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籠の姫  作者: 桃巴


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離宮と紅宮①

 紅宮の一番奥、そのさらに奥に宮から切り離された離宮がある。離宮の中は区分された邸がいくつかあり、ユーカリが通された邸は、廃妃の住まいであったようだ。


「いいかい、蛮国の小娘に紅宮で過ごす権利なんてないんだ」


 ユーカリが先に離宮に通される。ラフトの侍女らは口々にユーカリを罵り、来るべきクツナの姫を侮っていた。ユーカリはこれが女の園かぁ……と、侍女らの、いや女の本性を見たようだ。


「ルクア! 来な!」


 侍女長の取り巻きから少し離れた所にいた少女が、慌てたように走ってくる。


「こらっ! 走るんじゃない! はしたない!」


 ラフトでは女性は声を出して笑ってはいけない。また、走ってもいけないようだ。ユーカリは心の中でゲンナリしていた。ルクアと呼ばれる少女は、床を擦るように足を進ませ、侍女長の前にやってきた。


「足さばきがなってない!」


 ぴしゃりと少女の足に鞭があたった。


 ユーカリは顔をひきつらせる。こんなことで鞭打ちなのかと。ルクアは必死に耐えているようだ。十ほど打たれた後、侍女長はユーカリに向く。


「これが、姫に付かせる侍女だ。ルクア挨拶を」


 ルクアはせわしなく体を揺らし、目を泳がせる。


「はやくおし!」


 一喝が入り、ルクアはビクンと体が跳ねた。


「ああ、あああ、あた、あったしは、ルルルルクアッッで、す」


 侍女の取り巻きは声は出さないものの、口元に手をあて笑っている。


「蛮国の姫に付きたいラフトの侍女はいなくってね。なんたって、ラフトの侍女は貴族出が多いから。これはこんな口ぶりだが、働きは保証する」


 ルクアの背をバンと侍女長は叩いた。背が丸まっていたようだ。


「さて、私たちは紅宮に戻る。言っておくよ、私たちは何も手助けできないからね。まあ、助けたいとも思わないがね」


 侍女長は嫌みを言って去った。残されたユーカリは、横に挙動不審に立つルクアを見て、さてどうしたものかと思案したのであった。




***




 見慣れない天井に一気に覚醒した。


「あ、あ、あ、ユー……」


 サラは声の主を見る。挙動不審な女がいた。


「あなた「良かった! 全然起きないから、心配したんすよ」」


 ユーカリがバタバタと部屋に入ってきた。


「あー、えっとですね。この子はルクア。姫様付きのラフトの侍女だそうです」


 サラはベッドからゆっくり立ち上がる。せわしない動きをするルクアの前へと歩んだ。


「あ、ああたし、はは、「えっとですね。ルクアは上手く言葉が繋げられないのだけど、働きは保証するって侍女ババアが言ってたっすよ」」


 ユーカリはルクアの頭をポンポンと撫でた。それから、侍女長こと侍女ババアに言われたことを、漏らさずサラに伝える。その寸劇にサラは笑った。もちろん声を出して。ルクアは目をクリクリと動かす。きっと声を出して笑ってはいけないと教えられているため、目の前のサラの笑い声に困惑しているのだ。


「じゃあ、後で紅宮にご挨拶に行かなければね。……この離宮では届かないもの」


 紅宮を通らねば、水盤の中庭には行けない。王宮殿にもだ。朝晩のさえずりをこの離宮でしても、王宮殿には届かないであろう。


「えっと、届かないとはなんでしょう?」


 ユーカリは、サラが朝晩のさえずりを王と約束したことを知らない。サラは右手を見る。血は止まったものの、巻かれた包帯が痛々しい。


「姫様、何があったのです? その手は……」


 ユーカリの問いにサラは首を横に振った。話したくないと。ユーカリはポリポリと頭を掻き、


「へへっ、いいっすよ」


 と口笛を吹いた。それにまたもルクアが慌てる。女性が口笛を吹くこと、それはラフトのみならずクツナであってもはしたない行為だ。サラはルクアの続く困惑にやっと気づいて、ユーカリを『こらっ!』とたしなめた。


「いっけね」


 ユーカリはこれ見よがしに、ドレスを少し持ち上げ会釈した。


「ルクア」


 サラはルクアと向き合った。ルクアはビクンと反応した。落ち着きなくそわそわと全身を動かす。


「ルクア、私を見て」


 優しい声でルクアに話しかけた。ルクアはそれでも落ち着かない。


「ねえ、ルクア。私はクツナの国から来たサラと言うの。ここのことは全くわからないわ。あなたが頼りよ」


 サラはそういって、ルクアを抱きしめた。ルクアは目を大きく開き、あれほど落ち着かなかった体がピキリと固まった。


「ゆっくり話しましょう」


 サラが体を離すと、ルクアはコクンと頷いた。サラはにっこり笑ってルクアの手を取る。


「ルクア、まずはゆっくり息を吸ってぇ」


 サラは息を吸う。ルクアも同じく吸った。


「吐いてぇ」


 数度繰り返した。サラはルクアの手を取ったまま動く。


「まず、ここは私の部屋でいいかしら?」


「はぃ。こ、ここは、サラ姫様のお、お部屋です」


 サラはルクアに微笑む。ありがとうと言って。ルクアは恥ずかしそうに頬を赤らめた。


「他のお部屋も案内してくれる?」


 のんびりとした口調でルクアに言うと、ルクアは嬉しそうに笑い頷いた。が、慌てたように、サラの手を離すと、スカートの左右を少し持ち上げ、


「か、か、かし、かし……」


 と、返事をしようとする。ルクアは上手く言葉が出ず、涙目になった。サラはソッとルクアの手を取る。



「かしこまりました、かしら? ルクア、いいのよ、めんどくさい礼節は。時間の無駄だわ、ね? ユーカリだってそうでしょ?」


 ユーカリはうんうんと頭を大きく縦に振った。


「さあ、ルクア、案内して」


 サラは涙が止まらないルクアをサラはもう一度抱きしめた。




 ルクアの案内で、離宮で与えられた邸を確認する。思いの外広い邸が与えられていた。主室、寝室、食間、湯場、サロン、これがサラの部屋になる。客間が二室。侍女部屋は二室。給仕場、倉庫と邸はかなりの広さであった。だが、どの部屋も手入れがされていなく、粗雑ですぐには使えない。先に離宮に通されたユーカリとルクアとで、やっとサラの主室と寝室が整えられた状態だ。


「じゃあ、皆で頑張りましょう!」


 サラは腕まくりをする。ルクアはまたも驚いた。そんな姫がいるのかと。


「さあ、行こう、ルクア。歌いながらしましょう! きっと楽しいわ」


 サラはルクアと腕を組む。ルクアはふわふわした気持ちでサラに従った。


 邸が片付いたのは、夕闇迫る刻。サラもユーカリもルクアもお腹がペコペコである。


「ルクア、給仕をお願いします。ユーカリ、紅宮に行きましょう。ご挨拶に行かなければね」


 サラはヘトヘトの体に鞭打ち、準備をはじめる。ザラキから預かったドレスを着た。ユーカリは侍女部屋で、埃まみれの侍女服を別の物に着替えた。ユーカリを従え、サラは邸を出た。離れた所に別の邸が確認できた。ひっそりと人の気配はない。ユーカリの案内で紅宮に向かう。離宮の入り口まで、手入れされていない石畳を歩む。草はぼうぼうに生え、離宮の荒れ果てを感じさせた。離宮の入り口で振り返る。サラの邸のみ仄かに灯りがあるだけ。廃墟のようだ……いや、廃墟だったのだ。サラがくるまでは。


「ひどい有り様ね」


 サラは夕刻に背を押されるように呟いた。


「ですが、雑草だろうが緑です。俺は安心します。人が隠れることもできるんで」


 惑い葉の正体であるユーカリは、ニヒと笑った。ユーカリならではの感想だ。サラもそうよねと思い直す。夕刻の寂しげな空に感化されただけ。サラは雑草に触れた。


「フフッ、緑よね」


 サラは胸をはった。大きく息を吸い込む。


「うん、緑の香りだわ」


 サラは紅宮に向かって歩き出した。




 紅宮の裏口と言えようか。離宮に面している入り口は裏口になるだろう。ユーカリはその扉に手をかけた。


 ーーガチャガチャガチャーー


「閉まっています」


 ユーカリは振り向き申し訳なさそうに、サラに告げる。


 ーードンドンドンッーー


 ユーカリは扉を叩く。


「あーら、このような夕刻に出歩くは、淑女のたしなみではなくってよ」


 頭から声が降ってきた。サラとユーカリは見上げる。紅宮の二階から見下す数人の者。侍女長もその中にいる。中心に異彩を放つ人物。それが言葉を発した者だ。真っ白に塗った肌に、赤く動く唇。巻き髪をまとめ、頭上を飾っている。窮屈にまとめられたのは、目尻のシワを伸ばすためか。緩んだ頬を上げるためか。


「蛮国の者に、淑女のたしなみを求めるは難しいわね」


 女の赤い唇から侮蔑の言葉が降る注ぐ。細い目が、弧を描きサラを嘲笑った。


「すでに閉門の時間です。まったく、こんな刻に紅宮に訪れようなど、礼儀に反する行為です」


 侍女長は、昼間の言葉遣いよりは丁寧な言葉で発するも、内容はサラを非難している。


「あら? こんなところに蔦がありますわ。そうですわ! これを垂らしてあげます。さあ、どうぞお登りくださいませ」


 赤い唇が弓をひく。侍女長が女と目配せする。侍女数人が蔦らしきものを、サラとユーカリへ投げた。意地悪い顔が幾重にも連なっている。


 二階から一本の蔦が垂れる。


「もうこんな時間。食間に行かなきゃ。では姫様、ごきげんよう」


 女と侍女らは立ち去った。侍女長が最後にサラとユーカリを見下す。


「マヌーサ様はザラキ様の妹君であられるお方だ。この紅宮の主ぞ」


 とふんぞり返った。


「フン、蛮国の姫ごときに、御顔を見せたことありがたく思え」


 侍女長は捨て台詞を吐いて宮に消えた。残されたサラとユーカリは、ポカンとし目をパチクリさせる。そのうち、ユーカリは蔦を握りニマーと笑んだ。サラは口を押え、笑いを堪えている。


「姫様、ね、言った通りでしょ? あの侍女長と取り巻き、女って怖いっすね。それに、あのザラキ様の妹君……」


 ユーカリは思い出しているのか、サラと同じく笑いを堪える。


「あれが淑女っすか?」


「駄目よ、それ以上言わないで。大声で笑っちゃうじゃない。ラフトの淑女なのよ……ププ、ええそう。淑女だわ、蔦までご用意下さったのだから。わざわざ、ご用意したのよ。嫌がらせのつもりなのね。だけど、フフッ」


 サラの目配せに、ユーカリは頷き嬉しそうに蔦を登っていく。ドレスが少し邪魔そうだが、軽々二階へと到着した。立ち去ってくれたおかげで、蔦を切られず。また登ったことも知られていない。ユーカリは蔦の強度を確認した。下を覗きサラに合図する。サラは事もなげに蔦を登った。クツナの女は木登り、蔦登りが出来なくては生きていけない。惑いの森を有するクツナならではの特異なことだ。他国ならまず考えられぬことだろう。登りきったサラはギュッと右手に力を入れる。包帯が薄汚れている。少しだけ血が滲み出ている。


「確かに私、淑女でなくってよ」


 ドレスをパンパンと叩き、サラは笑顔で言った。右手の痛みを堪える。『負けないわ』と心が立つ。紅宮の二階。裏口の真上。廊下の飾りバルコニーだろう場所にサラとユーカリはいる。


 離宮が見える。


 ポツンと。


『イチリン姫』


 サラは思いを馳せる。ポツンと佇む邸は、独りで戦ったイチリン姫のようだ。


『敵は……』


 サラはくるりと反転し、紅宮へと入っていった。

次話4/8(土)更新予定です。

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