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籠の姫  作者: 桃巴


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19/41

宴②

 扉が開くと、一斉に皆の目がサラに向いた。檻に入ったサラに。ガラゴロと檻は広間の中央へ。付き役のルクアは唇を噛みしめる。真っ直ぐ前を向き檻の横を歩んでいる。広間の中央で、檻は止まった。しかし、檻はまだ開かない。サラの目の前には、空席の玉座。右に段を下げて座するはマヌーサである。その顔は満足げにサラを見下していた。


 ーーザッザッザッーー


 近衛兵が先導し、王が入ってくる。マヌーサは立ち上り王を迎えた。王の後方にはザラキ。ザラキは左に段を下げての椅子の前に立つ。王が玉座の前でサラを見つめた。


「風情がない」


 ぽつりと溢す。それを聞いたマヌーサの眉間にしわが寄った。王は玉座に座った。それを合図に宴が始まった。サラの檻が開けられる。王への宴の挨拶だ。サラはルクアの介助で檻から出た。


 ワンショルダーのドレスは、ウエストまでピッタリと光沢のある生地がサラの肌に沿う。ウエストからは薄い生地へと切り替わる。右足のスリッドはクツナの女性の伝統的ドレスである。その肌の露出したドレスは、ラフトでは好まれない。


「はしたない」


 マヌーサが扇子で口元を隠しながら呟いた。呟いたと言っても、それは広間に響いている。その呟いきを引き金に、ヒソヒソ、コソコソ声が漏れ出す。


『なあに、あの下品なドレスは』

『蛮族の姫だもの、礼儀を知らないのよ』


 女のヒソヒソほど、よく聞こえるものだ。それでもサラは凜と立つ。


「これ、鳥よ! さっさと王様にご挨拶せぬか。皆も早うご挨拶を!」


 マヌーサが声を張り上げた。広間の客が動き出す。ルクアがサラを促した。サラは王を真っ直ぐに見据え一歩を踏み出した……


 ーーバチャンーー


 突如サラの頬を濡らすは、ワインか。マヌーサの取り巻きの侍女が、サラの頬にワインをかぶせた。


「あら、まあ……おかしいわ。私、さえずりにワインを与えたのに、飲んでいただけないのね。喉は渇いていなかったのかしら?」


 クスリとサラに失笑を送った。ルクアは素早くサラの頬を拭おうとハンカチを取り出すも、サラはそれを制した。


「ラフトでは、小鳥にワインを飲ませるのね。おかしいわ、私は無知だから知らなかったわ」


 頬を手の甲で拭い、思いっきり振り払った。ワインの滴が侍女のドレスに斑点を作る。侍女は目を吊り上げた。


「失礼!」


 ルクアは侍女とサラの間に入る。


「そのような汚れたドレスで、宴に出られるのですか?」


 ルクアはハッキリと侍女に告げる。侍女は息もできぬといった怒りの形相でルクアを睨んだ。


「その女だって、汚れたではないか!」


 侍女はサラのドレスを指差した。ワインのしみがついたドレスを。


「ルクア、私のドレスは最初から彩りがありましたわね?」


 ワインのしみは薄い生地に綺麗に広がって彩りを添えていた。


「ええ、クツナのドレスですから」


 ルクアは滑らかに答える。そして、侍女の無様なドレスを一瞥した言った。


「はしたない」


 と。侍女は唇を目一杯噛みしめ、涙目になりながら宴を後にした。その様子をマヌーサは鬼の形相で眺める。


『あの野鳥めぇ!!』


 マヌーサは付き役の侍女長に耳打ちした。


『落とせ』


 マヌーサの口元は扇子の内側でニタリと口角を上げた。




 王への挨拶に向かうサラの道がサッと開かれた。それはそれは奇妙なほどに。ルクアは促すのを躊躇する。そこにススッと侍女らが体を寄せた。ルクアはあっと思ったものの、すでにサラは侍女らに促され、進まされていた。ルクアもすぐに後に続く。しかし、サラの横にはいけない。


 『ささっ、どうぞ』と促され、サラは前へと歩む。侍女らのおかしな動きに注意しながら。ルクアはその後ろだ。サラは玉座を見つめる。王は不機嫌な顔を見せていた。ちらりと横を見る。マヌーサが扇子をパチンと畳んだ。サラは気づく。マヌーサの口元が歪んでいた。卑劣な笑みだ。それが合図なのだ。そう、扇子が閉じるのが。


 サラの体はガクンと崩れる。右の侍女の足とサラの足がぶつかって。事はあっという間だ。左の侍女が助けようと手を伸ばす……ふりでサラの背を追撃し押した。サラは派手に転んだ。スリッドは捲れ上り、太腿まであらわになった。左の侍女はサラの背を押すと同時に、バランスを崩すふりをしてよろつき飾られた大花瓶にもたれかかった。


 ーーガシャンバチャーンーー


 サラの身に花瓶の水がかかった。




 濡れた小鳥は放心する。サラは、放心した……


『なんで……』


 髪からポタポタと滴が溢れる。


『なんで……なんで……』


 サラの心は奈落の底へと落ちていく。視界が水に溺れていく。


「美しき鳥よ、今宵はそなたを傍に置こうぞ」


 そうサラに声をかけたのは、王であった……




 広間は静まりかえった。




 サラの胸が鼓動をはじめる。強く強く打っている。


「美しきは鳥ではなく、さえずりですわ!」


 そう言って、サラは立ち上がった。肌に貼りつくドレスを気にもせず、四肢のラインがあらわになっていても。このような辱しめを受けても……サラは立ち向かう。


「ほお、鳥を愛でるは美しきことでは?」


 王がサラに問うた。


「放たれてこそ愛でられますわ」


 サラはドレスをたくしあげる。そして思いっきり降り下ろした。水滴が辺りに広がった。


 サラは歌い出す。


 さえずりこそがサラに与えられた唯一なのだから。



******



******



 さえずりを終えるとサラは王に一礼した。


「儂が言ったことを覚えておるか?」


 王は閉じていた目を開けると、サラに問う。


「私が言った約束を覚えておりますか?」


 それがサラの答えだ。王の言ったこと、それは王妃の席が空いていること。そして、先ほど王は言った。『今宵はそなたを傍に置こうぞ』と。


 サラはそれに答えたのだ。王妃となればさえずりはせぬと。そうサラは言っていた。王は顎を擦る。そして、もう一度言った。


「鳴かぬとも、鳴かせることもできるがな」


 と。それはやはりサラの今宵を望むということだ。寝夜を望むということだ。サラの肌が色づく。周りの者は王とサラの会話の内容がわからないものの、王の最後のひと言は理解できている。広間はざわついた。マヌーサが肩を怒らせている。皆はサラを好奇の目で見ている。


 ザラキは、一際熱い 眼差しをサラに向けていた。


 ーーパンパンパンパンパンーー


 ザラキが拍手をした。


「見事なお披露目でしたな、姫!」


 ザラキのひと言が、マヌーサに希望をもたらせた。


「ええ! ええそうですわね。父上、素敵なお披露目でしたわ」


 先ほどの会話が、お披露目の余興であったと場を持っていく。ざわつきがさらに増す。皆が顔を見合せ、余興であったのかと安堵とも、そうとも言えぬ微妙な顔で頷き合っていた。ザラキは王に体を向け、真摯な一礼をした。王はフンと鼻を鳴らし、手首を返した。今ので良しとの親子の会話のように。ザラキはサラに向き直る。


「姫を連れていけ!」


 ルクアが瞬時に動く。姫を覆うように背に手をまわして広間を下がった。




「姫様、大丈夫ですか?」


 サラの体は小刻みに震えていた。薄手のドレスに水をかぶったのだ。それに、王との会話もサラを震えさせるには十分であった。


「ええ、ええ、……」


 サラは何とか答えたが、思うように足が前に行かない。


「失礼、そのような格好では黒宮を通れませんよ」


 サラとルクアは振り向く。そこには五名ばかりの兵士が整然と立っていた。サラとルクアは後ずさる。


「ザラキ様から、邸まで護衛するように命ぜられました」


 皆、サラに頭を下げた。


「け、けっこうよ」


 サラは震える声で答えるも、先ほどの兵士が頭を振る。


「黒宮は飢えた男の集まった宮です。そのお姿では格好の獲物になりましょう。さあ、これを」


 兵士はサラに綺麗な女物のマントをつき出した。ルクアが代わりに受け取り、サラにかける。


「ありがとう」


 サラは笑顔を返した。しかし、その顔は青ざめている。


「急いで邸に戻りましょう。風邪をひいてしまいます」


 五人の兵士らはサラとルクアを囲むと急いで進んだ。サラもルクアも従うのみだ。黒宮の男たちの視線がサラにつきまとう。その中を毅然と進むのだ。黒宮を出て、中庭へ出ると夜風がサラを突き刺した。


「姫、すみません。ご無礼お許しを」


 五人がサラの身体にピタリと寄り添う。風よけとなった。その状態で紅宮まで移動する。紅宮の扉をトントンと叩くと、出てきたのはマヌーサの取り巻きの侍女だった。


「……」


 無礼にも、侍女は兵士らに挨拶の言葉もかけない。


「姫を邸までお連れする」


 兵士が中に入ろうとするも、侍女は顔をしかめてはだかった。


「紅宮は、王様王子様以外漢おとこの入宮は禁制にございますよ」


 今度は兵士が顔をしかめる。


「王様とザラキ様の命令を退けるとは、いい度胸ですね」


 と返した。侍女は驚きの表情となる。


「ま、まさか……そのようなこと」


「王様は姫に今宵をご所望されるほどのご執心であられますぞ。さて、紅宮の侍女に追い返されたと報告しましょう」


 兵士はくるりと背を向けた。


「王宮殿にお運びしろ」


「お、お待ちくださいまし。王命とは存じませず、ご無礼をいたしました」


 侍女は慌てて引き留める。


「ご用を訊かずの振るまいに原因があるのでしょう。紅宮の侍女は、その程度の役割も忘れてしまわれたか?」


 兵士はグサリと言い放った。侍女は体を縮こまられ萎縮している。


「行くぞ」


 紅宮から離宮まで突っ切る。紅宮の侍女らは何事かと兵士ら集団に目だけでうかがうも、声はかけなかった。


 紅宮の裏門を出て、離宮のサラ邸まで兵士らが着いてきた。


「すぐに湯場の準備だ」


 ルクアに兵士は命じた。サラとルクアは邸に入る。


「後ほど、また参ります」


 兵士らが紅宮へと向かっていった。


「サラ姫様、まずはお着替えを。私は湯場を準備いたします」


 サラは主室で濡れて凍えたドレスを脱いだ。唯一ザラキからもらったラフトのドレスに身を包ませる。


「サラ姫様、まずはお足だけでも」


 ルクアが桶を持って入ってくる。湯気が立ち上がっている。サラは冷えた足先を桶に入れた。


「温かいわ」


「しばし、お待ちください。湯場が準備できましたらお知らせいたします」


 ルクアが下がる。その時、天井に微かな音がした。サラは聞き逃さない。


「エニシ」


 ストンとエニシはサラの前に降りる。


「はっ」


 エニシは頭を下げた。


「ユーカリに戻って。ルクアが来てしまうわ」


 エニシは素早く動く。部屋をソッと出ると、時間も経たずすぐに戻ってきた。ユーカリの姿で。


「姫様、これから他の邸に行きます」


「そうね、そうよね。私が予定より早く邸に戻っちゃったから、まだなのね?」


 ユーカリは頷いた。塔の下見はできたものの、サラの帰還が早く離宮の他の邸は見ていなかった。


「すみません。急ぎ行ってきます」


「気をつけてね」


 ユーカリはルクアに気づかれぬように出ていった。サラは大きく息を吐いた。宴の事を思い出す。


『鳴かぬとも、鳴かせることもできるがな』


 王の言葉に身震いした。だが、その王の言葉でサラは力がみなぎったのも確かだ。


「美しき鳥よ……か」


 あのまま、床を見ていたら……床に伏すは敗北だ。マヌーサに屈するも同じ。そこに王の言葉は、サラを奮い立たせるに十分だった。サラは自身を抱きしめた。クツナの塔にいた時と同じように。


「また、塔に入れられるのね」


 鳥は羽ばたけないの? サラはハッと笑った。


「イチリン姫のようには……なれないのね」


 瞳に溢れてくる。くじけそうになるのは、宴の事があったからか。サラは泣いた。


『なんで、なんで……、どうして、どうして……私なの? クツナで平穏に暮らしていたのに』


 声に出したい思いは、吐き出すことはできない。言ってしまえば、クツナを裏切ることになるのだから。


『どうして、私が犠牲にならなきゃいけないの!! 姫でなければ、私が姫でなければ……』

次話更新本日午後予定です。

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