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籠の姫  作者: 桃巴


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18/41

宴①

 さえずりが響く。


 王との謁見から欠かさず、サラは朝晩のさえずりを届けている。邪魔する者はいない。王との約束に逆らう者などいないだろう。紅宮の現主や侍女長らも、遠巻きに見ているのみ。いや、睨んでいるようだが。




***




 ーートーントーンッーー


 ーーカーンカーンッーー


 宮殿では工事が佳境を迎えている。サラの塔が作られていた。王宮殿の対面、城下町側の建物に増築されているのは、サラを飼う鳥籠である。ザラキの指揮の元着々と塔は積み上げられていった。


 サラのさえずりは、王宮殿だけでなく城下町さらにはその遠くまで聴こえるかもしれない。ラフトには、王宮殿以外に高い建物はない。王宮殿に続く高い建物が、サラの籠宮殿となろう。


 ザラキは塔を上る。対面の王宮殿と塔から見える城下町、ぐるりと四方を見渡した。その瞳が紅宮へ。


『ブランカ』


 今はサラ邸となっている離宮の一邸にザラキは思いを馳せた。ザラキの伴侶ブランカは、政変後しばらくして父である王に命を奪われた。理由はわかっている。頭ではわかっている。しかし、ザラキは幾時も血ヘドを流した。明暗、陰陽、物事には表と裏がある。ザラキはどちらもその胸に刻んだ。


 父がなぜ主君である王に刃向かったのか。なぜ自らの妃、側妻、さらにはザラキの伴侶まで残忍に奪ったのか、ザラキは十分な理由を知っている。いや、父と同じ思いでもあるのだ。


 烈火の思いが身体中を乗っ取った。その真実を知ったからだ。下劣な行為にザラキの父は、身を焦がし……憎悪とともに、頂きを変える大義名分を天から授かった。だからこそ、ザラキは身を焼かれながら父である王に従っている。そして、もう一人腹違いの妹マヌーサには一滴の情もなくなった。ブランカを死に追いやったのは、裏で手を引いたのはマヌーサである。


『ブランカと同じように、あの姫も父王にヤられるのよ』そんなことを含んでいるのだろう。ブランカの邸をサラにあてがったのは。ザラキは紅宮を睨み付ける。


「巫女の成りそこないめ」


 そう吐き捨てた。マヌーサを巫女の成りそこないと。だからこそ、未婚のマヌーサがラフトで紅宮の主になっているのだ。そして、未だ妃をもたない王やザラキに言い寄る紅宮の者ら。ザラキは煮えたぎる心の矛先を紅宮に向ける。女の卑劣さに。その卑劣がブランカを死に追いやった。ザラキの心はあの真実を知った時から、ブランカを失った時から、嵐が吹き上げている。それは止むことのない嵐。正常な判断を下せる状態を保てるのは、ほんの少しの希望があるからだ。


 ザラキは空を見上げた。今日も北方の空はどんよりと曇っている。あのクツナで見た青い空は、ラフトにない。


「ザラキ様、残りは鳥籠だけです」


 汗だくの作業員が報告する。ザラキは頷いた。塔は完成した。塔だけは完成した。あとは籠だけである。


「頑丈な鳥籠を作れ」


 『壊れてしまわぬような』と、言葉は内で言った。ザラキは今、壊れた籠から落ちていくサラを思い出していた。




 塔の完成を祝う宴が黒宮で開催されることとなった。籠の部屋はまだないが、塔の完成を祝しての宴である。いや、サラを披露するため。王直々に王命が下った。


 黒宮は紅宮と対なる宮である。主に兵士ら男衆が主だ。練兵所や詰所、櫓などがあり、紅宮と違って物々しい。しかし、黒宮の王宮殿に近い一角は、王宮殿にない迎賓の間が設えてある。


 そこが宴の場だ。




***




 紅宮は朝から騒がしい。貴族出の侍女たちは着飾っていた。王妃の後がま、ザラキの妃を目論んでいるのだ。宴は絶好の機会である。


 マヌーサは着飾った侍女らを一人一人確認していく。マヌーサの息のかかった者らが宴に参加できる。マヌーサの紅宮での権力は、こうやって築き上げられた。


「皆さんよろしいわね?」


 マヌーサの言葉に、侍女らは頷いた。マヌーサはニタリと笑んだ。


「オホホ、楽しみだわ」


 マヌーサが先頭で歩き出す。背後は侍女長。付き人役である。水盤の中庭では、上級貴族らが立ち話をしていた。その横には見目麗しい娘らが佇んでいる。マヌーサ率いる侍女らを見ると、ソッと瞳を伏せ膝を曲げた。貴族らも同じくである。マヌーサは、顎を上げ一瞥した。


「ご機嫌麗しゅう」


 ひと言だけでその場を通り過ぎれるは、マヌーサ故だ。ラフトの女帝としての地位を振りまいた。その頃、……マヌーサが紅宮から黒宮に移動していた頃、離宮サラ邸では……





「サラ姫様、そのドレスでいいのですか?」


 ルクアが心配げにサラをうかがう。


「ええ、『さえずりのお披露目』なのでしょ。ならば、クツナの羽根をお見せしなければね」


 サラはくるりとまわった。クツナのドレスをまとう。寒いラフトでは不釣り合いの肌の露出したドレスである。


「付き役をお願いね、ルクア。ユーカリはいいわね?」


 サラは付き役をルクアにした。本来ならユーカリであるが、ユーカリには別のことを命じてある。


「塔の調査ですね」


 ユーカリは笑顔で答えた。皆が宴に行ってる間が、絶好の機会である。籠ができてしまえば、サラは塔に移されるであろう。


「しっかり調べてきてね」


 ユーカリは頷く。しかし、ルクアはそれにも心配げな顔を見せた。


「と、塔は作業員だらけです。侍女が訪れれば目立ちますよ」


 と。ルクアはユーカリが男であることを知らない。サラとユーカリはきょとんとして、笑った。


「大丈夫よ、ルクア。ユーカリには奥の手があるのですから。それと、時間があれば離宮の他の邸も確認しておいて」


 サラはそう言うと、ルクアを促す。ルクアは中庭へと向かう。サラの迎えは水盤の中庭に来るからだ。


「では、か、確認してきます」


 ルクアの言葉詰まりもだいぶなくなっている。毎日の歌のおかげだろう。ルクアが出たのを確認したサラは、ユーカリと頷き合う。ユーカリはユーカリからエニシに変わる。


「姫様、くれぐれもご注意ください」


 宴は飼われたさえずりのお披露目だ。きっとサラを蔑むのだろう。それがわかるから、エニシは言ったのだ。


「それは私の台詞よ。エニシ、くれぐれも気をつけてね」


 エニシは『はっ』と答え、跳躍する。ルクアがそろそろ来るだろう。エニシは消えた。その身軽さがエニシの強みだ。


 ーーコンコンーー


 ルクアが戻ったようだ。


「サラ姫様、お迎えが参りました。中庭までご案内いたします」


 ルクアは淀みなく発した。サラはツカツカと歩む。宴へと、戦場へと赴くために。




 夜空に映えるは青き月。水盤に映った月はゆらゆらと揺れてさざめいている。そんな綺麗な景色とは不釣り合いな檻が、サラの目の前にあった。下衆な笑いの侍女らが、それを指差しヒソヒソと話している。マヌーサに選ばれなかった侍女らだ。


『見て、檻よ。檻に入れられるのよ』


 ヒソヒソ声が風にのって聴こえた。ルクアは小刻みに体を震わせていた。


「姫様、すみません。すみません。このようなラフトですみません」


 ルクアは恥じていた。


「いいのよ、ルクア。私は飼われたさえずりですもの」


 そのサラの両の腕をガシリと兵士が持ち上げた。


「さっさと入れ!」


 王宮殿の王間にいた兵士らだ。あの無感情の兵士らだ。サラは檻に入れられた。ガシャンと檻が閉まる。ルクアは歯を噛み締めうつむく。サラはちらりと塔を見た。エニシがすでに潜入しているはずだ。気をつけてと祈る。その瞳が次に確認したのは、ルクアと同じようにうつむく者数人。サラは小首を傾げる。今までにない様子がうかがえた。気には止めたものの、黒宮の門が開くとサラの気持ちは宴へと移る。


「南国一のさえずりのお披露目である!」


 兵士は黒宮に声を響かせた。黒宮では、屈強な兵士らが下衆な笑みでサラを迎えた。


『お、あれがさえずりか』

『ずいぶん、毛並みの変わった鳥だなあ』


 などと、声が聴こえてきた。サラは王宮殿にはじめて上った時を思い出す。あのときもそうであった。兵士らに周りを固められ、暗がりの殿に恐怖した。そして、今日は下衆な瞳で見なめられ、明るい宮で檻に入った姿をさらされる。恐怖でなく辱しめを与えられているのだ。サラはそれでも平静を装った。なぜなら、代わりにルクアが屈辱に身を震わせているのだから。ルクアは小さな声で謝り続けている。


「ルクアは背筋を伸ばして」


 そう声をかけた。ルクアは涙目をサラに向けた。


「す、すみません」


 ルクアはなおも謝る。


「ルクア、背筋を伸ばして。涙を拭って。さあ、宴よ。見ていて、私はどんなことがあっても誇りを失ったりはしないもの」


 サラは笑顔をルクアに見せる。ルクアにも言っているのだ、誇りを持てと。


「は、ぃ。はい!」


 ルクアは背筋を伸ばして前を見た。涙を止める。ルクアも戦うのだ。自身を見下していたあの侍女長らと。




 檻は運ばれる。宴の迎賓の間に。

次話4/11(火)更新予定です。

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