ですが! デイル様、せめて森をいち早く抜けることはさせてください。それさえも目指さねば、最初の宣言にも……この歌声に応えられないでしょう」


 キールはそう放った。デイルは瞳を閉じて歌声を聴いている。


「……ああ、そうだな」


 デイルは目を開く。


「行くぞ。あの歌声にせめて応えようか」


 キールら精鋭隊は頷いた。デイルを先頭に走り出す。惑わずに来い、そう歌声は放っている。デイルは唇を噛み締めながら走る。自らの発信がクツナ国を陥れた。その事実は変わらない。


『そうだ、せめてこの競い合いの行く末を見届けることが俺に出来ること』


 デイルは一心に走り続けた。




***




 森を抜けるには丸一日はかかるだろう。


 夜営を組んだ精鋭隊から煙が上がる。森から上がるいくつもの煙をサラは確認した。さえずりがゆっくりと消える。日中歌い続けた喉は焼けるように熱くなっている。サラはコップに水を注ぎ、コクンと一飲みした。


 森の中に灯りが灯った。七つの灯りは、籠の塔からまだ離れた位置だ。サラは夜空を見上げた。月明かりがほのかに籠を照らす。籠の塔はまだ暗い。すでにサラしかいない塔に灯りを用意する者はいない。サラは月明かりの籠の中で水を飲み干した。そして、テーブルに置いてある本を抱きしめる。


「明日、私は誰に拐われるのかしら?」


 サラは籠の中を眺める。


「ふふっ、この籠から拐うのだから、私は放たれるの? ……ううん、違う籠に移るだけかしら」


 呟きが闇に溶ける。サラはパラパラと本をめくった。薄暗い中で、挿し絵の青い薔薇だけがサラの目を惹き付けた。




***


『青の奇跡』


いにしえのおとぎ話である。


姫はたった独りで城に残された。

敵が攻めてくる城に。


姫は宣言する。

『敵を王間にて迎える!』と。

配下もいないたった独りの戦いはそうしてはじまった。


姫の背には青き痣。

その瑠璃の青きは国を守る者の証である。

頂きである証である。

敵は王間に押し寄せた。

姫は敵に背を向けた。

青きイチリンの薔薇が咲く背を。


『お待ちしておりました。さあ、戴冠式を行いましょう。女王である私だけが、命じることができるのです。……敵はすでに貴国に迫っておりますよ』


王間に押し寄せた者らは驚愕する。

瑠璃は誰もが知る頂きの証である。

その頂きは告げた。

この戦いの真の敵を。

この王城に攻めいるよう唆したのが敵であると。


姫の元に神鳥が舞い降りる。

国に散らばっていた姫の手足から姫に知らせが届く。

神鳥が知らせを運んでいるのだ。

唆され攻めいった国が唆した国によって脅威にさらされていると。

攻めいった敵はひれ伏した。

姫に助力を願って。


瑠璃の女王が立つ。

祝砲が放たれた。

瑠璃の頂きの元に集まった誇り高き者たちによって、奇跡の勝利を掴んだときも、その瑠璃のイチリン女王は一人で王城の立っていた。

たった独りで城に……


瑠璃の奇跡が大陸を駆け巡る。


青きイチリンは気高さ。

青きイチリンは奇跡。



***





「イチリン姫」


 サラは青きイチリンの薔薇にそっと触れた。そのいにしえのおとぎ話は、サラがずっと愛読してきた物語である。遠い昔のおとぎ話。遠い国のおとぎ話。時を超えサラの手に渡ったその本だけが、今のサラを唯一支えている。


「独りで立ち向かうなんて……」


 サラはポツリと呟いた。


 『んっ』と喉が鳴る。サラは言葉を紡ごうと口を開いた。戸惑いが唇を震えさせる。


「独りでなんて、私に出来るの?」


 その問いに応えるように、月明かりがゆっくりと青き薔薇を照らした。挿し絵の青い薔薇がサラに微笑む。


 サラの頬に一筋滴が流れた。


「ええ、そうね。そうよね」


 そう言って、サラは本に笑顔を向けた。涙を拭い、大きく息を吸う。


「抗うわ!」


 凛とした声が籠を振動させた。


「不可能を可能にした貴女のように!」




 惑いは消えた。


 デイルの惑いも、サラの惑いも……

次話更新本日午後予定です。

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