Episode8 "疲労と披露"
「伊都........不法侵入よ.......今なら警察への電話はしないであげるから出てって。」
一は瀬名の異変を盗聴器から察し仕事を早退した。そして早く家へと帰ると姉の伊都が図太くリビングに腰掛けていたのだ。
「血が繋がっていないとはいえ、姉に対してその態度は酷いんじやぁないの愚妹?」
したり顔で笑う伊都に苛つきを感じつつ対面へと腰掛け睨みつける一。
「ご家族には大変お世話になったし義理はある。でも私はそれに見舞うだけのお金を置いて出ていったでしょう?」
「はっ!高々二億で私達の縁が切れると思うなよ愚妹!」
「とか何とか言ってジョンに逢いに来ただけでしょうが、伊都。帰って、お願いだから。私とジョンは'二人で"静かに暮らして行きたいの。」
二人での部分を強調して言う一に伊都は溜息を吐くと赤子の様に床に伏せると駄々をこね始めた。
「ズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルーい!!私もジョンと一緒に二人だけで暮らしたい!」
「伊都にはジャックさんと娘がいるだろうが。」
呆れた様に言う一だがその台詞を聞き更に伊都は暴れまわった。
「でもジョンが良いのー!アメリカに連れてくから!決定事項ね!」
「ダメだ。ジョンは私の'物'だ。何人たりとも私の聖域に触れさせはしない。仮に触れたのであれば私の全霊を持ってそいつを消す。それが恩義がある人物や共に育った姉でもな。」
冷たい表情で見下す一に寒気を感じる伊都だが直ぐに立ち上がり宣言する。
「やってみろや!ジョンは確か今素顔を隠しながら生活している様だが残念だったな!ウチの愛娘の転入手続きを終え今朝から通わせている!即ち一、お前の努力は無と帰すのだー!あははははは!!」
一は直ぐに伊都の真意を察し伊都の口を掴み上げ光のない瞳で睨みつける。
「やってくれたなぁ、屑がぁ。.......生きてこの家を出れると思うなよ。」
んーんーと暴れる様にもがく伊都だが一の拘束から抜け出せず息を断とうとしていると家のチャイムが鳴った。
「命拾いしたようね、伊都。」
手を離し笑顔で言う一を怯える表情で見上げつつ息を整えるために咳を吐く伊都。
「おかえーりん!ジョンキュン!すりすり!!」
ドアが開くと同時に抱きつき頰づりをかますがそれは人違いだった。
「Oh〜お久しぶりデース!一サンもゲンキデスネェー!」
一は直ぐに距離を取りオエッと表情に出す素振りを見せた。
「ジョ、ジョンきゅん以外の人と頬ずりを.......汚れてしまった......あ、洗わなきゃ.....は、早く.....す、す、捨てられちゃう.......」
挙動不審になり身体をいろんな場所へとぶつけながら洗面所へと消えていく一を見てケイトはWhyとした表情を見せるのだった。
「それじゃあ、秋山さん......と皆さん、サヨナラ......」
遠い目をしながらクラスメート一同を引き連れ帰って来た瀬名。
「ケイトさん......ダメですよ。」
静かに脅す様に言う秋山にケイトは鼻で笑い瀬名を引き連れ家の中へと入っていった。外では未だにギャアギャアと叫んではいるがすばらくするとそれは収まった。
(勘弁してくれ......通行人からは百鬼夜行なんて言われるし凄く目立ってたし.....)
ケイトは俯きながら歩く瀬名の腕に自分の腕を絡めリビングへと向かう。そしてリビングへと着くと伊都が床に倒れながら顔だけを此方に向けるといきなり鼻血を流して白目を剥いたのだ。
「あ〜ママージョンがキュートでハンサムだからって照れてるデスねー!」
ケイトは自分を連れソファへと座り肩へと頭を乗せて来た。
「け、ケイト、」
照れくさくなり距離をとるが直ぐに近づきくっ付くケイト。瀬名は諦め為すがままにしていると一が戻って来た。
「な、な、な、何をしておりますかー!?.......この泥棒猫!ジョンから離れなさい!」
ケイトへと襲い掛かるが猫の様にそれを避け一は瀬名へとぶつかり抱き締める形となった。
「あら......ジョン//」
一は直ぐに顔を自分の胸元へと埋めスンスンと匂いを嗅ぎ出した。
「はぁ、良い匂っ........雌の獣の臭いが混ざってるわね......発生源を消さなきゃ。」
赤面していた筈の顔は直ぐに病んだ顔となり後ろへと距離を取ったケイトを睨みつける。
「にゃ!?」
エプロンのポケットから取り出したであろう鋏を握りケイトへと向けたのだ。
「ま、待って、母さん。「ジョンきゅん?」母さんが、もし俺なんかの為に刑務所に入ったら悲しいよ....だから、皆んな仲良くしよ?「はぅ//ジョンきゅんがそう言うなら仕方がないなぁ。もう、甘えん坊さんなんだから//」
ほっぺへと何度もキスをするとケイトと倒れる伊都を眺め一は言った。
「本当は殺しても罪状を取り消す算段はあるけど、ジョンきゅんのお願いだから暫くは止めてあげるわ。ジョンきゅんに感謝しなさい。それとジョンきゅんから半径30mは離れる事ね。」
「それ、もう家に入れないデース......」
ケイトが若干怯える表情を見せていると伊都が意識を取り戻し立ち上がった。
「一!今日から私達、ここに泊まるから!「帰ってください、どうぞ」いやぁ、勝手に二階使わせて貰うから。ふふ、ジョンきゅん、心がキュンキュンするよぉ。」
舌で唇を舐めながら瀬名を見つめるとケイトを連れ二階へと上がって行った。
「最悪だわ......私達の愛の巣が......また、引っ越さなきゃ。」
ぼそりと呟く一は瀬名の頭をヨシヨシしながら今後の方策を考えていた。瀬名は抜け出そうとするが一の常人を越えた力に抜け出せずにいた。
(寝ている隙に殺すか?.....ダメ、ジョンが悲しむ.....ならジョンを連れて家を出る?....ダメ、あの二人のジョンに対する嗅覚は私と同等......同じ街にいる以上気づかれる。やはり殺すか.........)
冷たい笑みを浮かべる一にびくりと身体を揺らすと抱きしめて来た。
「怖がらせちゃった?ゴメンね......どうすれば許してくれる?」
涙目になりながら許しをこう母の姿にドキリとするがその愚かな感情を直ぐに捨て告げた。
「何時も通りの母さんでいいよ。」
そう笑顔を見せ言うと母は鼻血を垂らし直ぐにその場を立ちトイレへと駆けるのであった。