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籠の姫  作者: 桃巴


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17/41

男の勝負

 デイルは食べはじめた。ソラドも食べはじめる。その他三人は、遠慮がちに食を進めている。


 デイルは頃合いを見て話し出す。


「……つまり、ヒャドの双頭の鷲の予言に抗うために、ラフトと手を組んでみた。隣国を従えるかもしれないヒャドの脅威に、抗ってみるために。ネザリアは生が途切れていた。脅威であった」


 ソラドは無言で頷く。


「しかし、一つの予言が通れば、もう一つの予言が……」


 デイルは呟くように言った。隣国を従えるに対するは、双頭が噛み合い破滅する。つまり、ザイールとデイルが国を混乱させ、破滅させるということだ。


「ネザリアは……結局、自国の利の予言を手伝ったのか?」


 デイルはギロリとソラドを睨んだ。


「ヒャドがネザリアの立場ならどうしていた?」


 その視線を跳ね返すように、ソラドはデイルを真正面から見据えた。自国に王を引き継ぐ者が生まれない。隣国の従国となるか、隣国の破滅を望むか。言うまでもなく、ヒャドの破滅を望むだろう。デイルはただ目を伏せた。


「では、ラフトの予言はどう抗った?」


 伏せた声は低い。


「不吉な子の一人をなんとか助けた。ほれ、その子ルカニじゃ」


 ソラドは給仕の女ルカニに視線を向ける。なるほど、二十歳ぐらいの女である。


「しかし、ラフトの予言も変えられなんだ。不吉は身を結び、政変によって王は変わった。それも暴君にな」


 ソラドは大きく息を吐き出した。デイルもため息をつく。予言は筋書きを変えていない。


「しかし、双頭の青き星はここにいますよ」


 レミドは嬉々とした声で発した。そうである、あの酒場で語り部は言っていた。双頭の青き星と。そして、ソラドもその青き星を夜空に見せたではないか。


「そうじゃ、赤き不吉星は十日で消えた。そしてな、うっすらと、うっすらと、青き星を見つけたのは儂じゃった。希望をな、視たんじゃ」


 ソラドはそこでふぅと息を吐く。コップの水で喉を潤した。


「ネザリアでは、青き星は希望を意味するのです」


 レミドがそう発した。


「ああ、そうじゃ。だから我らは青き星の出現で、……頼ってしまったのじゃ。ただ何もせず、青き星が助けてくださるとな」


 デイルはそこで『ああ、そうか』と気づく。『抗う意味を』その力は自身の手にあるのだ。


「そうじゃ、抗うこともせず、先王は生が途切れた。我らの怠慢なのじゃ。天が示したおぼし召しを、我らは無駄にしたのじゃ」


 だから、ネザリアは予言に逆らおうと抗った。しかし、予言は筋書きを変えていない。


「青き星はここ数か月瞬きを増した。ヒャドは隣国を従えない、破滅もしていない。唯一予言が変わったのはヒャドであろう?」


 ソラドはデイルを見る。デイルは頭を横に振った。


「破滅に……向かっていますよ」


 と。ザイールではヒャドは支えられないのだ。


「攻めいられましょう。……我が父の死を知ったならば、ラフトに」


「デイル様」


 キールは思わず発したのだろう。ヒャドの破滅をキールは望んでいない。デイルがヒャドを見捨てるとは思っていないのだから。デイルはキールを見る。『すまないな』そんな表情で。


「ヒャドの破滅はありますまい。青き星は希望じゃ。噛み合いをさけ、今ここにいるは王子様じゃ。ヒャドにいれば、自ら頭となろうとその手を朱に染めたはずじゃ……まさに赤き星のように」


 ソラドはあえてキールを見つめて言った。デイルがなぜヒャドに背を向けているのかを、言い聞かせるためだ。


「デイル様……」


 本当なのですか? と言葉は続くはずだが、キールは止めた。デイルの拳を見たからだ。本当は、ヒャドを守る頂で指揮したい。しかし、それを望めない自分の立場。それを痛いほどキールは理解している。ヒャドを守るため奔走するも、ヒャドでデイルの立場は厳しいものになっていった現実があるのだから。


「俺に出来ることは、犠牲になった姫を救うことだけだ」


 デイルの拳がさらに強まった。


「俺はまた卑怯者になる。ヒャドに向くであろうラフトの牙を反らすため、また姫を拐おうとしているのだからな」


 キールは驚く。出発時の話とは違っている。デイルは言っていた。見捨てた姫を救わなければ、ヒャドを救う資格はないと。しかし、デイルの心のうちは違っていたのだ。


「王子様は、悪者にはなりきれん。青き星はどこまでも青き希望じゃてな。確かに姫を救う話が流布されれば、ラフトの目は姫の守りに向くだろう。だが、王子様はそのためだけの気持ちで、無謀にも挑みに行くのでしょうか?」


 視えるソラドの目に、デイルは見透かされているように感じ、つとソラドから瞳が反れる。ソラドはにっこりと笑んだ。


「まあ、良いでしょうて。何はともあれ、姫を救う話が流布されましょう。それが望みでこのネザリアに来たのでしょう?」


 デイルは頷く。すでにソラドには何もかもお見通しのようだ。


「ネザリアにその審判をお願いしたいのです」


 デイルはそう答えた。ソラドは顎をさする。考えているのだ。


「いや、それは断ろう」


 ソラドはさらりと言った。キールは顔をしかめる。ここまできて、それはないだろうとの思いが顔に出たのだ。


「審判は民がすることになろうてな。北方の民が審判をするじゃろう。この物語は、暴君とて抑えられぬ。北方の民の口をすべて塞ぐは不可能だ。民が抗うのじゃよ」


 ソラドが言い終わると同時に、扉がノックされた。


『ソラド様、例の者から報せが届きました』


「入れ」


 その報せを読むソラドの目が険しくなった。


「王子様、姫はやはり抗っておる。暴君に処分される寸前だったとの報せだ」


 デイルはガタンと椅子を倒し立ち上がった。すぐに向かおうと扉へ走る。


「デイル様!」

「待たれよ!」


 キールとソラドの声は同時であった。


「報せの続きを聞きなされ」


「姫は飼われたさえずりをかってでた。朝晩のさえずりを王に届けるようだ。……王はこうも言ったそうだ。『王妃の席が空いておる』ともな」


 デイルだけでなく、キールもレミドも驚愕の表情だ。さらに、ソラドは続ける。


「ザラキ王子も姫にご執心のようだと、報せにあるぞ」



 デイルは力の入った肩をすとんと落とすと、両手で頬をパーンッと叩いた。


「落ち着いてくだされ。姫はまだ誰の手にも落ちておらん。もちろん、デイル王子様の手にもの」


 ソラドはそう言うと立ち上がる。皆が立ち上がった状態となった。


「民の口ほど早い伝達はない。今夜の語り部の物語は、大陸を駆け巡るであろうて。ラフトにそれが到達する前に、潜入しておいた方が良いだろう。ラフトは守りを固めるだろうてな」


 デイルは頷く。まだ話は終わっていない。ソラドは続けた。


「レミドとルカニを連れていけ。役に立つじゃろうてな」


 レミドとルカニはびっくりするも、笑顔で応えた。


「ラフト城に、密偵を三人潜入させておる。この報せはその者らからだ。これぐらいしか協力できんが、どうかこの北方の安定のため、ご尽力くだされ」


 ソラドはデイルに深々と頭を下げた。レミドやルカニも慌てて頭を下げる。


「これぐらいどころか、我々の力になっていただき感謝致します。ソラド長官、抗いましょう。北方の安定のため、ヒャドのため……いいえ、ただ一人救いたいお方がいる。私はその方のため、私欲のため行きます」


 デイルはニヤリと笑った。ソラドはウッホッホと笑い返す。


「掲げる大義名分は、清廉である必要はないのです。それを民は望んでいませんでな。大義名分が立派であればあるほど、民は犠牲になる。戦とはそういうものじゃ。王子様、戦でなく男の勝負をしてきなされ」


 デイルとソラドは固い握手を交わしたのだった。




 マントが翻った。

 青き星が向かうは、ミヤビ国である。

次話更新本日午後予定です。

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