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籠の姫  作者: 桃巴


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謁見

 黒を歩む。


 兵士らは壁のように立っている。一本の道のみがサラの前にあるのだ。黒絨毯の両端は兵士の壁が連なっていた。エスコートしていたザラキは前にいない。サラの後をピタリと着いてきている。三方を囲まれているようなもの。王宮殿は、薄暗く金刺繍のみがきらびやかだ。


 サラは戸惑っていた。今まで通ってきた建物とは違う感覚。全身を絶え間なく這う気配。建物全体がサラを見ている感覚。建物が生きている。そう感じるほど。一階から二階へと大階段を上る。二階はさらに薄暗い。金刺繍のみを目で追う。ここにも兵士が連なっている。兵士の隙間からいくつか部屋が確認できたが、それがどうしたというのか。サラは息苦しさを感じた。


 クツナではいつも空を感じていた。太陽の光を感じていた。風の舞いを感じていた。しかし、この宮殿は外のいっさいを遮断しているようだ。回廊になっている廊下を回ると、三階へと繋がる階段となった。さらなる暗さを感じ、サラは足がなかなか前へと出ない。


「姫は暗い所は苦手かな?」


 背後でザラキがクックッと笑う。その笑いがサラの体温を急激に上昇させる。サラ自身で、頬が上気しているのがわかる。唇の端をギュッと噛みしめた。スリッドをたくしあげ、一歩を踏み出す。ドレスの裾が気になり、進みが遅くなったと表現したくて。暗闇に、女の肌は映える。連なる兵士が喉をゴクリと鳴らすのがわかった。サラは気にも止めず階段を上った。三階の上ると、あれほど連なっていた兵士はいなくなる。


「早く行っていただきたい」


 ザラキがサラを促す。サラはまだ続く黒絨毯の向かう先へと踏み出した。


 ーーバタンーー


 背後で扉の閉まる音。サラは小さく悲鳴を上げた。振り返ったサラが見たものは、三階の入り口であった場所。階段へと続く入り口は、重厚な扉で塞がっていた。ザラキがガチャンと鍵をかける。


「……なぜ?」


 サラは思わず呟いた。ザラキはニヤリと笑った。


「初めての謁見の者を王宮殿に入れる時は、万が一に備えここを塞ぐのだ。謁見は謁見者のみ。わかるか?」


 ザラキがサラへと歩む。


「暗殺を恐れてかしら?」


 サラは平静を装い答えた。


「ご名答」


 ザラキは、サラを通り越して黒絨毯を進む。


「さあ、こちらです」


 ここからはザラキがエスコートするようだ。サラはザラキに気づかれぬよう、息を吐いた。緊張している。サラの手は汗ばんでいた。変わらぬ薄暗さのまま、王宮殿は不気味だ。黒絨毯が曲がる。何度も曲がる。サラは方向がわからなくなった。この階に誰もいないのか、ザラキとサラの足音しか聞こえてこない。そうこうしていると、突如黒絨毯が終わりとなる。サラは無意識に金刺繍を追っていたようで、視線が下がっていたようだ。顔を上げると、ザラキが顎をつきだした。目の前に螺旋階段が現れた。サラは無言のまま、螺旋階段を上る。ザラキが後にいる。


『これが鋭意な塔の正体なのね』


 三階から先はほぼ吹き抜けの壁づたいの螺旋階段となっていた。四角い塔の外壁の内づたいに階段が続く。四角い塔は徐々に狭まっていく。これが鋭意な塔を造り上げたのだ。サラは続く階段に疲れ、途中で足を止めて見上げた。天井があと少しのところにある。その一部分はポッカリと穴が空いている。次の階にやっと到着するのだろう。そこからは 、わずかばかりの光が溢れていて、サラはそれめがけてまた上りはじめた。


 しかし、急いたのか足がもつれサラはバランスを崩した。


 ーーガシッーー


 と、サラの体を支えたのはザラキだ。


「女はこれだから面倒だ」


 ザラキが螺旋階段をエスコートしなかったのは、この状況を予想してのことだったのか?


「その体にまとわりつくようなドレスでは、落ちてしまうぞ」


 サラの耳もとでザラキがささやく。そんな触れあいに慣れていないサラは、目を丸く見開き、体を硬直させた。ザラキはサラの耳にフーッと息を吹きかけた。


「イヤッ!」


 ゾワゾワと全身の毛が逆立った。サラはキッとザラキを睨む。


「なんと失礼な姫よ。助けてやったにもかかわらず拒むとは」


 ザラキはサラの体をグイと立ち直らせ、壁へと押しやった。


「……ありがとうございます」


 助けてもらったのは事実だ。さらに体を立ち直らせ、安全な壁へともっていってくれた。サラはお礼を言った。思わず、尖った口になる。そんなサラをクッと笑ったザラキ。今までで一番自然な笑顔だ。サラはザラキを眺める。その視線に気づいたのか、ザラキは笑みを瞬時に消しサラを促した。


 サラは上りながらふと……ザラキは本当は優しいのではないかと頭をかすめた。




 四階。


 サラは久しぶりの外の光に目を細めた。この階には窓があり、バルコニーもある。本当はそこに出たい。きっと風を感じるだろう。サラが外に心奪われる時間を、ザラキは充分に与えていた。


『さて、父上はこの姫をどうするのか……』


 ザラキも時間が必要であった。父である王と面するに、構えが必要であるのだ。皮肉にも、ザラキはサラがザラキに持つ感情と同じに近いものを、心の中でくすぶらせている。


『負けるものか』


 ザラキは目前の階段に視線を移した。


「随分のんびりしておりますな、姫よ。王を待たせるおつもりか?」


 サラはハッとする。目を伏せ詫びた。歩みだしたザラキの後にサラは着いていく。階段を上り五階へ。上りきった場は中広間。兵士がまた現れる。かべに整然と並んでいた。奥に扉が三つ。真ん中が王間に続く扉であろう。ザラキが先導する。サラは背筋を伸ばした。しずしずと淑やかに進むなどしない。スリッドを大いに開かせ、歩む。右側の兵士は目の保養となったことであろう。


「謁見を。クツナの姫だ」


 扉の前の兵士にザラキは告げた。


「少々お待ちください」


 兵士はちらりとサラを見る。冷ややかな瞳だ。観音開きの扉の左側が開く。兵士は中に入る。ザラキとサラは待たされた。


『王子でもすんなり入れないのね』


 心の中で呟いた。ちらりとザラキを見る。無表情に扉を眺めている。そのとき、扉が大きく開いた。


「お進みください」


 冷ややかで無感情な声は中の兵士からだ。サラはザラキを見る。ザラキが先に行くのか、自分が先に行くのかと思い悩んだため。


「謁見は姫のみか?」


 ザラキが兵士に問う。


「はっ」


 兵士はサラを見る。さっさと入れと言っているかのように。サラはゆっくり視線を扉の奥へ向けた。真っ直ぐに伸びる黒絨毯の先へ。玉座に座る白髪の男が見えた。サラはつかつかと歩みだす。背後で扉が閉まる。サラの背をザラキが見ている。その顔は苦々しげに玉座を睨んでいた。


 サラは進むにつれ、体を強ばらせた。射るような瞳が連なっている。ここの兵士はサラのスリッドにも惑わされない。ただ、警戒のみでサラを見ている。体が射されている。ほんの一瞬も気が緩められない。それでも一歩一歩平静を装い進んだ。玉座に近づいていく。


 ーーガシャンーー


 突如、サラの目前に剣が重なる。


「留まれ」


 左右の兵士がサラを制した。サラは息を止める。かなり手前で制されたのだ。


 王はしばしサラを見つめている。観察しているのだ。その瞳にサラは蛇に睨まれたような感じがした。ただ、視線を反らしたりはしなかった。たっぷりと時間が過ぎる。王が右手を少し上げ、小さく振り下ろす。


 剣が引かれた。サラはホッと一息ついた。しかし、そのサラの膝に衝撃が加えられる。剣を収めた兵士の足がサラの膝の裏を蹴ったのだ。サラはガクンと床に膝を着いた。


「挨拶を知らぬのか? 蛮族の姫よ」


 サラはいきなりの事で、頭が真っ白になった。起きている状況が理解できない。言われた言葉が理解できなかった。その顔を王はじっくりと眺めている。サラは床に着いた自身の膝に視線を移す。理解するのだと、頭に訴える。そして、サラは顔を上げた。上げた顔に宿るは力のこもった瞳。


「ご挨拶申しあげます。ラフトの王よ!」


 王様とは言わず、王と呼び捨てる。左右の兵士の気が高まった。威圧がサラへとかかる。それを振り払うが如く、サラは続けた。


「南国一のさえずり。大陸一の嗜好品でございます、王……様」


 サラは左右の兵士に、そして、王に笑んでみせた。王の瞳がギロリと動く。


「ほお? では訊こう。お前は人ではないのだな、姫よ」


 サラはスッと立ち上がった。兵士がずいとサラへと圧をかけ、再度膝に一撃食らわせようと動く。サラは自分の意思で、丁寧に片膝を着けた。


「ラフトの物でございますわ」


 と、笑って見せた。王はそれでも、気を緩めない。ギロリとした目は、サラの背後まで見ているような気を放っている。


「価値のある物かどうか? ヒャドを手に入れる機会を棒に降ってまで手に入れた物は、さて、ラフトに、我に必要か?」


 サラの心に冷たい水がかかる。自分の価値……それがあるのかと、王は剣を喉元まで突きつけている。戦を止めた競い合いは、戦をしたかったラフト王にとってはどんな結果であろうと、良しとはしないのだ。サラの存在価値などどうでもいいこと。サラはラフトに必要か? 王に必要か? そう問われてしまえば、答えは『いいえ』だ。サラは答えに窮した。


「人にあらず、姫にあらず、物にあらず、さてお前は何だ?」


 冷たい声だ。ラフトにとって、サラは何か? 競い合いの結果得たものである。しかし、王はそれに何の価値があるのかと、拐われてきたサラに浴びせたのだ。


「処分しろ」


 王は声も荒げずめんどくさそうに言った。


『処分?』


 サラの頭の中は受け入れがたい発言に、反応できずにいた。剣を構えた兵士が、その剣を振り上げるまで、サラは何もできなかった。しかし……




 ******




 深い緑はどこにあるの?

 青く清んだ空はどこにあるの?


 肌を包む温もりはここにはないわ

 震えながら目覚める朝


 朝靄が肌を濡らす

 目に映るは私の知らぬ世界


 私に羽があるのなら

 自由に空を翔べるのに


 青い空まで翔べるのに

 緑の森まで翔べるのに





 私の声はどこに届くの?

 私の声は誰に届くの?


 この地は私に微笑んでくれるかしら

 見たことのない景色に心奪われる


 朝靄が肌を濡らす

 目に映るは私の知らぬ世界


 私に羽があるのなら

 新しい世界を見れるのに


 新しい空まで翔べるのに

 新しい目覚めが始まるの




 ******




 サラはその剣に向かって歌い出した。兵士は突如のことで、剣を振り下ろすタイミングを逃す。兵士は王に視線を移し、確認した。王は、サラのさえずりを目を細めて聴いている。王の瞳の下の隈を、サラは見据えて歌った。




 ******




 私の声は誰を癒すの?

 私の声を求めるは誰なの?


 この地は私に微笑んでくれるかしら

 見たことのない景色に心奪われる


 はじめての王宮殿

 目に映るは私の知らぬ世界


 私に命があるのなら

 新しい世界を見れるのに


 新しい目覚めを願えるのに

 永久の眠りが訪れる



 ……



 ……



 どうか私の首は空に向けて

 青い空に向けて




 ******




 王は瞳を閉じていた。兵士はどうしていいのかと、戸惑っている。


「王命でしょ?! さっさと首を跳ねなさい!」


 サラが啖呵を切った。兵士はハッとし、剣がサラへと振り下ろされる。


「待て」


 王は兵士を制した。剣は、サラの首寸でで止まった。


 ーーバタンーー


 そのとき、扉から兵士が入ってくる。


「王様、ザラキ王子様がお待ちですが」


 ザラキは王との謁見を待っていた。扉の外にも漏れるサラのさえずりに、待ちきれずザラキは兵士を急かせたのだ。


 ーーコツコツコツーー


 王の視線が真正面の扉へ。ザラキは許可なく王間に入ってきた。


「父上、私の狩りの獲物は気に入りましたでしょうか?」


 膝を着くサラ、その首には寸でのところで剣が留まっている。王のギロリとした目がザラキに向けられた。


「これはお前の獲物でなく、ラフトの物だそうだ」


 王と王子、胸の内はいかなる思惑がうごめいているのか? サラは両者を見比べていた。


「クツナの王子に、煮るなり焼くなり好きにしろと言われております。……処分されるのでしょうか? またも私の物を」


 王の冷たい瞳と王子の熱い瞳。『またも』には過去にもあったということ。


「それも良いのお」


 王の視線がサラに向かう。ゾクリと背筋が凍った。


「王妃の席が空いておる」


 サラの心臓は跳ね上がった。冷や汗が背を伝う。ラフトの王は、政変後妃を斬殺している。前王のだけではない、自身の妃らをもだ。


「処分から一転王妃とは……」


 ザラキの目がサラを蔑んでいる。


「うまくやりましたな、姫よ」


 王に上手く取り入ったと言っているのだ。サラは頭を小さく横に振った。


「父上もお人が悪い。私の獲物(女)を何度奪うのです? 一人ぐらいは譲ってくれませんか?」


 ザラキは笑った。軽口というもの言いで、王に要望したのだ。いさかいの起きない状況を作って。答えがどちらにしても、サラが王のものとなるか、ザラキのものとなるかは王次第。王が所望すれば、それでもいいと笑って返せるように、ザラキは言葉を発していた。


『いやよ』


 サラはどちらのものにもなりたくはない。いっそ、首を……兵士の剣に目を向ける。




 空がそこにあった。空に近い王宮殿。剣に映った空がサラに勇気を与える。


『違うわ! 青い空を、深い緑の森を!』


 王の待てで止まった剣を手で掴む。空を得る。サラの血が剣に伝った。


「笑止! 人にあらず、姫にあらず、物にあらず、一羽のさえずりを所望するは大国の王であろうか? 王子であるべき姿なのか?


私を人として望めばさえずりは消えましょう。

私を姫として望めば抗いましょう。


私を物として、ラフトのさえずりとして望むのなら、毎朝毎晩鳴きましょう。


ラフトが大陸一の嗜好品を手に入れたと示せましょう」


 兵士は突然のことで、思わず剣を引っ込める。サラの手から血が滴る。黒の絨毯に滴る血が大輪の華を咲かせた。血のシミはバラのように咲いていた。サラは王を見据えた。返答を望むため。



 王妃になれば歌わない。

 王子の妃となれば抗う。

 さえずりと認めるなら鳴きましょう。



 それがサラが王に示したもの。王の目の下の隈にサラはかけたのだ。妃を斬殺した王に、政変を起こした王にある目の下の隈、それは不眠症を患っているとサラは感じた。答えが出る。王はコクリと頷いた。


「いいだろう。地位を望まぬとはな……さえずりか、紅宮では遠い。そのさえずりに相応しい塔を用意せよ、ザラキ」


 サラは立ちあがり、王に一礼した。


「そうですね、さえずりに相応しい鳥籠を用意いたします。さあ姫よ、行きましょう。その汚れた手を浄化しなければ。父上、失礼します」


 ザラキは飾り腰布をヒュルヒュルと解き、サラの手に巻き付けた。


「歩け! お前は一羽の飼われ鳥に過ぎん」


 ザラキはサラの肩をドンと押した。サラは歩む。その手はまだ血が止まらない。ザラキの腰布が赤に染まっていった。




 こうして王との謁見は終わった。王間を出たサラが意識を失い、ザラキによって一旦紅宮に運ばれたことをサラは知らないまま。

次話更新本日午後予定です。

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