吉報
外に出ると、ひんやりと肌をさす冷たさ。デイルは息をハァーと吐き出した。白い息が闇に舞う。
「びっくりしましたな」
キールが発した。
「ああ、まさか我々がしたかった物語の流布を、神官自らがしたとは、正直驚いた。それに……」
デイルは語り部の話を思い出す。姫は今、ラフトでどのような不遇な状況になっているのかと、心を痛める。
「それに?」
キールは聞き返した。
「姫は、抗っているのだろうか? その身を危険にさらしてまで、抗っているのか」
デイルは夜空を見上げた。キールも空を見る。天読みで方位を確認すると、
「神殿はあちらですな」
と指を指した。キールはデイルの言葉に返す言葉がなかった。抗い続ける姫が、ラフトでどうその命を延ばせるのかと思いながら。が、辺りに気配を感じ神経を集中させた。デイルもまた同じくである。並ぶ二人は、肘でコツンと合図しあう。計五回のやり取り。総勢十名との合図だ。十対二、デイルは気配を探る。その気に、何の気負いもない。
「危害を加えるつもりはないのだろう! 出てきていただけぬか?」
デイルが発した。
ーートンッーー
前方に人影。
「いやはや、こんなに早く知られてしまうとは、やはりアオキホシよの」
それはデイルの前までコツコツと進み出て、一礼した。デイルは『あっ』と声が出る。
「先ほどは」
と言って、手首をくいっと動かした。先ほどとは違い、法衣姿をガラリと変え田畑でも耕していそうな出で立ちだ。そう、ソラドは酒を飲む手首の返しをデイルらに見せて近寄ってきたのだ。残りの九人は法衣姿で、ソラドとデイルらを囲んだ。
「ネザリアへようこそ、ヒャドの王子よ」
ソラドはそう言って、再度頭を下げた。デイルとキールは戸惑う。潜入がバレてしまっている。ソラドはウッホッホと笑った。懐から水晶を出し、
「見える時もあるんです。ほとんど見えないのだがね、時々あるんです。……生が途切れましたな?」
好々爺の眼光が鋭くなる。
「ヒャドの頂きは」
と言葉を繋げた。デイルとキールは息を止めた。『ヒャドの頂きは生が途切れましたな?』と言われたのだ。王は亡くなったと。デイルは無意識に剣へと手がまわる。
「赤き頭と青き頭で双頭である。……十九年前の、いやもう二十年前とならんか。予言を知らぬか、キールよ」
ソラドは初見のキールを名指しした。それにはキールも驚愕の表情を見せた。
「お主の師匠はネザリアで天読みを習得した者じゃ。のお、レミド」
ソラドの視線はキールの背後。キールは振り返った。囲まれた背後に、知る顔がいる。キールに天読みを教えたレミドだ。レミドは笑顔で頷いていた。
「ど、どういうことなのです?」
デイルは、剣にまわした手を下ろす。レミドはデイルも知る者である。
「お久しぶりでございます、デイル様」
深々と礼をした。
「さてさて、積もる話もあるじゃろうて、ささっ、行こう」
ソラドは楽しげに言ったのだった。
ネザリアの神殿は、ヒャドとの国境近くにある。天を見れるよう、周りに建物はない。先ほどの城下町から随分遠い。デイルはふと疑問に思った。ソラドはなぜその城下町にいたのかと。
「おかえりなさい、ソラド様」
神殿の門番が声をかけた。
「変わりはないか?」
ソラドがそう問うと、門番はにっこり笑って答えた。
「背後のお二人以外が変わりありません」
と。
「おうおう、すまなんだ。こっちのは青き星じゃ。で、こっちのがレミドの弟子じゃ」
門番はデイルをマジマジと見つめる。その瞳は好奇心そのもの。
「これこれ、さっさと開けんか。変わりは説明したじゃろ」
ソラドはウッホッホと笑った。門番が扉を開ける。開いた門の先に天文台が見えた。円型の天文台から八方に建物が伸びる。空から見たら、太陽のように見える造りだ。
「今日の吉方は南東じゃったな。レミドや、先に行って準備してくれ」
レミドとその他の者が小走りで建物に向かった。
「さあて、歩きながらでいいなら、話をはじめようかの」
ソラドの横をデイルが並ぶ。デイルは何から問おうかと考えるも、頭に浮かんだ様々な疑問を整理できずにいた。
「そうよのお、混乱しようて。儂も王子様の立場なら、頭がこんがらがっているはずじゃ」
ソラドはウッホッホと笑う。
「まずは、予言についてかの」
ソラドは天を見上げた。そして、指を指す。
「見えるか、あれじゃ。双頭の青きが光っておるじゃろ」
デイルとキールは夜空を見る。天を読めるキールは、ネザリアの空をしばし眺めた。
「……ぁ」
小さく漏れた声をソラドは聞き逃さない。
「ネザリアの空にしか見えない星もあるのです。王子様、青白く光る星を見れますか?」
キールは指を指してデイルに教える。デイルはそれを確認した。ソラドを見て頷く。
「あれが双頭の青き星です。約二十年前には、赤き星でした。青きと赤きで双頭なのです」
デイルは酒場の語りを思い出す。語り部は、ソウトウノアオキホシと言っていた。そして、それが自分である。
「私が双頭の青き星ということですか?」
デイルはソラドに確認する。ソラドはうんうんと頷き、次にキールを見た。促しているようだ。
「約二十年前の天の異変、私も耳にはしておりましたが、ソラド様のお話を聞くまでは思い出せませんでした」
無理もない。二十年前なら、キールは出仕してまだ間もなく、デイルに到っては幼子である。
ソラドは歩きながら、予言を話す。二十年前の天の異変と、北方三か国の予言を。国によって、予言は違っている。それは正しくもあり、……不十分でもあったのだ。
「読めることは全部じゃありません。当たり前じゃが、すべてを読め、すべてが予言通りであっては、この世界はつまらぬものになる」
デイルは頷いた。
「神様はつまらないでしょうな。すべてを知っているでしょうから」
デイルの発言に、ソラドはウッホッホと笑って答えた。
「そうじゃろうて、だから少しばかり我々に教えてくださるのじゃ」
ソラドは天を指し、指をくるくると回す。
「少し読めることで、運命は変わってくる。いや、変えていこうと抗う」
デイルはそうソラドに答えた。そうである、少しばかりの天の不吉な予言が、そうならぬようにと抗うことに繋がるのだ。
「ネザリアは、抗えなんだ。先王はたった十日で『生が途切れた』予言通りにな。そして、生が途切れたまま、十年が過ぎた。赤き星が輝き続けた十日と同じ……ネザリアは十に縛られたのじゃ。繋ぐ命、王子の誕生まで十年がかかったのじゃ」
ソラドは悔しそうに話した。デイルもキールも口を挟まない。
「思い知らされたのじゃ。抗うことの意味をな。天を読み、知っているから何もしないのは、『愚の骨頂だ』我々には、抗う力がある。ネザリアは気づいた。だから抗ったのじゃ」
ソラドはデイルをチラリと見た。わかるかと訊くように。デイルは頭を横に振る。
「すみません、わからない。何を言っているのです?」
ソラドの口元が弓なりになる。
「ネザリアの予言、ラフトの予言、ヒャドの予言。ネザリアは予言に抗えなかった。残りはラフトとヒャドじゃ。どうじゃ?」
これならどうだと、ソラドは説明したのだ。
「……なるほど、つまり抗うためにラフトと手を組んでみた?」
ウッホッホと響く。
「ほれ、ちょうど到着したぞ。ここが南東の建物だ。レミドやぁ、着いたぞぉ」
建物は天文台から長方形に伸びた形で、入り口は伸びた先の端にあった。扉が開く。真っ直ぐに廊下が伸びている。左右に等間隔に部屋がある。扉がいくつも連なっていた。奥の方からレミドが現れる。
「こちらへ」
レミドに案内され通された部屋は、中央の天文台近くの部屋。そこには、法衣を着た神官が六人並んでいた。そのうちの一人は、競い合いに参加していた神官もいる。その若い神官が、デイルらに頭を下げた。
「お久しぶりにございます」
デイルは軽く手を上げる。キールは深く頭を下げた。七神官であるのだ。キールの天読みなど、初歩的なもの。この七神官は天読みも最高位にいる者らである。デイルはキールの固まった様子を笑う。
「皆さんには、我らが潜入することなどお見通しでしたか?」
と発した。
「いえいえ、そのようなことまで読めましたら、もっとよいお食事をご用意できましたが」
神官がスッと体をはけ、デイルらの進むを見せた。はけた先には、食事が用意されていた。
「吉報を読めたのじゃ。その方角に進んだら、酒場がやけに輝いて見えてな。寄ってみたら、青き星が居た。水晶をかざしたら……久しぶりに見えてな」
デイルは頷く以外にない。ここで、ヒャドの王の死を否定しても意味はないだろう。ソラドもその事をむやみに口にしていない。……皆にわかるようには言っていないのだ。
「さて、皆いいか? もう青き星の顔を見れたのじゃ、我らだけにしてくれんか? 安心したじゃろうて」
ソラドは神官らをシッシッと払う。神官らはデイルに挨拶し、出ていった。
「レミドは残れ」
ソラドは出ていこうとするレミドを止めた。部屋には、デイル、キール、ソラド、レミド、そして……給仕の女だけとなった。
「話を続けよう」
ソラドは椅子に座った。デイルらもそれに並ぶ。円卓には五つの椅子がある。
「レミドも座りなさい。そちも座りなさい」
ソラドはレミドも給仕の女にも座るように促した。レミドと女は恐縮しながら座る。それにはキールも恐縮する。キールの師匠はレミドであるから。
「食べながら話そうぞ」
次話4/10(月)更新予定です。




