表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
籠の姫  作者: 桃巴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/41

離宮と紅宮②

「サラ姫様、まずはどちらに?」


 バルコニーから宮に入り、サラは建物を見渡した。そのサラにユーカリは訊ねた。


「中庭へ行きたいわ」


「ふへ? ご挨拶はいいのですか?」


「あら、この宮の主人には会ったじゃない、さっき」


 サラは口角を上げる。ユーカリはそれを見て、ニィッと笑った。


「では、まず一階に下りましょうか」


 ユーカリはサラの前を歩く。


「ルクアから宮の造りは聞いておりますから」


 紅宮はほぼ正方形の形をした二階建ての建物である。入り口は中庭からの門が中門。王宮殿から外通路で繋がる門が正門。最初の建物から繋がる門は外門と呼ばれている。そして、離宮にしか繋がらない裏門。門は、正方形の建物を、上から十字に線をひいた位置にある。またその十字が大通路という造りになっていた。正方形を十字に区切るのだから、各階には四つの区画ができる。


「えっとですね。裏門からまっすぐ中門に通るので、二階も一緒ですから……」


 ユーカリはブツブツ言いながら歩く。


「でですね、階段が全部で七つ。中心の階段が騙し階段……」


 サラはユーカリの後を着いていくだけ。森で慣らした位置感覚をユーカリは備わっている。サラは安心して着いていく。それにしても、人と会わない。


「ねえ、ユーカリ。おかしいわ、人がいない」


「ああ、それはですね。二階はお渡りの階とルクアから聞いています」


 ユーカリは振り返り、サラに向く。


「お渡り……。王の?」


「はい、王様が渡った時の階だそうです。今、王様には一人として正式な妃はおりません。なので」


 サラは正式な妃と聞いて、胸がドクンと波打った。『正妃の座が空いている』王はそう言っていた。そして、ザラキもサラを欲している。


「王子のお渡りは?」


「離宮だったとルクアから聞いています。ただ、今は王も王子にも正式な妃はいません。三年前に……」


 サラは手を上げ、ユーカリを制した。


「ええ、その話は知っています。三年前の政変後妃らを斬殺したと」


「はい、ですからここも離宮も基本使われておりません。正式な妃でない者らが、今はここの住民です」


 ユーカリは床に視線を落ちした。一階がそうだと告げるように。そしてまた歩き出す。サラは首に手をあてる。


『私も処分寸前だった』


 ユーカリにわからぬように、小さく息を吐く。


『あの王は、何を恐れているのかしら? 父上は言っていたわ、恐れを抱く者が力をむやみに使うのだと。だから、戦が起こるのだと』


 ラフトは何を恐れてヒャドを狙うのか。王は何を恐れて斬殺を行ったのか。サラは思いを巡らせた。しかし、答えは出てこない。そうこう思っているうちに、ユーカリが扉に手をかけている。


「ここを開けると階段があるはずです。ですが、宿直部屋なんですよね、下ると」


 その扉は上方と下方が隙間のある造りである。侍女が通る部屋に繋がる扉の仕様なのだ。主が呼び鈴を鳴らすと聴こえるように。ユーカリが扉を開けた。わずかな話し声が聞こえてくる。ユーカリはサラに確認する。どちらが先に下るのか。サラはユーカリの前へ出た。階段を下る。宿直の侍女は気づかない。下り終わると、また例の扉。サラは扉に手をかけた。躊躇なく開ける。侍女らが、突然のことにポカンと口を開けている。侍女長の取り巻きにいた者らだ。目に見える者が信じられないのだろう。


「な、な、どど、どうして」


 サラは言葉を発した者をちらりと見る。


「そのような言葉は、ラフトの淑女でなくってよ」


 鼻唄を歌うように言い、サラはもう一方の扉に向かって歩んだ。


「ま、待ちなさい!」


 サラはくるりと振り返り、


「待ちなさい?」


 と、聞き返す。一介の侍女が、一国の姫に命令したのだ。確認して当然だろう。


「っ、お待ちください」


 侍女は言い直した。


「何かしら? 私、王様との約束があるので、時間はありませんわ」


 侍女の顔が目を見開き強ばった。『王様との約束』その言葉の脅威に、侍女は二の足を踏むしかない。


「ないのなら、行きますわね」


 颯爽とサラは出ていく。そのサラの後ろに意気揚々とした顔のユーカリが続いた。そして、慌てたように続く侍女ら。ただ、サラとユーカリが向かう先と、侍女らが向かう先は違っている。侍女らは、バタバタと走っていく。侍女長のところに向かうのであろう。サラは彼女らの背に大声で告げた。


「そのようにバタバタと走るなど、ラフトの淑女でなくってよ」


 と。侍女らはピキリと足を止め、シズシズと擦り歩いた。サラはクスクスと笑う。


「私は元々南国の姫。淑女ではなくってよ。マヌーサ様からご慈悲いただいた蔦で、紅宮に入れましたわ。お礼を伝えてくださいね」


 侍女らの怒り肩を確認できた。卒倒しそうなほど憤怒しているだろう。サラはユーカリを促した。ユーカリは中門に向かう。侍女らが向かった方とは逆に、中庭へと繋がる門に向かって。


 二階までもいかないものの、一階も気配が少ない。本来いるべき主の妃らがいないのだから。だからこそ、侍女らが我が物顔で謳歌していたのであろう。


「サラ姫様、中門でございます」


 ユーカリは扉を確認する。施錠はされていなかった。やはり、裏門の施錠はサラへの嫌がらせなのだ。


「ユーカリはここにいて。また施錠させられては、離宮に戻れないもの」


 ユーカリは頷いて扉を開けた。夜風が頬を冷やす。ここは北方ラフト、風の冷たさが体を射す。サラは歩む。水盤に向かって。王宮殿が映る水盤は風で細波がたっている。


『マントを羽織ってくれば良かったわ』


 サラは体を擦った。マントの温もりと共に、ヒャドの王子の顔が思い浮かんだ。サラは無意識に微笑した。そのことに気づいたサラは首を小さく横に振る。


『すがる存在を欲しているだけよ』


 と自嘲して。


 そして、水盤の前に立つ。目の前に王宮殿が二つ。水盤の王宮殿と、夜空にそびえる王宮殿。最上階に仄かに灯る光り。



 あそこに王がいる。

 サラは歌う。

 眠りの歌を。



 四方を建物に囲まれたこの中庭は、サラの声を広く響かせる。さらに水盤が空へと歌を運ぶのだ。王には聴こえているだろう。いや、王だけでなく、紅宮や黒宮の者も。そして、サラの背後の建物にも。城下町にも届いているかもしれない。


 歌い終わると、サラは一礼した。中庭に残る響く余韻を背に、サラは開け放たれた紅宮に戻っていった。中門から宮に入ると、待ってましたとばかりに侍女長がふんぞり返っている。


「お帰りなさいませ、姫様」


 その言葉とは裏腹に、侍女長はサラに頭を垂れることはない。侮っているのだ。


「ええ。マヌーサ様の給仕はよいのかしら?」


 侍女長のこめかみがピクリと動く。


「ええ、滞りなく」


 侍女長はにっこりと笑う。


「そう、私もそろそろ食間に行かなきゃ。では」


 サラは全く説明をしない。侍女長は苛ついた顔を隠さず、サラを見つめる。睨んでいると言ってもいうだろう。


「姫様、申し訳ありません。ご説明くださいますか?」


 またもや丁寧な言葉とは裏腹に、侍女長の態度は横暴である。サラの進む方向を阻むように回り込み、その大きな体で塞いだ 。


「説明? ああ、ラフトの淑女ね。その者らはバタバタと走っておりましたよ。はい、報告終わり」


 侍女長の脇をすり抜け、サラはなに食わぬ顔で歩んだ。侍女長はわなわなと体を震わせる。


「お待ちなさい!」


 声を荒げ、サラを追いかけ手首を掴んだ。


「痛っ」


 サラは顔をしかめた。


「お離しください!」


 ユーカリが侍女長の手首を掴み、捻り上げた。サラの手が解放される。サラは手を押さえた。ユーカリと侍女長が睨み合っている。


「ユーカリ、やめなさい。力を行使するは、いかにもラフトらしいではないですか」


 苦痛に顔を歪めながらも、サラは侍女長の対応にする。その手からポタポタと垂れる赤いもの。蔦登りと今の行為で傷が開いたようだ。


「姫様!」


 ユーカリは慌てる。ユーカリだけではない、侍女長らも。


 ーーカツカツーー


 その時、中門から響く靴音。


「おい!」


 その声を聞いた侍女らは、血の滴るサラなど忘れ、華やいだ顔で振り返る。


「ザラキ様」


 侍女長はスッと皆に前へ出て挨拶をした。その隙に、サラとユーカリははける。皆がザラキに集中しているうちにと、気配を消し離宮に向かった。しかし、残念なことに、ザラキの用はサラにあったのだ。


「姫はどこだ?」


 サラの耳にザラキの声が聞こえた。振り返る余裕はない。その手から滴る血を、ザラキに見せるわけにはいかない。


「ユーカリ、急ぐわよ」


 サラは離宮へと急ぐ。裏門からは走るように邸に逃げ帰った。




 ルクアは笑顔でサラとユーカリを出迎える。しかし、サラの血の手を見たルクアは血相を変え、機敏に動く。ルクアはサラの手に薬を塗り、包帯を巻き直した。


「大丈夫ですか?」


 詰まりのない言葉が紡がれた。本人は気づいていない。ユーカリはびっくりしているが、サラはあえてそれを言わずにいた。


「ええ、大丈夫よ。これくらいクツナの者ならかすり傷だわ。それより、給仕はできているかしら?」


「はい、食間にご用意できております」


 やはり、ルクアは気づいていないのだ。とっさの言葉は無意識に紡がれた。ルクアの言葉詰まりは心因によるもの。窮屈な宮殿暮らしで。サラはユーカリに目配せし、ルクアに言葉を意識させないよう促す。


「もうお腹ペコペコ」


 楽しい食事の時間であった。サラはユーカリやルクアも同じ卓につかせて食事をした。ルクアにとって、はじめてのことだろう。邸からは三人の楽しげな声が外へと漏れる。しかし、紅宮に聞こえることはない。離れているのだから。離宮サラ邸の夜はこうして更けていった。




 邸の入り口でザラキは立っている。仄かな灯りと楽しげな声がザラキの目と耳に届いていた。


『たいした姫じゃないか、父上を手なずけ、このラフトで自由気ままに動くとは……この邸の主に収まるというのか?!』


 ザラキの瞳に邸が拒むようにたっている。ここは、ザラキの妃が少しの間であったが過ごした邸だ。


『ブランカ……』


 その名をザラキは決して口にしない。心の中だけと決めている。


『マヌーサめ、わざとここをあてがったな』


 ザラキを踵を返し紅宮に戻っていった。

次話更新本日午後予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ