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籠の姫  作者: 桃巴


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15/41

アオキホシ

「ヒャドを見捨てるのですか?!」


 キールはデイルに詰め寄っていた。


 地下墓から城外へ出てすぐに、デイルはキールに告げた。『俺は、ヒャドを出ていくよ』と。


 キールの顔は怒りと悲しみを宿していた。それだけでなく、ああやっぱりとの気持ちも。


「ヒャドを見捨てるか……そうだな、見捨てるさ。俺が今、助けるはヒャドではない。俺が先に見捨てたものを、助けに行く。そうせねば、俺にヒャドを救う資格はないはずだ」


 デイルは空を仰ぎ見た。鳥が翔んでいる。あの青い空を思い出す。


「まさか……」


 キールはその続きを発しない。


「ああ、そうだ。俺は勝者になりに行く」


 デイルの視線は、空からキールへと移った。


「着いていきますぞ」


 キールは答えを出す。デイルと共にヒャドを出ると。


「そうか。礼は言わんぞ。……すまぬな」


 礼ではなく、詫びる。


「ええ、まったくです。私を置いていこうなど、決してせぬように願いますぞ」


 キールは笑ったのだった。




 翌朝、デイルはキールと共にすでにヒャドに背を向けていた。その足が進む先は……


「で、なぜネザリアなのです?」


 キールはデイルに問う。キールは勇んでラフトに乗り込もうとしていた。あの小生意気な抗い続けた小娘を、デイルが奪還するものだと思っていたし、そう言っていたのだから。


 デイルとて、サラを助けたい。しかし、やみくもにラフトに乗り込んだとしても、到底無理なことである。配下はキールだけ。たった二人でサラを助け出すことは不可能に近いのだ。


「もう一度だ。『悲劇の姫を助け出す物語』といったところか。勝負は決まっていないからな。イザナ殿が唯一残した逃げ道だ」


 キールは首を傾げる。


「ですから、なぜネザリアなのです?」


 デイルの言っていることはわかっている。しかし、なぜネザリアなのか? デイルはニッと笑った。


「もう一度はヒャドにだけ、いや俺にだけあっては不公平だろ」


 キールは『あーなるほど』と頷いたものの、


「ミヤビでなくネザリアなんですか? いえ、もう一度とは、また七か国に……いえラフトを除く六か国がラフトに侵入する?」


 と呟きながら、頭を横に振る。そんなことはさらに無理だろう。それをラフトは許容しない。姫を奪いに城に侵入していいなどとは。


「キール、確かめたくはないか?」


 デイルの指が空を指す。キールはその空を見て、はて? との顔になった。


「何をですか?」


「惑いの森をなぜ抜けられなかったのかだ? 我ら北方の国は天を読める知識を持っている。


ラフトは巫女を連れては行けない。政変で巫女制度は廃止されているからな。


ネザリアは神官を連れて行った。もちろん天を読める者をだ。


おかしいと思わぬか?」


 キールは口を開けた。『あっ』と小さく漏らして。


「ええ、そうですな。確かに神官がおりました。それも七神官のうちの一人です」


 ネザリアが一番天文の知識がある。ラフトは巫女制度を廃止し、ヒャドは王妃が巫女の儀式を兼任するようになり、実質天文の知識を有する者は神官であるが、その神官も政治に関わることはなくなった。農業に関する時期を見極めるのみの役割となっていた。キールとて、十九年前のように天からの予見はできない。


「ネザリアは、いち早く森を抜けられたはずだ。神官まで連れていてなぜ導かなかったのか? 確かめたくはないか?」


 デイルはネザリアを目指す。そこに姫を助け出す一光の筋があるような気がして。


「確かに。ですが、それを確かめたとて姫の救出に何の役にたちましょうか?」


 キールの言い分ももっともである。


「ああ、そうだな。なあキール、もう一度姫を目指すなら、権利があるのはヒャドとミヤビだ。そして、守るはラフト。審判は誰が行う?」


 デイルは指先をネザリアに向けた。惑いの森の競い合いは、クツナ国イザナが審判を行った。しかし、今一度姫を目指すなら、公平に審判を下せる者が必要である。


「ネザリアに……ですか?」


 ラフトと共にヒャドに攻めいろうとした国に、審判を願い出るのか? とキールは眉をしかめた。


「ああ、ネザリアの神官にだ。と言っても、担ぎ上げるは我々ではない。願い出るなんてしないぞ。頭を下げる必要などない。『悲劇の姫の物語』は民が語りあげていく。民が動かすのだ、我々を」


 デイルは力強く言い放った。そうである、民がデイルらを動かす。物語が進むのだ。


「もしや! 流布ですか?」


 キールが問う。


「ああ、そうだ。姫の抗う姿に俺は心が……」


 デイルは胸をトントンと叩く。


「俺は胸が苦しくなった。きっと民とて同じだろう。あの歌声は閉じ込めたらいけないだろ?」


 その顔は、サラを見ているようだ。キールはデイルの気持ちを汲む。声にはしない。デイル自身が気づいていないことだから。


「はい、そうですね」


 と、ただ空を見上げて答えた。




 ネザリアに潜入して、すぐに向かったのは酒場である。デイルとキールは酒を飲みながら、皆の声に耳を傾けた。


『……でな、その姫さんの歌声は、天の国にいるような気分になるそうな。王子らは天の歌声に導かれ向かったそうだ……』


 やはり、語られている。これほどに、民の好奇心を煽る競い合いの物語はない。あの場にいた兵士から兵士へ、兵士から民へ、民から民へと語られている。真実は誇張され、美しいものはより美しく。勇ましいものはより勇ましく。醜きはより醜く……悲劇はより鮮明な悲劇に。


『……でよ、姫は塔から自ら身を放った。青ーい青ーい空に向かって……』


 デイルはまたあの青い空を思い出していた。しかし、物語は止まらない。


『ここで姫さんが青い鳥になって翔んでいったなら、空物語で終わるってもんだ。だが、現実は無情だよな……』


 デイルの胸が締め付けられる。


『……姫さんは羽ばたけなかったさ。で、その身は地面へと落ちていく……』


 デイルは思い出していた。あの瞬間を。落ちてくるサラと一瞬目が合い、その瞳が穏やかに笑んでいたことを。そうである、サラはあの瞬間、デイルの姿を確認しこんな結末もいいわねと、穏やかに笑んでいたのだ。


『……姫さんは落ちていく。ああ、神に召される……ってときに、青きマントが翻った! そうさね、ソウトウノアオキホシが颯爽と現れたのさ!』


 デイルとキールは首を傾げた。


『ソウトウノアオキホシ』とは? と、疑問が生じる。その疑問をよそに、物語は紡がれていく。


『……バッと手を広げたアオキホシは、姫さんを包み込むように受け止めた! ……だがな』


 その語り部は、立ち上り目を閉じた。


『……だが、姫さんは目を閉じたまま。森の外へと、南国の外へと、連れられていく』


 酒場の一角は固唾を飲んで語り部に、耳を預けた。


『やさしく包み受け止めたアオキホシの国でなく、一番に求婚した王子でもなく、……姫さんの髪をむしりとったあの暴国に、残酷にも姫さんは拐われていったのだ』


 デイルはキールと小声で話す。


「アオキホシとは、俺のことか?」


 デイルは自身を指差した。


「ええ、あの内容からしてそうでしょうな。アオキホシ……、いえソウトウノアオキホシでしたな。捕まえて訊いてみますか?」


 キールは腰を上げようとした。デイルはそれを制した。語りはまだ続いていたから。語り部は目を開けた。


『ここはどこ? どこなの?』


 と、女の声色で呟いた。サラを演じているようだ。


 ーーガタンーー


 語り部の横の者も立ち上がる。


『歌え! お前はさえずりだ! 飼われた(買われた)鳥だ! 歌わねば、首を跳ねるぞ!』


 デイルは続く語りの内容に息が止まった。それはデイルらが知らぬ事だから。いくら誇張され伝わっていようと、語りの本質は真実をとらえているはずだ。ザラキは姫をそのように扱ったというのか! とデイルの顔が険しくなる。


『……姫さんは、朝靄に歌声を流した。


……私に羽があるのなら~

自由に空を翔べるのに~

青い空まで翔べるのに~

緑の森まで翔べるのに~


とな。なんだって? チッ俺の歌が下手なのは勘弁してくれよ』


 語り部に、チャチャをいれたのは横の者だ。これが筋書きなのだろう。


『言い度胸だ、姫よ! 我が国に行きたくないとは、その首我が国で繋がっていられるかな?』


 ザラキ役の者が、語り部の首を掴みグッヘッヘッヘと笑う。


『ああ、ああ、私はどうなるの? もう青い空を見れないの? 深い緑を見れないの?』


 語り部は机に突っ伏した。




 ……物語はそこで止まった。しかし、皆がまだ語り部を見ている。この続きを聞きたいのだ。


「おい! 姫さんは助けられねえのかよ?!」


 堪らず誰かが叫んだ。


 ーーバタンーー


 そのとき、酒場の扉が開いた。酒場の皆の目がそこに注目している。それも驚きの顔で。


「ソラド様だ……」


 誰かがポツリと呟く。


『七神官の長官です』


 キールがデイルに囁いた。デイルは頷く。


「主、儂にも酒をくれんかの?」


 長官ソラドはカウンターにつとつと歩く。黒の縁取りの真っ白な法衣を身に纏い、小さな歩幅でカウンターに着くと、


「ほれ、さっさと続きを話さんか」


 語り部に視線を投げた。


「うへっ、続きって言われましても、聞いた話はここまででして……」


 語り部はゴニョゴニョと言って、頭を掻いた。が、ハッとした表情になり威勢よく語り出す。


「ああ、姫の運命はどうなるのか? 天を仰ぐ……知るは天のみ! 天を知るは、ソラド様にございまするぅ」


 と、語り部はソラドの前で膝を着いた。ソラドは語り部の頭をペチンと叩いた。顔は笑っているが。


「これ、逃げたな。全く儂を良いように使いおって。……しかたないのぉ」


 ソラドは酒をチビりと飲んだ。


「かの国に着いた姫は、抗った」


 ソラドは一言告げ、また酒をチビりと飲む。


「だが、その抗いもどこまで続くのやら……」


 法衣の中から、水晶を取りだしろうそくの灯りに近づけた。フムフムと頷いて、ん? と険しい表情になる。


「なんと……」


 頭を横に振り、ため息をついた。


「ソラド様、姫さんは……もう……」


 語り部はその続きを言おうか言わまいか、迷っている。


「ソウトウノアオキホシは何をやってんです? 姫さんを奪われたままじゃないですか!」


 どこからか発せられ、そうだそうだと皆が言った。ソラドはそれを確認した後、水晶をまた覗き込む。


「どれどれ、アオキホシはな……ん? ありゃ、なんとまあ……わっはっは」


 ソラドは愉快に笑った。皆がその言動を待つ。


「羽ばたいたは、アオキホシじゃ! 予言は覆っておる! いいか、皆聞くがいい。


ソウトウは牙を隣国に向けぬ、

ソウトウは互いに噛み合わぬ、


ソウトウノアオキホシは羽ばたいたようだ。

新しい時代となるだろう!


姫はアオキホシが救うじゃろうて」


 ソラドは一気に酒を飲み干して、またつとつと歩き出口に向かう。デイルとキールは顔を伏せて酒を飲んだ。その横をソラドが通る。


『んっ』


 ソラドがデイルらのテーブルの横で、小さく喉を鳴らし止まった。デイルは平静を保つ。キールは手酌をして、ソラドを気にしない雰囲気を醸し出している。


「ソラド様?」


 語り部がどうしたのかと問う。


「いや、なに、ちと酔うたようじゃ。そうじゃ、皆語ってくれぬか? そうじゃなぁ『拐われた姫を救いに王子が立ち上がる。まだ勝負は決まっていない。かの国に立ち向かうはどの王子か?』なんてのはどうじゃ?」


 ソラドは語り部にウィンクした。語り部は立ち上がる。


「姫さんは、抗い続けた! だが、暴国の悪魔の手が姫に忍び寄る……姫は、姫は、籠の中」


 語り部が、相棒の横の者に視線を投げた。


「さあ、我のモノになってもらおうぞ!」


 語り部ににじり寄った。


「『姫よ!』 颯爽と現れたはどこの王子か? 姫を抱え暴国を去る。二人はどこに向かうのか……」


 語り部の話をソラドはうんうんと頷き出口から出ていった。


 デイルとキールはホッとした。しかし、ここで留まらない。神官に会うためにネザリアに侵入しているのだ。その長官ソラドを追うように、デイルらは酒場を後にした。

次話更新本日午後予定です。

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